祈りへの巡礼

敬虔な祈りへの旅へ。

心に響く

2017年06月14日 | 日記

2017年6月14日(水) 曇り

軽いぎっくり腰を起こし、日がな一日ベッドに伏していた。年に1,2度こういう不如意なことが

起きる。からだに無理が行っている証拠だ。腰でなくとも奥歯が浮いたり自分の弱いからだの部位

に症状が出て来る。これはからだの黄色信号だ。あまり無理しちゃあだめだよという危険センター

の警告音である。こういうときはベッドで静かに自分を振り返るに限る。それでも時間が余るから

日頃見慣れないTVを付けてワイドショウなどを観る。

政治家の学校問題、俳優の淫行、豊洲か築地の移転、トランプ氏種々の疑惑等々。どのチャネルを

回してもあきれるほどまったく瓜二つの内容を放映している。コメンテータなる輩があーでもない

こーでもないとやっている。平和な国だなあと感心するが観終わった後、私はこころの中をうすら

寒い情感が波打ち拡がってゆくのを感じないではいられなかった。沸き起こる心の貧困はなにか?

すべて『倫理観』の問題である。もっと言えば人間としての『人品骨柄』問題に尽きる。なにが

国家の長だ。どこが俳優だ。ばかばかしくてお話にならない。人倫を欠いた人物が国を率いること

が出来るだろうか。本来神の導き手の役目を担っていたはずの俳優(わざおぎ)の神聖さをどう考え

ているのだろうか。自分に厳しい倫理観に持たずして、どうして公僕たる役目が果せようか。

古来、いかなる共同体も頭から腐る。悲しいかな長(おさ)の人品骨柄がすべてを決定する。代わり

に日本にはいい伝統がある。ハラキリだ。それが浄き禊であり、未来に対する祓いである。

『倫理観』を持て。自己に厳しく他に優しい倫理観を。それが出来るのはオアシス共同体だけだ。

 

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