祈りへの巡礼

敬虔な祈りへの旅へ。

古希

2016年12月27日 | 日記

2016年12月27日(火) 雨

ちょうど一年前、こんな文章を書き綴っている。その一部を抜粋する。

「 一人ひとりの人間の悩みや悲しみや怒りや歓びの複雑なうねりに合わせて宇宙は共鳴する。

今この瞬間、植物が、鉱物が、動物が呼吸していると同じように、全宇宙も息づいている。

悲しみのうねりが大きくなれば宇宙の哀しみも深くなり、歓びの歌声が響けば、その音は

宇宙の果てまで届く。その拡がり行く磁場こそが、溢れんばかり豊穣な世界を創り出す。

一人の人間の具体的な真実は、決して抽象化できない。ましてやそれらを集合化して確率

論的に未来の方向を決定する愚策は犯してはならない。なぜならもうその瞬間神の摂理を

踏みにじっているからだ。あらゆる抽象を拒否する内的充実が人間にはかならずある。

そのひとりの尊厳と対峙できない弱さが歴史を狂わせる。

 人が生きるとは真実を生きるのである。個という無限存在を生きるのである。何人もその

尊厳を抹殺できない。ましてや抽象的なうわすべりの論理でくくる傲慢さだけはやっては

いけない。精神的なものの本質は、「計量」には委ねられないのである。これを誤ると、

人間共同体の歴史は終焉を迎えるだろう。」

 

いまになっても人間の本当に大切なものが手に入らない。それでも今日は古希、時間だけは

容赦なく過ぎて行く。恋と夢とは永遠にかなわないものだろうか。いや叶う。だから生きている。

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