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Takoのてくてくランブログ

橘湾岸スーパーマラニック参戦

2017年05月06日 16時23分56秒 | 大会記
ただいま〜!
長崎から帰ってきました〜。

大会前3日間禁酒し、
ブロガーなのに走りに専念しようと写真は1枚も撮らず
いつもに増してシリアスに臨んだ
橘湾岸スーパーマラニック173kmは、
奇跡は起こらず、順当にリタイアとなりました(- -;)

いまの力から、また、いまの故障の状況からしたら、
70km行ければ良しかなと思っていました。
ただ、せっかく173kmにエントリーしたからには
ほかの80km、55km部門よりは長く走りたいもんだと思っていました。


不安のある右ひざと左アキレス腱は、
厳重なテーピングでサポートし、
両足指にはマメ防止のために全部絆創膏を巻いて馬油を塗り、
ほかの擦れそうなところにも馬油を塗りました。

そして、5月4日6:00スタート。

やっぱり、うまく動けずちゃんと走れない状態( ̄◆ ̄;)
で、でも、まあ、想定内。
こんなもん、と思って、走り歩きで進みました。

スタートして2.5kmで稲佐山ののぼりです。
ほぼ歩き。
稲佐山公園内の階段、展望台の階段は、
立花山の急登で鍛えたおかげで
全部1段飛ばしでガシガシ登れました。

展望台の一番上が7km地点稲佐山チェックポイント(CP)。
7:06'37"到着。9'30"/kmペースで着けました。

ここからくだり。
右ひざはテーピングのおかげでまったく問題ない状態でしたが、
左のアキレス腱の問題はかなりカバーできているとはいえ、ゼロにはならず、
少し響いてました。
もともとはくだりは得意なので、走りが遅くともくだりで挽回できていたんです。
でも、こうくだりでも走れないと挽回できるところがないな〜( ´・ω・`)
でも、長く走るためには、ムリはできません。

くだりきって10kmにエイド。給水。
そこから1.5kmのぼり。
5kmくだって、電車通りに出てゆるやかなのぼりを北上。
横道交差点を左へ。
滑石からあぐりの丘めざして、またも坂5km。
少し頭が痛くなってきました。
熱中症ぎみ?

25.3kmあぐりの丘CP、10:07到着。9'45"/kmペース。
顔見知りのボラスタッフがたくさん出迎えてくれました。
「車あるよ、乗ってく?」とか
ろくなこと言わないスタッフがうじゃうじゃ( ̄▽ ̄;)
おにぎりとフルーツをいただいて出発しました。

ここからくだり。
くだって海岸線まで下りて30.7km。
2kmほど進んだたら小さなエイドで飴と飲料を補給。
また急なのぼり。
ここで抜かれたひとをひとり追い越しました。
どうやらのぼりの歩きは速いようです。

のぼりきったら36.8km。
福田霊園エイドがあってバナナと飲料補給、トイレ。
そこから急なくだり。

くだりきって1.5kmほどは平坦で、福田の町をぬけると
今度は女神大橋に向けてまたのぼりです(;・ω・)

女神大橋を渡りきったら45km地点エイド。
北海道から来たOさんがボラをしていました。
つぎは樺島のエイドにいるというので
じゃあ樺島まではがんばろうかなと言いました。
おいしいうどんとお稲荷さんをいただいて出発しました。
13:57'50"出発。10'37"/kmペースに落ちてました。
もうアキレス腱の痛みが増しつつありました。
走りの割合がかなり減ってきました。

女神大橋をくだるとしばらくはほぼ平坦で
ゆるいアップダウンがあるくらい。
このあたりでNさんが故障の調子が悪化してきたとのことでペースダウンし、
このあと前後しながら進むことになりました。
52km地点に小さいエイド。飲料補給。
55km地点の栄上交差点を道なりに右へのぼり。

のぼりきると海が見えて、軍艦島が見えました。
ここから海岸線をアップダウンを繰り返し約5km進みます。
黒浜の集落におりてからは平坦になります。

60.8km地点に小さいエイド。飲料補給とトイレ。
キロ10分台を越えてきました。
う〜ん、もう少し先で越えたかった。

65km地点の分岐を海側へ。野母崎漁港へ向います。
野母崎の集落を進むうちに薄暗くなってきました。
抜けたら権現山ののぼりです。
のぼりの途中でヘッドライトを点灯しました。
またのぼりでひとり追い抜きました。
70km権現山CP。19:44'57"到着。11'47"/kmペース。
CPからおりて公園の駐車場のエイドで
あったかいミネストローネをいただきました。

とりあえずの最低限の目標だった70kmに届いたので
「心が折れてきた」とエイドにいるkimiさんに言うと
「折れない折れない」と叱咤激励されました( ̄▽ ̄;)

しかたがない、先に行くか。
Oさんにも樺島まではがんばると言ったし。

ペース的にはまだじゅうぶん先に行けるペースでしたが
アキレス腱がちょっとやばくなってきてました。
頭痛も続いてます。
疲れもたまってきてからだがぎしぎしになってました。
やめる理由はいくつもできあがってました。
もうほとんど走らず歩いてました。
そのうち完走できないペースにまで落ちるのは目に見えてました。
でも、ペースうんぬんよりも
こうも走りができず、ウォーキング大会になりさがっていることが
辛かったです。
なんのために進んでるんだか・・・
ウォーカーとして鍛えてるみたいじゃないか(;・ω・)

「やめる=根性なし」との図式が頭にあるんですが、
「あしたのためを考えろ」との考えもあり、
そんないろいろな思いを
「いま、なにが大事なのか?」というふるいにかけていました。

権現山からの激しいくだりを約2kmくだったら野母新港の集落。
そこから平坦な海岸線を約3km進むと脇岬。
港町を進み76km地点の樺島大橋へののぼりをのぼると
Hさんが私設エイドをしてくれてました。
もうかなり疲れてきていたので
とてもうれしかったです。
だいぶ心が折れかかっていたので
少し椅子に座って休ませてもらいました。
それで先へ進む気力が少し出てきました。

樺島の町を抜けると、樺島灯台へとまたのぼりです。
のぼりだしてしばらくして雨が降りだしました。
3kmの真っ暗な森の道を進むと
頭上に樺島灯台の火が回ってます。
灯台のふもとが80.7km地点CP。

チェックがおわると樺島の町へと折り返します。
もう、このへんでは7時や10時13時スタートの人たちが入り乱れて
真っ暗な森の中でもこわくありませんでした。
真っ暗でヘッドライトもつけてるので
だれがだれだかわからないけど、
「お疲れさまです」と声をかけあいながらすれ違って
やっぱり大会っていいなあと思いました。

が、樺島を過ぎたら次のエイドまで
また真っ暗なアップダウンの寂しい道を進まなければなりません。
走れていれば、まだいいけれど、
のろのろと歩きで一人きりで進むのは辛いです。

樺島の町にはカレーエイドがあり、ここが83km地点です。
ここでやめることにしました。
23:43'14"。
17時間43分14秒で大会を終えました。
12'48"/kmペースでした。
完走ペースを越えました。

エイドにはNさんが先に到着してて
リタイアするかどうか迷ってると言いました。

N御大がいました。
力強く「俺は行くよ!」と言って出発して行きました。
心を揺さぶられました。

でも、わたしは次につなげるために
リタイアを決めました。

「リタイアします」と高らかに宣言したら
Nさんはじめ、まわりで休んでた人たちが何人か連鎖反応みたいに
「俺も」「俺も」と言いました。
悩んでいたのが吹っ切れたというか、つられたというか・・・
なんだか気持ち、わかります(;・∀・)

スタッフの車で115km地点の茂木エイドまで行きました。
そこで朝まで仮眠しました。
起きて行くとやまげんさんやらあずきさんやらH瀬さんといった
強い人たちがリタイアしていました。
ゴール会場へはマイクロバスで行きましたが
1台で乗り切れないほどリタイア者がいました。
バスの中にも「あ!」とびっくりするくらい
知り合いが乗ってました。

バスに揺られながらみんなぐっすり寝てました。
口開けて「ゴゴ・・・」といびきをかいてる人もいましたが
いいよ、ぜんぜんいいよ。
がんばったんだからね、と思いました。

ゴールの小浜についたら、ボラのお手伝いをしました。
思い返してみたら、ああ、自分も選手だったと忘れるくらい
ボラの時間も長かったなあ。

今回も、あしたのためにと思ってムリせず走らずリタイアを決めました。
いい判断だったと思っています。
でも、ほんっと走れないのが辛かった。
絶対治す!と思いました。
だから、秋に273kmに出るのはやめます。
じっくり完治に向おうと思います。

それから、今回、のぼりの歩きが速かったことと
階段をガシガシのぼれるようになっていたのはうれしかったです。
ハイカーとして成長している模様です。
いや、ランナーとして復活したいのよ、わたし。

今後はもっと走りをじっくり練習しようと思います。



今回進んだ道です。

たくさん、いろんなことがありました。
おもしろいこともてんこ盛りにありました。
つどってくる人たちは素敵な人がいっぱいです。
やっぱり橘湾岸は大好きな大会です。
秋は走るかどうかまだわかりませんが
参加はかならずしようと思います。
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九十九島ウルトラジョグトリップ

2017年04月24日 11時24分46秒 | 大会記

4月22日発売の小説新潮の見本が来てました。
窪美澄さんの連載作品「トリニティ」第二話の扉絵。


いま、わたしにしてはめずらしく、
白人を描く仕事が入ってます。
こういうちょっと変わった色で塗ろうと思っているので
ざっと習作を描いてデザイナーさんに相談しOKをもらいました。

この作業をある程度進めてから、
日曜日の九十九島ジョグトリップに参加のため
土曜日の夕方から出かけました。

で、その前にテーピング。

前回よりもパワーアップ!
がちがちに巻きまくりました。
さあ、これで行けるか?

23日の1時スタートなのを1時間アーリーさせてもらってスタートしました。
が、
また動けなくて、さらにアキレス腱も痛くて、
ほとんど走れませんでした( ̄◆ ̄;)

2キロすぎには一緒にスタートしたいなちゃんにも置いてけぼりになり
ひとりになりました。
12キロあたりで1時間遅れでスタートしたkimiさんに追いつかれました。
速っ!キロ6分ちょっとで走ってるようです。
少し話して、いつもながらのきれいな走りで先に行ってしまいました。
kimiさんのチカチカライトが見えなくなるまで
ほれぼれしながら見送りました。

16.5キロあたりの施設の公園のトイレ前後で
ほかのみなさん全員に抜かれた模様です(;・ω・)
ま、いつものパターン。

それにしても、ひとりきりで夜中の山道は気色悪いもんです(- -;)
夜が明けるまでは、だれかと一緒がいいなと思います。
なんとか人に付いて行けるくらいの走力がついたらなあと
切に思いました。

24キロ付近で、恒例のコーセー先生のオアシス(ジョグトリップではエイドをオアシスと言います)がありました。
遅いわたしのために、時間を延長して待っててくれました。
そうめんの入ったお味噌汁とくりぜんざいといちごをいただきました。
あったまりました〜( ̄▽ ̄)
コーセー先生はこのあと73キロ地点で
カレーオアシスをしてくれます。
でも、ワープしたので行けませんでした。


オレンジ色の三日月。
森の中でやっと空が白んできました。


夜明けの山里。




まともに走れず苦しいですが
壮大でのどかで美しい山里に癒されます。



いい天気になりました。
空が青いぜ。

走れず辛いけど、でも、楽しめるだろ。
景色と空に元気づけられました。


松浦の火力発電所です。
工場萌えにはたまらない景色。


このあたりは松浦鉄道に沿うようにコースを進みます。


飛び石を渡る川。


その先の沈下橋。







45キロ地点には、トーマさんオアシスがあり、
おいしいコンソメスープとケーキをいただきました。

元気回復し、ここから峠越えをします。

が、だんだんくたびれて、
ときどき座り込んで休みました。体力落ちたな〜。

なんとか峠は越えて、
53キロの江迎鹿町駅で終了としました。



こんなのいただきました。
本土最西端神崎鼻訪問証明書。
ワープして行ってないけど(^^;)



53.1km 12時間6分でした。
ペースは全体で13'40/kmで、
これは茂木の関門タイムにドンピシャなんだけど、
う〜ん、弱すぎ。
こんなんじゃ湾岸で100km越えはムリだな〜。

でも、ダメージなし。
アキレス腱は結局悪化せず無事でした。
むしろあちこちのコリがやわらいでる。
毎度のロングの不思議な効能( ̄▽ ̄)
筋肉痛はすねと坐骨周辺に少しだけ。

あまりの動けなさにゴールしたときには気落ちしてて
橘は出走をやめようかと思いました。
でも、コース上で見た青い空とのどかな景色に
元気をもらったんでしょう。
わたしの回りには、走れなくなった走友が何人かいます。
わたしはろくに走れはしないけど、こうして動けます。
こんなに楽しめると思いました。
できないことを悲しむよりも
いまできることを喜ぼうと思いました。
だから、少ししか進めなくても走ろうと思います。
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おぎようかん駄マラニック55キロ走ってきました。

2014年10月27日 20時45分54秒 | 大会記

きのうは創業祭でてんやわんやのバイト先に
お休みもらって(みんなごめ〜ん(^-^;)
おぎようかん駄マラニックに参加してきました。

外科での診断にビビってしまい、
今回の駄マラはもう出ない方がいいと思ったりもしたんですが、
それならもう、この先走らないことになるのか?
リタイアにならないうちから走りもしないなら、
この先走る機会なんて作れやしないじゃないか。
とりあえず、スタートしてみたら?
でも、途中でダメだと思ったときに、
今回のコースはワープもショートカットもしにくいコースで
どうしたらいいの?そこで無理をしてしまうんじゃないか?
と、あれこれ悩んだんですが、
とりあえずスタートすることにしました。
コースはこんなんです。
↓アップダウンが素敵すぎます( ̄◆ ̄;)
Dsc_0153b

Dsc_0157b
あの山をのぼったんだっけ?
あともうちょっとで50キロエイドだ。。。。
50キロなんて距離は久々です。
春の橘173キロ以来かなあ。
でも、痛みはあるものの、今回は、
あのときとちがってまだ走ることができます。
しかも、あのときのオクラホマミキサーっぽいへんてこな走りじゃなく、
ほぼまともな動きでの走りができてます。
痛くて走り続けられなくても、走れるだけでも
うれしいなあ、、、、
なんてこと思いながら、歩いては歩いて、
ちょっと走っては歩いて・・・と進みました。
50キロエイドの少し手前でI岡さんが追いついてきました。
マメができたのでゆっくり進んでるそうです。
エイドまで一緒に話ながら歩きました。
50キロエイドにはみかんが用意されてました。
50キロエイド到着は何時だったかな?
う〜ん、この調子だと17時につくかなあ?
と思うような時間でした。

このあともあまり走れず、でも、無理しないように
がんばって走ることはしないようにしました。
それでもときどき走りを入れて進みました。
ゴール手前100メートルほどだけ、
がんばって走りました。
ゴールは17時ごろ。
9時間30分で完走することができました。
上出来です( ̄▽ ̄)
思っていた以上に走れました。
さて、ダメージはどうでしょうか?

今日もバイトはお休みをもらってます。
買い物にちょっと出かけただけでゆっくり休むようにしています。
いまのところ筋肉痛は出ていません。
あのくだりのダメージはなかったのかな?
股関節へのダメージは、なんだか疲れがあるみたいだな〜
くらいの感覚です。
明日以降に出るのか???
さ〜、どうかな?

とにかく、たっぷりと橘の坂練習ができたなと思います。
このまま筋肉痛が出ず、ダメージが現れなければ
筋力の点では、現時点でもう大丈夫と言えるかと思います。

それにしても、最近の最長不倒距離は
先日の青襷くんとのウォーキングの25キロくらいで、
それ以上は、9月28日の駄マラ半分30キロ、
9月16日の志賀島一周36キロ、
9月9日の三郡縦走26キロ。
これまでに比べて、長い距離の練習は
かなり少ないので、今回の55キロは、
いまの状態から考えて、とても完走できそうにないと思っていたのに
無事に完走できて、しかも歩きがほとんどになったとはいえ、
最後まで走ることができて、
しかも、無理したへんな走りではなく、
かなりまともな動きの走りができていました。
このことは、ほんとうにうれしいです。

ペースはキロ10分21秒で、
橘の距離103キロに換算すると17時間47分なので、
完走ペースよりも遅いです。
完走はできないかもしれないけど、
なんとかスタートラインには立ちたい!
と思えるだけの結果にはなったんじゃないかと思っています。

あと4週間ほどで橘です。
このままダメージが現れず、うまく練習が積めて、
そして、無事に橘のスタートラインに立てたらいいなあ。

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橘湾岸春のステージL173完歩記-2

2014年05月15日 18時48分25秒 | 大会記

野母崎の漁港をすぎて、権現山ののぼりに入ります。
ここは往復するので、先行したランナーに会えて元気が出ます。
出ますが、坂がすごくてそれどころじゃないっつうか・・・
でも、気持ちは前向きになれます(^^)
P1010001b
さあ、これから夜が始まるぞ。

樺島漁港でコーセーさんがハデな電飾で
樺島灯台への道案内をしてくれてました。
暗い中を灯台へ行くと
今年もH田さんご夫妻がエイドをしてくれてました。
樺島灯台CPで80キロを越えました。
くだりではしばらくbianchさんと一緒でした。
ムカデとかが道にいるのが楽しいそうな。。。
樺島のエイドではカレーのほかに

こんなエイド食が!!
まあ、豪華!!
さあ、元気貰って夜の道を出発しました。
漁港であずきさんに会いました。
ちょっと元気がなさそうでした。
そして、樺島大橋をわたる手前で12時スタートの一番手の人に
元気に声をかけられながら抜かれました。
脇岬の街をすぎたら、いよいよのぼりのはじまりです。

真っ暗〜。
ひとりだとこわいだろうなと思ってましたが、
案外そうでもなかったです。
川原までにときどき抜かれながら
ほぼひとりでした。
途中、うずくまっている人がいて
「だいじょうぶですか?」と声をかけたけど、
よく見たらストレッチをしているのでした。
その人としばらく一緒に進みました。
わたしがストレッチのために止まったら
自然とその人とは別れました。
でも、しばらく行くと、またその人がストレッチしていて
つぎのエイドでリタイアします、と言いました。
わたしは先行しました。
収容担当のキタさんが車で来て
「乗ってく?」と誘います。おい、こら。
ランボーさんが途中元気に抜いて行きました。
夜中のことは、川原の手前だったか、茂木の手前だったか
記憶がさだかではありません。
川原でテーピングをしてから出発しました。
すねの痛みと、ともに足首が痛くなってました。
くだりの衝撃がさらに辛くなってました。
どうやったら走れるかがさらに難しくなりました。
でも、茂木まで進めました。
今回は暗いうちに茂木に到着できました。
エイドにはkimiさんたちがいてくれました。
N国さんと会いました。
去年のWのときに帰りに彼女とシューズを取り違えて
後日送りあったということがありました。
彼女も足が痛くなっていて、
くだりしか走れないと言ってました。
ここまで来るとみんな故障者状態で、
わたしの仲間だ( ̄▽ ̄)
妙に勇気づけられて出発しました。

それにしても、今回は痛み止めがききません。
茂木を過ぎてしばらくしたら夜が明けてきたけど、
ぜんぜん痛みが弱まることはありませんでした。
まともに走るのはあきらめて、
このへんからオクラホマミキサーのステップのような走りで走っていました。
そうして、だんだんに、なんだって、治らないんだ!
なんでいつもこんなめにあわないといけないんだ!
と、腹がたってきました。
走りたい!走れる足になったっていいじゃないか!
わたしだって走ったっていいじゃないか!
と、泣きました。
そして、日見の街へのくだりを
泣きながら、走りたい!走りたいんだ!と言いながら
痛みを無視して走ってみました。
そしたら、普通の走りができました。
でも、異常です。走るべきでない痛みを無視している状態です。
それでも、わたしだって走りたいんです。
好きで歩いていたり、ビッコで進んだり、オクラホマミキサーしてるんじゃない。
普通に走りたい!
やぶれかぶれとはこういう状態をいうんでしょう。
怒りにまかせて走れるだけ走りました。
むちゃくちゃに痛かった・・・(≧д≦)
そうやって日見のエイドについたら
抹茶んに思い切り愚痴りました。
そして元気を回復して、また走って出発しました。

でも、かなりまずい状態のようです。
てか、痛さがハンパじゃない。
これを無理しているというんだろう。
ほんとうに壊れてしまうかもしれない。
走れない足になりそうな気がしてきて
歩くことにしました。
結いが浜でじゅんじゅんやS島さんやいび先生に抜かれました。
いいなあ、みんな走れて。
てくてく進みました。
飯盛峠のエイドには、てくさんがいました。
来れないと思っていたのでうれしかったです。
おいしいぼたもちを食べて
遠くに見える島原半島をながめました。
あそこまでいくのか〜。遠いわ。歩きじゃ。
気が遠くなりそうでしたが、スタートしました。

とにかくなんとかして関門を通過して
最後までいけるようにしなくちゃ。
くだりの終盤は痛みをがまんして駆け下りました。
じゃがいも畑でことしも颯爽と
とっきゅうさんに抜かれました。
ジャガイモ畑のエイドにはkimiさんたちがいてくれました。
それに大会前に怪我をしてDNSのゆきごんさんも
エイドをしてくれていました(^^)
膝を不安がっていたがっつさんが元気に走って行きました。
80キロのトップも元気に走って行きました。
kimiさんたちに
歩いても間に合うから!と言ってもらえて
歩きに徹して最後までいく!
腹をくくりました。
だいじょうぶ、間に合うから。
あせらず、からだをさいごまでもたせることを考えて進もう。
このころ、ときどき足から力が抜けたり
頭がふらふらするようになっていたので、
無理したら最後までもたない感じでした。

それにしても、進まない。
正直、かなり萎えました。
前後に人がいないときには、ときどき泣きました。
走りたい。走りたい。

このころには、元気な80キロ部門、55キロ部門のひとたちが
どんどん抜いて行きました。
有喜のエイドも人がたくさんいました。
あいあいさんや抹茶んたちがいてくれてました。
173キロ部門の人たちは、
わたしと似たような状態の人たちが多くなってます。
わたしもがんばろう。

唐比に行く手前くらいから、おなじ人たちとずっと一緒でした。
でも、わたしは早く歩けなくなっていたので
彼らが休んだら追いつく、という状態でした。
唐比のエイドで絶対関門はだいじょうぶだよと言ってもらえて
安心してまたぼちぼちとスタートしました。
千々石海岸の道で、オールスター総出演なみに
たくさんの走友に会いました。
さかっち、N島さん、H房さん、H田さん、Dさん、N野さん・・・・
まるで同窓会みたい。

やっとのことで、最終関門千々石集会所CPに着きました。
けがでDNSしてスタッフにまわっていたキタさんがいました。
「うらやましい」と言われました。
そう、出走できるだけでも幸せです。
そして、関門通過できて、ゴールまで行けます。
あと9.8キロだ。

軽便鉄道あとの道を進みます。
しまねこさんが声をかけてきました。
今年はちょっときつそうでした。
トミーさんは軽快に走ってやってきました。
ありっちもいい走りで抜いて行きました。

どうも最終走者になりそうだぞ。
でも、とにかくどうでもいいからゴールに行くしかない。
しかし、きつい・・・
と、ガードレールにつかまって休んでると
見ず知らずのおばさんが車をとめて
「乗せて行きましょうか?」と言ってくれました。
なんと親切な!
でも、乗るわけにはいかないので、事情を説明してお礼を言い、
丁重におことわりしました。
んで、最後の国道に出てからの3キロの長いこと・・・
まだかい、まだかい、とストレッチしつつ
のろのろと進みました。
のろのろとしか動けなくなっていたんです。
ときどき、車の人から
「がんばって!」と声をかけてもらえました。
がんばってるけど、そうは見えないだろうな〜。
必死にのろのろ歩いていたら、
やっとゴールが見えてきました。
そしたら、Y中さんが迎えにきてくれました。
去年、ともにWを走った人です。
うれしかったです。
そうやって、たくさんの人に迎えてもらって
やっとこさゴールにたどり着きました。
34時間48分。
長かった〜〜〜〜〜〜。

みんながばんざーい!ばんざーい!とやってくれて、
そしたら
うれしいのと、辛かったのと、ゴールに着けてほっとしたのとが一緒になって
涙があふれてきました。

ああ、やっぱり、感謝です。
こうして思い返してみたら。
スタッフのみなさん、それに応援してくださったみなさん、
それと、ともに走ってくださったみなさん、
ありがとうございました!!!
やっぱり、あんなに辛かったのに
楽しかったぁ〜!て、思います。
なんででしょうね?

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橘湾岸春のステージL173完歩記-1

2014年05月15日 18時47分46秒 | 大会記

もう、あれから10日もたったんですね〜。
日にちがたってしまいました・・・
覚えているのは、走れなくて辛かったことと
それにもかかわらず、夢のような素敵な時間を過ごせたという
嬉しい気持ちがいちばんです。
で、細かいことは、
かーなーり忘れてしまいましたΣ(;・∀・)
なので、今回は覚えてる範囲で
おおざっぱにいきたいと思います。
もしかしたら記憶違いも多々あるかと思います。
違うよ、と気がつかれた方は、
ご指摘お願いします。。。

5月3日、バイトが終わったら速攻でJRの鈍行に乗り込みました。
GW期間中なので、特急だと座れないと思ったからです。
博多駅で席が空いたので座ったら、速攻で爆睡・・・
鳥栖で乗り換えるのに寝過ごしてしまい
久留米まで行ってしまいました。
あの電車じゃないと鈍行乗り継ぎで夕方に長崎には着けず、
仕方なく特急に乗りました。
案の定座れず、立ちっぱなしで長崎入り。
水辺の森の受付会場で受付をすませ、
トミーさんや東京のK池さんたちと夕食をとり
早めに就寝しました。

5月4日、7:00スタート。
なごやんさんが自転車で並走してくれてました。
でも、足の状態が悪く、ときどき歩かないと進めず、
もどかしい状況。またか、とがっかり。
どこまでもつかなあ、とかなり不安になりました。
稲佐山ののぼりは、一緒になった人たちと
おしゃべりしながら、もはや走る気ナッシングで
のんびりのぼりました。
P1000994b
特製の小さなおにぎりを持たせてくれました。感謝!
あぐりの丘からのくだりでは
前日腰を痛めたというはぎ〜さんが苦しい走りをしていました。
式見の街の少し手前でわたしが先行しました。
海岸線の無人エイドでは、む〜さんご夫妻がいてくれました。
今回は、このむ〜さんをはじめ、
エイドスタッフにずらりとウルトラの猛者たちが並んでいました。
そんな方々にサポートしていただけて、
なんとも贅沢な大会になりました。
む〜さんたちにお礼を言ってほどなく、
今度は福田霊園にむけてののぼりになります。
スタスタ歩いてのぼりました。
ここのエイドでもあいあいさんや抹茶んが先回りして
いてくれました。ありがたや〜!
くだりはがんがん走りました。ときどき歩きが入りますが。
くだって福田の街で、なんといなちゃんに会いました!
会えると思ってなかったので、感激して、
ハグしたい衝動にかられましたが、おさえました(^^;)
氷とアイスと、痛み止めをくれました。
いなちゃんの思いも連れて出発しました。
しばらく平坦ですが、今度は女神大橋へののぼりがあります。
もうあんまり走れなくなっていました。
もうかいっ!早すぎです。まだ40キロくらいしか進んでません。
女神大橋も歩きの割合の方が多い状態でわたりました。
でも、45キロまで進めました。
ここからはわりあい平坦な道が続きます。
どうやったらたくさん走れるかをいろいろ試しながら進みました。
すると家族連れで応援してくれている人がいました。
明日80キロに出場するというO川さんでした。
飲み物とチョコレートをいただき、元気が出ました。
ありがとうございました!
O川さんは翌日みごとに完走されました!
忙しい中で練習されてすばらしいです\(^o^)/
やがて軍艦島が見えてきます。

アップダウンのある、ちょっとせまい道を進みます。
以下宿のエイドでは先日のネイチャーで故障し、
やむなくDNSしボラにまわったきぜんさんや
UTMFを見事完走された川りゅうさんたちがいました。
くだものと飲み物をいただいて、えっちらおっちらスタートしました。
エイドで元気をもらうと、50歩くらい走れるようになりますが、
まただんだんに走れなくなります(´-д-`)
このへんで60キロです。
あと約110キロ。
去年、このへんでM崎さんと
「わかる距離になってきましたね」と喜んだのを思い出しました。
さあ、もうすぐ権現山だ。

書き出したら、いろいろ思い出してきました。
続きます。

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橘湾岸スーパーマラニックW273チャレンジ−6

2013年10月15日 12時10分41秒 | 大会記

21時45分にようやく小浜エイドに着きました。
着替えて、装備を補充して食事して、
時間の計算がしやすいようにと
22時30分に出ました。
残り100キロの制限時間は18時間半しかありません。

む、ムリっぽい・・・
でも、行くだけ行かなきゃ。
リスタートしました。
森先生が「がんばって!」とエールで送り出してくれました。

先を急ぎました。
少し速いペースで、6分30前後で走っていたと思います。
痛みが耐えられなくなったら、30歩く、というふうにして進みました。
とにかく、まずは後半最初のエイド、
186.9キロ地点の津波見エイドをめざしました。
あそこまで、まずはがんばろうと。

muramotoさんとyamanakaさんと3人で前後しながら進んでいました。
このあと、原城の手前まで、ずっと前後しながらの走行となりました。

この区間で、すでに相当の数の100キロランナーに
抜かれてしまいました。
ぼ〜っと抜かれながら進んでましたが、
ふと、この時点で元気な100キロランナーに抜かれたら
まずいんじゃないか?ということに気がつきました。
これはもう少し焦らないといけません。ふらふらしてる場合じゃない。

それにしても眠くてたまらない。
muramotoさんもかなり眠そうです。
ふらふら歩いて、ふと立ち止まります。
立って寝てるんです。
「だいじょうぶですか?」と聞きますが、
もう、だいじょうぶってどこまでがだいじょうぶなんだか・・・
聞いてるわたしもだいじょうぶなのかどうか、あやしい状態です。
歩き出すととたんにモウロウとしてきます。
ガードレールについてるポールが
ロングコートを着た人の後ろ姿に見えたりします。
近づいたら、あ、見間違いか、と思うんですが、
これが、みんなが言う幻覚だったようです。
いろんなものが人に見えました。
わたしのすぐ横にはずっと並走している人がいたし、
防波堤に絵が描いてあると、それがするするっと逃げて行きました。

どこかで仮眠しようかと寝るとこを探しながら進みましたが、
適当なところが見つからず、
エイドに着いたら寝かせてもらうことにしました。
津波見エイドでは、リタイアしたたこ嬢さんと河内のおっちゃんが
元気にボラしてくれてました。
そして、奥の椅子で寝かせてくれて
15分たったら起こして、とたのみ、仮眠しました。
仮眠をしたら、少し回復しました。

が、それもつかの間、すぐに眠気が強くなってきました。
次のエイドまで頑張らなきゃ。
つぎは194.4キロ地点口之津エイドです。
エイドとエイドの間はほんの7〜8キロしかないのに
その倍くらいに感じました。
ふらついて、進むのにとても時間がかかりました。

ヘッドライトの光が弱くなってきて
視界が悪くなってきて、さらに眠気が強くなりました。
口之津エイドで電池を取り替えました。

このあたり、通過時間を覚えていません。
多分もう、100キロのランナーみんなに抜かれて
最後尾くらいになっていそうでした。

バス停があったらコースマップを見て、
いま、何キロまできた、と、
1キロ程度の進みをはげみに進み続けました。

いつのまにか muramotoさんは視界からいなくなっていました。
反対車線がわの歩道をyamanakaさんが歩いていました。
原城址入口までは、できるだけ走ろうと思いました。
yamanakaさんを抜いて、先へと進みました。

原城址入口まで、ひどく長く感じました。
かどをやっとの思いでまがると、少しほっとしましたが、
のんびりしているわけにはいきません。
できるだけ走りました。
でも、お城への坂道は歩いてしまいました。

と、エイドに着くと、誰もいませんでした。
荷物は置きっぱなしで、鍋もタッパも蓋も閉めずに
なにもかもやりっぱなしで置いて行ってあります。
まるでなにかに襲われて、あわてて逃げたあとみたいでした。
なにかあったのかな?と思いながらも、
奥のチェックポイントに急ぎました。

すると、後方から呼ばれて、
パンチがこわれているから、こっちでチェックします〜!
とスタッフが叫んでいます。
そそくさともどり、チェックを受けました。
エイドスタッフは4時半で先に行ったそうです。
このとき、5時半をすぎていたと思います。

あちゃ〜、前半ゆっくりしすぎました。
もう絶望的になってきました。

エイドのおかゆを暖め直して食べようかと思いましたが、
そんな時間はありません。
くだものを少しつまんで出発しました。

原城趾を出てからは、必死に走って先を急ぎました。
必死に走ってたら、前からスタッフ車がきました。
ぎんさんやりょうじさん、ママさんたちが乗っていて
あったかいものをつくってあげようか?
と言ってくれましたが、もう時間がありません。
「時間がないのでいいです」と言って先に進みました。

ほどなく、明るくなってきました。
3日目の朝が来ました。
P1000595b
なんだか気持ちは無感動状態でした。
ショックもなければほっとしてるわけでもない。
まわりにはまだまだレースを続けているランナーがたくさんうごめいている中で
自分は終わっている。
心の整理が着いていないとは、ああいう状態をいうのでしょうか。
そのうちにバスが来て、すばらしく荒い運転で小浜に向かいました。
バスの中ではぶんぶんふりまわされているにもかかわらず爆睡していました。

ゴール会場にもどると
oobaさん、nisidaさん、Hさん、Dさんの
リタイアした諸先輩がたがかいがいしくボラしていました。
なんだかかわいかったです。
そして、わたしを見つけたDさんが、開口一番
「俺が早くに離れていればよかったな、足を引っ張ってごめんな」
と言いました。
ああ、わたしはDさんをできるだけ引っ張りたかった。
頼まれたわけではないのに、そうしたかったからした。
自分も前に人がいてくれることでがんばれるから
そういう役割をしたかったし、
夜を越えるためにともに走ってくれたDさんと
できるだけ一緒に行きたくて行ったのでした。
でも、むしろ離れて行った方が、Dさんの心の負担にならなくて
よかったのかなと思いました。

お風呂に入ってから
公民館の部屋で爆睡してました。
起きて少ししたらkimiさんが来ました。
kimiさんは「きょうの平成新山はあの絵のとおりだったよ」と言いました。
そしたら、急に涙があふれてきてkimiさんの腕の中で泣きました。

宴会ではリタイア仲間の諸先輩がたやあいあいさんと同席で
楽しく語り合い、また、次から次に仲間が来てくれて
楽しく過ごしました。
で、リタイア代表でひとこと言うように
縞猫さんからマイクをわたされました。
「とっても悔しいので、
今回の参戦を最後にあとはボラをするつもりでいましたが、
また273に参戦したいと思っています。
リベンジしたいです」
と言っている自分がいました。

今回、208キロまでしか進みませんでしたが
その間の時間は、とてもすてきな時間でした。
いろんな仲間とのいろんなかかわりがあり、
悩みもしたけど、ぼ〜っとした頭ではあったけど、
そのとき最善と思う行動をしたと思っています。
ちがう判断をした方がよかったのかもしれないと
あとで思ったりもしてますが、
あれでよかったんだと思うことにします。
これもまた、思い出です。
いい思い出です。

そういえば、2007年にはじめて橘湾岸に出たとき
Tさんが膝を痛めてたった29キロでやめようとしていたのを
なんとか完走させたくなって
自分のレースをほっぽりだして、Tさんと最後まで歩いたんでした。
遅すぎて、途中ワープさせられました。
あれもまた、いまとなってはいい思い出です。

みなさん、いい思い出をつくってくださって
ありがとうございました。
次にチャレンジするときには
どんな思い出ができるのかなあ?

「リトライ」します。
きっと今度こそ負けずにがんばりたいです。

コメント (11)
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橘湾岸スーパーマラニックW273チャレンジ−5

2013年10月15日 12時06分27秒 | 大会記

痛みはハンパじゃなかったけど
完走するためにはがんばらないと。
エイドで少し休んだら少し走れそうになったので
くだりをそろそろと走り出しました。
そのうちにだんだん走れるようになってきたので
必死にくだりました。
くだりきったら、さっき抜かれた2人組が見えました。
このふたりが見える範囲で進みたいと思いました。
でも、少し行くとくねくね道で見えなくなりました。
P1000590b

必死に走っていると、nisidaさんがとぼとぼ歩いていました。
oobaさんとharadaさんとで来ていて
この唐比の海岸線への入口に迷って遅くなったそうです。
ふたりは先に行ったようです。
で、リタイアすると言ったけど、kimiさんから
それでも小浜までは自分の足で行きなさいと言われたそうで
しかたなく進んでるそうです。
きつそうでしたが、大丈夫そうだったので
わたしは先を急ぎました。

でも、千々石海岸は足下が不安でほとんど歩きました。
千々石海岸にはmatuoさんとてくさんたちがエイドをしてくれていました。
162.3キロ地点。
ここを19時03分に出発しました。
小浜まで11キロ。
いまのペースでいければ、20時台に到着できるんじゃないか、
と望みをつなぎ、また先を急ぎました。

でも、この先は、ちょっと不気味な軽便鉄道あとの道です。
こわいな、と思いながら走っていると
前方からライトが進んできました。
ランナーです。
Hさんでした。
道がわからなくなって、おなじところをぐるぐるまわってる
と言うので、こっちですよ、
と一緒に行くことにしました。
でも、ペースが遅いです。
からだが傾いて、ふらふらしていて、
とてもひとりにしておけません。
どうしよう、遅くなってしまう。
でも、ここで彼をほったらかして
仮に完走できても、後味がわるいんじゃないの?
なにがだいじなの?
完走?
仲間はだいじなんじゃないの?
レース中にこんな悩みをかかえるなんて
考えてもいませんでした。

しょうがないよね。
レース、のまえに、人としてどうかだろう。
そう考えて、Hさんと行くことにしました。

そんなわたし自身も2日目の夜で
ときどきぼ〜っとしていました。
それで、国道に出るところを間違えたと勘違いし、
Hさんに休んでもらって、少しあたりを
行ったり来たりしたこともありました。
そんなこともあって、
国道に出るまでにずいぶん時間がかかってしまいました。

Hさんは、すっかり気力を失っていて
タクシーで小浜エイドに行くから、と言いました。
しばらく一緒にタクシーを探しましたが
Hさんが、いいよと言うので、わたしはひとりで
小浜エイドを目指すことにしました。

でももう、この時点で21時20分を過ぎていました。
でも、やれるだけのことをしようと思って
ここから小浜エイドまで、必死に走りました。

走ってたら、前からじゅんじゅんが来ました。
ちゃんぽんを食べに行くところだったそうですが、
わたしと一緒に小浜エイドまで走ってくれました。

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橘湾岸スーパーマラニックW273チャレンジ−4

2013年10月15日 11時59分35秒 | 大会記

わたしは夜明けとともに
少しずつ走れるようになってきました。
ここまでで、少し予定オーバーです。
ついにトータルの平均ペースがキロ12分を越えてしまいました。
少しペースアップをしないとまずいです。
わたしは走れるようになってきましたが、
Dさんはあいかわらず調子が悪そうです。
でも、一緒に進みたいです。
でも・・・遅すぎる。
「置いて行こうか」とも思いましたが、
ここまでわたしにつきあってくれたDさんを置いて行きたくありません。

P1000581b
結の浜をすぎ、飯盛峠ののぼりぐちで
「去年の100キロでチェックシートを拾ってもらったyamanakaです」
とyamanakaさんに挨拶されました。
もうひとりのかたは、名前がわかりませんでした。
ふたりに抜かれつつ、進みました。
わたしはこのとき、
ふくらはぎがつりかけていたので、歩いていました。

P1000586b
飯盛峠138.8キロCPには14:23に着きました。
後半戦の島原半島がくっきり見えました。
あの端っこまで行って、その先をぐるっとまわって
あの雲仙をのぼっておりてくるのか・・・

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橘湾岸スーパーマラニックW273チャレンジ−3

2013年10月15日 11時48分27秒 | 大会記

しかし、あいかわらず走れない。
権現山のくだりも、ほぼ歩きで進みました。
そのうちに走れるようになると思って進んでいました。

坂の途中でコーセーさんが
わざわざつりどめの薬を買って届けに来てくれました。

山をくだりきったら海岸線を樺島に向かいます。
樺島漁港から山を登り、樺島灯台まで行きます。
80.7キロ地点、樺島灯台のCPでは、
hirataさんご夫妻がエイドをしてくださっていました。
あったかいスープであったまって
再スタートしました。

山をくだって漁港には
蒲島公民館エイドがあります。
こっちゃんはじめの九州爆走女のメンバーが担当してくれていました。
ここでカレーやくだものなどをいただき、
これからはじまる険しい峠越えに備えます。

あずきさんに会いました。
16時スタートなので、
ここまで6分前半のペースで来てるようです。
速い!

P1000565b

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橘湾岸スーパーマラニックW273チャレンジ−2

2013年10月15日 11時42分48秒 | 大会記

四苦八苦しながら進むうちに
女神大橋へのトンネルにつきました。
歩行者道路の入口で少し迷いましたが
なんとかわかって
ようやく女神大橋を渡りました。
P1000547b
45キロ地点女神大橋エイドではうどんが山盛り出されました。
食べきれないというと、茂子ねえさんが
食べてあげるよと言って引き受けてくれました。
Hさんも食べきれないと残してました。
あいあいさんが、わたしがけいれんをおこしていると
スタッフに言ってくれてたようで
コーセーさんが薬をくれました。
Hさんは先に出発して行きました。
そこへoobaさんとDさんが来ました。
そして、これから暗くなるから一緒に行く方がいいと言われました。
ここからは、Dさんとoobaさんと一緒に行くことになりました。
これから、1日目の長い夜がはじまります。
ヘッドライトとチカチカライトを点灯しました。

ふたりがゆっくり進んでくれたので、
なんとかついて行くことができました。
歩きメインで、でも、歩いてばかりだと
だんだん走りの動きができなくなるので
ときどき走ってついていきました。

54キロあたりのドラッグストアで
食料と飲料を調達して
少し休憩しました。
そのあと少しして、だんだんにoobaさんが
先に離れて行きました。
それからはDさんと進みました。
わたしはこのへんから
走れなくなってきました。
そのかわりに、歩きで内転がなくなり、
少し速く歩けるようになってきました。
硬直の症状が変わってきていました。

20時を少しすぎたころ、
58キロあたりの海岸線で
家族連れのかたがたがエイドをしてくれていました。
かわいい男の子がチョコレートをくれました。

それから少し先の以下宿、60キロ地点で
またいなちゃんがエイドをしてくれていました。
なぜかいなちゃんエイドはほっとします。
旧知の仲間がしてくれてるからでしょうか。

このあたりで13時スタートのランナーに抜かれだしました。

野母崎漁港をすぎて
kimiさんが待ってくれている権現山エイドをめざします。
のぼりで10時スタートのランナー、13時スタートのランナーとすれ違います。
人にたくさん会えるとほっとします。
70キロ地点、権現山エイドには22時36分頃着きました。
kimiさんは、173のときは
ハッパをかけるような勢いで元気づけてくれましたが
今回は心配でたまらないふうです。
そんなkimiさんのためにもがんばりたいと思いました。
kimiさんもけいれんのことを知っていて
塩サプリをくれました。

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