今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

登呂遺跡(静岡県静岡市駿河区登呂)

2017年06月20日 | 名所・旧跡

特別史跡 登呂遺跡
昔、歴史教科書で学んだ記憶はあるが、詳細については全く理解していない。
弥生時代後期のもので2度目の洪水で集落が埋没する直前の住居のうち4軒と高床倉庫2棟、祭殿1棟が復元されている。



祭殿
正面の幅7m、奥行き4m。棟木を建物本体の外側で支える棟持柱(むねもちはしら)が特徴。



登呂ムラ全体の儀式(豊作祈願やその占い)や重要な話し合いなどに使われたと考えられる。
建物の前に広場が設けられ、周囲の溝によって、住居とは区別された特別な区域であったと考えられる。



廃絶後の状況を示す住居跡
柱や梁、羽目板、屋根などの上屋の構造材を取り去った住居跡。
環状に盛土された周堤と土留めの板材、床面には抜き去られた柱の跡を再現している。



2号住居
昭和25年に発見された住居跡を復原。



上屋は4本の柱で支え、床の中央に炉を設けている。



周堤は盛土され、内側に羽目板をめぐらす。






3号住居
昭和23年に発見。






1号住居
昭和22年に発見。



住居の中で炉を使用しての各種の体験をしている。



4号住居






2号高床倉庫
平成12年の再調査で発見された。6本柱の高床倉庫跡。
柱間は3.9m×2.3m、床板までの高さは推定で1.3m。穀物類の保管を目的とした建物。



火おこし体験



摩擦熱を利用した体験で小学生姉妹が挑戦。見事に成功し大喜び。



次に姉妹の父親が違った道具による難関の火おこしに挑戦。結果は残念ながら失敗、楽しい一時でした。



丸太割体験
丸太をそれよりも硬い木片でくさびを入れ、木槌で割っていくというもの。



現在、遺跡は登呂公園として整備されている。親子連れが多く体験などもあり十分楽しむことができる。



残っている場所を廻ってみる。
住居を見ながら、現在のキャンプ用のテントと構造が似ていると考えていた。



屋外では大昔の人の智慧が、文明の発達した現代にも活かされているとしたら凄いことだ。






静岡市立登呂博物館
登呂公園内に隣接している。博物館内は初めての経験だが写真撮影禁止になっている。



撮影 平成29年5月13日
ジャンル:
文化
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2 コメント

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幼少時に住んでいたような (OTETSUDAI @)
2017-06-21 15:53:17
以前にも登呂の遺跡は紹介してくれたと思います。見る度に幼い頃から住んでいた官舎よりも効率的に出来ていると感じました。
私はいつも早合点をして失敗していますが、この写真の後半を観ていて昭和20年代に発見と読んで、「今まで誰も見て気がつかなかったのかナ」と思うほどの間抜けです。発掘して再現したんですね。発掘するまでの苦労は大変だったと思います。またそれを復元する作業も「適当」は許されませんので大変なご苦労だったと思います。
屋根の梁などは昔の人は学校に行かなくても生活の知恵で工夫されたのですね。素晴らしいです。
丸太割りは体験したいですね。火おこし…火遊びは随分したのでもういいです。
今日は一日雨。外も暗くなってきました。雨に濡れずに素晴らしい景色を眺められて至福者です。ありがとうございました。
昨年に続き縄文・弥生文化を堪能 (2014kurumatabi)
2017-06-21 20:00:26
遺跡は、戦時中の1943年(昭和18年)、軍事工場建設の際、その後は再調査の祭に発見されたようです。復原された住居などをよく見ると色々な箇所に工夫があって驚かされます。現在のキャンプ用のテントの形などをみていると屋外ではあの形が雨にも風にも強いという先人の智慧を感じとることができました。
体験学習では火おこしが見ていて楽しかったですね。火遊びはやっていると楽しいですが、大やけどの後遺症で苦しむことがありますので要注意です。丸太割りも木材の硬軟をうまく利用してのもので、全て木で割っていくので驚きです。
昨年は三内丸山、今年は登呂遺跡と縄文・弥生時代の生活を堪能しました。ありがとうございました。

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