江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

船橋の下水道を知る (1)

2016-10-13 | 随想
小学校の担任をしていると、4年生の社会科で水の学習をすることが多い。
文科省の指導要領では、3,4年生が地域を知る学習で、「飲料水・電気・ガスの確保や廃棄物の処理」という内容で扱うようにされている。
しかし、一般的には都道府県単位にまで広がった地域学習は4年生で扱うことが多く、3年生は区市町村程度までにとどめる場合が多い。

この様に「自分の住んでいる地域を知る」ことは、学校教育の中でも大切にされているのだが、大人でも知らないまま過ぎている場合もあるに違いない。
私自身も大方は知っていたものの、具体的な事実については今まで深く調べたりしてはいなかった。

そのため、今回の公民館による企画(高瀬下水処理場見学)は実にタイムリーであった。






高瀬下水処理場は、マリンスタジアムや幕張メッセにつながる東京湾の埋め立て地に造成された施設だ。
バスで到着後、まずはDVDを見て施設の歴史や概要を学んだ。

1993年に建設に着手し、6年後の1999年に水処理施設の供用開始、2002年には高度処理の供用も始め、2005年より全施設が高度処理対応になったということだ。

思えば、私の住居地が公共下水道に繋がれたのは約10数年ほど前だった。
それまでは、水洗便所は家庭用浄化槽で処理され、家庭雑排水と合わせてU字溝に流されていた。
それが更に雨水と合流して、最寄りの川に流れ込んでいたのである。

高瀬下水処理場の施設が高度処理可能になった頃と、我が家の浄化槽撤去の時期がちょうど重なる。
なるほど・・・と思うと同時に、その他のことが気になった。
それは、ここの施設は一部「合流式」のシステムを採用しているからだ。

「分流式」が雨水と汚水を別々の管で集めて、雨水はそのまま川や海に放流し、汚水のみを処理するのに対し、合流式は、雨水も汚水も同じ管で集めて下水処理場へ送られる。

小さいながらも、いつも水が流れていた川の水が次第に細っていったのを思い出す。
貴重な水資源だった雨水まで下水管に奪われ、川辺の景観まで変えてしまったのである。
源流域が宅地開発され、中流域で下水道(合流式)が整備されるに従い、かつての小川はほぼ死滅状態に陥ったと言っても過言ではない。


DVDとパンフレットを眺めながら気が重くなるのを感じた。
しかし、施設の見学はこれからだ。
気を取り直して、真新しい施設の見学に臨んだ。






まず、施設の屋上に上り概観をつかんだ。
かなり広い敷地だ。
東京ドーム4.5個分あるという。
埋立地という場所でなければ、容易に立地できないのではなかろうか。

東京湾に面しているだけあって眺望は素晴らしい。
京葉港が目の前に見えるし、遠く富士山も見渡すことができる。
そして、すぐ真下には真新しいサッカー場が見えるではないか。
これは、下水処理場の施設から下水の臭いを外へ出さないために作られた覆蓋(ふくがい=おおい)の上部を活用して作られた多目的スポーツ施設だという。

人工芝で覆われたきれいなグラウンドは、公式サッカー場としても利用できるそうだ。
ナイター設備も整った本格的な施設である。
まだ完成したばかりで、10月5日から供用開始したそうだ。

尚、ここは船橋市の管轄であり、市は「市民に下水処理場を見近に感じてもらう・地域に開かれた憩いの空間にする)ことをコンセプトに施設の有効活用を図りたいと述べている。



<すばる>







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