江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

「共謀罪」と「学び方改革」②

2017-06-02 | 随想
◆新学習指導要領のある側面に目を向けると

中教審は昨年12月に答申を出し、今年の3月には新しい学習指導要領が文科省告示されました。
これも、安倍内閣の教育改革の一環として政府によって公示されたものです。

基本的には改悪教基法の理念を反映した「改革」であり、小学校への英語導入や道徳教科化等による弊害や、授業時数増による子どもや教員への負担増等の問題点が山積し別途批判する必要はありますが、「教育観」や「学びの在り方」といった視点からは、今までにはない本質的なものをうかがうことができます。

例えば、「主体的・対話的で深い学び」というキーワードの実現を文科省自身が語っているからです。

この一点だけに絞って見ると、一足先に学校現場で言われ出したアクティブラーニングの在り方の多様性や創造性が求められ、子ども以上に教員側が自由な発想で主体的に動かなくては成立しない様相です。
当然、子どもたちは共に話し合い共に活動する授業展開が予想されます。

もちろん、この過程で学びの本質を全く理解できない行政当局が、現場を甘く見て「てびき」を作成したり研修を強制してひな形にはめようとするなら徹底的に拒否すべきです。
少なくとも、「学び方改革」の趣旨をふまえれば自由が保障されなくては一歩も前へ進めないからです。



因みに、「主体的・対話的で深い学び」って、私(たち)が求めて研究・実践してきたものです。
もちろん不十分ではありましたが、上辺の知識より子ども自身の認識を相互に高め合うことを優先した実践は、当初は一般的でないばかりか「おさえるべき(科学的に吟味された)中心概念から外れている」と身内(社会科研究部)から批判されたり、指導要領から逸脱していると教育委員会から指摘されたりしていました。

ところが今度は、形に縛られるな! 知識内容より何ができるようになるかだ! 能力を高めることが肝心だ! 等の掛け声さえ聞こえそうな勢いなのです。
これは、ある意味「教育の結果責任」を教員に問い、教育の市場化に傾れ込んだアメリカの公教育の失敗(後日、日米教育政策の過ちについて詳細を述べたい。)にも通じるものがありますが、少なくとも子ども同士の自由な話し合いを重要視したものであることは確かです。


正直なところ、このキーワードを作り上げた文科省の役人や学者は安倍信三首相の思想性とは同一のものとは思えません。
(現場での実践まで責任をもって見つめてもらいたい思いはありますが・・・)
しかし、本音は別のところににあろうと第二次安倍内閣が目玉の一つとして掲げた「学び方改革」であることは否定できません。



◆「主体的・対話的で深い学び」を武器に!

これからの学校の教室では、学びの主人公の子どもたちが喧々諤々と主体的に対話を繰り返します。
それを教員が支援しなければなりません。
ところが、一歩世の中へ出ると「壁に耳あり障子に目あり」、人々がうっかり話もできないような一億総監視社会が待っています。

「共謀罪」は「学び方改革」とは矛盾しています。

 そうであるならば、せっかく政府が提示してくれたものを活用しない手はありません。
世の中の問題を政治のおかしさを、私たちは日常堂々と語り合いましょう!
「主体的・対話的で深い学び」を武器に安倍内閣にノンをつきつけましょう!

               

<M>
ジャンル:
学校
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「共謀罪」と「学び方改革」① | トップ | 自らも多忙化を招いている学... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

随想」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。