Bike&SlowLife

バイクとカメラを愛し、自然を愛し・美しい風景を愛して、ゆっくり生きてる奈良県に住むおじさんの雑記帳です。

下津の長保寺~有田のみかん海道へ

2017年05月03日 | ツーリングレポート
今日も行楽日和である、和歌山県海南市下津町の長保寺から有田市宮崎町のみかん海道へ行って来た。


相変わらず香芝から山麓線 ~五條ICから京奈和道に乗り ~紀ノ川ICで降りて ~R424号で海南市へ、海南IC前からR42号へ入ったら大渋滞だ、すり抜けたり、車と一緒に走ったりして ~「長保寺入口」の交叉点で県道165号へ入る ~1Km余走ったら寺が見えた



木々に覆われた長保持
本堂・櫓・大門と三つそろって国宝の寺は、法隆寺とこの長保持だけだそうです。 大名墓所として全国一の規模とのこと


長保寺は長保二年(1000)、一条天皇の勅願により創建されました。 一条天皇には定子様と彰子様のお二人の皇后がありましたが、定子皇后のお付きの女官が 「枕草子」 を書いた清少納言、 彰子皇后のお付きの女官が 「源氏物語」 を書いた紫式部です。
本堂、多宝塔、大門、鎮守堂といった主要なお堂は鎌倉時代に至り再建されたものです。 仏教の大衆化が進み、地方が独自の経済力と文化の力を誇示し始めた、 日本の 「中世」 を代表する建造物群です。
寛文六年(1666)に紀州家初代藩主頼宜により菩提寺に定められ、 背後の山の斜面に約1万坪の広大な藩主廟所が造営されました。 「周囲が山に囲まれ要害堅固である」 という頼宜の言葉が残されており、 万が一の時の陣地として利用することを考えていました。 荒らされないよう用心のため、字が書かれていない墓標があります。
宗旨は天台宗です。  ・・・・ 長保寺のパンフより



立派な石段、石積み、白壁






国宝の本堂

本堂の奥から墓所へ向かう、鬱蒼と繁った木々の中に紀州徳川家代々当主の立派な墓がある




墓所といってもそこいらにある90Cm四方の墓とはダントツのケタ違い!

約1万坪の山の斜面にこんな墓が造られている
約350年前にこんな立派な大規模な墓所を造るなんて、さすが徳川家なんですねえ!



この寺の前を山へ入って行けば、熊野古道紀伊路の蕪坂塔下王子や拝の峠等あるはずだ、寺の方に聞いたら 「オフロードバイクなら行けるでしょう」 とのこと、そのうち行ってみよう

納得したり感心したりで、長保持を後にして有田市の 「みかん海道」 へ向かう
R42号へ出て有田大橋へ向かう、国道の大渋滞は解消して順調に流れている、みかん海道まで15分程で到着







向こうの右端が白崎海岸です
逆光と曇天のせいか?、ウデのせいか? カメラのせいか? うまく撮れません


帰りは海南ICから阪和自動車道に乗って ~紀ノ川SA付近から京奈和道へ入り ~五條ICまで一本道

さすが高速道路、早いです!

花粉症で体調はイマイチだったが何とか無事帰宅、セロー250で 231Km 走行の一日でした。



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« つつじと新緑の鳥見山 | トップ | 五月晴れ つつじ花咲く神野山 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ツーリングレポート」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL