全国大会 2006 in 神戸のテーマは「リスク・マネジメント2006」。
1995年1月日、午前5時46分。神戸は未曾有のリスクともいえる大地震にみまわれました。
そのとき神戸の企業は…、そしてその後、復興に向けてどういう企業活動をしてきたの
か、さらに今後のビジョンは…
神戸経営研究会では、神戸の代表的な企業「株式会社 ウエシマコーヒーフーズ」の代
表取締役社長上島一泰氏にインタビューしてきました。インタビュアーは、神戸経営研究
会の山本忍、槇野雅央、藤川昌浩、(株)日本創造教育研究所の佐保達郎です。
《参考》株式会社 ウエシマコーヒーフーズ
http://www.ueshima.co.jp/

山本:上島社長、本日はお忙しい中貴重なお時間をつくって頂き、ありがとうございます。
本日は、どうぞよろしくお願いします。
槙野:震災後、本社ビル建て替えに際し、いろいろな思いがあったと思うのですが震災直
後、社員さんはどんな反応だったのでしょうか?
上島:神戸本社を含め、全国で20ヶ所の営業所がありますが震災当時、神戸以外は別世
界でした。震災時直後、神戸支店の横が火事で消し止める水も無く、消防車も来な
い状況で火が消えるまで待っていたのを覚えています。幸い、社員や社員の家族に
怪我人はありませんでしたので、半壊となった自宅へ荷物を取りにいき、夜中家族
を大阪へ連れて行きました。大阪では、人々は、まるで地震などなかったように普
段どおりの生活をされていました。我が社でも周りの支店ではダメージがなかった
ので、各支店から社員が応援に来てくれました。
震災4日後に本社周辺が閉鎖になる前に、社員が徹夜で整理作業を行ってくれまし
たので、書類やコンピューターを全て本社ビルから外へ出すことができました。建
物が崩れる可能性もあったので今から思うと危険な状況で作業してくれたと思いま
す。社員のみんながしっかりと意識を持って行動してくれたと感じています。
私としては本社を大阪に移転する話もあったのですが、長年お世話になった神戸
から移転する時ではない、又、地元資本で頑張れる企業が少なくなっている中で、
復興の一助として、震災2年後の1997年1月17日に本社ビルを建て直すことができま
した。本社ビルとして神戸では、震災後初めてのビルで、1部テナントして事務所
を失った皆さんにも利用していただくことができました。
山本:震災直後の被害状況はどうでしたか。
上島:本社ビルは全壊でしたが、神戸のコーヒーの工場では、1t以上もあるのコーヒー
を焙煎するロースターや包装機が倒れずに、横滑りしただけで済んだので、10日後
には稼動できました。最初は他社にお願いして焙煎して頂くことも考えましたが、
何とか当社で賄うことが出来ましたのも、あの混乱時の中で、水やプロパンガス、
灯油を運んでいただいた関係者の皆さんの協力があってこそです。
今でも昼夜兼行の復旧作業に取り組んで頂いたことは、忘れません。
工場は神戸と高知にありますが、2箇所に工場を分けていたことは、今から思えば、
リスクを分散出来ました。
山本:一時は本社を二宮町へ移されましたが。
上島:瞬時に必要な書類も揃い、コンピューターも利用出来たので被害のなかった二宮町
の神戸支店で業務をしていました。
自宅は半壊で家族と大阪で生活していました。水とガスは長い間復旧しなかったの
で、私も朝5時に起き、大阪から通勤していました。震災後はリスクに関しては大
変敏感になり意識も変りました。リスクヘッジとして他社の例からも報告の遅れが
大きな問題になると感じ、そこで社内で問題(事故など)が起こった時には必ず1
分以内に社長の携帯電話に連絡を入れる仕組みもつくりました。悪いこともすぐに
社長に報告することが重要であり、社風にもいい影響を与えたと思います。1分以
内に報告がないとペナルティとして罰金5,000円も実施しています。普段からこう
いったコミュニケーションをとっておくのもリスクマネジメントに繋がると思いま
す。
山本:当然社内の風通しも良くなりますよね?
上島:情報に関しては役職に関係なくフラットな状態にしておくことが大切であり、こう
いったことも震災が教訓になっています。神戸には、「人と防災未来センター」が
出来ました。地震や防災に関しての情報発信地なろうと取り組んでいます。防災関
連、人命救助の最先端技術などの情報を神戸から発信する試みです。
震災後11年がたち、次のステップとして毎年の1月には防災に関しての情報交換の
場を持つようです。神戸に集まれば最新の震災の情報や対策の情報が入手できるよ
うに取り組んでいます。
山本:これからの神戸に対する思いはいかがでしょうか。
上島:2月16日に神戸空港が開港しましたが、人や物の流れが良くなればと感じています。
さらに神戸は西洋のモダンで、ファッショナブルなイメージがあります。
そのイメージは今後もずっと残していきたいです。神戸にある企業がもっと元気を
出して神戸のブランドのイメージと一致するような活動をしてもらいたいとおもい
ます。地元の人々が震災後、本当の復興を遂げるという意味でも、神戸というネー
ミングを使い、もともとあったモダンな商品作りに徹していかなくてはならないの
ではないでしょうか。私の会社はコーヒーメーカーですが、神戸には洋菓子の有名
メーカーやアパレルなどのファッション関係の企業も多くあります。それぞれ業界
が「神戸ブランド」を創り、発信続けていかなくてはならないと思います。
例えば京都では「古都」「和」と言う京都の人が育て上げたイメージがあり、神戸
の人も同じようにモダンと言う日本と西洋の文化が融合したイメージの意識を持っ
ていかなければ、このままだと神戸ブランドへの意識が薄くなっていくような気が
します。このモダンという地元の人が持っている独特の「感性」を、今後神戸の企
業が出し続けるとこが大切です。この「感性」は具体的には表しにくいですが、地
元の人が持つ独特の「感性」であり、東北には東北の、沖縄には沖縄のカラーであ
ります。言葉では、具体的には表現しにくいですが、神戸のモダンさを神戸の企業
は「感性」を意識して神戸ブランドを出し続けていくのが重要だと思います。これ
を続けていかなければどこの街も個性のない街になっていくのではないでしょうか。
東京でも代官山、自由が丘、青山、銀座といった街の顔があり、懸命にイメージづ
くりをしています。今一度、神戸の持つ神戸らしさを企業がイメージとしてつくっ
ていく必要があります。我が社の商品では「神戸珈琲倶楽部」といったネーミング
で神戸ブランドをアピールしています。
槙野:コーヒーに神戸の地名をつけられている企業は他社にありますか。
上島:あります。神戸珈琲さんや西村珈琲さんも神戸を意識されています。コーヒー業界
に限らず他の業界でも神戸ブランドの発信をもっと行って頂きたいと思っています。
神戸は港のイメージが強いですが、ブラジルへの移民が多く出たことはあまり知ら
れていません。(上島社長は在神戸ブラジル名誉領事)、
神戸とブラジルは縁が深く、1908年ブラジルに移民を乗せた船が日本で最初に神戸
港から出港しています。その後、なんと25万人方が神戸から移民されています。
2008年は移民開始から100周年で、神戸の違う顔を感じます。
山本:当時、移民の方で苦労された方もおおいことでしょうね。そういう意味でも国際都
市神戸を第二の故郷と感じている方も多いと言えますよね。話は戻りますが、経営
研究会の目的は勉強することであり、そして業績をよくすることが最終目的なんで
す。経営研究会に入会しても業績が上がらなければ意味がないと思っています。全
国に2,200名の会員がいますが、8割の企業が黒字です。
上島:それはすごいですね。
山本:一般的には8割が赤字で黒字は2割だそうです。経営研究会では企業努力し業績を
良くして地域社会に貢献しているのです。
上島:儲かる仕組みをどんどん公表されるといいんですね。
山本:上島社長が考える人材育成する上で具体的に心がけていることはあるのでしょか?
上島:私が一番いいと考えるのはいろいろな役割、新しい取り組みを担当してもらうのが
いいと思います。そして、最初は経営者が会社に対する想いや商品に対する想いを
社員と膝突き合わせて話すのが良いでしょう。組織において同じ方向に向かってい
くことが大事です。青年会議所(JC)という40歳までの青年経済人の団体があり
ますが、「豊かな社会の実現」のために、仲間が同じ方向を向いています。同じ匂
い、風を感じるのです。同じような匂い、風を社員に感じないのは同じビジョンを
社員が共有してくれていないからです。共有するためにも経営者は会社の夢や経営
方針を話して同じ風を感じてもらう必要があると思います。
よく話をすることが大切です。経営研究会や青年会議所の仲間と同じ風を感じるこ
とが出来るのであれば社員とも共有できると思います。そのための勉強をしている
と思います。新入社員全員とは、継続して話していくことで会社は伸びていくと思
います。私は、「組織3人論」といつも言っています。常に周りに3人の部下がい
れば何万にであろうが、何十万人であろうが会社として組織運営が可能だと思いま
す。中小製造業であれば「営業」、「商品製造・仕入れ」、「財務・総務」の3つ
の部門のスタッフがいれば大きな組織になっても運営できるということです。右腕、
左腕となる3人の人材を育てるのが重要であると思います。後は順次組織の下へ経
営者の考える風が吹いていくのではないかと思います。
山本:と言うことは、その右腕・左腕の方にも3人の部下と言うことですか?
上島:はい、そうです。松下幸之助さんのような偉大な経営者は短期間に何千人の育成が
可能でしょうが、私は3人を徹底して育成するのが良いと思います。
山本:ウエシマコーヒーフーズ様の顧客は誰になるのでしょうか?
上島:最近もっと顧客に目を向けることが大切であると言われています。我が社の顧客は
喫茶、レストランに来られるお客様です。お店に来られてコーヒーを飲んで頂くお
客様が顧客と思っています。
山本:顧客満足のため企業として工夫していることはありますか?
上島:まず、社員が我が社の顧客は誰かを知ることが大切です。今までは喫茶、レストラ
ンのオーナーが顧客といった認識がありました。今の時代、我々はコーヒー・食品
メーカーとして飲食をしていただけるお客様が我々の顧客といえます。今では自社
の商品を喫茶、レストランに売ることを考えていましたが、最終消費者のことを喫
茶、レストランのオーナーと一緒に考えていくことが必要であり、商品開発してい
くことが重要だと感じています。
山本:真の顧客を知り、顧客の声を聞くことが大事だと言うことですね。
上島:はい、そうです!
山本:喫茶・レストランのオーナーはビジネスパートナーということですね。
上島:そうです、顧客であるお客様に満足して戴くためのパートナーと言えます。
山本:商品開発についてはいかがですか?
上島:我々コーヒー・食品メーカーとしては安心・安全・健康を意識した商品づくりと環
境に配慮した商品開発を心がけていますが、お客さんの意識も変化しています。そ
ういった中での商品開発には「産みの苦しみ」があります。現場の声を聞き、改善
を積み重ねながら取り組んでいますが簡単に優れた新商品が出来ないのも現状です。
魔法のアイデアはなかなか出てきませんが、創り続けるしかありません。コーヒー
をおいしく飲んで頂くために、原材料を含めた新しいサービスは何かを考えていま
す。最近の健康ブームにコーヒーの効用が追い風にもなっています。
槙野:現在アンテナショップの直営店を運営されていますが、そこから商品開発や顧客に
対するアプローチの仕方、お客様により楽しんで頂くとか新しい環境を提供すると
いった観点で情報提供も出来ると思いますが、上島社長の考えるアンテナショップ
の価値や意義についてどうお考えでしょうか?
上島:アンテナショップや直営レストランを営業するのには新しいメニューの開発を行い、
お客様に提供しお客様の生お声を聞かせて頂くことがまず大切です。現場の声を吸
い上げるのが大事です。お客様の声を吸い上げ、まとめ、形にするのが課題であり、
そこには知恵が必要です。アンテナショップではどんどん商品開発し試していけば
よいと思います。さらに、日本人の好みは多様化しており以前のような同じパター
ンは当てはまらなくなってきています。例えば、商品案内パンフレットにしても年
齢・性別・といったお客様別の階層別のパンフレットを作成しなくてはならない時
代になってきています。商品開発においてもターゲット別にしなくては通用しない
のが現実です。
槙野:我々の知っているコーヒーは豆の種類・産地が違うということですが、個々のお客
様に適したコーヒーを勧めたり、試飲して頂いたり、買って頂くといった取り組み
はされているのでしょうか?
上島:個々に好みをお聞きし酸味の強いもの、苦味の強いもの、のど越しの良いものとい
った好みには応えていますが、ほんの一部の方に過ぎません。今、大きな流れとし
ては数社の外資がミルク系(カフェラテ・カプチーノ)が要因で女性のお客様が増
え市場は大きくなってきています。以前はサラリーマンを中心にした市場でしたが
新しい女性を取り込めたと言うことでコーヒーの需要もありがたいことに伸びてい
ます。
また、新しいセグメントに対してどう攻めていくのかも考える必要があります。高
齢者の方に対してコーヒーは活性酸素を抑えるクロロゲン酸が含まれているので老
化防止にもなり、胃の中のピロリ菌を抑えて胃潰瘍にも効果的であったり、糖尿病
の予防にも効果があります。高齢者に健康のためにコーヒーを飲んで頂く啓蒙も出
来ます。コーヒー好きの方には専門的に個々のお客様に合わせた提案が出来ます。
基本ニーズに対してどれだけ細かく対応できるかが課題です。
山本:中小企業が下請けになるケースが多いですが、上島社長の会社ではブラジルかコー
ヒーを仕入、小売もされていますが、中小企業が下請けから脱却するにはどういっ
た努力をすればいいでしょうか?
上島:中小企業において下請け脱却はオーナー次第だと言えます。企業は30年が寿命と
言われています。また商品寿命は年々短くなっているのが現状です。中小企業とし
て新しい役割をどう担っていくかが大切であり、考え続けていかなければ生き伸び
てはいけない。そこにはスピードとオーナーの力量が重要になってきます。企業の
創業時と同じ状況ではないでしょうか。問屋業界ではメーカーが1品種のものを大
量に作りますが、末端のお客様は多品種のものを少しずつ買いたいというギャップ
があります。
真のお客様の声を吸い上げメーカーへ届け商品開発に活かす代弁者としての役割が
あると思います。商品づくりに反映させる知恵や力がなければ下請けからの脱却は
難しいでしょう。業態そのものが衰退している業界では下請けではなく、違う業態
に変更する必要があると思います。
槙野:ホームページを拝見させて頂きましたが、素晴らしい理念・ビジョン・哲学がござ
いますね。
上島:15年前に弊社の会長が作成したものです。理念は時代にあったものを考えること
が大事です。その理念が時代に通用すると社会に必要とされる企業になると思いま
す。
山本:理念は理想ですからそこへ向かおうとすることが大切ですね。
上島:そうです。我々はコーヒーメーカーで、私は3代目ですから生まれた時からコヒー
の中で育っています。20歳台にはブラジルへも行きましたし、頭の先からつま先
までコーヒーのDNAで出来ているようなものです。コーヒーの話でしたら3日3
晩しますよ。f^_^; 今はそういった環境の中で育ったことを幸せに思っています。
お客様においしいコーヒーを提供し、やすらいで頂くのが使命と思っています。
槙野:会社を経営していく中で何を基準軸としていくのか、社員さんが何を目指していの
か羅針盤としての理念は重要ですね。
上島:結論として、経営者は一生涯、自分探しではないでしょうか!経営者として、リー
ダーとして、夢に向かって自分を見つけることの出来た人は幸せです。
山本:本日はお忙しい中ありがとうございました。
(2005年10月19日(水)、株式会社ウエシマコーヒーフーズ本社 にて)
1995年1月日、午前5時46分。神戸は未曾有のリスクともいえる大地震にみまわれました。
そのとき神戸の企業は…、そしてその後、復興に向けてどういう企業活動をしてきたの
か、さらに今後のビジョンは…
神戸経営研究会では、神戸の代表的な企業「株式会社 ウエシマコーヒーフーズ」の代
表取締役社長上島一泰氏にインタビューしてきました。インタビュアーは、神戸経営研究
会の山本忍、槇野雅央、藤川昌浩、(株)日本創造教育研究所の佐保達郎です。
《参考》株式会社 ウエシマコーヒーフーズ
http://www.ueshima.co.jp/
山本:上島社長、本日はお忙しい中貴重なお時間をつくって頂き、ありがとうございます。
本日は、どうぞよろしくお願いします。
槙野:震災後、本社ビル建て替えに際し、いろいろな思いがあったと思うのですが震災直
後、社員さんはどんな反応だったのでしょうか?
上島:神戸本社を含め、全国で20ヶ所の営業所がありますが震災当時、神戸以外は別世
界でした。震災時直後、神戸支店の横が火事で消し止める水も無く、消防車も来な
い状況で火が消えるまで待っていたのを覚えています。幸い、社員や社員の家族に
怪我人はありませんでしたので、半壊となった自宅へ荷物を取りにいき、夜中家族
を大阪へ連れて行きました。大阪では、人々は、まるで地震などなかったように普
段どおりの生活をされていました。我が社でも周りの支店ではダメージがなかった
ので、各支店から社員が応援に来てくれました。
震災4日後に本社周辺が閉鎖になる前に、社員が徹夜で整理作業を行ってくれまし
たので、書類やコンピューターを全て本社ビルから外へ出すことができました。建
物が崩れる可能性もあったので今から思うと危険な状況で作業してくれたと思いま
す。社員のみんながしっかりと意識を持って行動してくれたと感じています。
私としては本社を大阪に移転する話もあったのですが、長年お世話になった神戸
から移転する時ではない、又、地元資本で頑張れる企業が少なくなっている中で、
復興の一助として、震災2年後の1997年1月17日に本社ビルを建て直すことができま
した。本社ビルとして神戸では、震災後初めてのビルで、1部テナントして事務所
を失った皆さんにも利用していただくことができました。
山本:震災直後の被害状況はどうでしたか。
上島:本社ビルは全壊でしたが、神戸のコーヒーの工場では、1t以上もあるのコーヒー
を焙煎するロースターや包装機が倒れずに、横滑りしただけで済んだので、10日後
には稼動できました。最初は他社にお願いして焙煎して頂くことも考えましたが、
何とか当社で賄うことが出来ましたのも、あの混乱時の中で、水やプロパンガス、
灯油を運んでいただいた関係者の皆さんの協力があってこそです。
今でも昼夜兼行の復旧作業に取り組んで頂いたことは、忘れません。
工場は神戸と高知にありますが、2箇所に工場を分けていたことは、今から思えば、
リスクを分散出来ました。
山本:一時は本社を二宮町へ移されましたが。
上島:瞬時に必要な書類も揃い、コンピューターも利用出来たので被害のなかった二宮町
の神戸支店で業務をしていました。
自宅は半壊で家族と大阪で生活していました。水とガスは長い間復旧しなかったの
で、私も朝5時に起き、大阪から通勤していました。震災後はリスクに関しては大
変敏感になり意識も変りました。リスクヘッジとして他社の例からも報告の遅れが
大きな問題になると感じ、そこで社内で問題(事故など)が起こった時には必ず1
分以内に社長の携帯電話に連絡を入れる仕組みもつくりました。悪いこともすぐに
社長に報告することが重要であり、社風にもいい影響を与えたと思います。1分以
内に報告がないとペナルティとして罰金5,000円も実施しています。普段からこう
いったコミュニケーションをとっておくのもリスクマネジメントに繋がると思いま
す。
山本:当然社内の風通しも良くなりますよね?
上島:情報に関しては役職に関係なくフラットな状態にしておくことが大切であり、こう
いったことも震災が教訓になっています。神戸には、「人と防災未来センター」が
出来ました。地震や防災に関しての情報発信地なろうと取り組んでいます。防災関
連、人命救助の最先端技術などの情報を神戸から発信する試みです。
震災後11年がたち、次のステップとして毎年の1月には防災に関しての情報交換の
場を持つようです。神戸に集まれば最新の震災の情報や対策の情報が入手できるよ
うに取り組んでいます。
山本:これからの神戸に対する思いはいかがでしょうか。
上島:2月16日に神戸空港が開港しましたが、人や物の流れが良くなればと感じています。
さらに神戸は西洋のモダンで、ファッショナブルなイメージがあります。
そのイメージは今後もずっと残していきたいです。神戸にある企業がもっと元気を
出して神戸のブランドのイメージと一致するような活動をしてもらいたいとおもい
ます。地元の人々が震災後、本当の復興を遂げるという意味でも、神戸というネー
ミングを使い、もともとあったモダンな商品作りに徹していかなくてはならないの
ではないでしょうか。私の会社はコーヒーメーカーですが、神戸には洋菓子の有名
メーカーやアパレルなどのファッション関係の企業も多くあります。それぞれ業界
が「神戸ブランド」を創り、発信続けていかなくてはならないと思います。
例えば京都では「古都」「和」と言う京都の人が育て上げたイメージがあり、神戸
の人も同じようにモダンと言う日本と西洋の文化が融合したイメージの意識を持っ
ていかなければ、このままだと神戸ブランドへの意識が薄くなっていくような気が
します。このモダンという地元の人が持っている独特の「感性」を、今後神戸の企
業が出し続けるとこが大切です。この「感性」は具体的には表しにくいですが、地
元の人が持つ独特の「感性」であり、東北には東北の、沖縄には沖縄のカラーであ
ります。言葉では、具体的には表現しにくいですが、神戸のモダンさを神戸の企業
は「感性」を意識して神戸ブランドを出し続けていくのが重要だと思います。これ
を続けていかなければどこの街も個性のない街になっていくのではないでしょうか。
東京でも代官山、自由が丘、青山、銀座といった街の顔があり、懸命にイメージづ
くりをしています。今一度、神戸の持つ神戸らしさを企業がイメージとしてつくっ
ていく必要があります。我が社の商品では「神戸珈琲倶楽部」といったネーミング
で神戸ブランドをアピールしています。
槙野:コーヒーに神戸の地名をつけられている企業は他社にありますか。
上島:あります。神戸珈琲さんや西村珈琲さんも神戸を意識されています。コーヒー業界
に限らず他の業界でも神戸ブランドの発信をもっと行って頂きたいと思っています。
神戸は港のイメージが強いですが、ブラジルへの移民が多く出たことはあまり知ら
れていません。(上島社長は在神戸ブラジル名誉領事)、
神戸とブラジルは縁が深く、1908年ブラジルに移民を乗せた船が日本で最初に神戸
港から出港しています。その後、なんと25万人方が神戸から移民されています。
2008年は移民開始から100周年で、神戸の違う顔を感じます。
山本:当時、移民の方で苦労された方もおおいことでしょうね。そういう意味でも国際都
市神戸を第二の故郷と感じている方も多いと言えますよね。話は戻りますが、経営
研究会の目的は勉強することであり、そして業績をよくすることが最終目的なんで
す。経営研究会に入会しても業績が上がらなければ意味がないと思っています。全
国に2,200名の会員がいますが、8割の企業が黒字です。
上島:それはすごいですね。
山本:一般的には8割が赤字で黒字は2割だそうです。経営研究会では企業努力し業績を
良くして地域社会に貢献しているのです。
上島:儲かる仕組みをどんどん公表されるといいんですね。
山本:上島社長が考える人材育成する上で具体的に心がけていることはあるのでしょか?
上島:私が一番いいと考えるのはいろいろな役割、新しい取り組みを担当してもらうのが
いいと思います。そして、最初は経営者が会社に対する想いや商品に対する想いを
社員と膝突き合わせて話すのが良いでしょう。組織において同じ方向に向かってい
くことが大事です。青年会議所(JC)という40歳までの青年経済人の団体があり
ますが、「豊かな社会の実現」のために、仲間が同じ方向を向いています。同じ匂
い、風を感じるのです。同じような匂い、風を社員に感じないのは同じビジョンを
社員が共有してくれていないからです。共有するためにも経営者は会社の夢や経営
方針を話して同じ風を感じてもらう必要があると思います。
よく話をすることが大切です。経営研究会や青年会議所の仲間と同じ風を感じるこ
とが出来るのであれば社員とも共有できると思います。そのための勉強をしている
と思います。新入社員全員とは、継続して話していくことで会社は伸びていくと思
います。私は、「組織3人論」といつも言っています。常に周りに3人の部下がい
れば何万にであろうが、何十万人であろうが会社として組織運営が可能だと思いま
す。中小製造業であれば「営業」、「商品製造・仕入れ」、「財務・総務」の3つ
の部門のスタッフがいれば大きな組織になっても運営できるということです。右腕、
左腕となる3人の人材を育てるのが重要であると思います。後は順次組織の下へ経
営者の考える風が吹いていくのではないかと思います。
山本:と言うことは、その右腕・左腕の方にも3人の部下と言うことですか?
上島:はい、そうです。松下幸之助さんのような偉大な経営者は短期間に何千人の育成が
可能でしょうが、私は3人を徹底して育成するのが良いと思います。
山本:ウエシマコーヒーフーズ様の顧客は誰になるのでしょうか?
上島:最近もっと顧客に目を向けることが大切であると言われています。我が社の顧客は
喫茶、レストランに来られるお客様です。お店に来られてコーヒーを飲んで頂くお
客様が顧客と思っています。
山本:顧客満足のため企業として工夫していることはありますか?
上島:まず、社員が我が社の顧客は誰かを知ることが大切です。今までは喫茶、レストラ
ンのオーナーが顧客といった認識がありました。今の時代、我々はコーヒー・食品
メーカーとして飲食をしていただけるお客様が我々の顧客といえます。今では自社
の商品を喫茶、レストランに売ることを考えていましたが、最終消費者のことを喫
茶、レストランのオーナーと一緒に考えていくことが必要であり、商品開発してい
くことが重要だと感じています。
山本:真の顧客を知り、顧客の声を聞くことが大事だと言うことですね。
上島:はい、そうです!
山本:喫茶・レストランのオーナーはビジネスパートナーということですね。
上島:そうです、顧客であるお客様に満足して戴くためのパートナーと言えます。
山本:商品開発についてはいかがですか?
上島:我々コーヒー・食品メーカーとしては安心・安全・健康を意識した商品づくりと環
境に配慮した商品開発を心がけていますが、お客さんの意識も変化しています。そ
ういった中での商品開発には「産みの苦しみ」があります。現場の声を聞き、改善
を積み重ねながら取り組んでいますが簡単に優れた新商品が出来ないのも現状です。
魔法のアイデアはなかなか出てきませんが、創り続けるしかありません。コーヒー
をおいしく飲んで頂くために、原材料を含めた新しいサービスは何かを考えていま
す。最近の健康ブームにコーヒーの効用が追い風にもなっています。
槙野:現在アンテナショップの直営店を運営されていますが、そこから商品開発や顧客に
対するアプローチの仕方、お客様により楽しんで頂くとか新しい環境を提供すると
いった観点で情報提供も出来ると思いますが、上島社長の考えるアンテナショップ
の価値や意義についてどうお考えでしょうか?
上島:アンテナショップや直営レストランを営業するのには新しいメニューの開発を行い、
お客様に提供しお客様の生お声を聞かせて頂くことがまず大切です。現場の声を吸
い上げるのが大事です。お客様の声を吸い上げ、まとめ、形にするのが課題であり、
そこには知恵が必要です。アンテナショップではどんどん商品開発し試していけば
よいと思います。さらに、日本人の好みは多様化しており以前のような同じパター
ンは当てはまらなくなってきています。例えば、商品案内パンフレットにしても年
齢・性別・といったお客様別の階層別のパンフレットを作成しなくてはならない時
代になってきています。商品開発においてもターゲット別にしなくては通用しない
のが現実です。
槙野:我々の知っているコーヒーは豆の種類・産地が違うということですが、個々のお客
様に適したコーヒーを勧めたり、試飲して頂いたり、買って頂くといった取り組み
はされているのでしょうか?
上島:個々に好みをお聞きし酸味の強いもの、苦味の強いもの、のど越しの良いものとい
った好みには応えていますが、ほんの一部の方に過ぎません。今、大きな流れとし
ては数社の外資がミルク系(カフェラテ・カプチーノ)が要因で女性のお客様が増
え市場は大きくなってきています。以前はサラリーマンを中心にした市場でしたが
新しい女性を取り込めたと言うことでコーヒーの需要もありがたいことに伸びてい
ます。
また、新しいセグメントに対してどう攻めていくのかも考える必要があります。高
齢者の方に対してコーヒーは活性酸素を抑えるクロロゲン酸が含まれているので老
化防止にもなり、胃の中のピロリ菌を抑えて胃潰瘍にも効果的であったり、糖尿病
の予防にも効果があります。高齢者に健康のためにコーヒーを飲んで頂く啓蒙も出
来ます。コーヒー好きの方には専門的に個々のお客様に合わせた提案が出来ます。
基本ニーズに対してどれだけ細かく対応できるかが課題です。
山本:中小企業が下請けになるケースが多いですが、上島社長の会社ではブラジルかコー
ヒーを仕入、小売もされていますが、中小企業が下請けから脱却するにはどういっ
た努力をすればいいでしょうか?
上島:中小企業において下請け脱却はオーナー次第だと言えます。企業は30年が寿命と
言われています。また商品寿命は年々短くなっているのが現状です。中小企業とし
て新しい役割をどう担っていくかが大切であり、考え続けていかなければ生き伸び
てはいけない。そこにはスピードとオーナーの力量が重要になってきます。企業の
創業時と同じ状況ではないでしょうか。問屋業界ではメーカーが1品種のものを大
量に作りますが、末端のお客様は多品種のものを少しずつ買いたいというギャップ
があります。
真のお客様の声を吸い上げメーカーへ届け商品開発に活かす代弁者としての役割が
あると思います。商品づくりに反映させる知恵や力がなければ下請けからの脱却は
難しいでしょう。業態そのものが衰退している業界では下請けではなく、違う業態
に変更する必要があると思います。
槙野:ホームページを拝見させて頂きましたが、素晴らしい理念・ビジョン・哲学がござ
いますね。
上島:15年前に弊社の会長が作成したものです。理念は時代にあったものを考えること
が大事です。その理念が時代に通用すると社会に必要とされる企業になると思いま
す。
山本:理念は理想ですからそこへ向かおうとすることが大切ですね。
上島:そうです。我々はコーヒーメーカーで、私は3代目ですから生まれた時からコヒー
の中で育っています。20歳台にはブラジルへも行きましたし、頭の先からつま先
までコーヒーのDNAで出来ているようなものです。コーヒーの話でしたら3日3
晩しますよ。f^_^; 今はそういった環境の中で育ったことを幸せに思っています。
お客様においしいコーヒーを提供し、やすらいで頂くのが使命と思っています。
槙野:会社を経営していく中で何を基準軸としていくのか、社員さんが何を目指していの
か羅針盤としての理念は重要ですね。
上島:結論として、経営者は一生涯、自分探しではないでしょうか!経営者として、リー
ダーとして、夢に向かって自分を見つけることの出来た人は幸せです。
山本:本日はお忙しい中ありがとうございました。
(2005年10月19日(水)、株式会社ウエシマコーヒーフーズ本社 にて)









