(つづき)
◆FDI(海外直接投資)の背景
グローバル化の競争環境の中で、中国が採用した底辺競争は全方位的なものであった。これは、中国のFDIにおいて突出して現れている。改革開放以来の20年余りの間に、中国が吸収したFDIは、既に5000億ドルに達している。この数字は、戦後の50年間に日本が吸収したFDIの10倍である。同時に、2002年以後、中国は米国を超え始め、FDIを世界で最も吸収した国家となった。
ある者は、中国は、世界のFDIを引き付ける巨大な磁石であると語った。発展途上にある国として、中国は、短期間のうちに、世界資本主義の首都である米国を超えたのであるが、これは確かに驚異的なことであった。絶対多数の人が、このことをもって、中国の世界競争力が破竹の勢いであることの明らかな証拠と見なし、これを喜んで受け入れてきた。
しかし、まさに我々が、前述の低賃金において発見した秘密と同様に、中国が世界を見下しているFDIにおいても、同様の巨大な代償が隠されているのである。低賃金にほかに、世界のFDIが押し寄せてきたもう一つの重大な原因は、中国の各地方政府が、底辺競争の方法で、自然資源、環境、市場、ひいては政府の税収を叩き売りしてきたことである。
90年代中期以降、中国経済が現在の体制の下で内発的に高度成長を実現する原動力は、実際のところ、既に衰弱していた。こうした状況の下、外資の導入は、各地方政府が、当地の経済成長を維持するための、唯一実行可能な手段であった。また、外資の導入は、国家戦略としても、節制することなく奨励された。
地方官員によって、一切を惜しまずに外資を導入することは、最小のリスクで最大の収益を得る手段であった。これが、90年代中期以降、中国のFDIが高成長した重大な背景である。しかし、あらゆる地方政府がこの秘密を熟知するとともに、これを、経済発展のための最良の方法と見なした時、競争が白熱化の方向に向かうことは避けられない局面となった。
中国における外資導入の風が最も熱く吹いた長江デルタ地区においては、地方政府による叩き売り式の競争は、非常に惨烈な程度に達した。蘇州は、中国が、外資導入において最も成功し、外資導入戦略が最も発揮された模範例であった。このため、蘇州は、一連の賞賛と政治上の褒賞を得た。しかし、このために蘇州が支払った代償について言及する人は極めて少ない。
江蘇省政府内部の刊行物が明らかにしたところによると、蘇州の土地開発コストは、1ムーあたり20万元であった。しかし、外資を導入するために、価格を1ムーあたり15万元に引き下げた。こうした悪性競争に駆り立てられ、周辺の呉江、寧波、杭州地区は、地価を1ムーあたり5万元前後という超低水準に抑えるほかなかった。
こうした地区の近隣に位置していたことから、寸土寸金(土地の価値が高いこと)と称される上海も、この価格競争に加わった。上海郊外では、土地の価格が5万元〜6万元に下落した。こうして、中国経済が不断に成長を続ける一方で、商業用地の価格が不断に下落を続けるという奇怪な現象が発生した。
蘇州昆山においては、1ムーあたりの工業用地の価格が、2001年の9.5万元から2002年の8万元、2003年の6万元にまで下落した。こうした値下がりに対し、昆山経済技術開発区の責任者は、“値下げをしなければ競争力を失ってしまう”と語った。この責任者は、明らかに誠実であるが、この誠実さが、かえって、中国FDIにおける底辺競争のロジックを徹底的に暴露しているのである。
中国のFDIにおける底辺競争は、当初、土地の叩き売りにおいて表出されたが、表出されたのは、土地のみではない。大多数の状況の下で、地方政府は、外資を導入するために、“組み合わせ”型の底辺競争戦略を採用した。これは、土地の権利の譲渡のみならず、財政、金融における補助が必要とされた。
同様に、長江デルタ地区においては、“地価ゼロ、工場の建物無料、政府指定銀行による補助貸付(1:1、場合によっては1:2の比率)‘五免十減半(5年間所得税を免税、以後10年間は半免)’‘政策的ダンピング’は、既に、こうした地区における、外資導入手段の常套的な組み合わせとなった。ある者は、これを、政府の“割肉試合”と称した。
当然、政府自身には、割くべき肉はない。こうした、いわゆる“肉”とは、実際のところ、自国人民の福利なのである。自国人民の福利を犠牲にして得た、FDIに関する鑑賞向けの指標は、政府官員及びFDIの投資者にとっては純収益であるが、本国人民にとっては、純粋な赤字取引である。
こうした、中国FDIに関する真の内容が出血を伴うものであることを知れば、我々は以下の事実に直面しても驚きを感じない。GDPが全国第4位である蘇州市は、住民の豊かさの水準について多項目を比較衡量した指標を見ると、意外なことに、中国内陸部奥地にある成都市に劣る。
中国FDIの、自国人民の福利水準の向上に対する効果は、この点から伺い知ることができるだろう。更に重要なのは、FDIが自国住民の収入に及ぼすマイナスの効果がまだ明らかになっていないということである。土地、自然資源が将来生み出すキャッシュフローは、全てGDPを通じて、不断に外部へと流出を続けている。中国から資産が持ち去られ、中国にGDPが残されていく、これが、底辺競争のロジックにおけるFDIのもう一つの側面である。
ある中国の学者が、以前に、FDIの効果についてマクロの推計を行った。彼らの見解によると、FDIの投資収益を10%と仮定すると、主にFDIによって形成される国家外貨準備の投資収益率を3%であり、両者の差7%は、資本効率の重大な損失を意味する。日本と同様、中国の貯蓄率は異様なまでに高く、中国は、資本が相当に豊富な国家である。
しかし、中国が改革開放の27年間において吸収したFDIは、日本の戦後50年間の10倍であり、年度の数字において、貯蓄率が相当に低い米国のそれをも上回っている。これは、実に不思議な事実であり、中国において、驚異的な資本の浪費が存在しているほか、もう一つの事実を証明している。
それは、中国が大きく増加させていったFDIは政治的選択であり、非合理的な体制が作り出した、非合理的な経済的選択(官僚の利益からすれば合理的な選択ではあるが)であるということである。
可笑しなことに、こうした政治的選択は、単に、人を驚かす、誇示できるようなFDIの数字を作り出しただけであった。我々がこれに対して支払った代償は、国民福利の純損失であった。これが体制による選択である以上、体制が変わらず、底辺競争戦略が許容できない段階にまで達しなければ、方向転換をするのは非常に難しい。
ある学者が、中国の一部地方政府の2005年経済計画を研究したところ、外資の導入は、遍く“経済発展の生命線”というレベルにまで引き上げられていることを発見した。彼は、ユーモアを交え、「地方政府の活動の重点は、第一に外資の導入、第二に外資の導入、第三もまた外資の導入である」と評論している。
中国の改革の時期全体を通じて、中央政府から、いわゆるプロジェクトと投資を獲得することは、地方政府官員が経済を発展させる上での最重要のアジェンダであり続けた。90年代中期以降、FDIは、こうした伝統的思考から、この他に、一つの近道を切り開いた。かりに、以前の道(中央政府からのプロジェクト等の獲得)が、投資の巨大な浪費をもたらしたというならば、後者の道(FDI)は、資産が流出するための門戸を開いたといえる。
聞きなれている言葉を借りるとすれば、我々は、国際資本が狡猾、貪欲に過ぎるということに責任をなすりつけることはできない。ただ、自らが愚かすぎることに責を帰することしかできない。この体制独特の優位性は、国民の許可を経ないで自国民の福利を犠牲にする点にあるが、これが栄誉なことでないことは明らかである。
ちょうど、ある評論家が論じたように、資本は、常に“労働力価格が最も低廉で、政府が搾取を保証するレベルが最も高い所に流れていく(自然環境の搾取を含む)”。利益に目ざとい国際資本がこうした体制を非常に歓迎することは全く疑うところではない。従って、彼らもまた、好んで、最廉価という賞賛をもって、我々の旺盛な虚栄心を満足させるのである。
中国の、グローバル化競争における底辺競争の手段は、賃金を人為的に低く抑えることや、土地収益、財政収益の贈与に止まらない。環境破壊の容認、自然破壊を消耗する開発、自国市場の譲渡、本土経済への差別等の全てが、この、底辺競争の体現である。
多すぎる証拠が示すように、中国は、“世界の工場”の美名を勝ち取ったが、その一方で、中国の環境破壊、エネルギー消耗率、自然資源の消耗率は、全て、人々に耐え難い段階に達している。しかし、これこそが、“世界の工場”を打ち立てるための基礎なのである。
この地球上で、借金を踏み倒して返済しない途上国を見かけることはあるが、中国のように贅沢で気前のよい貧困国を見ることは少ない。毛沢東時代、中国は、損を出して喝采を得る手法で、憚りなく第三諸国を支援した。
今日、中国は、同様の方法で国際資本を“無私”に支援しているが、これは、絶妙なまでに歴史と一致している。この一致のうちに、我々が目の当たりにするのは、中国の核心にある体制及び歴史の延長---本土における民間の自主的な力を蔑視、抑圧する体制と政府中心主義の戦略文化である。
◆政府中心主義の誤り
グローバル化の時代、一国の競争力は、主として、国家に属する企業が備える競争力に体現される。政府を離れた力として、企業は、政府の力よりも更に容易に民族国家の境界を越える。グローバル化の過程において、多国籍企業の巨頭が及ぼす影響が、ますます顕著になっていることは、このことを証明している。
しかし、転換期全体、とりわけ90年代全般において、中国は、経済競争において、政府中心主義という戦略を固守した。この戦略は、一国の企業や人民ではなく、政府が競争の主体となるものである。この政府中心主義は、中国国内における全能の政府体制の延長として、非常に自然な結果であり、財力を最大限政府に集中させ、ある種の“調整”能力を形成し、名実相伴わない、指標によるイメージを作りだすものであった。
中国は、政府による統制を基礎とする為替制度によって膨大な外貨準備を形成し、廉価で資源を売り払う手段で超高額のFDIを形成し、賃金の抑制及び財政補助によって輸出を刺激し、政府投資によって経済成長を牽引することなどを実施したが、全ては、こうした政府中心主義戦略の結果なのである。
これら全てが、中国がよい国際的イメージを形成する上で必要なバックデータを提供したことについては、疑う余地がない。しかし、同様に、これらが、相当程度に本土企業の衰弱及び人民の貧困を代償としていたこともまた、疑う余地がない。かりに、国家だけがある種の“競争力”を備えており、その一方で企業が衰弱し、人民が貧困に陥るならば、いわゆる“国家競争力”は、朝顔の花一時の見せかけの現象にすぎない。
経済発展の本来の目的は、人(の価値を)を“非常に高価値なもの”とすることであるが、中国の高度成長に伴い、人はかえって“安”くなり、ますます廉価になっている。こうした事実は、明らかに、経済発展の歪みである。
おそらく、グローバル化の時代にあって、経済人的な国家官僚からすれば、民族国家の範囲をまたぐような、巨大な利益を得るためには、最貧層や全く競争力のない企業を、意図的に維持することが必要であったのだろう。
他国とは逆に、中国は、自国市場を保護することも、自国市場をできるだけ本土企業に開放することもしていない。それどころか、様々な手段で、本土の企業、特に民間企業を抑圧している。これによって、本土企業は、本土市場がもたらす貴重な成長の機会を十分に利用できなくなった。
また、これが、巨大な市場潜在力を有する中国において、26年もの長きにわたり、国際的巨頭となる企業が一つも出現しなかった原因の一つである。中国の蘇州は、グローバル化への融合が最も徹底して行われた東部沿海都市であるが、かつての80年代、中国市場において非常に有名であった4つの家電企業(四小名且と呼ばれた)は、今では全てが影を潜めてしまった。
このうち、最も有名であった一社は、店舗用建物の賃貸で苦しい日々を送っている。中国商務部が2005年に発表した報告は、次のことを認めている:市場と引き換えに技術を得るという中国の当初のねらいは達成されておらず、多国籍企業は、中国において独占の兆候を呈している。
しかし、中国商務部は、多国籍企業が進軍して一気に攻め込むことができた理由は、中国の官僚が、本土民間企業の競争力を意図的に弱めてきた結果であることは認めていない。グローバル化の経済力は、ただ、中国体制にある、こうした天然の欠陥を、主体的に利用したにすぎない。
あるいは、グローバル化の力が、各国における体制の賦存(自然の要素賦存ではない)を主体的に利用し、世界的な資源配分を行ったのである。多国籍資本による、グローバル化における資源配分の中国におけるテストは、明らかに、成功した傑作であった。
◆グローバル化における熾烈な競争の中で、“不満を持つ出稼ぎ労働者+低技術”
主な構成要素とする中国企業が真の競争力を備えうるのか、これは非常に想像し難い。こうした“原始”的な競争力をもってしては、中国は、アフリカに資本主義を輸出する能力しかないであろう。事実上、こうした競争力の欠乏は、中国の貿易において既に表れている。
改革開放以来、中国の貿易総額は急速に増加しており、WTOの統計によると、2003年、中国の輸出入額は、既に世界第四位から世界第三位に躍進していた。しかし、貿易総額の高成長に伴い、奇怪な現象が発生した。それは、中国の輸出製品の価格が不断に下落を続け、輸入製品の価格が不断に上昇を続けているということであった。
輸入製品の価格上昇と輸出製品の価格下落は、交易条件悪化の典型的な症状と認識される。ある統計によると、2002年、日本の対中輸出製品の価格は3%上昇し、対中輸入製品の価格は、18.4%下落した。この点だけでも、日本は、対中貿易において、毎年200億ドル節約していることになる。
これと対比をなす現象として中国華南のある輸出工場において、扇風機、ジューサー、トースターの平均卸売価格は、10年前の7ドルから、2003年の4ドルへと下落している。この工場の責任者は、“最も安い者だけが生き残ることができる”と嘆いている。
中国の交易条件が不断に悪化を続けている事実について、表面的に、中国は、不断に成長する貿易において得る利益がますます減少しているだけである。また、深層において、このロジックに符合し、人々を不安にさせる現実がある。それは、中国企業の相対的競争力は、経済成長に従って上昇しないばかりか、かえって、不断に下落を続けているということである。
多国籍企業に象徴されるグローバル化の力は、中国の転換に深く巻き込まれていく中で、中国に、新たな経済の局面を作り出した。一方で、多国籍資本は、ブランドと文化的影響力により、中国における少数の富裕者と中産階級の絶対部分の消費力を独占した。
富裕者と中産階級は、中国で最も消費能力を備えたグループであり、多国籍資本による製品が内包する文化の内容は、彼らのブランドへの欲求、ステータスを確認するニーズを満たすものであった。
グローバル化の核心にあるイデオロギーとして、消費主義は、まず意識面において発生し、次に、経済面において、中産階級を民族国家の内部から分裂させ、世界の中産階級となる。したがって、多国籍資本が一旦彼らの消費能力を独占すれば、中国の市場は、実際上、民族国家の内部から移転し、世界市場の一部となるのである。
他方、技術が簡単で、生産性が低い中国本土の製造業は、世界的な生産過剰がもたらした熾烈な競争により、多国籍資本が、これを世界生産体系に組み入れ、その世界的な生産体系の中で、簡単な組み立て、加工、部品の生産等の提供されることに成功した。
このため、中国の下層労働者は、実際上、世界経済体系の最下層に変化していった。中国の階層分化が、既に、世界的な階層分化と緊密に融合していることは非常に明らかである。本国の政治体制、国際資本の二つの力を借り、中国の膨大な下層労働者の地位は、更に堅固なものとなるであろう。
こうして、中国における単一民族国家の経済体系は、グローバル化の力によって組み込まれ、分裂、分解されている。中国中産階級の消費需要に対応しているのは、国際資本からの供給であり、中国本土の製造業は、最終的な販売ルートを掌握することができないことから、多国籍資本の組立部門へと変化している。
多国籍資本にとって、こうした組立部門は、世界のどこででも探すことができる。彼らは、いつでも、コストが最も安いと考える場所を選ぶことができる。すなわち、中国の製造業が直面しているのは、自国の同業者との競争だけでなく、世界規模での熾烈な競争なのである。こうした競争は、多国籍資本が、“組立部門”の利潤を最大限圧縮することの理由付けとなる。
中国本土最大の消費需要が、本土産業の合理的な利潤へと転換することができない場合、中国の産業競争力の高度化は、全く想像できないものとなる。言い換えれば、彼らは、相当に長い期間において、簡単な再生産を維持することができるのみであり、世界経済体系のバリューチェーンの最下層に固定され、上流には移動できないのである。
しかし、これが、最も深刻な結果というわけではない。更に深刻なのは、中国に最も多くの就業機会を提供している本土製造業(他の産業も含む)が、生存が困難であり、利潤が薄く、労働者の賃金を引き上げることができないために、労働者が貧困の罠に嵌っていることである。これは、中国のマクロ経済のパフォーマンスにおいて、常に内需が不足している重要な原因の一つである。
内需不足であれば、必ず外需を拡大する必要があり、外需の増加は、必ず他の貧困国との競争が必要になる。こうした競争は、再び、賃金及びその他コストの不断の引き下げを引き起こす。そして、これが、更なる内需の萎縮をもたらす。これは、抜け出すことが難しい需要の罠である。
社会構造からみて、グローバル化の力の介入は、二元構造が基礎にある中国社会構造の分裂を激化させた。中国は、既に、本土における産業構造の転換を通じて社会構造の整合性の確保、転換を行うことができなくなっている。
消費が下層の方向へと拡大していかない断絶社会にあって、その長期的な経済成長の潜在力は非常に疑わしい。合理的な推測として、次々と押し寄せるグローバル化の力は、おそらく、短期の経済成長を促進したであろうが、その長期的な発展の道を断ち切ってしまったであろう。
(つづく)











