株式日記と経済展望

株式をはじめ政治経済外交文化歴史などの論評です。

「天皇のロザリオ」皇太子をクリスチャンに仕上げ、将来の日本をキリスト教国化

2006年07月22日 | 歴史

「天皇のロザリオ」 皇太子をクリスチャンに仕上げ、将来の日本
のキリスト教国化を確実にしようという遠大な計画の一つであった。


2006年7月22日 土曜日


天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀 (単行本) 鬼塚英昭(著)

かくて、皇太子はキリスト教徒になった

渡部悌治は『ユダヤは日本に何をしたか』(私家版『摸夷の流れ』)の中で、貞明皇太后について書いている。

《 日本覆減の方策として、キリスト教・フリーメイソンらの立てた方策に、皇室にキリスト教を入れて日本国家を転覆させるという企てがあった。それには皇室内の関係者になるべく多くのカトリック信者をつくり、四囲をかためて貞明皇后様を入信させるという陰謀であった。宮中をキリスト教で乗っとる策謀である。 》

貞明皇后(昭和天皇の母、後に皇太后)は、戦前からキリスト教に深い理解を示していた。敗戦後しばらくして、宮内省の職員が「宮中内部もこれから変わるだろう」と、遠回しに貞明皇太后に伝えたことがあった。皇太后は言った。

「それでは、要するにご維新前と同じことになると考えればいいのですね」

貞明皇太后は明治の時代をよく知っていた。貞明皇太后の若かりし頃、周囲はキリスト人脈で溢れていた。

明治の元老の伊藤博文はドイツでキリスト教に改宗し、キリスト教を模して神聖国家日本の基礎を作った。「昔に返るだけのこと」とは意味深長である。幕末までは、天皇家は仏教中心せんゆうじの生活を送っていた。天皇家の菩提寺は京都の泉涌寺である。泉涌寺は天皇家の死者を、仏式により葬った。また、供養をした。天皇家は仏教儀礼の中で生き続けてきた。

宮廷記者を長らく務めた高橋紘は、『天皇家の仕事』の中で次のように書いている。.

《 太平洋戦争に至る過程、終戦をめぐって、あるいは戦後の宮中改革、皇族の臣籍降下、宮中祭祀の変更など、皇太后のところにすべて相談があり、報告が上がっていた。昭和天皇はいつも、皇太后をたてていたようすが、側近の日記などからありありと分かる。 》

賀川豊彦は後の章で詳しく書く。現代史上、最高のキリスト者である。戦後、賀川はアメリカの記者に次のように語っている。当時、賀川は東久通内閣の参与であった。

天皇は立派な人物である。なぜなら、キリスト教に興味をもっている皇太后の影響を受けているからである。

この会見の報道にアメリカ中が湧く。後章で詳述する。天皇がマツカーサーとの第一回の会見で、私は天皇が「キリスト教徒になりましょう」と言ったと思う、と書いた。この点から見ても間違いのないところである。

保阪正康の『秩父宮と天皇』を見る。

《 秩父官には明らかにキリスト教の影響があって「天国の安らかな眠り」につく死者にはそれなりの態度で遇することが必要だという考えをはっきり打ち出していた。こうした文章を読んだ読者は、秩父宮はつい二年ほど前に終わった米英との戦争に決して賛成ではなかったと判る。秩父宮が、太平洋戦争に少しも関与しなかったために、その主張はいっそう重さを増した。 》

保阪は次のようにも書いている。三笠宮は大正天皇の四男である。長兄は裕仁(昭和天皇)、二男秩父宮、三男高松宮である。

《 天皇家のキリスト教に対する許容量が広くなったのは、三笠宮が日本旧約学会の会員になり、ヘブライ語の研究を続けたことからも明らかである。秩父宮が、英国を「範」にする論調の文を書いたのは、英国社会に根付いているキリスト教のモラルに対する関心が底辺にあったからである。 》

三男の高松官は、後述するが、キリスト教に深く帰依していた。天皇家は全員がキリスト教に深く帰依していた様子を読者は知ったはずである。天皇とキリスト教を結びつける人脈で、忘れてはならない二人の女性がいる。一人は植村環であり、もう一人は皇太子の家庭教師となったE・G・ヴァイニング夫人である。 (中略)(P439-P441)

では、もう一人のキリスト者のヴァイニング夫人について書くことにする。

一九四六年三月五日。米国教育使節団は天皇と会見した。天皇は突然に(使節団にそう思えただけで、天皇は側近たちとの熟慮のうえの決断であった)、皇太子の家庭教師の件を持ち出した。そして四つの条件を付けたのである。

米国婦人であること、クリスチャンが望ましいが狂信的ではないこと、「日本ずれ」していないこと、年齢は五十歳前後であること、この四つの条件であった。

この使節団の来日は、マツカーサーが一九四六年一月四日にワシントンの陸軍省宛に電報で教育使節団を送るよう要請したことに始まる。陸軍省はこの使節団の中に、カトリツクとプロテスタントの代表をわざわざ選考し、加えていた。団長のジョージ・口・ストツダートは当時ニューヨーク州教育委員長であり、名門イリノイ大学の総長に選出されたばかりであった。しかも、クエーカー教徒であった。

天皇が自ら、クリスチャンの家庭教師を皇太子につけようとしたことの意味は深い。天皇自身のみならず、皇太子もキリスト教を学んでいるという姿勢をアメリカに見せて、天皇教の存続を図ろうとしたのである。しかも、将来の天皇がクリスチャンに仕上げられることも承知のうえであったろう(今上天皇が現在もクリスチャンであることは後の章で検証する)。

かくて、未来の天皇である皇太子は、天皇教の危機を救うための「人身御供」の役割を背負わされることになったのである。

天皇はこの時期、東京裁判を控え、ワシントンでは決定済みであった「天皇免責」についての正確な情報を入手していなかった。それゆえ、「天皇独白録」を作成したり、マッカーサーの副官フェラーズエ作をしたり、GHQの高官を接待して女を提供しようとしたり、側近たちと孤軍奮闘の最中であった。この家庭教師の件も、そういう状況の中から出てきた作戦の一つであり、マッカーサーさえ全く知らなかったのである。

この家庭教師の件を天皇に注進したのは、山梨勝之進だといわれている。彼は洗礼こそ受けていないがキリスト教信者であり、学習院の院長であった。その当時の皇太子の英語教師R・H・プライスの忠告を受け入れたという説もある。

また、当時の吉田外相もこの件で動いた。クリスチャン人脈が天皇の危機の中で、皇太子をクリスチャンに仕上げ、将来の日本のキリスト教国化を確実にしようという遠大な計画の一つであったといって童言い過ぎではないだろう。

「人間宣言」づくりに一役買ったプライスは、山梨に「天皇は従来の神道だけでなく、キリスト教を積極的に受け入れるべきである」と主張していた。そして、そういう気持ちで皇太子に英語を教えていたから、すでに皇太子はクリスチャンになる可能性は十分にあった。

天皇をキリスト者にしようと動いた主流は内村鑑三、新渡戸稲造に連なるコネクションであり、関屋貞三郎元宮内次官、南原繁、矢内原忠雄、後の最高裁長官の田中耕太郎らであった。彼らの工作により、皇太子は美しい異国のクエー力ーの家庭教師(当時人気のあった女優イングリッド・バーグマンによく似ていた)から、英語とともにキリスト教を教え込まれるのである。

このような美しい女性から少年がキリスト教を教え込まれて、もし信者にならなかったら、その少年はきっと精神の不具者にちがいなかろう。もしも、キリスト教信者にならないようなことがあるのなら、それはきっと奇跡だ。

ヴァイニング夫人は一九四六年十月初めに来日し、一九五〇年の晩秋に帰国した。十二歳の皇太子はそのとき、十七歳の青年になっていた。帰国後、彼女は一九五三年に『皇太子の窓』をアメリカで出版し、当時のベストセラーになった。

日本の学者はヴァイニング夫人のことにほとんど触れない。もし、触れたとしても、その選考過程を書くだけである。彼女も全く無視された存在である。ここにもキリスト教軽視が見られるのである。私はこの『皇太子の窓』は戦後史の貴重な資料の一つであると確信している。では、『皇太子の窓」を開けて戦後史を眺望することにしよう。

一九四七年二月のある日のことをヴァイニング夫人は次のように書いている。

《 いつもそうだったが特にその最初の冬は、私が直接交わる範囲以外の多くの人々は、私が何を皇太子殿下にお教えしているのかということに興味をもち、私の成就すべき仕事におおげさな期待を寄せたりした。二月のある午後、日本基督教団の婦人委員会が私のためにお茶の会を開いてくれ、鴛鴛の模様のある美しい手織りの綴錦を一枚贈り物としてくれた。これは、私に皇太子殿下をキリスト教に改宗させてほしいという、多くのキリスト教徒たちの願いを表現したものに他ならなかった。ずっと露骨な言葉で私にその希望を述べる者もいた。 》

ヴァイニング夫人は、彼女たちの願いを受けて、自らの願いを込めて、皇太子がやがてキリスト教徒になられるように祈ったのであった。

《 父なる神よ、いつの日にか大いなる責務を負うべきこの少年〔皇太子〕を祝福したまえ。心と体と霊の能力がその極みにまですくすくと成長することを得さしめたまえ。彼が心の中なる汝の光を知り、かつこれに信頼し、彼の同胞の中にも存在する汝の光を尊敬することをかれに学ばしたまえ。彼の教師と侍従一同に知恵と勇気を与え、一切の私利私欲をなげうって、ただ、彼の最善攻る成長のために心をささげたまえ。子らをその周囲に集めたまいしキリストの御名によりて、アーメン 》

かのときのヴァイニング夫人の祈りは、皇太子がキリスト教徒になってほしいと願うものであった。そしてその祈りは現実のものとなった。年少のときに神を受け入れた者は、ほとんど一部の例外を除いてクリスチャンの道を一生歩むのである。この時から、弟宮の義宮もクリスチャンとなっていった。 (P445-P448)

エリザベス・グレイ・ヴァイニング


<昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。

 ■A級戦犯の遺族
 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」――A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。

 正氏は昭和天皇が参拝を中止したのは、A級戦犯合祀とは無関係だとの立場を崩さない。「三木(武夫)総理(当時)が昭和50(75)年に現職首相として初めて参拝し、その秋の国会で論議になったため、陛下はその後参拝できなくなったのだと私は思うし、さまざまな史料からも明らかだ。A級戦犯合祀は、陛下の参拝が止まった後のことだ」と話す。その上で「(富田元長官が)何を残され、言われたかは関知しない」と言った。

 同様にA級戦犯として合祀される東条英機元首相の二男輝雄氏(91)=元三菱自動車工業社長=は「そんな話、いまだかつてどこからも聞いたことがない」と繰り返した。「信ぴょう性が分からない以上、言いようがない。個々の動きでいちいち大騒ぎしても仕方ないよ」とコメントを避けた。
(毎日新聞) - 7月20日14時12分更新


(私のコメント)
富田メモの内容についてはまだ分かりませんが、メモが真実であるならば、「それが私の心だ」と言う言葉でA級戦犯を忌避して靖国神社に参拝されないことが真実である事になる。天皇自身も「参拝」と言う言葉を使っていたようだ。

今まで私は天皇が靖国神社に参拝されないのは政治的な配慮によるものと思っていましたが、「A級戦犯」を忌避してのものであるならば、天皇によって「A級戦犯」は裏切られた事になる。しかし東條英機が東京裁判で言っていたように、天皇のご命令に逆らう事は無かったはずである。

しかしながら天皇を訴追させないために「A級戦犯」達の共同謀議とされたのだ。この経緯については記録映画の「東京裁判」でもスポットを当てている。だから「A級戦犯」が天皇に裏切られて処刑されたのであるのならば、天皇の人格を疑わなければならない。

確かに「A級戦犯」達は無能な愚か者であり、戦争のために250万人もの死者を出す結果となった。避けることが出来るものなら避けるべきであった。そして天皇は統帥権を持っており、軍部に対して大権を持っていたのである。だから「中国大陸から兵を引け」と命令すれば戦争は起こさずに済んだはずだ。

天皇の統帥権については「天皇のロザリオ」と言う本にも論じられていますが、天皇の統帥権は二二六事件の時も有効に働いたし、終戦の時も天皇の決断が有効であったように最後まで統帥権は機能していた。しかし東京裁判では東條英機はそれを否定した証言をしたために処刑されたのだ。

だからこそ天皇が靖国神社を参拝されないのは富田メモが出るまでは政治的配慮によるものと思っていた。「天皇のロザリオ」と言う本はどこまで信憑性があるのか分かりませんが多くの資料を基に書かれている。マッカーサーとの会見もいまだに公開されていませんが、天皇は日本をキリスト教国化する事を約束して命を救われたらしい。

皇太子をキリスト教徒にするために、アメリカから美しい家庭教師を招くことも天皇救命工作の一つであり、その他にも侍従を使ってマッカーサーに対して様々な工作をしている。しかしアメリカ本国は最初から天皇の責任は問わない決定をしていた。

それはポツダム宣言受諾の条件だったからであり、だからこそ天皇はマッカーサーに対しても裁けるものなら裁いてみろと肝を据えているべきだった。ポツダム宣言のために天皇を裁けないからこそ連合国は東京裁判で厳しい判決を下して「平和に対する罪で」多くの極刑が下された。ニュールンベルク裁判では「平和に対する罪」ではデーニッツ提督の10年と比べると絞首刑は明らかに重い。

だからこそ今上天皇陛下も靖国神社に参拝されて、昭和天皇の身代わりとなって処刑された「A級戦犯」の霊を慰霊するために参拝されるべきである。しかし富田メモにあるようにA級戦犯をあのように見ていたとするならば、今上天皇も同じように思っていられるのだろう。

昭和天皇は最後まで何も語らずに亡くなられましたが、戦前、戦中、戦後と激動の時代を生き抜くためには巧みに変身する必要があった。何も語らない事も護身術の一つでしょうが、富田メモはその例外となり、「A級戦犯」を「それが私の心だ」と断罪している。

しかし私の倫理観からすると「A級戦犯」が極悪非道の大罪人であったとしても、自分の身代わりとなって処刑されたのは事実なのだから慰霊の参拝はされるべきなのだ。おそらくキリスト教徒に改宗されたから靖国神社には参拝されなかったのだろうか?


『政治』 ジャンルのランキング
コメント (18)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 戦争責任の真剣な追及がつい... | トップ | 近衛は内閣を放り出し東条に... »
最近の画像もっと見る

18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2006-07-23 01:48:16
 あのう

今上天皇陛下の皇后はクリスチャンなのですが、嫁いでからは神道の儀式をちゃんとこなしています。

 知っていますか?

Unknown (Unknown)
2006-07-23 01:54:52
 知ってますか?

■何故、毎年天皇陛下から今でも勅使が靖國に送られているのか。勅使は宮内庁職員といった国家公務員ではなく、『掌典職という皇室が私費で雇った祭祀専用の職員』がやっている。
■何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。
■何故、今上天皇陛下や皇族は、神道の儀式を毎回ちゃんとやっておられるのか?→宮内庁のHPに神道の儀式の日程ややった事が詳しくある。

Unknown (Unknown)
2006-07-23 01:55:00
 知ってますか?

■何故、毎年天皇陛下から今でも勅使が靖國に送られているのか。勅使は宮内庁職員といった国家公務員ではなく、『掌典職という皇室が私費で雇った祭祀専用の職員』がやっている。
■何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。
■何故、今上天皇陛下や皇族は、神道の儀式を毎回ちゃんとやっておられるのか?→宮内庁のHPに神道の儀式の日程ややった事が詳しくある。

皇室VS徳川家のお家騒動? (Unknown)
2006-07-23 09:06:24
皇室VS徳川家のお家騒動?

そういえば、高松宮妃(徳川慶喜)も皇室の悪口を言っていたな。



系図



徳川吉宗ー徳川宗尹ー徳川治済ー徳川斉匡ー松平慶永ー松平慶民ー松平永芳(←A級戦犯合祀を決断した元宮司)
Unknown (とおる)
2006-07-23 10:38:18
今回の富田メモと新聞マスコミ報道は、情報操作の一環だと思っています。



仏教が入るまでは、神道が天皇家の宗教だったものが、仏教を擁護する天皇が出たのは、随分前の事です。

キリスト教に改宗する天皇が現れたとしても、今まで通りの天皇家の祭祀を行っていく事も可能と思います。(仏教の代わりとしてキリスト教。)
Unknown (通りすがり)
2006-07-23 14:42:41
まあ、多神教の神道の立場からはキリスト教徒の天皇が現れても影響ないんじゃないですか?多信教であるが故に、いろんな宗教をアドホックにつまみ食いすることも許されるわけですから。絶対主義的ではなく相対主義的にね。



仏教徒の天皇もいたわけですし。しかし、それがいつまでも続いたわけじゃありません。



秋篠宮妃がお世継ぎを出産なさるか、男系護持のために旧宮家から養子を迎えるかしたらキリスト教徒による皇室は終焉を迎えるでしょう。そして元に戻る、と。

けっこう楽観的に考えています。



愛子天皇は少し検討したら不自然ですしね。
もう一つ (通りすがり)
2006-07-23 15:32:53
中韓その他の工作員によって靖国神社=戦争犯罪人を崇め奉る施設

というイメージ操作は世界中に定着してしまっています。



もともと普通選挙と衆議院内の選挙で選ばれるような首相が靖国参拝しても今の程度のような騒ぎで済みますが



天皇陛下が靖国参拝をすると、それこそ皇室の危機を招くと思います。

皇室廃絶派の思う壺ですよ。

戦争極悪人を敬う施設に訪問する天皇は何て人でなしなんだと世界中に印象操作されて皇室が再起不能な程度まで貶められるだけの結果に終わると思います。

スジ論からしたら天皇の靖国参拝はOKなのかもしれませんが、



国際社会の空気を読む観点からは、天皇の靖国参拝は取り返しのつかない結果を招くのではないかと思います。
Unknown (Unknown)
2006-07-23 18:32:56
ブッシュもユダヤ教徒ですが表向きはキリスト教徒です。美智子妃も雅子妃も田園双葉出身、キリスト教の学校です。
Unknown (ブロウバック)
2006-08-11 20:45:53
しかし、歴史をさかのぼれば、織田信長のあの鎧(甲冑)を見れば、たぶん信長もキリスト教徒の手先(イルミナティ・サタニスト?)になったんでしょうね。遠慮なく日本の地生えの宗教勢力を「消去」する。血も涙もない。そうすると、秀吉特に家康はえらいですね。禁教を徹底して鎖国政策をとる。300年も成功しつづけた政策です。いまさらこれが出来るとは思いませんが・・。小泉が信長と自分を重ね合わせて悦に入るそうですが、手先どもの考えることはいつの時代も同じですね。
Unknown (Unknown)
2006-08-21 02:39:24
僕は往年の信長と交流ががあったのですが、

彼はなんというか新し物好きで、

舶来品の鎧がちょっとカッコいいとか、

見栄えする品物を身に付けようとした結果が

あの身なりなのだと思います。

本願寺を焼き討ちした件については、

戦略上の邪魔な要素になったから

排除しただけだと言っていました。
キリストといえば (導師)
2007-12-30 16:53:17
皇室関係者は現在も強制的にキリストミッションスクールに行かされるらしい。それと監視役がボーイスカウト達。
Unknown (Unknown)
2007-12-30 20:11:17
>昭和天皇は最後まで何も語らずに亡くなられましたが
自らの犯罪行為を語るわけがなかろう。
日本は特別でもなんでもないと言うことだ。妄想に浸っている時ではない。
Unknown (Unknown)
2008-02-27 14:48:30
最近、皇太子と雅子様の素行がおかしいと言われている。
この一つには、基督教徒のネットワークと北朝鮮系の民間
部隊の影響があるのではと思われる。

まず私は5年前、雅子様の表情を、何度も至近距離から
お伺いしており、その時の写真ももっている。
その時の表情と、現在の表情が、昔の表情とまったく違う点
に驚きを隠せない。昔の雅子様は表情がやさしく、目つきも
穏やかで、華やかな表情を浮かべていた。しかし、北朝鮮
のコサカのチームが皇室に接近した後、突然雅子様の体調と
精神状態が悪くなり、雅子様自身も奇妙な行動を起こすようになって
しまった。その原因の一つに、皇室典範で共産主義基督教徒の小泉らが
仕掛けたテロ組織と関係があると確信をしている。
雅子様は現在、医療の受付先を安全な宮内庁病院ではなく、
民間の基督系医療機関に自ら懇願し行っている。その中に
逮捕された北朝鮮のコサカが潜入していたのは有名だが、
その直後に【子供を流産】されたり、また体調が突然その病院と
医者を訪れた後、完全に変化しているという接点があり、
そろそろ危ないと私達は感じている。

また雅子様が「適応行動障害」であると、その奇妙な医者の組織が
説明をして治療を行っているが、それはおそらく嘘だろうと思っている。
雅子雅はもともと精神は患ってはいない。それを偽装的に作り出す
ために、テロ組織と仲介していた医療チームが、合成麻薬を投与した
可能性があると私達は思っている。その合成麻薬は医療用であり、
投与後には精神状態が一度で豹変するものがある。それがリタリン系
という精神薬だ。あの薬を投与されていたのが、連続放火魔の
少女「熊えり」事件であった。あの少女も精神を崩して以来、
病院でこの薬を投与され、精神が崩壊したと自らも説明をしている。
もしその薬を投与した場合、麻薬中毒者のような症状があらわれ、
眼光がギラギラと鋭く変化し、ニヤニヤと笑みを浮かべるようになる。
そして言動に落ち着きがなくなり、夜中出歩くようになると言われている。
北朝鮮のテロ組織に参加しているコサカは、なんとこの事を知っておるらしく、
後に小泉の皇室典範に合わせて基督教のネットワークを仲介し、
雅子様の主治医関係者に成りすましていたという事件がおきている。
あの前後以降、雅子様がふらふらと外遊するようになり、その
周りには北朝鮮と繋がる基督教徒の関係者が多いと判明している。

まず宮内庁は雅子様のDNA薬物検査を宮内庁病院のみでしてから、
合成麻薬かそれに近い物質がその医者から直接投与されていないかを調べ、
民間医療機関から宮内庁病院に移し、交友関係を調べたほうが
いいと思われる。私達は以前ある重大な報告をして以来、
このような事件が続いている。また必ず雅子様の主治医に対し、
かならず信頼のおける人物を二名検査中も同行させるという
ことが必要と思われる。医者による思想運動を施されないように
するためです。
Unknown (Unknown)
2012-03-06 16:55:35
キリスト教の影響を受けたからといって、伝統的な祭祀は行わないとか、天皇家がそういう狭い了見を持つことはないでしょう。

まあキリスト教宣教師の中にはキリスト教の絶対性だけを妄信的に説く無礼者も沢山いましたし(一神教の場合必ずこういう奴が一定数現れる)、アジアを植民地化し日本に原爆を落としたのも全てキリスト教国家ですから、そりゃ日本でキリスト教が100%支持されるってことはないでしょう。

もともと日本では土着型の神道だけでなく、仏教と儒教の思想が生活習慣のかなり深いところまで根付いていますから、キリスト教的価値観が浸透する範囲も限定的でしょう。

西洋人にしろ中国人にしろ、彼らが持っている日本人の印象に「日本人は自分達の利益になりそうだと思ったらなんでも取り入れる。しかもそのことに関して自覚がない」というものがあるようです。

考えるとこれを可能にしている思想の一つとして、「和を以って貴しと為す」があるのではないかなと思います。一つの教えを妄信的に信ずるのではなく、お互いに良いところを持ち寄ってまあ仲良くやろうじゃないかということです。

現代において、キリスト教的価値観を全く有していない人は日本において少ないでしょう。しかし逆に、キリスト教は、日本人の思想の根の根の部分にまでは浸透できないと思います。現在も、そして今後も。
皇室は昔は仏教 (通行人)
2013-11-08 10:40:01
藤原鎌足は大陸人らしいから仏教。その前はというと出雲をみるとどうも古代ユダヤ教のようだ。キリスト教というのは大体フリーメーソン教のことで、人類支配のためにつくられたもの、その証拠にキリスト教徒がキリストの言うことや行いを全く無視しているからね。皆ニセモノだよ。皇室が神道という人がいるが、古代ユダヤ教が神道になったようで、それを利用したのが明治の長州だろ。日本では宗教は出世の道具だから、一般人は宗教など本心では信じていない。いまの仏教の概念だって明治につくられたものだ。皆ニセモノだよ!宗教は必要ないです。自分のなかの良心に従うことです。
皇室はもともとキリスト教だと思いますよ (JAMES)
2014-10-04 08:38:28
まず、皇室職員そして皇族の大半がクリスチャンであることは「公然の秘密」という位置だと思います。
また、伊勢神宮および主要神社の創建に深く関与したのが渡来豪族でユダヤ系の血を引く古代東方キリスト教の「秦氏(秦河勝)」であるので皇室神道は古代東方キリスト教がオリジナルだと考えるのが自然だと思います。
そして、古代東方キリスト教の発祥地と日本とのシルクロード経由の連絡は長く途絶えてしまっているので、現在の皇族は西方キリスト教(カトリックなど)の人を入れて(お嫁さんに迎えて)体質のリニューアルをしているというのが現状だと思います。
上記の理由からなのか、現代の皇室へ嫁ぐお嫁さんはキリスト教系の名家からというのが事実上の不文律になっているようです。(美智子皇后:カトリックの正田家、三笠宮信子妃:カトリックの麻生元総理の妹、雅子妃:実家はカトリックで妹たちの洗礼名も公表されている、紀子妃の家系も古くからのキリスト教家系・・・などなど)
皇室神事を執り行っている式部職(雅楽奏者など)は前記の「秦氏」の末裔(東儀家など)が代々務めていますが、それらの皇室職員は自分の家系(古代東方キリスト教)を理解しているようで大半がクリスチャンとして都内の名門教会数か所に分散して属しています。
日本雅楽協会も「雅楽は古代東方キリスト教音楽」と公式に認めているようです。
また、式部職だけでなく、歴代の宮内大臣(宮内庁長官)、侍従長、女官長、書陵部長、その他各種部門長などの多くがクリスチャンであることは公開情報としても有名です。
たとえば、現職の川島裕侍従長(元外務事務次官)はカトリック信徒であり、国際機関で活躍の緒方貞子氏(カトリック系の重鎮)といとこ同士、前職の渡邊允侍従長(元外務省高官)は聖公会クリスチャンで明治元勲の大山巌元帥と大山捨松夫妻の子孫。
その他の歴代侍従長もクリスチャンが大半です。
女官長はこの50年近くクリスチャンがリレーし続けています。
田島道治宮内庁長官(無教会派)、宇佐美毅宮内庁長官(クエーカー)などもクリスチャンです。
上記両長官と同時期に皇室に仕えた三谷隆信侍従長(元外務省高官・無教会派クリスチャン)は女子学院の創立者でキリスト教女子教育界の大物である三谷民子氏とは異母兄妹です。
昭和天皇の即位後初代の侍従長珍田捨巳伯爵(元外務次官)はクリスチャンであるだけではなくメソジスト派の牧師でもありました。
珍田伯爵と同時に起用されたのが牧野伸顕宮内大臣と関屋貞三郎宮内次官ですが、関屋次官は無教会派クリスチャンで、その妻の関屋衣子氏(聖公会クリスチャン)は貞明皇后の生涯にわたる相談役を務めました。
牧野宮内大臣は自分の信仰を明らかにしてませんが、欧州駐在中に娘が幼児洗礼を受けており、曾孫に麻生元総理がいますのでカトリックだと推定できるでしょう。(リベラル派の要職が次々と暗殺の対象になる時代だった)
また、幕末の大名の「最後の藩主」たちには一般庶民への禁教令が解ける以前から熱心なキリスト教信仰を始めていた大名が多く、それらの大名は廃藩置県の後は皇室に入って要職に就いています。
具体的には岡部長織(岸和田藩最後の藩主)、九鬼隆義(三田藩最後の藩主)・・・などなど。
岡部長織は法務大臣や東京市長なども務め、名門の霊南坂教会や東京キリスト教青年会(YMCA)の創立にも尽力しています。そして晩年は大正天皇と貞明皇后の夫妻に側近として仕えました。
さらに、眞子さまと佳子さまの大叔父にあたる三笠宮崇仁親王のライフワーク(古代オリエント文明の研究)の本拠地であり、三笠宮さま自身が設立と運営をしている「中近東文化センター」は国際基督教大学(ICU)の敷地の一角にあります。
これらのことから帰納的に導ける結論としては、皇室は日本で最も長く続く伝統的なキリスト教信仰の家柄であり、眞子さまと佳子さまが国際基督教大学(ICU)にご入学なさることは全く「不思議なこと」ではなく、あまりにも「自然なこと」だと推定できるのではないでしょうか。
元精神障害2きゅう統合失調症 (鈴木光則)
2015-03-17 17:59:58
自分クリスチャンです10年キリスト17年。プロテスタント豊橋祈って仕事見つかり家燃えました住むとこなしお金滞納アパート鍵変えられかたずけれないどんどん家賃ふう得る50万かな教会祈って涙流す人出てきた席決まってると言う人いる昔からとも。。祈って行動して祈りかなったのにイエイエス様のおかげで叶いましたと、、自分で言ってるクリスチャンいる。。はい。。ならわかる。。私生活介入して教会こないとどんどんドア叩きいると。言っても顔見せてと。。しつこいです信仰厚すぎなんでもかんでも祈りイエス様。。50回こえてるかな。。その人たち祈って行動かななんとうりで自分この名前光則寺あり日蓮かな自分前親鸞ね障害祈って病院いった14年直らなかったひどくなった薬で警察言われた薬やめろとすべてやめた自分で障害施設見つけ薬のまずパソコン本調べ頭の中で過去に帰りなおした記憶障害まだすこしもの覚えれないひとよりねでも体で覚えるタイプ昔から考えてた戦争天皇戦争したくなかったと戦争推進の軍の人によっておこされたかなと小さいときから。。プロテスタントでありながらカトリックにいってるたまに外人フィリピンね市役所の近くね祈らないけど人のフン粋見てるみな明るいにこにこみらいあるカトリィクスペインもでもプロテスタント自分夢のなかで祈ること覚えた施設にもボランティアで行ったたまにそこからいきなり自分で一般の仕事しかも派遣社員ある車企業の部品扱う会社ね外人ばかりねなんとかしないと名前で負ける自分のね化けなきゃ。。未来にむけて。。皇族のフィギアしてたしと20歳かななんか感じるねなんか。。いいこと。。自分昔1度だけ死ぬ前の日車でやばいと人に言ったことあるきおつけてとその人軽く聞いてただけのみやで北海道で。。22歳の時ね次の日こるまで。。言えん。。祈って行動またわ、、祈るだけの時。。今人格障害も調べる皇族の未来に。。自分化けないかも。。がんばれ皇族の人たち皇后皇太子夫妻天皇子供たちプロテスタントに意見するクリスチャンになりたいね犬の耳といわれた期間工16年前トヨタに
未来ある皇族に (鈴木光則)
2015-03-17 18:11:44
トヨタに人の領域超えた物あり耳頭心にプラズマ、音波振動バイブ音声変換頭えのスキャン脳の電気信号返還音声返還人お救うもの正しくつかえば。。正しき心のトヨタ答えるはず田原の秘密トヨタの。。身重って体験した心正しきものに。。自分化けるか。。化けないか。。化けない場合誰か伝えて皇族にそれトヨタだけでわない。アメリカ軍プラズマえとせとら化けた場合行動するクリスチャンに。。。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。