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岡崎久彦氏は米内、山本、井上の媚米派海軍トリオの後継者

2006年08月26日 | Weblog

岡崎久彦氏は米内、山本、井上の媚米派海軍トリオの後継者
日本は未だに歴史観に対する干渉が米国や中国から受けている


2006年8月26日 土曜日

岡崎久彦は親米を通り越して媚米 8月25日 Dr、マッコイの非論理的な世界

我が家では以前には読売新聞をとっていたのですが、最近は産経新聞をとっています。別に私が指定したわけではなく、サービスが良いということで妻が勝手に変えただけですが。朝日と毎日だけはとらないでくれとたのんであるだけです。

それはともかく、昨日の産経新聞の正論に岡崎氏の書いた「遊就館から未熟な反米史観を排せ」という文章が掲載されています。思わずちゃぶ台をひっくりかえしそうになりました。

昨日は帰宅して、妻がテーブルに夕食を並べてくれる間、この文章を読んでいたんですが、私の表情が見る見ると険しくなっていって、そのあまりの変わり様に妻に「職場で何か大変な事でもあったの?」などと聞かれてしまったほどです。

ネット上でその文章を読むことができます。

最後の、「元駐タイ大使」と書いてあることでわかる通り、この方は元外交官なのでしょう。外務省の人間というのはみなさんご存じの通り、日本の国益のために仕事をしているのではなく、外国かぶれで外国の意向を日本に押しつけようとするような輩が多いように思います。本来の仕事と逆のことをやっているのです。

加藤紘一ももと外務省の職員ですが、彼は中国の意向を日本に伝えようとばかりしている、この岡崎氏は、そのアメリカ版とも言えると思います。

岡崎氏の口癖は皆さんご存じの通り「アングロサクソンについてゆけば間違いない」です。この言葉には二つの問題点があります。

まず日本人はどんなに頑張ってもアングロサクソンにはなれないという現実をこの人はわかっていないということです。こちらがシッポをふってついていっても足下を見られて利用されるだけということにもなりかねません。しっかりとした独立・自尊のかまえがあってはじめて対等な同盟関係となることができるのです。

どうも媚中派といいこの人といい、どこかの国とべったりくっついていないと安心できない病気に日本人の多くがかかっているとしか思えません。独立・自尊なんて考えもしないんでしょうか。

少なくとも今の日米関係は対等な同盟関係とは言えませんし、「同盟」と呼べる代物かどうかすら怪しいので私は日米同盟とは詐称ではないかと思っているほどです。

アメリカに日本の急所を常に握られた状態で、対等な同盟を結んだまともな国と国との関係にあるかのように思いこむのは親米保守といわれる方々に多いですが、日米「同盟」はまだそんなレベルには達していません。現実を見つめましょう。

お互いに自分の国は自分で守った上での同盟が本当の同盟です。相手に守られてそれが同盟だなんて聞いたことありません。

また、「アングロサクソンに付いてゆけば間違いない」の言葉に含まれる他の意味として「あの戦争はアングロサクソンに刃向かうような真似をして間違いだった」と言っている点です。

しかしあの戦争をこう捉えてしまうと、ほぼ100%あの戦争には大義がなかったと言っているのと同じことになります。

当時の日本人は欧米人がアジアに対してやっている滅茶苦茶な人種差別やはげしい搾取に満ちた植民地政策に義憤を感じていました。そうした怒りがもとになってアジア解放と新秩序の構築をかかげて米英蘭など連合国側と戦ったわけです。これが100%戦争の目的だったとか100%あの戦争をアジア解放のための戦争だったとまで私も言うつもりはありませんが、日本が連合国と戦争をした結果としてアジアの植民地が次々に解放されていったのは間違いではありません。

こういう事を書くと左翼がまたうるさいんでしょうが、岡崎氏もこうした点をおそらく認めていないのではないかと思います。歴史観は左翼と同じということです。

それから、上の文章からわかる通り、アメリカが日本を着々と戦争に追い込んでいったという見方ではなく、日本が無謀にもアメリカに戦争をしかけたとでも思っているんではないでしょうか?オレンジ計画とか知らないんでしょうか?

ちょっとはこの本でも読んでみてはいかがでしょうか。

いや、私は岡崎氏はそういう事も知っていて、敢えて言っているんだと思います。つまり日本人独自の歴史観を持つことによってアメリカと対立する要素が少しでもできるなら、そんなもの持つのをやめてアメリカの言うとおりしておけという事なのではないかと私は岡崎氏の心を想像します。

いずれにしろ、アメリカと戦った理由まで否定してしまえば、結局のところあの戦争を全否定してしまうのと同じです。

しかし靖国神社はそもそも英霊を顕彰する場なわけですから、岡崎氏の考え方では靖国神社に祀られている大東亜戦争に関する英霊は「侵略戦争を遂行した戦犯、あるいはそれに無理矢理加担させられた犠牲者たち」ということになってしまいます。これこそ英霊に対する冒涜です。

そんな人間に「これでは靖国をかばえず」などと言って欲しくないです。だいたいまったく靖国をかばうことになってませんので。

その通りだと思います。各国独自の歴史観があって当然なわけです。もちろん中国の反日歴史観みたいに、それがあまりにも史実からかけはなれ捏造されたものでは問題外ですが、他国の人間が感じるのと同じようにものごとを捉えなければならないと考えるのはもはや日本人とは言えません。

歴史とは国民の物語です。それが他国の物語と一致しなければならないと考えるのはそもそも間違いなのです。そういう点で日中韓の三国で共同の歴史教科書を作ろうなどという動きがありますが、あれは馬鹿げた事です。史実に関してなら学者同士があつまって議論してすりあわせれば良いでしょうが、その解釈については各国それぞれにあるていど独自色を持つ権利があって当然の事です。

自国の歴史観を他国に押しつけたり、それが世界基準であるかのように騙ったり、歴史観を政治利用したりするような真似は慎むべきです。なぜならば、それは場合によっては戦争の原因にもなりかねないからです。日本はそのことで戦争したりはしないでしょうが、他国の場合、特にイスラム諸国がからんできた場合はそういう可能性すらあります。これは危険な事です。

岡崎氏はアメリカに対して日本の歴史観とアメリカの歴史観は違うがそれは当然のことであって、その事で目に余る間違いでもない限り(たとえば原爆投下を正当化するような論調)、お互いに干渉すべきでない、お互いの立場と物事のとらえ方の違いを認めた上でつきあってゆくのが対等な国と国との関係であると知るべきでしょう。

まあなんでも外国人が感じるようにあわせてしまいたがる手のタイプは実は日本人にはもともとかなり多いのですが、それが左向きなら中・韓べったりに、そうでなければアメリカべったりになってしまう傾向があるようです。外国人と接しているうちに自分の主体性が消えてしまって彼らにただ同調するだけなのかもしれません。

ただ岡崎氏のレベルになってくると、もうアメリカがちょっとでも日本にたいして不満を持つようなことは決してしてはならないという感じで、完全に「怯え」になっています。

このような人たちが政治家にも文化人にも結構多いです。同志社大の村田晃嗣とかもそうでしょう。そういう人たちは結構簡単に「国益」という言葉を口にしますが、そういう人たちの言う国益とはごく目先のものでしかありません。

こういう人たちと同じような媚米というか怯米の政治家や官僚らに日米の国益が衝突したらまともに交渉してもらえるでしょうか?

とにかくアメリカを怒らせるのはいけないことだとばかりに、なんでもアメリカの言う通りにしておくことが日本の国益だとしか考えないのではないかと思います。

私は目先の国益も大切だと思いますが、しかし、それは国あってのものです。長い目でみれば国を弱体化させる、国の独立・自尊を脅かすのであれば、意味のない国益です。

国というのは長期存続してはじめて意味があり、究極的にはそれこそが国益です。

国が長期間存在するとは、ただ日本列島の上に黄色人種が生き続けるということとは違います。過去と連続した歴史観・価値観・文化を持ちそれが未来につながってゆくということです。

そこで大切になってくるのが、国民の物語としての歴史観だと私は思います。あの戦争では日本人はアジア解放のため、そして自らの独立・自尊のため、欧米列強の横暴にたいして、自らの短期的な国益を度外視してでも、また負けを覚悟してまで、勇敢に戦った。

かつての日本人は大義のために損得をかえりみずに立派に戦ったのだという物語こそ、日本人の誇りとなって日本という国を存続させるエネルギーとなるでしょう。そうした歴史観こそ持つべきだと私は思います。靖国神社はそうした国民の物語を教えてくれる場でもあると思います。

ただ目先の損得だけを追い求めても長期的には国を滅ぼす道につながるということもあると思います。他国に適応ばかりして自国独自の視点を失ってしまうということも、その一つだと思います。

ましてや、岡崎氏のレベルになってくると、目先の損得すら考えているかどうか怪しくなってきています。ただただアメリカを少しでも怒らせることに対して神経過敏になって、アメリカのご機嫌をそこねることをひたすら怯えているとしか思えません。これはもう完全に病気です。ちょっと治療か入院が必要ではないでしょうか。

もしくはアメリカへの怯えではないとしたら、上目遣いのいやらしい媚びだとしか言えませんね。こんな事しても加藤紘一みたいな「遊就館はあの戦争を美化しているしそれをアメリカも良く思っていない」とか言う輩に利用するだけだと思います。ほとんど同類でしょう。

上では「もののふのこころ」さんからの引用を利用させていただきましたが、その他てっくさんの「岡崎久彦へのリジョインダー」もあわせてお読みください。



「あの戦争に何故負けたのか」 8月24日 足立誠之

 文春新書「あの戦争に何故負けたのか」はある意味で米国が待ち望んいた本かも知れません。

 独立戦争、南北戦争、メキシコからのテキサス独立と併合、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニアまでの広い領土の併合、そしてハワイと和親条約締結を結び半世紀後に併合、米西戦争ではフィリピン併合。この一連の歴史には随分酷いことが行われていますが、米国はそれを削除し、自らの歴史を正義と栄光の、物語として描いています。
 
 ところが、「あの戦争に何故負けたか」は1941年12月8日から1945年8月15日までの日米戦争を、米国について殆んど、批判も言及することもなく終える本であり、そんな本が日本側から出版されたのですから、彼等にとっては願ってもないことだったでしょう。
 
 「あの戦争に何故負けたのか」は不思議な本です。それは、何故戦争が起きたのかについての分析らしいものが「三国同盟」を挙げる程度で全く抜け落ちているからです。第一、戦争というものが複数の国によって行われるものであり乍ら、日本以外の国、特に日本の主要敵国であったアメリカの政策、意図、行動についての分析言及が皆無に等しいのです。そして何よりも不思議なことは、それが、現在の「言語空間」(後述)の中でのみ議論されていることです。この本の中で個々の戦闘についての議論が精緻になればなる程、以上の奇妙な点、即ち重要な点の欠落が浮彫りにされるのです。尚この「言語空間」と言う言葉は後程説明しますが、「あの戦争」の評価にとって最重要な言葉になります。


(中略)

 さて、ポツダム宣言は確かに厳しいものが含まれていました。然しどんな法理論解釈からも、それは、占領軍が以上実施した宗教、教育制度、国語政策にまで手を加える権限、などはどこにも含まれていません。まして、言論、出版に検閲統制を加え、日本と日本人を、江藤淳氏の言う「閉ざされた言語空間」に封殺する権限など与えられる筈もありませんし。そんな大それたことは日本人の想像外だったのです。

 ちなみに、以下にご説明しますが、米占領軍は、言論検閲、統制により日本と日本人を完全に孤立させ、世界との間の情報を遮断し、日本人自身の思考を閉じ込めた状態とし、米占領軍の言論検閲、統制の支配、管理下におきました。その状態を江藤淳氏は「閉ざされた言語空間」と呼称したわけです。

 この言論検閲、統制は巧妙を極めたものでした。その構想の大きさが、先ず「日本と日本人を外部世界の情報と完全に遮断する」という桁はずれの構想から始められたのです。例えば、日本のそれまでの教育は、「軍国主義的教育」或は「遅れた教育」とされましたが、米国や欧州の教育の実際の姿は日本人の間から完全に封鎖されていました。だから、日本人はそれを信じる外はなかった。特に当時は進歩的インテリは「アメリカでは」を口癖に占領政策を推進していましたから、だれもが「アメリカではそうだ。そうに違いない」と信じたわけです。後述しますがそれは殆んどが嘘といってよいものであり、その影響は今日でも尾を引いています。(因みに30年前のカナダの小学校では鞭を持って教壇に上がる先生もいたとのことです。)

 又、戦後既に米ソ対立、東西冷戦は次第に熾烈になっていましたが、それを論ずる報道は禁止されていました。

 昭和26年日本はサンフランシスコ講和会議で独立を認められ、翌年の昭和27年4月に発効しますが、当時の南原東大総長をはじめとする学者、言論界、左派社会党などは全面講和論を唱え、サンフランシスコ講和条約に反対しました。東西冷戦の真っ只中、全面講和など現実性皆無であった筈ですが、その様な反対論が一部とは言え支持されたのは、この様な「閉ざされた言語空間」が原因であったと思われます。

 もう少しその巧妙な言論検閲統制を見てみます。

 米占領軍は、言論検閲、統制を30ケ条のプレス・コードにより実施したと、江藤淳氏は著書「閉ざされた言語空間」で述べています。その根幹にあるものは、言論検閲、統制が実施されている事実の徹底的隠蔽でした。

 それに次いで、憲法の制定に占領軍が関与したことへの言及、極東軍事裁判批判、更に日本、枢軸国以外の総ての国に不利な言論、東西冷戦について論ずること、占領軍の日本人女性との交渉についての言及、闇市言及、それら総てが禁止され、最後には「解禁されていない情報の報道」が禁止され、つまり総べての言論が米占領軍により恣意的に統制される体制が出来ていたのです。

 再度申し上げますが、この様な言論検閲は勿論日本が受諾したポツダム宣言の如何なる条項にも一切含まれていません。そんなことが実施されているとは大部分の日本人は知らなかったし、今でも知らない人が圧倒多数だと思われます。

 こうして、米国占領軍は日本及び日本人総てを丁度、蟻をガラス箱の中に閉じ込めて飼育、観察、管理するような環境を完成させたのです。これが「閉ざされた言語空間」であった訳です。

 こういう「言語空間」の影響は想像以上です。人はその認識の殆んど総てを、実地体験ではなく、他からの情報で入手します。それが占領軍に6年半恣意的に管理統制支配されていた、ガラス箱の蟻の状態であったわけです。

 人間の考え、記憶は意外に脆いものです。

 江藤氏は上記米国での調査中、保管されていた検閲された資料を調査していたのですが、その中に、占領時代に書かれた河盛好蔵氏のエッセイも含まれていました。それは、殆んど戦前戦中の軍国主義への反省で綴られたものですが、ほんの一寸(多分大恐慌以降のブロック経済で日本を排除したことを念頭に置いたのでしょう)米英が日本に経済的な点で配慮があったならとのほんの僅かな箇所が原因で発表が差し止められたらしいのです。江藤氏は早速河盛氏に照会しますが、河盛氏から「全く記憶にない」旨の返事であったとのことです。戦後の激変の中で、河盛氏の占領軍の検閲との戦いの記憶は全く失われていたわけですし、氏の思想にも変化が生じていたのかもしれません。

 人の記憶や、考え方はかくも移ろい易い脆いものらしい。

 吉田満氏の「戦艦大和の最期」の一番初めに書かれた文章は発行禁止になり、吉田満氏は何とか出版許可を得ようと求め、何度も書き直し、とうとう出版にこぎつけます。然し出版され現在も書店に並んでいる「戦艦大和の最期」は最初に書かれたものとは全く異なるものとなっていました。江藤淳氏は吉田氏自身の保持していた精神的なものもいつの間にか、失われたとしていますが、読み比べてみれば誰でもそれはが点が行きます。敢えて個人的な感想を述べれば、一番最初の「戦艦大和の最後」には「春の城」の香りが強く漂っていますが、許可を受けて世に出たものにはその香りは皆無となっています。

 米占領軍、米国が残したものは斯くも徹底した厳しいものでした。

 更に占領中期になると、占領軍は狡猾にも検閲方法を「事前検閲」から「事後検閲」に変えます。これで報道機関、出版社は自ら事前に自己検閲して、事後検閲で引っかかり、膨大な損失が出ないようにする。自己検閲の効果は、占領軍が行っていた事前検閲よりも厳しいものになりがちであったらしい。これは占領が終わった後も日本の言論出版界に定着存続していると江藤氏は述べています。

 先に述べましたが、占領期間中の小学校の担任の先生の戦死者への追悼と今日の首相の追悼の言葉は全く似て非なるものであり、それがむしろ占領が終わってからの長い時間に刷り込まれたことに注目せざるを得ません。


(続く)
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2 コメント

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Unknown (姜維)
2006-08-26 16:07:59
敵は各個に撃破せよという戦術の定石も知らないの?

おじさんはダメだね
Unknown (夕焼小焼)
2006-08-26 21:48:13
貴殿の基本スタンスは大体わかった。で、オタクはどちらの勢力?ただのビルオーナーとは思えんがね。



>キリスト教や女性信者達をなぜあのように美しく描く必要があるのか? NHKは特別にキリスト教の普及に一役買おうとしているのか分かりませんが、



>中国や韓国が絡んでいるからだ。



NHKなどのテレビ局は、テレビドラマなどを通じて政治的メッセージを伝えようとしているのでしょうが



イヨッ。俺だよ。阿修羅をみてくれ

みつけてくれ

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