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地方では車でSCに買い物に行くスタイルが流行ですが、大量の閉店ラッシュで買い物難民を続出させている。

2016年10月16日 | 経済

地方では車でSCに買い物に行くスタイルが流行ですが、イオンや
ヨーカ堂などは大量の閉店ラッシュで買い物難民を続出させている。


2016年10月16日 日曜日

地方では歩いて移動するだけで「不審者扱い」は本当? 「車も買えない変わり者と思われたくない」という声も 10月15日 キャリコネニュース

キャリコネニュースでは先日、群馬では4人に1人が100メートルの距離を車移動するという記事を掲載。約300件のはてなブックマークがつくなど、大きな反響を得た。

記事中で、車社会の地域では、徒歩で移動しているだけで「不審者扱いされる」という内容を紹介したが、ネットに寄せられた反応の中にもそれに近いコメントがあった。

「当方長野のド田舎住みだが、徒歩移動だと近隣住民に奇異の眼で見られるということを余所者は判ってない。以前国道散歩してたら親戚から『なんで歩いてるんだ?』って電話かかってきたんだぞマジで」

「高校生までしか道を歩いたり自転車こいだりしちゃいけない」

公共の交通機関が発達した都心では信じられないことだが、一部の都市部を除いた地方では、自動車を使わずに歩いて移動する人が奇異に映るようだ。同様の声はほかにも多数ある。

「自転車や歩きで移動していると、親から頼むから車でと言われてた。車も買えないと思われるのや変わり者だと言われるのが嫌だったみたい」
「確かに車に乗らないのは回覧板を届けるときぐらいだわ。お陰で運動不足で10kg太ってしまった。近所の目がウザいので夜中にひっそりとウォーキングしてる」

中には、「田舎では歩くの恥ずかしいんだよ。誰も歩かないから」という指摘も。恥ずかしいので車での移動が一層増え、歩く人がさらに減る、という悪循環になっているという。「高校生までしか道を歩いたり自転車こいだりしちゃいけない」という声もある。

北海道旭川市出身の女性(事務職・33歳)もキャリコネニュースの取材に、「うちの近所だと大人一人に車一台が普通。家から一番近いセイコーマートも歩くと20分ぐらいかかるから、みんな車を使う」と語る。やはり徒歩移動する大人は珍しいらしく、近所の人から「どうしたのかな、と思われる」のだそうだ。

高崎市では駅から徒歩で来ただけで「よく歩いてきましたね」と驚愕

福島県出身のライターの男性(31歳)は、「地元では、特に夕方以降に歩いているのは徘徊中のおじいさんぐらい」と語る。昔、東京の大学を出て地元に帰ってきた若者が、夜道を一人で歩いていただけで噂になっていたことがあったという。

「『〇〇さんの家の長男が夜一人で歩いていた。仕事が上手くいってないのかしら』なんて言われていましたね。若い人だとヤンキーも夜に出歩いているけど、彼らはバイクや原付に乗っている。夜中に出歩くのは思い悩んで一人になりたい人だけ、と思われているようです。田舎は静かなので、足音が目立つというのもありますね」

こうした状況に面食らってしまうのは、都心に住む人たちだ。ネットでは地方の車偏重ぶりに驚愕する声も多かった。

「『駅から歩く』と言ったら、異常行動者みたいな顔をされた。新聞や郵便を取りに行くのにも車使う家もあった」
「カルチャーショックすぎる。3kmくらいなら徒歩圏と思って、運動と電車賃節約のため数駅分くらい歩いて移動するのととかザラにあるのに」

群馬県高崎市に行った人物は、駅から数キロ離れた場所へ徒歩で行ったところ、「よく歩いてきましたね」とびっくりされたという。

「逆に車で移動できない都会の状況の方が変」という声も

一方で、地方では市街地も車移動を前提に整備されているので、自然と歩かなくなる、という見方もある。むしろ、

「駐車場が高い・少ない、道が混んでる、おまけに坂が少ないって都会の状況が変なだけだよ。雪でも降ったら徒歩・自転車は絶望的だぞ」

というのだ。ほかに「逆に都会は店から店へも徒歩だし、荷物も持って歩くし、買い物とか疲れるね。確かに都会人タフかも」という声も出ていた。



(私のコメント)

私は千葉でアパートを経営していますが、駅から離れたところにあるのですが歩いて行きます。急ぐ時はタクシーを使いますが、普段は歩いて行きます。しかし地方なので歩いている人を見かける事は少なく、高校生以下の生徒が下校する時くらいでしょう。地方は電車にも乗らずに車で移動するから地方の鉄道が廃線になってしまう。

千葉の駅の周辺は広大な駐車場になっているし、東京に電車で通勤する人も車で駅まで来て駐車しているのでしょう。だから駅から歩いていると地元の人で歩いている人を見かける事はほとんどない。だから国道や県道は車で混雑していても、住宅街に入ると人はほとんど見かけない。これでは子供の誘拐事件が起きても目撃者もいないだろう。

このようなモータリゼーションは、世界的な現象であり、車を前提とした街づくりが行われている。逆に東京のような公共鉄道が発達した都市では徒歩で移動するのが当たり前であり、距離があれば電車で移動すればどこにでも行ける。だから以前は車やバイクを乗っていたが、最近では車もバイクも手放した。東京のように徒歩で移動すると言うのは例外的な地域になってしまった。

しかし車を運転できる人はいいが、未成年者や車を運転できなくなった老人にとっては、車社会の中では移動手段が限られてしまう。高齢化社会においては決して少ない人口ではない。だから「株式日記」ではコンパクトシティを紹介してきましたが、まだ成功したモデルは出来ていない。むしろ自動運転車による移動の方が実用的なのだろうか。

例えば電動車椅子に自動運転技術がつけば、屋外ばかりでなく広い室内でも移動が容易になる。自動運転車が実用化されれば子供から老人まで利用が出来て交通事故の危険性が無くなる。おそらく自動運転車が実用化される頃は電気自動車の時代になっているだろう。

確かに今の地方では歩いている人を見かける事はほとんどなく、100メートル先の買い物も車で買い物する時代になってしまっている。それが地方の衰退に拍車をかけているのではないだろうか。車が無くては生活できないのでは生活コストが高くなり、車の維持費だけでも相当かかる。

東京の郊外の衰退が顕著なのも、通勤に時間がかかり、子供世帯は共稼ぎが普通だから都心のマンションに住むようになり、両親も2人だけでは郊外の住宅は広すぎて買い物も車では不便だから都心回帰が進んでいる。空き家になった郊外の住宅が放置されていますが、買い手がつかないのだろう。

地方の過疎地の衰退の原因は、若い人の仕事場が無い事によりますが、大都市に仕事場が集中して、車で通勤する事が少なくなり、若い人の車離れが起きている。それに引きずられるように高齢者の都心回帰も進み過疎地が増大している。

千葉のアパートの近所でも、今まで売りに出されるような事が無かった土地が売りに出されている。わたしもサラリーマンが定年退職すれば地方の田園地帯で優雅な老後生活をするだろうと見ていましたが、予想は逆になり都心回帰で都心のマンションで定年後の生活を選ぶようになった。

地方では、いつショッピングセンターやスーパーが閉店になるか分からず、買い物難民が社会問題化している。都心なら買い物難民になる事は無くコンビニでも日常生活の買い物は間に合う。今は地方でも車でSCに買い物に行くスタイルが流行ですが、イオンやヨーカ堂などは大量の閉店ラッシュで買い物難民を続出させている。これは車社会の末期的な現象だ。


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18 コメント

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Unknown (ん?)
2016-10-16 13:24:30
で、1票の格差とかで、田舎の議員も減らされる。
ますます、田舎の声が聞こえにくくなり、田舎が放置される。
さらに、住みにくくなり、人は都会に出ていく。
  最初に戻る
Unknown (笑氏)
2016-10-16 14:45:35
地方では、駅までがまず遠い。遠出する時ぐらいしか鉄道は利用しない。
北国では、冬季の移動は車に限る。
地方では、バスを増やすべき。大型ではなくコミュニティクラスの中型バスでいい。
地方の人ほど車を所有しているのに、自動車メーカーは輸出のことしか考えていない。
高価な自動運転車が実用化されたとしても、一家に一台以上保有するくらいなら、年寄りはタクシーを利用した方がコストは少なくて済むと思う。
運転を楽しみたい者は、自動運転車を持たないし、年寄りも乗らなくなるように思う。
通勤用・買い物用に現在の軽自動車より高価な車を持つとも考えにくいのだが…。
一番のユーザーはタクシーや宅配などの業務用になるのだろうか。
確かにそだね。。中高年の一人歩き=かなり怪しい (う〜ん、、、)
2016-10-16 14:56:35
私は地方でも、まだ中核都市に住んでいるから、病院や買物は、自転車で5分もかからない場所だけど、やはり車で行くよ。。。

確かに、中高年の男性が、一人で歩いてたら、怪しまれるし、そういう風に家族やご近所さんも、見る習慣があるしね。。。

これって、どの地方でも共通なんかなぁ??

なぜ、そうなってしまったかは、ここ最近の凶悪犯罪の増加やシナ人の増加が、家族の心理を、そうさせているし、実際、空き巣なんかの件数も増えているから、自治会なんかの放送で、「不審者が最近増えていますので、ご注意ください。」みたいな防犯放送もあるしね。。。

必然的に、怪しまれたくないし、100mほどの生ゴミ捨てなんかでも、多い日は自動車使うよ。

田舎は、あることないこと、ひまさえあれば、兎に角、人の噂話ばかりしているよ。特に、年寄り連中は五月蝿い。。

まぁ、それが、ある程度、防犯効果になってるんだろうけど、、、

うちの周辺も、昔は、田んぼや畑が多かったけど、最近はアパートなんかが増えて、東京の所沢なんかから来た人が、この辺は、とても便利でいいですねって言ってたなぁ、、

「東京の方が、便利でしょ?」って聞いても、東京も街と言えるのは、ほんの限られた所だけで、そこ外れると、ここより田舎ですよって言ってたなぁ、、

私は、来年あたりから、セミリタイアして、日本全国のあらゆる場所へ旅行に行く予定で、四駆のどデカイ車に乗り換えますよ。。。

人間、体が動けるうちが華だしね〜、、、

ドロドロした現実世界からの

Great Escape

今までは来年の暮らしの仕込みみたいな感じで生きてるし、、、

気が向いたら、また、浮世に戻って来ます。

最後に、一言。

TPP は、売国だ!!!
TPP は、日本の叩き売り投げ売りセールだ!

安倍のおっさんのバックは、多国籍企業を支配する超巨大資本だよー、、、

だから、わざわざ飛びおりる前に安倍に媚び売ってた小池も、所詮は、おなじ穴のムジナだな。

鼻から、信用してないよ、、
少子高齢化&人口減少によって東京でもマイカー保有率が上昇する可能性が考えられますが… (ponpon)
2016-10-16 18:22:11
高齢者が亡くなる→空き家が取り壊される→ガレージ付き住宅や駐車場に…。

> 歩いて移動する人が奇異に映る
> 誰も歩かないから

地方中小都市、農村部は特にそうでしょうねぇ…。ドライブしていても(←最近は節約のために滅多にしませんが)、歩道を歩いている人をまず見掛けませんし…。山間部の道路で歩いている人を見掛けると、密入国者?禁治産者?免許停止?認知症?と思っちゃいますし…。(苦笑)

> 地方では市街地も車移動を前提に整備されている

市街地再開発地区なんて、航空写真を見ると道路(アスファルト)だらけといった感じですし…。車で東京の住宅地に行くと、あまりの狭苦しさにウンザリ…。(苦笑)
↓こんな所とか…。(ストリートビュー)
https://goo.gl/maps/kBP8kDyc7BU2
でも、意外と車を持っている家庭が多い…。

> 荷物も持って歩くし、買い物とか疲れるね。確かに都会人タフかも

都会は体力が無いとやっていけませんよねぇ…。ラッシュ時の通勤電車はリタイア世代(特に後期高齢者)にはキツイでしょう…。

> 車で移動するから地方の鉄道が廃線になってしまう
> モータリゼーションは、世界的な現象

ストリートビューを見るとフィリピンでもモータリゼーションがかなり進んでいて、地方都市にも残り秒数表示付きの信号機が設置されていたりしますが…。
↓街は活気があるのに国鉄駅は死んでいる(フィリピン)
https://goo.gl/maps/TX5ZzvKAAf22
↓死んだ国鉄ターミナル駅(フィリピン)
https://goo.gl/maps/rPkPr8N99Qo
↓空港は活気がある(フィリピン)
https://goo.gl/maps/Hnrb5TE518r

> 車で買い物する時代になってしまって
> 地方の衰退に拍車をかけているのでは

ストロー化(中抜き)現象の一種かも知れませんねぇ…。近所の小さな店が潰れて、大型商業施設に客が集中するようになったというのは確かにあるでしょうねぇ…。テレビの普及によって東京の放送局や芸能人に仕事が集中するようになって、地方の映画館や芝居小屋が消えてしまったようなものかと…。インターネットの検索サイトも黎明期は色んな種類がありましたが、今ではグーグルとヤフーくらい(←日本では)になってしまいましたし…。

> 車の維持費だけでも相当かかる

自動車関連産業が立地している地域は儲かるかも知れませんが…。

> 東京の郊外の衰退が顕著

これの最大の理由は、バブル崩壊後の超就職氷河期や平成大恐慌によって、第二次ベビーブーム世代を中心とする層が子供を生まなかったことでしょうねぇ…。
↓昔は東京郊外でも子供が多かったんですが…。
http://pba.o.oo7.jp/132136.html#132136_19790101
http://pba.o.oo7.jp/132098.html#132098_19750101
↓日本の有効求人倍率(1963-2016)
http://pba.o.oo7.jp/000000.html#000000_job_r
日本のベビーブーム世代…1947年~1949年生まれ(現在66歳~69歳)
日本の第二次ベビーブーム世代…1971年~1974年生まれ(現在41歳~45歳)

> 地方の過疎地の衰退の原因

都会生活に憧れて不便な田舎から人が出て行ったせいでしょうねぇ…。
↓フィリピンの田舎の様子…。(ストリートビュー)
https://goo.gl/maps/5yKTAUaMjw32
低所得家庭の若者や子供がうじゃうじゃ居ますが、まるで昔の日本の田舎を見ているよう…。

> 定年退職すれば地方の田園地帯で優雅な老後生活
> 都心回帰で都心のマンションで定年後の生活

現在70代の伯母は若い頃に地方大都市の旧市街で旦那と店を経営していましたが、店を畳んだ後に旦那の希望で田舎暮らしをやっていましたねぇ…。(←スキー場や温泉がある山村)旦那はバイクを乗り回したり陶芸をしたりして楽しんでいたそうですが、伯母は嫌々付き合っていたそうで…。(苦笑)数年前に旦那が亡くなった後は再び街に戻って来て、私の祖父母(伯母の両親)が住んでいた家で暮らしていますが…。やはり、街の暮らしのほうが良いそうで…。(笑)伯母が生まれたのは山間部の田舎で子供の頃はそこの学校に通っていたそうですが(戦時中もそこへ疎開)、両親が街へ引っ越してからはずっと都会暮らしでしたからねぇ…。

> 買い物難民が社会問題化

というか、消費者が店に行くよりも、ドライバーが倉庫から直接配送したほうが効率的だと思うんですが…。最近、「CO・OP」(生協=生活協同組合)のテレビCMが目立つようになりましたが、ここは昔から各家庭・グループへの配送(食料品、生活用品等)をメインにやっているところですし…。買い物難民問題で注目される組織の一つでしょうねぇ…。
Unknown (shiny)
2016-10-16 19:43:00
くだらね、地方にいても歩いて散歩することもある。ただ懐中電灯とか付けてないと車からは見えにくいから注意が必要ではあるが。
中年以上こそ歩かないと、体も脳も劣化が急激に進む (Unknown)
2016-10-16 20:18:11
だから、田舎者はダメなんだよ。
これも (noname)
2016-10-16 21:13:50
>田舎は、あることないこと、ひまさえあれば、兎に角、人の噂話ばかりしているよ。特に、年寄り連中は五月蝿い。。

東京圏の人が流入する一員。地方の衰退って自業自得な面が多いですね。
Unknown (Unknown)
2016-10-16 21:56:41
地方ですが有酸素運動のウォーキングしてると、
不審者対策の子どもに警戒した顔でこんにちはと挨拶されます
ここで返事をしないと通報されるのでこちらも警戒した顔でこんにちはと
反します
Unknown (Unknown)
2016-10-16 22:04:17
地方の衰退なんて、何の心配もないよ。
これからは、中国人の移民が大量に入ってくるから。
「仏心武士道大和魂は父母恩重経を生きる」 (ほうがくしょうげん拝)
2016-10-16 22:24:12
世界送信先
ロシアsptnkne.ws/czCv
イランparstoday.com/ja/news/world-i18499
国内送信先
内閣官房www.kantei.go.jp/jp/forms/cas_goiken.html
人事院www.jinji.go.jp/goiken/index.html
財務省www.mof.go.jp/financial_system/feedback/index.htm
同上国税庁www.nta.go.jp/suggestion/iken/information_form.html
電子政府www.e-gov.go.jp/policy/servlet/Propose
国会事故調press@naiic.jp
日本銀行www.boj.or.jp/about/services/contact.htm
経団連webmaster@keidanren.or.jp
国内公器・高校大学企業等多数
阿修羅www.asyura2.com/16/warb18/msg/806.html#c15



『父母恩重経』 ぶもおんじゅうきょう  (和訓)


是(かく)の如く 我れ聞けり。

或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、

比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、

一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。


是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。

一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。

そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。

父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。

ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。


此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。

始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。

苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、

唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。


月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、

骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、

父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。

既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。

その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。


爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。

飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、

寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。

母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。

母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。

その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。

計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。

父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。

母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して

家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、

胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。

兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、

外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。

母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、

吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。

是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。

兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。


二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。

父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。

母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。

三歳、乳を離れて始めて食う。

父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。

母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。

父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。

十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。

もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。

稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、

母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、

己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。

既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。

父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。

然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。

或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、

常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。

夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。

況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、

幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。


事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。

婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。

婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。


或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、

遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、

「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」


父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、

「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、

而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。

あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。


若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。

一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。

父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し (ほうがくしょうげん拝)
2016-10-16 22:24:46

善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。

何をか十種となす。

 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩

 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩

 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩

 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩

 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩

 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩

 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩

 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩

 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩

 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩


父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。

善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。

佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、

悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。

月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。

若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。

其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。


水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。

子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。

食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。

若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。

若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。

己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。


是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。

既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。

妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。

嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、

「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。

具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。


佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。

「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。

出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。

父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。


父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。

一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。

時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。

親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。

親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。

日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。


是の時、阿難また問うて云く。

「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」

佛、宣わく。

「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。

親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、

子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。

若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。

若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。

親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。

若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、

則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、

十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、

暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。

是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、

かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」

佛、更に説を重ねて宣わく。

「汝等大衆能く聴けよ。

父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、

父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。


如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、

勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、

一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、

財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、

行いを禽獣に等しくするに至ればなり。

大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。

是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。

子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。

凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。


是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、

「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。

又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。


佛、阿難に告げ給わく。

「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。

若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。

若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、

是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。

一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。


是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、

五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。

進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。



父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)。   

______________________________________________
父母恩重経 高田好胤老師 (ほうがくしょうげん拝)
2016-10-16 22:25:16


感恩の歌        竹内浦次作


あはれはらから心せよ 山より高き父の恩

海より深き母の恩 知るこそ道のはじめなれ

児(こ)を守(も)る母のまめやかに わが懐中(ふところ)を寝床(ねどこ)とし

かよわき腕をまくらとし 骨身を削るあはれさよ


美しかりし若妻も 幼児(おさなご)一人そだつれば

花のかんばせいつしかに 衰へ行くこそかなしけれ

身を切る如き雪の夜も 骨さす霜のあかつきも

乾けるところに子を廻し ぬれたるところに己れ伏す


幼きもののがんぜなく 懐中(ふところ)汚し背をぬらす

不浄をいとふ色もなく 洗ふも日々に幾度ぞや

己れは寒さに凍えつつ 着たるを脱ぎて子を包み

甘きは吐きて子に与え 苦きは自ら食(くら)ふなり


幼児乳をふくむこと 百八十斛(ももやそこく)を超すとかや

まことに父母の恵こそ 天の極り無きが如し

父母は我が子の為ならば 悪業(あっごう)つくり罪かさね

よしや悪趣に落つるとも 少しの悔(くひ)もなきぞかし


若し子遠く行くあらば 帰りてその面(かほ)見るまでは

出ても入りても子を憶(おも)ひ 寝ても覚めても子を念(おも)ふ

髪くしけづり顔ぬぐひ 衣を求め帯を買い

美しきは皆子に与へ 父母は古きを選むなり


己れ生あるその内は 子の身に代わらんことを思ひ

己れ死に行くその後は 子の身を守らんことを願ふ


よる年波の重なりて いつか頭(かうべ)の霜白く

衰へませる父母を 仰げば落つる涙かな

あゝありがたき父の恩 子はいかにして酬(むく)ゆべき

あゝありがたき母の恩 子はいかにして報ずべき




報恩の歌


あはれ地上に数知らぬ 衆生(しゆじやう)の中にただひとり

父とかしづき母と呼ぶ 貴きえにし伏し拝み

起てよ人の子いざ起ちて 浮世の風にたたかれし

余命少なきふた親の 弱れる心慰めよ


さりとも見えぬ父母の 夜半の寝顔仰ぐとき

見まがふ程の衰へに 驚き泣かぬものぞなき

樹しづまらんと欲すれど 風の止まぬを如何にせん

子養はんとねがへども 親在(おは)さぬぞあはれなる


逝きにし慈父(ちち)の墓石を 涙ながらに拭いつゝ

父よ父よと叫べども 答へまさぬぞ果敢(はか)なけれ

あゝ母上よ子を遺(お)きて いづこに一人逝きますと

胸かきむしり嘆けども 帰りまさぬぞ悲しけれ


父死に給ふその臨終(きは)に 泣きて念ずる声あらば

生きませる時なぐさめの 言葉かはして微笑(ほほえ)めよ

母息絶ゆるその臨終に 泣きて合掌(おろが)む手のあらば

生きませる時肩にあて 誠心(まごころ)こめてもみまつれ


実(げ)に古くして新しき 道は報恩のをしへなり

孝は百行(ひゃくぎょう)の根本(もと)にして 信への道の正門ぞ

世の若人よとく往きて 父母の御前に跪拝(ひざま)づけ

世の乙女子(をとめご)よいざ起ちて 父母の慈光(ひかり)を仰げかし


老いて後思い知るこそ悲しけれ

この世にあらぬ親の恵みに

                          合掌


_____________________________


あとがき             法相宗管長薬師寺住職  高田 好胤
            
 私は常づね、父母恩重経を一人でも多くの人々に読んで頂きたいと願っています。

しかし、佛壇店をたずねても般若心経、阿弥陀経、観音経等の経本は必ずおかれていますが、父母恩重経をおいて下さっているお店はまだまだ少ないようです。

そこでお佛壇を扱っておられる方々にお会いするたびに、温かい世づくりのお手伝いの為にぜひ父母恩重経もそろえてもらいたい旨お願いをし続けてきました。

今回(昭和五十八年)、全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、それを各佛壇店において下さる由、大変有難い事だと喜んでいます。


 私は結婚式に招かれた時、必ず父母恩重経をお持ちして、新婚のお二人に差上げ、新婚旅行の道中、二人で心を合わせ、声を揃えて読んできてほしい。

そして帰ってからは座右の書の一冊に加えてもらいたいとお願いしています。

皆さんお読みになってきて下さるようで、新婚旅行の旅先から情景描写などをまじえてのお礼状を頂きます。

中には「こんなお経を読まされたばっかりに楽しかるべき新婚旅行が涙の旅行になってしまいました」と恨み状めいたものを手にする事もあります。

けれども私は「よかったなあ」と喜びの気持ちで読ませてもらっています。

親の恩の尊さを身近に説いたこのお経を、新婚の夫婦がいっしょに読んで催してくれるその涙は、人の心の中にその本質としてだれもが授かっているやさしさ、温かさに目ざめてもらったあらわれの涙であることがとてもうれしいのです。

ですから、どのお礼状も最後には「この涙は二人が生涯忘れてはならない大切な涙であると思いました」といった意味の言葉で結ばれているのが常です。

こうしたお礼状を頂くたびに、新しい人生の門出を父母恩重経でお手伝いする事のできた満足感が私の胸を潤してくれます。


 ところでこのお経において親の苦労の具体的な姿は殆どが母の姿で説かれています。

お釈迦様のお母さま、摩耶夫人(まやぶにん)はお釈迦さまをお産みになって七日後に亡くなっておられます。

大変な難産だったのです。

そのせいか、父母恩重経の中に子供を産むときの母親は命がけである事を所をかえて二度も説かれています。

これはお釈迦様八十年のご生涯を通じてのご実感であったと思います。

こうしたご自分の命とひきかえに魂と肉体をこの世に生み出して下さったお母さまに何一つして差上げる事ができなかったお釈迦様のお気持ちが、お母さまに傾きっぱなしのままでこのお経が説かれている所以であると拝察されます。

同時にこのようにお釈迦さまがお母さまをお慕い続けられた飾り気のないおやさしいお気持ちがその底に流れているところに読む人の心を打つ所以があるのだと思います。

先年、父母恩重経を講義し、一冊にまとめて出版した本の題を「母」(徳間書店刊)とした理由もここにあります。


 諸人(もろびと)よ 思い知れかし 己(おの)が身の

  誕生の日は 母苦難(ははくなん)の日


 これはよみ人しらずのお歌ですが、まさに父母恩重経の精神(こころ)さながらの一首であります。


 私は両親の命日と自分の誕生日に父母恩重経を読誦(どくじゅ)しております。

毎年三月二十三日、母の祥月命日には六つ年上の姉と位牌を前に読誦致します。

やはり姉の方が早く声をつまらせてしまいます。

するとそれにつりこまれて私も胸に熱いものがこみ上げてきて、最後は共にとぎれとぎれに読み終えるのがやっとです。

はらからの情愛に心潤さずにおかないのがこのお経であります。

また、「父母恩重経は私にとって、生前親不孝を重ねた懺悔のお経であります」とおっしゃられる方もおられます。

どうか皆さん方もご両親在(おわ)しまさぬ場合、ご命日に兄弟姉妹(ごきょうだい)でこのお経を読誦して頂きたい、
そしてはらからの情愛に心潤され合(お)うて頂きたいと思います。

幸いご両親ご健在の方は自分の誕生日に読誦して、人の心の初心にかえる感動の涙に心洗われて頂きたいと思います。

 「大孝は終身父母を慕う。」(命ある限りいついつ迄も両親を慕い続ける事、それは真(まこと)の親孝行である)
これは中国の思想家、孟子さまのお言葉です。

孔子さまも孝経の中で、
「孝は徳の本なり。教への由(よ)って生ずる所なり(親孝行はすべての道徳の源であり、これなくして教育は成り立たない)」と教えて下さっています。

孝謙天皇の天平宝字元年(西紀七五七年)、天皇は各家庭に孝経をおいて読むようにとの勅を発しておられます。

以来、明治に至る迄、孝経は国民必読の書でありました。

私共が子供の頃はまだ孝経や論語の教えが学校で教えられていました。

それによって東洋的な無我と智恵、そして日本人のあたたかな宗教的情操の涵養が学校教育の場でいただくことができていました。

けれどもこれが涵養は学校教育の場から追放されているが如きが今日の現状です。

青少年非行化をふくめて各種もろもろの問題の大きな原因がこのあたりにあることに気づいてほしいものです。

それであるだけにどうか家族揃って父母恩重経を読誦していただき、はらからの情愛に心潤され合うていただきたい、

また人の心の初心に帰った感動の涙に心洗われていただきたいとひたすらに願いつつ、

全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、広く世にひろめていただく事に諸手(もろて)をあげて賛意を表します。

 また、このお経のお話を申上げるときよく、「このお経が感恩・報恩の歌のお経ですか」とのおたずねを受けます。

そうですこのお経がまさしく感恩・報恩の歌のお経なのです。

この感恩の歌、報恩の歌は修養団の講師であり、また青少年の健全なる育成に生涯をささげ、昭和五十七年三月二十三日に九十六歳の天寿を全うされた竹内浦次翁の作になるものです。

翁がさる年慈愛深き御尊母がみまかられませし時に悲哭の思ひを父母恩重経に託しておつくりになりましたのがこの歌です。

 旧制師範学校などで愛唱され、その訓導を受けたひとびとに語りつがれています。

どうかみなさまがたこの歌を黙読だけではなく声に出して朗読また御唱和をなさっていただき、潤はしい情操の養いの糧資を得ていただくことをお願いいたします。

                              合掌


___________________________________

この父母恩重経は永田文昌堂のご好意により同社編集部編纂の和訓を引用させていただきました。

昭和五十八年六月二十七日 発行
平成十九年四月一日 印刷

発行者
全日本宗教用具協同組合
〒104-0061
東京都中央区銀座七丁目14-3
TEL(03)3546-8550
FAX(03)3546-8551
銀行振込
三菱東京UFJ銀行 銀座通支店 189695
みずほ銀行 銀座通支店 2088398
郵便振替
00100-4-717976
守備範囲広いな〜 (サラリーマン)
2016-10-17 00:10:17

トラさんの凄い所は、ブログ議題の守備範囲の広さだな。

約8年位、毎日、株式日記を読んでいるけど、ブログ議題が幅広いので、毎日読んでいても本当に飽きないよ

無料で世の中に情報提供する人生は偉大なり!

トラさんの毎日の情報提供に感謝です。ありがとうございます!

トラさんや八坂さんのコメントは、勉強になります。
イトーヨーカ堂の不振 (Unknown)
2016-10-17 06:01:34
これは衣料品によるもの。
衣料品から撤退することが望ましい。
食料品だけとして、他の売り場を他の会社、たとえば
しまむらとかダイソーとかドンキとかに貸し出す
方法もいいとは思うが、
何事も軌道に乗るのは時間がかかり、
すぐには効果が出ないので、まずは店舗閉鎖となった。

地方ではCS間の競争が激しく、勝敗が決しつつあり
撤退にはいいタイミング。

買い物難民にはネットショピングなり出張販売で
対応できる。
Unknown (Unknown)
2016-10-17 11:26:34
福岡の田舎だが歩いてばっかりだが? 都会人のがあるく? 近所?どんだけ小心者なんだか? 田舎は空気がいいし歩いて買い物や運動は当たり前。周囲が貧困層ばかりな田舎なんだろうか?
田舎の闇 (Unknown)
2016-10-17 12:31:42
164 ワールド名無しサテライト 2016/09/28(水) 23:06:03 KB2dbppj0
田舎に移住した人とかも今なにしてるのかとか把握されたり行き先をうわさ話で共有されたり
ボロ屋を綺麗して畑も使えるように整えたら
「息子が帰ってくることになったから出てってくれ」とか言われるらしいな

216 ワールド名無しサテライト sage 2016/09/28(水) 23:07:41 Q/BgshIHa
>>164
契約無視して俺が法律な人が多いらしいな

419 ワールド名無しサテライト sage 2016/09/28(水) 23:11:19 zWhHCb0/0
>>216
俺の田舎がそう
町内会長が法律

肥料盗まれても鍵かけてない方が悪い
キリスト教の家で死人が出たら「おくりさんはわからん」を口実に
地域住民全員不参加(99%浄土真宗)
町内会の運営に異議唱えた家で「在宅中に玄関から謎の出火で全焼」

今は脱出して、同窓会も無視してる
>(う〜ん、、、)さん (ビリー・ザ・マッド)
2016-10-17 16:04:21
>来年あたりから、セミリタイアして、日本全国のあらゆる場所へ旅行に行く予定で、四駆のどデカイ車に乗り換えますよ。。。

いいですね~(^^)
俺も先月隠岐の島を回ってきたけど良かったですよー。
http://4travel.jp/travelogue/11167686

同じ旅好きの同輩として
う~んさんの旅のご健勝を祈ってます(^^)

盛岡中央消防署の不祥事 岩手銀行公務員に10億融資・着服事件1200万 (盛岡市民の会)
2016-10-17 16:16:34
地方公務員の副業問題を考える盛岡市民の会
盛岡市民として許す事は出来ません
この問題を情報公開する事によって地方公務員の綱紀粛正を求めるものです
厳正なる処分を希望します
岩手県盛岡市長の責任は重大
現職中の盛岡消防署元繋出張所の8億円の不動産投資と副業の実体

銀行から8億円ほどの借入金がを不動産経営として安定かつ適切な経営として果たして妥当であるか?
はなはだ疑問である。
副業違反は社会常識!!!
公務員の副業違反の常識は???
長年にわたる賃料総額5000万、手取収入の1000万以上の副業は悪徳な副業??
また、この収入は消防署長の年収をはるかに上回っています。
盛岡中央消防署本部と盛岡市役所に度重なる言及をもとめましたが、結果が出ません!
盛岡市議会で取り上げていただき、盛岡市民の声とともにこの被災地である岩手の沿岸の方々の声が地方公務員の徹底なる追及と改善につながり、岩手県民の税金が無駄なく使われることを望みます。
岩手県庁所在地である盛岡市の無駄のない税金が被災地の復興につながります。
盛岡市民・岩手県民が他県に恥をかかぬよう、公務員の方々の意識改革とともに他県に誇れる岩手県にしていただきたいと思います。
岩手の代表する公務員の自覚が問われることになります。
厳重に粛々とこのたびの不祥事を受け止め、対処して頂くことを強く願います。


振り込み口座
株式会社ゆうちょ銀行 記号 18350 番号 24427361
口座名 チホウギョウセイヲカンガエルモリオカシミンノカイ

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