奇・怒・愛・落 日記

喜怒哀楽で綴る我が家の日々を、どうぞ召し上がれ♪

連チャン?!

2011年11月18日 | 陸斗ママのひとり言

昨日来たばっかりなのに、

今日もやって来ました

呼吸器科と糖尿内科の受診日です

10:30からだったのに、

いつにも増して激混みの呼吸器科

診察が終わったのが、

13:00でした

大きい病院だから仕方ないんだけどね

間質性肺炎はレントゲンと、

MRI画像でも綺麗だし、

喘息も落ち着いてるから、

一旦近くの掛かりつけの病院と、

連携して様子をみましょうとの事

それまでは先生ともお別れです

ここは大きい病院なので、

3か月後の予約が取れず、

それ以降は初診扱いになる

その為、近くの掛かりつけ医に紹介状を書いてもらい、

半年ぐらいしてから、

その掛かりつけの主治医に、

紹介状を書いてもらって、

又ここを受診し直さなきゃならないのだ

紹介状代もかかるし、

手間もかかってかなり面倒くさい

 

その後、糖尿内科を受診

血糖値も劇的に下がってたし、

体重もピーク時に比べたら、

10キロぐらい減ってる私に、

「ものすごく良く頑張ってるね」と、

先生が褒めてくれました

2キロ増やすのは2週間で出来るけど、

2キロ減らすには2ヶ月かかるからねって

プレドニン飲みながら、

過酷なダイエットを続けております

 

この日、調剤薬局を出たのが、

14:00を回ってた

は〜昨日と言い、今日と言い・・・

でも、私の病気は大きい病院じゃないと対処出来ないから、

仕方ないんだけどね

とりあえず、先生の期待を裏切らないように、

このままダイエット頑張るぞ〜

 

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2度目の整形受診日

2011年11月17日 | 陸斗ママのひとり言

退院してから2回目の整形受診日

レントゲン上はバッチリで、

何の問題もないとの診断でした

人工股関節置換術を終えたばかりの頃は、

脱臼したらどうしようとヒヤヒヤしてた

でも、禁止されてる動作を、

無意識にしちゃう事があるんだけど、

意外に平気だったりするんだよね〜

先生も「患者さんを脅す為に言ってるけど、

大丈夫な事も多いよ」って言ってた

でも、本当に痛みもほとんど無い生活を送れてるから、

「先生ってスゴイ先生なんだね〜」と言ったら、

「スゴイ先生なんです」って言われた

自分で言うなよ〜

今回左足を人工股関節にしたんだけど、

も〜片方の足が壊死する可能性は50%だそうだ

右足は運転する時使う足だから、

痛みが出現すると、非常に困る

これから定期的に検査するとは言われたけど、

術後1年を過ぎたら、

年1回の受診になる

痛みが現れた時には手遅れ?と聞いてみたら、

「場所や時期にもよるし、

発見出来ればの話だ」とも言われた

一か八か・・・って所なのかな?

今度の受診日は来年の2月

それまで、無事に過ごせますように

 

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プチ稼ぎ

2011年11月13日 | 陸斗ママのひとり言

足が痛くなってから、ずっと自粛してきたフリマ出店

足が治った記念に?

久しぶりに出店してきました

M市産業祭の一環で、

無料で出店出来るとの情報を入手し、

ちっちゃな車にどっさり積んで、

サンサンと陽が照りつける中、

出店決行

産業祭から流れてくるお客さんが多く、

売れ行きはまあまあ

売上金額は¥4.850也

単価が安いから、こんなもんでしょう

収入は勿論嬉しいんだけど、

同じ出店者とお喋りしたり、

お客さんと触れ合うのが、

何よりも楽しい

商品で遊ぶシュカ

退屈してた陸斗も、

近所の幼なじみとで遊び始めた

一緒に童心に返って遊んでくれた、

主催者のお兄さん方、

有難うございました

 

これからは寒くなるから、

しばし冬眠に入るけど、

暖かくなったら又やりたいな

 

 

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オリエンテーリングで山登り

2011年11月05日 | シュカの【愛】

今日はシュカの親子オリエンテーリングの日

いつもだったら旦那に任せるんだけど、

足も治った事だしって訳で、

家族4人で行って来ました

近くの公園で文字通り、山登りをしてきた

途中のコーナーで、

おなもみの実をくっつけて、

ペンダント作り

担任のナナ先生のコーナーでは、

パパと草を使って、引っ張りっこ

何回目かに勝って、

お菓子をもらいました

今回、何故参加しようと思ったか

シュカが口には出さないけど、

多分私に来て欲しいと思ってるだろうなと思ったから

旦那に聞いたらやっぱり、

「お母さん来る?もしえらかったら車で待ってれば良いよね」って、

話してくれたらしい

お母さんには来て欲しい

でも、体も心配だって、あんなに小さい子が、

考えてくれてるって思ったら、

行かずにはいられなかった

 

さすがに術後数か月の体には、

ちょっときつかったけど

すごくイイ思い出になったよ

 

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電車の旅

2011年11月03日 | 陸斗の【愛】

今日は旦那が仕事・・・

さて、何して過ごそう

体調も良いから、近くの駅まで散歩がてら、

陸斗の大好きな電車でも見に行こうか

と、思い立ってチビ達と出掛けた

出掛ける前、陸斗に、

「お母さんの体調が良かったら、

電車に乗ろうか」と提案したんだけど、

着いてみたらやっぱりしんどい・・・

「やっぱりエライから止めよう」と言うと、

この世の終わりみたいな落胆ぶり

可哀想になったのと、

少し体力も回復してきたので、

乗る決心をしました

駅までの道中、色んな事を思い出した

陸斗がまだ小さかった頃は、

車の免許を持ってなかったせいもあって

よく駅まで散歩したっけ

でも、考えたらシュカとのこ〜ゆう思い出ってほとんどないな〜

シュカが生後10ヶ月で、病気を発症したから、

シュカとどっかへ出掛ける事が滅多になかった

だから、これからは色んな所へ連れてってやりたいし、

楽しい思い出いっぱい作ってあげたいって思ったんだ

兄妹揃って、高山線をバックに

車中、ご機嫌なシュカを

一方、こやつの為に乗ったのに、

終始仏頂面の陸斗

もっと嬉しそうな顔しろよな〜

 でも、終点の駅で走り去る電車を、

真剣に見つめる陸斗

 帰りの車中での1枚

やっぱりシュカはご機嫌です

女の子なのに、お兄ちゃんの影響で、

電車が好きだし

女の子の玩具には、

未だに一切興味を示さず・・・

 

この鉄道、日本一運賃が高いらしく、

2人分で往復¥2.000以上かかったけど、

久しぶりに乗った電車から見る景色は、

素朴で心をほんのひと時、

癒してくれました

 

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生かされる命

2011年10月30日 | 陸斗ママのひとり言

ふと気づいたら、こんな格好で寝てたシュカを激写

赤ちゃんみたいで、可愛いからこの格好好きなんだ

何だったら、赤ちゃんに戻ってくれないかしら・・・

 

足が治ってから、初めて義母のお見舞いに行って来ました

義母は、施設が併設されてる病院でお世話になってるんだけど、

自分で歩く事も出来ず、食事も流動食になったと聞かされていた。

私達が到着した時間、

ちょうどオムツ交換だったみたいで、

外でしばらく待つ事に。

待ってる間、色んな事を考えた。

忙しく行き交う介護士さんを見ながら、

人が生きると言う意味を考えさせられた気がする。

義母は認知症が進み、

私の存在はおろか、旦那の事もも〜分からない・・・

ただただベッドに横たわり、

毎日を生きている。

私も2回、入院を経験しているが、

戻って来れる家があるから我慢出来ると思うのだ。

でも、ここに入所してる人は、

ここが終の棲家になるのだろう。

不謹慎な言い方だが、

義母のように何も分からず、

過ごせる人はまだ、幸せなのかもしれない。

中にはちゃんと歩いて、

普通に話せる患者さんもおられるので、

そんな人にとって、ここはどんな場所なのだろう?と、

思わずにはいられなかった。

もし、自分が同じ状況に置かれたら、

ど〜思うだろう。

義母を入所させた当初は、

まだ普通に戻る時間もあったから、

旦那が面会に行く度、

「私も帰る」と駄々をこね、

職員の方がそれこそ、取り押さえるといった事態にもなった事がある。

そんな話を聞く度に、

私は胸が痛くなり、旦那にも申し訳ない思いでいっぱいになったりもした。

因果応報と言う私が座右の銘にしてる言葉通り、

もしかしたら私も将来、同じ立場に立たされるかもしれない。

4人部屋のベッドに横たわる義母に話かけると、

喉を鳴らすように声を発しながら、

何度も瞬きを繰り返す。

「私は生きている」と、

全身で訴えかけているような気がして、

「ゴメンねお母さん。中々来れなくて」と、

話しかけずにはいられなかった。

昨今、医療は目覚ましい進歩を遂げ、

人間は機械や薬によって生かされる時代になってきたように思う。

確かに義母には長生きして欲しい。

随分前に、肺炎にかかりもしかしたら危ないかもしれないと告げられた日、

台所で料理をしながら、涙が止まらなくなった事があった。

その時私は「あ〜私、お母さんの事大好きなんだな」と思ったのだ。

義父が他界し、認知症の母と一緒に暮らすようになったあの1ヶ月は、

まだ30才だった小娘の私にとっては、

想像を絶する過酷な生活だった。

1日中、人の悪口を罵ったり、

私がお金を取っただのと言いだしたりする。

水を出しっぱなしにしたり、

ガスを付けっ放しにしたりするし、

徘徊しないように見てなきゃいけない。

当時、四六時中一緒にいた自分が、

頭がおかしくなりそうだった!!

でも・・・ふいに普通に戻ったりする時間もあって、

そんな時は私をお茶に誘ってくれて、

一緒に出掛け、喫茶店でお茶したりする日もあった。

隣りのおばさん家に「優しい私の嫁を隠しただろ」と、

怒鳴り込んでいった話を、

聞かされた時、おばさんには悪いけど、

本当に嬉しかった。

実の母との確執に悩んでいた私にとって、

義母は母親の愛情を注いでくれる存在だったのだ。

この頃の思い出があるから、

私は義母が大好きなんだろうなって、

今になってよく分かる。

シュカは怖がって、終始怯えていたけど、

これからも頻繁に会いに行こうと、

心に誓った日でした。

 

 

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リニューアル後のファミリーパーク♪

2011年10月29日 | 陸斗ママのひとり言

足が治って以来、

ものすごくアクティブに動き回っている私

そんな自由人に、旦那はハラハラしてるみたいだが

そんな事はお構いなしで、

大量の子供達の靴を洗った後、

「ファミリーパーク行く人〜」と陽気に、

子供達を誘って、リニューアルしたとやらの、

ファミリーパークへ親子3人で行って来ました

 

実は随分前に、あきちゃんから聞いてたんだけど、

私の体調が悪かったりして、

行けず仕舞いだったんだよね〜

でも、行ったは良いんだけど、

私達が認知してる場所とは異なり、

違う所にあると聞き、

かなり芝生公園まで歩かされました

まずはフワフワドームみたいな遊具で、

遊んでます

でも、シュカは極度の人見知りなので、

誰か知らない人が傍にやって来ると、

いちいち固まってたよ

だけど、陸斗と違って喧嘩しないから、助かるけどね

これ私的には1番面白いんじゃないかと思うぐらい、

巨大クネクネ滑り台

この滑り台の向こうには、

高い所に登って遊ぶ遊具があるんだけど、

そこに繋がってるのがこれなの

最後に砂場で真剣に遊ぶシュカ

幼稚園でも毎日、砂場遊びに没頭してるらしい

 

かなり歩いたから、明日は筋肉痛かもしれないけど、

子供達とのかけがえのない、

貴重な時間を過ごせて本当に良かった

今度は3人で、違う公園へ行こうネ

 

 

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後日談・・・

2011年10月28日 | 陸斗ママのひとり言

昨日、怒りの記事をアップしましたが、

後日談がありまして・・・

あの後、旦那と色々話してる時に、

「おまえには言わなかったけど、

シュカの運動会の日、

お母さんとHさんが喧嘩してた理由って聞いた?」

と、問いかけられた。

確かに、私が退院した翌日に、

母の所に行ったんだけど、

喧嘩したから口きいてないって言ってた。

実は退院した翌日に、

シュカを耳鼻科に連れて行かなきゃいけなかったんだけど、

まだ杖ついてたし、体力的にも自信がなかったから、

母について来てくれるよう、

お願いしてあったのだ。

そのついでに、Hさんにも入院中お世話になったから、

お礼を言おうと思って行ったのもある。

けれど、話かけたHさんはあからさまに不機嫌な様子で、

私が話しかけているのに、

すぐに部屋に引っ込んでしまって、

話にならない・・・

次の日、運動会に来てはくれたものの、

お早うの挨拶も、明らかに不機嫌だった!

まだ喧嘩中だと言う2人に気を使いながら、

私もその後、1言も言葉を交わさないまま、

その日は別れたのだった。

でも、その時旦那はHさんに、

「どうしたんですか?」と聞いたらしく、

「退院して来てから、陸斗ママの挨拶がないのが、

面白くないんだ」と、のたまったらしい!?

旦那からその話を聞いた時、

あまりの怒りに息が一瞬止まったかに思えた!!

3年前に2ヶ月入院した時も、

旦那の前で母とHさんが、

「俺の夕飯はどうするんだ?」と、

声を荒げて喧嘩する1幕があった日、

いつもは温厚で滅多に怒る事のない旦那が、

さすがにゲンナリした表情で話してくれた事を思い出した。

この時も退院して間もない私が、

Hさんに会った日、

「色々有難うね」と言ったにもかかわらず、

無視された記憶がある。

しばらくして前立腺ガンを患い、

余命1年と言われたHさんに、

今までの言動は水に流して、

出来る限りの事はしてあげようと、

入退院の送迎や、

母の足になり足しげくお見舞いに通った。

テレビカードでも買ってねと、

お金を渡したりもしたけど、

私は自分がした事に対して、

お礼の言葉を述べて欲しいとか、

感謝して欲しいとか思わなかった。

病気を患い人が変わったように誠実になったHさんだったが、

最近ガンが完治したせいなのか、

また以前のあの人に逆戻りしてしまったようだ。

今回も前回もそうだけど、

私は遊んでいた訳じゃない!!

病気して入院していたのに、

実の母と内縁の夫にも、

そこまで気を使わなきゃいけないの?

しかも、放置してた訳じゃなく、

ちゃんと言ったし、言おうと思ってたのに?

も〜限界だと思った。

母には明日、陸斗の誕生日祝いに、

カレーを作ってもらう約束をしてたんだけど、

笑顔で母の家には行けない・・・

子供達には申し訳ないけど、

も〜顔も見たくない!!

夜、母に再度電話をかけ、

真実を話し明日も行けないと伝えたら、

「うん。分かった」とだけ言い残し、

電話は切れた。

1番腹がたつのはHさんの言動だ?!

でも、もっと腹が立つのは、

母が私達よりもHさんを選んだ事なのだ!!

前回も今回もそうだったから・・・

 

思い返せば、私が21才で1人暮らしを始めた時も、

働きながら家にお金を入れ、

残った給料をほぼ全額、

1人暮らしの資金として貯金してた私に、

ある日突然「お母さん、Hさんと一緒に暮らすから、

あんたも出ていって」と告げられた。

私が中学1年生の時、両親が離婚し、

私達姉妹はお金のない生活を強いられ、

尚かつ母は毎日、仕事が終わると、

夜の10時まで近くのパチンコに、

通っていた。

テーブルにはお金が置いてあって、

「これで何か買って食べてね」と、

書き置きがしてあり、

私達は2人でスーパーまで行き、

カップラーメンを買い、

分けて食べたりする日々を過ごしていたのだ。

 

だから、私は母に愛されたという記憶が全くなく、

色んな局面で母に何度も捨てられたような気がしてしまう。

陸斗がまだ生まれて間もない頃、

Hさんが退職して収入が途絶え、

母の稼ぎを充てにするようになったからと、

母が私達に一緒に住んでくれるよう、

お願いされた。

承知した私達と住む手筈を整えたにも係わらず、

中々引っ越して来ない母。

私としては、里帰りも勿論してないし、

出産して退院したその日から、

家事・育児を始めた体を少し休めたいって思いもあって、

待っていたのに、一向にやって来ず・・・

やっとやって来たと思ったら、

平日は働いてるので、

母の食事や洗濯も当然私の仕事になり、

生まれたばかりの陸斗が夜泣きをすると、

起こしてはいけないと1人で、

一晩中抱っこしてあやしたりして頑張った。

その内、母がパチンコに通い始めるようになり、

助けて欲しいのに、母の夕飯はどうするんだ?とか、

陸斗をお風呂に入れたいのに、

何時に帰って来るか分かんないから、

右往左往したりして、

とうとうある日ある事がきっかけで、

私の不満が爆発した!!

その日、妹から電話がかかってきてたんだけど、

その当時妹は臨月を迎えていた。

元々、何もしない母だったが、

私達と一緒に住んでて、

自由がきくにも係わらず、

妹に電話の1本もしていない?!

妹と電話をしながら、その件を問いただす私に向かって、

「うるさいな〜」と言った1言に、瞬間的に切れた!!!

怒号が飛び交う中、受話器の向こうから、

妹の泣き声が聞こえてくる。

妹は一緒に住んでた頃でさえ、

私に涙を見せる場面なんて、

ほとんどなかったのに・・・

心の中で謝りながらも、

自分の怒りを止める事が出来なかった。

その夜、母に手紙を書き、

眠れぬ夜を過ごしたのに、

母は手紙を読む事なく、

あっけなく翌日に家を出て、

Hさんの所へ戻って行った。

 

結局母は何があっても、Hさんとは別れられないのだ。

母が私の母である事を止めたのは、

いつからだろう?

も〜思い出せないぐらい、ずっと昔だろうか?

 

これから私の病気が悪化したり、

合併症が起きて、

再度入院といった事態があるかもしれない。

その時、頼れるのは母しかいないのだが、

も〜それも諦めなきゃいけない。

その覚悟を私も、旦那もしないといけないのが、

とても悲しく腹だたしい!

 

今回の件で、何で私ばっかりこんな思いをしなきゃいけないんだ・・って、

正直思った。

病気も持ってるし、今まで色んな苦労してきたのにって・・・

でも、皆大なり小なり何かを抱えて生きてるよね?

自分が更に強くなる試練なんだと、

前向きに考えてみる事にしました。

かなりの長文に、お付き合い頂き、

有難うございますm(__)m

 

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あり過ぎてもなさ過ぎても荒む物

2011年10月27日 | 陸斗ママのひとり言

この前の火曜日に、妹からメールが届いた。

「旦那のお父さんが、ガンが体中に転移していて、

余命数週間か半年と言われた」といった内容だった。

妹が結婚した時から、

お父さんがガンである事は聞かされていたので、

いよいよこの時が来たのかと思った。

ただ・・・旦那の実家は福岡なので、

香典に加えて、旅費がいくらぐらいかかるのか、

よく分からない・・・

妹からのメールには「お姉ちゃんは来なくて良いからね」と、

書いてあったけど、最大の問題は私の母だ!!

以前の記事にもアップしたけど、

母は内縁の夫と借家に暮らしており、

年金と母が稼いだパート代で、

細々と暮らしている。

内縁の夫が数年前に前立腺ガンを患い、

闘病の末、最近完治したのだが、

高額な医療費も嵩み、

今回必要な旅費や香典が工面出来ないといった、

状況に陥っている。

妹からメールをもらってから、

私はその件でとても悩み、

胃が痛くて仕方ない。

1万や2万ぐらいなら、

出しても惜しくはないけど、

最低でも10万ぐらいは用意が必要だ!!

返してもらうにしても、

ちょっと金額が多すぎるし、

我が家も貯金は不可能だけど、

家計簿とにらめっこしながら、

毎月何とかやりくりしているのだ。

私としても誰かにお金を貸すという行為は、

貸した時点で、上げる覚悟がいると思ってる。

でも、さすがに10万は無理だ!?

今日、改めて母に電話で確認してみたら、

「貸してくれない?」と、聞かれた。

母は私が21才で1人暮らしを始めてから、

ずっと借金の申し出をしてきた。

お金の無心をする時だけ、

「元気?」と電話してくる母に、

失望しながらも貸していた私。

今回もあの頃と同じ声で、

同じセリフを言われた時、

心の底からショックを受けた。

母達が随分前に車を買い替えたんだけど、

お金が無いにも係わらず、

維持費のかかる普通車を、

中古だったけど現金で払ったのだ!!

思わずその話を持ち出さずにはいられなかった。

いずれは九州まで行かなければいけない事は、

十分分かっていたはずなのに、

2日前に電話した時も、

「お母さんが行かなきゃいけないかな?」とまで言われ、

「当たり前だ」と諭さなきゃいけない自分が、

とても情けなかった。

それに、貸したくない理由がもう1つある。

だいぶ前に、突然内縁の夫から電話があり、

何だろうと家で待っていると、

「灯油代としてお母さんからお金を預かってたんだけど、

使っちゃって払えないんだ。

前にも同じ事をして怒られて、

今度同じ事したら家を出て行くと言われている。

だから、お金貸してくれ」と言われ、

私は絶句した!

例えば必要なお金なら、考えなくもない。

でも、2度もしかも何に使ったか言えないって事は、

多分遊行費に使ったのだろう・・・

この人は昔も今も、何も変わってない。

それに、人がお金の無心をする時の、

あの表情が私は大嫌いなのだ!

母にお金を借りに来た事も内緒にしてくれと念を押されたし、

私自身も波風を立てても仕方ないと思い、

未だにその件については、

一切話していない。

だけど、1回貸したら2回目があるだろうし、

2度も同じ失敗をしてる人を、

戒める意味でも、きっぱりとお断りしました。

断る私もかなりの勇気とパワーが必要で、

その後旦那に電話したら、

「おまえが逆上した〇〇さんに、

刺されてるかもしれない」と、

心配して途中で家に帰って来たりもした。

そこまで色んな人を巻き込んだ事件があったから、

今回母にお金を貸すのにも二の足を踏むのだ。

仮に貸した場合、

内縁の夫に「貸せるお金を持ってるんだ」と、

認識されるのが怖いから・・・

我が家だってそれこそ、

何かあった時の為に、

コツコツと貯金したお金を、

今回用意するつもりでいるだけだ。

結婚した当初、義父が残した借金等を、

毎月10万ぐらい返済した数年後、

陸斗が幼稚園に入園するまでの間、

節約して少しずつ貯めたお金を、

おいそれと貸したり出来ない!

母との電話を切った後、

考えれば考える程、

憂鬱になって、胃が痛くなる・・・

どこかに吐き出したくて、

記事をアップしました。

ブルーな記事を最後まで読んでくれて、

有難うございますm(__)m

 

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二見シーパラダイス

2011年10月23日 | 陸斗の【愛】

小旅行2日目は、陸斗が水族館へ行きたいと言うので、

1度も行った事がない、

二見シーパラダイスへ行って来ました

ふれあい水族館と謳ってあるだけあり、

色んなショーが催されてて、

大人も子供も楽しめたよ

イルカとキャッチボールが出来る時間に、

たまたま近くにいた陸斗が、

最初にやらせてもらう事が出来て

私はこのセイウチショーが1番、

テンション上がりました

あの有名なあっかんべ〜ね

背中に苔が生えた巨大亀

 何だったか忘れたけど、

帽子を被せてみた

記念に夫婦岩の近くで3ショット

 水族館を出た後、お土産を5人分選び、

三重県を後にしました

今日は暑かったし

歩き疲れ、体もかなりキツかったけど、

すごくイイ思い出が出来たよ

写真もいっぱい撮ったけど

この日の思い出、忘れないように、

ちゃんと記憶に刻んでおこう

 

 

 

 

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