湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

井上靖「猟銃」

2016-10-19 00:00:24 | 

昨日ご紹介した井上靖の詩集「北国」にこんな散文詩が収められています。
  
猟銃
なぜかその中年男は村人の顰蹙を買ひ、彼に集まる不評判は子供の私の耳にさへも入つてゐた。
ある冬の朝、私は、その人がかたく銃弾の腰帯(バンド)をしめ、コールテンの上衣の上に猟銃を重くひこませ、長靴で霜柱を踏みしだきながら、天城への間道の叢をゆつくりと分け登ってゆくのを見たことがあつた。
それから二十餘年、その人はとうに故人になつたが、その時のその人の背後姿は今でも私の瞼からきえない。生きものの命断つ白い鋼鉄の器具で、あのやうに冷たく武装しなければならなかつたものは何であつたのか。私はいまでも都會の雑沓の中にある時、ふと、あの猟人(ひと)のやうに歩きたいと思ふことがある。ゆつくりと、静かに、つめたく――。そして、人生の白い河床をのぞき見た中年の孤獨なる精神と肉體の双方に、同時にしみ入るやうな重量感を捺印(スタンプ)するものは、やはりあの磨き光れる一箇の猟銃をおいてはないかと思ふのだ。


井上靖は「猟銃」という短編小説も書いています。その中に下記の、同じタイトルの詩が挿入されています。

 その人は大きなマドロスパイプを銜え、セッターを先に立て、長靴で霜柱を踏みしだき乍ら、初冬の天城の間道の叢をゆっくり分け登って行った。二十五発の銃弾の腰帯、黒褐色の河の上衣、その上に置かれたチャアチル二連銃、生きものの命断つ白く光れる鋼鉄の器具で、かくも冷たく武装しなければならぬものは何であろうか。行きずりのその長身の猟人の背後姿に、私はなぜか強く心惹かれた。

 その後、都会の駅や盛り場の夜更けなどで、私はふと、ああ、あの猟人のように歩きたいと思うことがある。ゆっくりと、静かに、冷たく――。そんな時きまって私の瞼の中で、猟人の背景をなすものは、初冬の天城の冷たい背景ではなく、どこか落莫とした白い河床であった。そして一個の磨き光れる猟銃は、中年の孤独なる精神と肉体の双方に、同時にしみ入るような重量感を捺印しながら、生きものに照準された時は決して見せない、ふしぎな血ぬられた美しさを放射しているのであった。

二編の詩を比べると、小説「猟銃」の中の散文詩「猟銃」の「猟人」の方が、詩集「北国」の中の「猟銃」の主人公よりも
―ややこしくてすみません―裕福なブルジョアジーっぽく描かれています。
同じ人生の白い河床というテーマで、キャラクター設定を変えて小説に発展させたという訳ですね。
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