日々の気付き

自分への提言

縄文と弥生

2017年06月16日 13時32分33秒 | 日記
 私のイメージとしましては、縄文というと、自然をあまり改造しないで、自然が勝手に生み出した恵みだけで生きるという、生き方の文化です。
 そして、弥生というと、積極的に自然を改造し、収穫量と人口を増大させてゆく文化です。
 縄文文化の元では、飢きんは存在しなかったとは言えないでしょうが、弥生文化における飢きんほどの大惨事は起きなかったのではないでしょうか?
 縄文的な生き方をしてきた人々のうち、弥生文化を受け入れた人もいるでしょうが、中には、異議を唱えた人もいたことでしょう。
 したがって、弥生文化というものは、縄文文化に生きる人々からすれば、吸収、支配、抑圧の文化でもあったといえるでしょう。
 現代の日本において、縄文的な生き方をしようとしても、難しいでしょう。
 しかし、思想としての縄文が、忘れられているとまでは言えないでしょう。
 自然にあまり手を加えないで、自給自足的に生きている人も、少なからず、居るのではないでしょうか?
 野草を採集したり、釣りをしたりするのは、縄文文化と言えます。
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