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「女医志望の婦人へ」 吉岡彌生 (1916.10)

2017年04月03日 | 東京女医学校
  

 女医志望の婦人へ
           東京女医学校長 吉岡彌生

 御承知の通り去九月限り医術開業試験が廃止されましたので、新たに此の十月一日より医師試験が制定せられました。是は高等女学校又は中学校卒業者にして医学専門学校に入り、此専門学校若くは外国の医学校を卒業せしものに而巳 のみ 受験資格を有するので、恰度 ちやうど 大学を出た法学士でも高等文官試験の必要なのと同じです。独逸辺りでは学校の公私を問はず、皆此国家試験を通過しなければ開業することが出来ないのです。日本でも行くゝは然 さ うなることでせうが、今の処では私の学校と日本医学専門学校との出身者は此試験を受けなければならない事になつて居ります。これは専門学校の認可はあつても指定されてないからです。それがため日本医学校では先頃あの通りの示威運動をやつたので御座います。
 私の学校は明治四十五年に専門学校の認可を得ましたが、未だ指定を受けて居りません。認可を得て二ヶ年以上を経過すれば指定が下がる訳なので御座いますから、請求すれば得られない事もありませんが、今年のやうに受験者が皆合格してゐるやうなら、強ひて然うする必要もあるまいと黙つてゐます。
 私の学校に入つて女医とならうとするには、先づ高等女学校を卒業した者又は女子師範学校を卒業した者でなければ可 い けません。尤も高等女学校を卒業した丈けで直ぐ入れるかと云ふに、仲々然うは行きません。第一に体格の健全なる事、第二に意志の鞏固なる事、第三に学費の具はつてゐる事が必要であります。それに入学を許可するのが百二十人で御座いますから、志願者が定員を超えると競争試験を行つて其中から秀 すぐ れた百二十名の女子を抜擢しなければなりません。で如何 どう しても十番以下の成績では、徒 いたづ らに目的を起しても遂げる事が出来ないかと思はれます。それで先づ高等女学校の課程が満足に出来た上に、数学的思想を養成して置くのが必要であります。茲 ここ に数学的思想と云つても、幾何が平面幾何位 くらい 、代数が二次方程式位の処でよろしいので御座います。
 医学校は金が懸かると云ふ批難を世間からよく申されます。成程女の学校としては月謝は高価 たかい かも知れませんが、其代り裁縫学校などのやうに材料費と云つたやうなものはありませんから、結局他の学校に比べて然う際立つた相違はありません。私の学校は凡て寄宿舎制度になつて居りますが、凡そ一ケ月の学費は二十円あれば十分で御座います。寄宿舎生の食料舎費は一ケ月八円五十銭、月謝は五円、実験費一円で其他ノート代や小遣には残り五円五十銭で充分に間に合ひます。入学後の勉強は、鳥度 ちよっと 他の学校の生徒の夢想する事の出来ないものがあります。一体能力や体力が充分でない位なら、初めから医者にならうと云ふやうな志を起さないのが宜しいのです。私の学校では少し苛酷かも知れませんが、授業時間は毎日八時間乃至十時間で自修時間は三時間、床に就くのが午後十一時で、床を離れるのが朝の五時で御座います。斯う云ふ風ですから、まア子に甘い親御さんが、可愛娘を托する処ではないかも知れません。
 学校を出さへすれば就職には困りませんが、然し卒業したからと云つて直ぐ月給に有り着くと云ふのは、決して讃 ほ むべき事ではありません。実地の練習や不備な点を補ふ為めに、少くとも二年間は附属病院にでも勤めて、実際に研究をする方針です。先づ一年間は細菌や解剖病理などを行 や つて傍ら医化学の如き基礎医学を実地に修め後の一年間に於て自分の専門とする処に励む方が、自分も苦しくなく、外 ほか からも可く、将来の為めにもなると思ひます。一体病院辺りでは女医を頼みに来るものは沢山あります。これは看護婦の監督に勤めて貰へるのと、産婆学の講義などをやつて貰へるから非常に便利なので御座います。それに宿直などになると、男子の方では折々抜け出して他所 よそ に宿直して来たりする者もありますが、其処へ行けば婦人にはそんな心配は少しもありません。其上病人に対し親切にして受けが宜しいからでありましょう。収入の点は如何かと云へば、私の処に二年程ゐてから、食住は向ふ持ちで内地では一ケ月三十五円乃至五十円迄位、支那辺りへ行けば月に百円位。先日ビルマへ行つた者は月給ではなく歩合でしたが月に三百円位。又開業して二つか三つの病室でも持つてゐれば少くとも年収三千円位にはなりますし、多い人なら病室がなくとも八千円位の年収はあります。男の方では折角開業しても旨 うま く立行かないと云ふ人も多いやうですが、女の方ではそんなのは一人もないと云つて差支ありません。
 尚私の希望を云へば、今後女医にならうとする人は、悉くとは云ひませんが、特に頭の好い意志の鞏固な人ならば、結婚せずに一生を医学に捧げて、余り男子の方でも気の進まない方面に努力して貰ひたいと思ひます。一体男子は家長として一家を作り、妻子を養つて行かなくてはなりませんが、女子の方は然う云ふ義務はありませんから、男子程パン問題に齷齪する必要はありません。ですから一生独身で過ごせる堅い決心があれば、偉一切の煩累を避けて全力を充分に斯学の為めに費 ついや す事は、男子よりも遥か容易の事ではありますまいか。細菌学とか解剖などは余り金になりませんから、男子の方では進んで研究される人は多くないやうです。ですから、若し婦人が此方面に、献身的に努力したならば、天性緻密な頭を持つてゐるのですから、随分益する処が多からうと思ひます。然し余り女子の独身などを力説すると、女医亡国論などを唱へ出されて、飛んだ誤解を招かないとも限りませんから、此辺で止めて置きませう。

 上の写真と文は、『婦人公論』 秋季特別号 (第十号)現代女ぞろひ号 第一年 第十号 大正五年十月号 の 婦人の一芸一能 に掲載されたものである。  
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