蔵書目録

明治・大正・昭和:来日舞踊家、音楽教育家、来日音楽家、音譜・楽器目録、士官教育、軍内対立、医学教育、林彪、北京之春 

『鉄道画報』 二巻十二号 鐵道畫報社 (1912.12)

2017年04月01日 | 明治 雑誌、画報
 
 

 表紙には、「鉄道画報 第貮巻 第十二號」とあり、目次も左下にある。奥付には、「〔大正元年:一九一二年〕 十二月一日発行 正価一冊金拾銭、郵税壹銭 発行兼編輯人 今村一成 発行所 神戸市兵庫(兵庫駅前西管四) 鐵道畫報社 電話長一二六一番」などとある。38センチ、18頁。

 写真〔口絵〕

  ・汽車のいろゝ :急行列車、貨物列車、機関車海渡の奇観 和船に機関車を積載小蒸気船にて曳き行く〔下の写真は、その部分拡大〕、区間列車、混合列車 5枚

   

  ・白皚々    :富士山、福岡東公園、彦根楽々園、松江城山附近、丹後天の橋立切戸、石橋 大分 金太郎 君松、琴平神事場、近江比良峯、廣島泉邸 9枚
  ・大小時事画観 :陸軍特別大演習南軍の斥候、陸軍特別大演習北軍敵状視察、米国新大統領ウイルソン氏、大艦観式参列の軍艦浅間とパーセパル飛行船、墨山国将軍の出征、連敗せる土耳古皇帝メハメト五世、土国新首相キヤミルハシヤ、長三郎と結婚せる京都岸勇、赤穂義士呀頭に扮せる新婚長三郎 9枚
  ・寒牡丹    :〔中国・九州の芸者16人の写真〕 16枚

 記事

  ・官僚党の末路を卜す                〔写真2枚あり:桂公爵、寺内伯爵〕
  ・南極探検隊は儲けたか
  ・電鉄界と其人物(二) △南海鉄道株式会社
  ・画報パツク  〔漫画は省略〕
    ヤツと振上げた太刀先は頗る鈍かつたが遂々上原陸相を首にして又西園寺和尚もこゝ許大いに男振りを上げたが返す刀で自腹を切るやうなことが無ければ可いが    

    軍人が得意になれば国民は頭痛鉢巻        

  ・避寒地は何処が好い                 清畔 〔写真1枚あり:釜山停車場旅館〕
  ・狩猟地は何処が宜い                 鉄砲道人
  ・但馬の安楽郷 =冬知らぬ城崎温泉=          漫遊博士 〔写真1枚あり:城崎温泉の旅館〕
 
   広告 言論の時に非ず 理想的のクラブ歯磨

  ・川柳〔三首〕
  ・日本一の大停車場 赤毛布 =東京見物記の一節=

▲ 建築中の東京中央停車場が其の稜稜たる鉄骨を三菱ヶ原に曝 さら してゐたのも随分久しい間の事だ。
▲ あれぢや鉄骨も腐るだらうといふやうな、由なき非難も蒙つて居たが昨今工事大に進捗し、此の向なら大正三年、今上陛下御即位の大礼を行はせらゝ迄には、所謂ル子ッサン式輪奐 りんかん の美を見らるゝやうになつた。
▲ 何がさて七箇年の継続事業で工費参百万円といふ未来の日本一大停車場だ、一寸と覗いた位ゐで工事中の話が出来て堪るかと請負の大林組が昂然の態度。
▲ 土台を据える為めに地下六尺も掘り下げ、漸次、煉瓦を積み上げて地上三十尺に達した頃初めて高架線で往来する電車の旅客などの目に留るやうになつた、其上尚二十四尺も築き上げねばならぬ大建築、南端から北端までの距離は先づ三町、総坪数は約二千九百十坪、内部の設備装飾に至つては中々何うして大変な手数だ。
▲ 中央は帝室の停車場で其の玄関先には磨きの石柱が既に光彩を放つて居た。入つて中央の広間の左右には皇族御待合室がある、廊下を隔てた奥には平屋の御便殿がある、全部見事な緞子で張り詰め廊下や、床や、又階上の貴賓室に至る階段やは大理石の予定。
▲ 一般旅客に対しての出入は、入口は南方、出口は北方と定められてある。入口正面の屋上には高く電気仕掛の大時計が掲げられる。高きこと百二十四尺、広き事三百十坪の改札所には出札所を両側に設け右に一等待合室、 一等婦人待合室竝に食堂、左に三等待合室といふ大 でか い寸法だ。
▲ 食堂は階下のは円形の室で階上のは大食堂三室、円形小食堂二室を置く筈だ、庖厨は地下室に設けてあるから、料理は勿論昇降機で運ばれるのだ。
▲ 肝腎の料理は果して誰がやるであらう、心配御無用、それが為めには新橋の花月主人夫妻がわざゝ欧米を漫遊までをして研究しこゝでハイカラな料理を味はせようと手ぐすね引いて待つてゐらつしやるといふ事だ。
▲ 改札所から裏に抜くれば階段、それを上ると高架線の四つのプラットホームがある。其の中、三つ丈は遠行旅客列車が発着するので他の一つは市内電車に使用せらるゝさうである。断つて置くが遠行列車と云ふのは電気機関車を用ゐて現在の汽車とは稍々 やや 趣を異にするから名 なづ けたのである。
▲ 改札所の北に駅長室だの、車道だの、事務室だの、応接室だのがあるが現在は頗る狼藉たる為体 ていたらく 、二階三階は、二階の食堂の一部分を除く外は全部鉄道院か、若くは中部管理局の事務室に充てられるさうだ。ホテルの経営、それは跡形もない臆説であつた。
▲ 此の停車場の落成を期として東京の市街鉄道線は殆んど面目を一新するであらう。無論此の中央停車場には朦々たる黒煙を吐いた汽車は一切出入せぬ、すべて電気機関車で牽引せられるのである。 一時に東海道の全道の列車を電力で運転する事は一寸六箇敷いから品川の現在埋立てつゝある地面を貨車の集散地とすると共に電力機関車と通常の機関車との付替所を設くるから、東上列車は何の事はない、品川で身体を清めて入京するやうなものだ。
▲ 従て市街沿道を彼の不愉快な煤煙で汚すやうな事はない、其の電力供給には矢口渡附近一万三千坪の地を相して発電所を設ける筈で既に蒲田から六十七鎖 チヱン の支線も敷設したから明年の暮頃までには出来上るであらう。斯くて新橋は貨物専門、中央は旅客専門と二分さるゝのだが竣成の曉 あかつき は欧米の建築に比するも左程の遜色はあるまいと思はず旅日記の頁 ページ の大部分を此の為に占められて仕舞つた。

  ・女優朝田いよ子を訪ふ                やまひこ

   画報パツク 〔五コマ 解説 共に省略〕

  ・赤松連城の空涙 陰に向いて赤い舌をペロリ
  ・我国屈指の鉄工場 川崎兵庫分工場 
     {豪壮雄大な木鉄工場=資を費す貮百拾萬=堅牢廉価な電車汽車=機関車製造の新記録}

 兵庫東尻池村の運河の辺りに数万坪の面積を占め雲を突くような大煙突の下 もと 長さ数十間に余れる広大もない大きな鉄の建物数棟建竝んで原動機や槌の音轟々昼夜を別たぬ一大工場があるこれぞ長崎三菱造船所と共に我国の二大造船所と音に聞へた神戸川崎造船所の兵庫工場である。
 川崎造船所が此工場の為に費 つひや した工費は約貮百五拾萬円といふからには其規模の大きさも大抵窺 うかゞ はれるわけだが場内の工場を部類別にすると先づ各種の機関車、油槽車、鋼橋桁 てつけうけた、鋼製貨車、炭水車、スチームクレーン及瓦斯溜 がすだめ 等を製作する鋼鉄工場と機関、汽機、鉱山用諸機械及鉄骨小屋組等を製造する機器工場と船尾船首材各種、錨身、船体用鋳鋼鋳鉄品、各種車輪、水道及瓦斯用鉄管等を造る鋳鉄工場と各種客車、電車、寝台車、食堂車、郵便車、貨車、軽便台車、冷蔵車、機動車を製作する車体製造場、製材を専らする木材製造工場の外に一度に十五噸 とん の鋼鉄を溶かすべき溶鉄爐、発電所、機関室、事務室、倉庫等孰 いづ れも宏壮眼を驚かす建物が場所狭しと建竝んで前面の広地には鉄材やら鉄管やら鉄桁やら車輪やら木材やら石炭やら山と積まれて其間縦横に軌道が敷設してある遉 さすが に我国屈指の大工場其豪壮雄大な設備には何人も一見先づアット度胸膽 どけうぎも を抜かれる。
 規模の宏大なのや設備の完整せる事のみが工場の誇 ほこり ではない工場第一の主眼は技術の巧拙に在る、ところが此分工場の技術的能力は我国の各鉄工場中多く其右に出づるものがないといふので今や日の出の勢 いきほひ である機関や汽器や鉄桁を作るのは固より同造船所のお手のものだが水道用瓦斯用の鉄管と各種の車両を造る事は比較的新しいけれども其成績の佳良なる事世に既に定評あり各車貨車機関車電車等の車輛を同工場から鉄道や電車会社に沢山提供して居るがまだ曾て一箇も不成績品があつた例 ためし がないといふのは鉄道院其他の技術者間の定評である。
 客車貨車電車機動車等の車体を製作するは極めて熟練したもので鉄道院や電車会社に向つて既に千輛以上供給をして居るが製造の堅牢にして工費の廉なる事は確 たしか に外国製を凌駕して居る現に九州電軌、京阪電軌、兵庫電軌其他我国大半の電気鉄道会社で使用して居る同所製作の車体の如き嘖々 さくさく の評がある。
 機関車の製造は我国でも近来著しく進歩して来たが悲しい事には従来はまだ其設計に外国人技師の手を借らぬものはなかつた、ところが同工場では此機関車の製作に非常なる苦心を費して昨年から全然外国人技師の手を借らず同所の日本人技師の手で設計し輸入品に少しも遜色のない立派なものを造り出した昨年鉄道院から注文を受けた四十八両の機関車其他の内に最新式の過熱器附機関車といふのがあるこれは独逸の最新式を採つたもので我国ではまだ一箇所も製造して居らぬ新機関車である此過熱器に依ると非常に炭水の量を節約して大に経済になるといふのだがそれを今度同所の設計主任の太田といふ人が設計を凝らして十数両造つたが而かも其成績は十一月の十二日から神戸馬場間で試運転を行つて完全無比といふ讃辞を得て居る序 ついで に云つて置くが今度同所で造つた機関車は孰れも車輪の直径九呎 ふいと に余る我国最大の機関車で百二十両以上の貨車を苦もなく牽 ひ くといふ素破らしいものだ機関車の設計と製造が一切日本人の手で出来るようになつたのは兎に角我工業界の新たなる記録 レコード で一に同所の功に帰せねばならぬ。
 其他スチームクレーンや油槽車 ゆそうしや や石炭車や鉱山用諸機械瓦斯溜等を製作した数も尠 すく なくないが孰れも好成績で未だ曾て使用者から些 さ のお尻を食つた事がないといふに至つては同所の技術的価値の普通 なみゝ でないといふ事が知れる。
 同所の主任は永留小太郎といふ人で中々経営的手腕の優れた俊才だが同氏の抱負はまだゝ此位の事で満足するものでない鉄工も木工も前途益益発展せしめて大 おほい に外国輸入品を駆逐する意気込みである。

      文中に写真3枚:同工場製造の 箕面有馬電気軌道株式会社注文電車々体〔左の写真〕、●〔網か?〕千日本セルロイド人造絹絲製造会社注文二十吋 いんち 水道鉄菅、京阪電気鉄道株式会社宇治川架橋工事〔右の写真〕 

       

  ・モデルの女                     徳坊
     十二三から二十四五まで=素裸になつてモデル台に乗せられる=美術学校の奇観  
  ・京のお笑泣き暮す                  ジフテリア
  ・汚れ恋                       中村兵衛
  ・美人天勝の末路                   中村兵衛 〔写真2枚あり:松旭斎天勝嬢、花子〕
  ・癖の判断(一)                   楽天博士
  ・汽車読本 ⦿〔目〕から見てかゝれ
            日本も追々と物騒なヂゴマ式の出現=例は新しい汽車中の強盗  =転ばぬ先の杖は汽車読本
   画報パツク 〔四コマ 解説 共に省略〕

  ・  鉄道画報愛読者の余徳 金五拾円以上参百円迄進呈
   鉄道死傷保険の開始!!
  ・山陰所見                      蘇水生
  ・申告簿 
      =釜内駅長の事=

 秋の奈良は殊の外美しい、暖かい小春の風が袂を弄 なぶ つて、往来 ゆきか ふ乙女の盛装よりも華やかな萬山の紅葉その中に昔ながらの古塔が聳へ立ち美しい中に、一層清い気高さを添へて見せる、自分 わたし は此景色を想ひ出す時いつも奈良駅長釜内君の風姿が眼に浮ぶ。鷹揚の中に、何処かに美しい情が動いて居る、獨り情の美しいばかりでなく、君は官吏に似合はしからぬ清い気高い、そして尊敬すべき何物かを有して居る、奈良と釜内君とは似て居る点が多い。奈良の自然に情を有 も たしたものが釜内君で、釜内君を古い都にしたものが奈良である、自分は這麼 こんな こと迄思つて見たことがある。
 釜内君が、辛辣な手腕を有して居る点から、君を見ぬ前の人は、必ず峻烈な、一歩も人に譲らぬ剛腹な人物であらうと想像する、自分も曾 かつ て各駅で釜内君の声名を耳にして遥かに君の性格を寒風怒涛に比して居たこともある。然るに逢つて見ると、片言春風を生み、隻語春水を齎 もたら すの慨がある。自分は一度で惚込んだ。
 いつかも、構内に八歳ばかりの迷い子があつた。身には襤褸 ぼろ を纏 まと ひ、此 この 寒空に足袋も、穿かず、母を呼んで悲しげに泣いて居る、之を見た釜内君は走り寄つて我子の如く抱き寄せ衣兜 ポケツト から手拍 ハンカチ を出して滂沱 はらはら と落つる涙を拭いてやつた。何 ど うせ貧苦に痩せた家の兒 こ であらう。頭髪は昆布 みるめ の如く乱れ、眼は見るからに厭らしいほどヤニで満たされて居た。雖然、けれども 、釜内君の慈愛に富める眼中には、唯 ただ 不愍 ふびん な、可憐な一少女があつたのみで、貧富美醜の差別はなかつた。
 其後聞けば、釜内君はトラホームにかゝつたこととのことである。其女の兒の眼を拭いた手巾 ハンカチ を忘れて使つたので、或 あるひ はトラホームが感染したのではあるまいか、兎角官吏と云ふ肩書に、鉄道が一種の営業であることを忘れて、威張ることより知らぬ駅長に釜内君を見せてやりたい。(SA生) 

 広告2頁 〔下はその一部〕

 大評判
   のタノシミ新聞を御覧なさい、日本一の美しい面白い新聞を毎一の日の朝毎に配つて一ケ月タツタ六銭、之を読む人に弱る困るの泣き言なく。家庭円満息災延命は請合、朝日一袋より廉く福の神より尊い新聞、御思案無用一ケ月タツタ六銭。
        一部  金二銭    一ヶ月 (郵税)共七銭五厘
        半ヶ年 金参拾九銭  一ヶ年  金七拾七銭
   大阪市鷺洲町海老江
       タノシミ新聞社

 なお、裏表紙は、西部鉄道管理局の広告である。
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『家庭画報』 1-3、4 (神戸) (1908.10-11)

2014年10月22日 | 明治 雑誌、画報
 

 家庭画報 菊月号 第一巻 第三号 家庭画報社
                         神戸市花隈町四十五番屋敷
      明治四十一年九月廿五日発行 発行所 家庭画報社 

 ▲ 画報 ▼ 〔写真〕

     

 ○ 神戸紳商岸本豐太郎君の家庭
 ○ 大阪紳商岩井勝次郎君の家庭
 ○ 大阪紳商八木與三郎君の家庭(舞子別荘)
 ○ 清水谷高等女学校最近本科卒業生(大阪) (第二列中央大村校長) 〔上の写真:左から1番目 ※ 永井幸次もいるか〕
 ○ 同校最近技芸科卒業生(大阪)〔同2番目〕
 ○ 同校最近補習科卒業生 〔同3番目〕
 ○ 浪速銀行取締役松方正雄君の家庭
 ○ 英商範多龍太郎君の家庭
 ○ 範多氏邸宅 同 応接室 〔同4番目〕
 ○ 神戸市立入江高等小学校卒業生(本年三月) 〔同5番目〕
 ○ 令嬢鑑(其一)
 ○ 令女鑑(其二)
 ○ 石神病院長の家庭半影
 ○ 婦人ホーム秋の会(大阪婦人矯風会附属)
 ○ 孝女鹽谷末子の家庭

 ▲ 読物 ▼

 ○ 斯の如き夫は駄目です … 巴峡隠士
  第一、藝娼妓に恍惚ける夫
  第二、賭事に耽ける夫
  第三、見栄坊なる夫
 ○ 日本婦人の運動 医学博士 緒方正清
  花柳病と家庭
  結核と家庭
 ○ 堕落青年と家庭 … 兵庫県立高等女学校長 篠原辰次郎
 ○ 妾の理想とする夫 … 女子大学生
 ○ 僕が若し妻を娶るならば … 帝国大学法科生
 ○ 成功者の公的事業  節婦クロダインと織機発明家の偉業 

 ○ 女子教育に就て … 清水谷高等女学校長 大村忠二郎談 (本社員速記)

 〔前略〕一口に云へば貴女淑女を養成したいと思ふのであります、尚委しく云って見れば人類として、国民として又此婦人として完全なる女子を貴女淑女と云ふのであります、デ総て此学校の生徒は何時までも学校に居るものではないので、ニ三年永くて五年も居れば必ず此学校を出て仕舞ふのある、言ひ換へれば、何時か家庭に這入り社会に立つ可きものである、デあるから家庭に這入った時…社会に立つた時に今云ふやうの婦人を作り上げると云ふことを学校では期して居ると云はなければならぬ、〔以下略〕

 第一、各個指導 日々此学校の生徒は順次一名、単に教師の所に来て教へを乞ふと云ふことにして居ります、〔中略〕要するに生徒の性質、境遇、希望等に適当したものを間接に奨励と訓誨とを授くると云ふことを目的として、各個指導を行つて居ります、又校長自身も各個指導を行ふのである、デ是は多数の生徒のことでもあるから、一人づヽと云ふことは大変に時日を要するので、さうしたいとは思ふけれども、どうもさう云ふわけには不可ないから、拠なく一回四十五名の生徒を毎日交番に、校長室に召集して今申述べたやうな方法に依て指導を行つて居るのである、〔以下略〕
 
 第二、校長室の当番、 是は上級の生徒が毎日二名づヽ校長室の当番日にして、校長席へ往つて受付けを始め万事の世話をすることにして居ります、一口に云へば校長室の給仕とでも云つて宜しからうと思ひます、デ是に依て自然全体の礼儀を習はせることも出来ると同時に此校長室に等しく接して、其感化を受け適当の指導を…即ち機会を與へることが出来て便宜が多いやうに思われます、〔以下略〕

 第三、養気室 養気室とは…気を養ふのと交際を指導する上に養気として、娯楽の間に個人的訓練を與へる趣味を以て設けて居るのであります、故に此部屋で校長なり教員は少数の生徒と共に交際をして行くことが出来るやうになつて居る、〔中略〕是を一言せば此部屋は倶楽部で…生徒職員共同倶楽部と云ふやうなもので、生徒相互に職員と生徒の間に平和的の交際を為るのには最も都合の宜しい、機会を與へるもんだらうと思つて居ります、斯の如くにして此職員と生徒が平和に交際を為して居る間に其個性を発見して行くことが出来る、〔中略〕デさうすれば始終職員は厳格な方面のみ即ち怖ろしいと云ふ側のみを示して、優しいとか深切とか面白いとか云ふやうな即ち職員慈愛の方面を生徒に示すことが出来なかつたならば、完全なる教育を施すことが困難であります、所謂穏健に行はせると云ふことが教育上必要であると思ひます。 養気室は教員が総て優しい親切な方面を現はすのには最も適当なる場所であらうと思ふ、従つて生徒が各自の性質を発見すると云ふことが、他の場所よりは養気室が簡易からうと思ひます、夫から

 第四、清備館、此清備館は三十七八年の戦役を記念せんが為めに、有志者が寄附金を以て建築したのであります、是は此校友会共有物であつて、全く私有物である、唯学校の敷地を十ヶ年間無料で借り受けて建設したんで、学校の物ではありませぬ、是は余り他に類のない建物であらうと思ふ、デ此建物は階上階下の二つに部屋が分れてあります、階上は紹介室階下は書籍縦覧所に充てヽ居るのであります、デ大体は卒業生の為めに設けたものでありますけれども、成る可くは広く一般の婦人の為めにあれば宜しいと云ふ考へを持つて設計したのであります、何人でも婦人ならば自由に来つて此館内に出入することが出来るのでです、此館は学校内の建物としては一番外観から云つても、又内部の設備から云つても綺麗に出来てあるから、〔中略〕成る可く此土地に於ける中流以上の婦人の集会は申す迄もなく愛国婦人会、婦人矯風会とか婦人慈善会とか云ふやうな、婦人の公共団体の幹部の集会などは此館内で設けて貰つて、婦人の此公共の為めに盡すこと、及び其方法を知らず識らずの中に自然と当校の生徒などに知らしめて行く風にしたいと思ひます、〔以下略〕

 第五、講堂 … 教室です、生徒控所等の装飾は総て生徒の知恵に任かして、其年齢に応じ力に応じて出来るだけの飾りをさせるような主義を採って居ります、学校の方から斯うせよとか、斯んな飾りをせよとかの干渉は少しも致しませぬ、だから或教室は非常に立派に飾られてある所もありますが、又或教室は粗末な所もあります、兎に角生徒に任かして居るが宜しいと思ひますから、〔以下略〕

 第六、学校の公園 … 花壇、園芸は婦人に取つては実に必要であらうかと思つて、出来るだけ本校の生徒などにも園芸に依って此精神の楽しみを與へるやうな風にしたいと常に思つて居るのであります、ソコで公園の掃除とか花壇の手入れとか其他の盆栽の世話は出来るだけ、生徒に行らして居ります、〔中略〕私の考へでは庭園…樹木などは学校には必要がないと云ふ気味が人々にあるやうであります、どうぞ学校新築の際には其費用四分の一五分の一位は庭園樹木費に充てたいと私は思ふのであります、現に西洋人の監理して居る学校、此辺で申さば神戸女学院の如きは、余程庭園に重きを置いて充分金を費けて居るかのやうに思ひます、デ私も学校費用の許す限りは、築き山を造つたり、樹木を植へたりして幾分か学校の興味を添へるやうに致して居る積りです、又生徒にも出来るだけ其世話をさして居るに、喜むで其園芸の趣味を感じつゝ致して居るのであります。

 第七、割烹 … 家事のことは総て学校に於ける集会、例へば運動会、音楽会、校友会、母姉会等開会の節は成る可く生徒をして、其準備万端のことを担当せしめて、自然に社交の真情に資するやうな風にしたいと思つて居る、又生徒相互に職員生徒間の交際、訪問、見舞、慶弔等に関しても、一定の規約を設けて是を実行せしむるやうにして居ります、割烹は練習の時にも生徒側を主人として、職員若くは参観人等を来賓…お客として招待し接待し練習を為さしむるやうな風にして居ります、デ要するに種々家事上のことを始終習はしめ且其方法を教授すると同時に勤労の習慣を養成するやうに務めて居る積りであります、〔以下略〕

 第八、家庭の本位

 ○ 小説 … 赤縁 (上) … なには
 ○ 早起は如何にしてその習慣を養ふべき乎 … 香蓮女史
 ○ 悋気も加減ものです … 不偏居士寄

 

 ○ 学校より家庭へ 神戸市立高等小学校に於て特に同校生徒の父兄に対し注意を與へたる條項左の如し
 ○ 子供の心得方  神戸市立神戸尋常高等小学校作

   児童心得
 
 一、 先生の教へを守り、良い人となれ。
 二、 よく運動と摂生とをして、からだを丈夫にせい。
 三、 いつも正直を守り、決してうそをいふな。
 四、 きまりをよくし、ほねをしみなく仕事をせい。
 五、 時間と約束とをよく守れ。
 六、 金銭を、よくかんがへてつかへ、決してわるづかいするな。
 七、 かつてに品物をかしかりするな
 八、 自分でできるとこは、人にたのむな
 九、 自分かつてをいはず、人のためを思へ。

   家での心得
 
 一〇、家の人となかよくくらせ。
 一一、朝は早く起て、夜は早くねい。
 一二、家の用事をてつだうときは、まじめにせい。
 一三、外に出る時と、帰つたときとは、きつと父母に告げい。

   学校での心得

 一四、学校のきそくを、かたく守れ。
 一五、元気に勉強し、ゆかいにあそべ。
 一六、ちこくや早引きをせないよふにきをつけい。
 一七、上のものをうやまい、下の兒を可愛がつてやれ
 一八、学校の物は、ことさら大切にせい。

   外での心得

 一九、みなりを正しくし、必らず帽子をつけい。
 二〇、人にあつたら、そふとふな禮をせい。
 二一、人のなんぎを見たら、親切にしてあげい。
 二二、友だちにきをつけ、わるい人にはちかよるな。
 二三、道をゆくには、左がはをとふり、さつさとあるけ。
 二四、公園や、すべてのたてものを、いためたりきたなくするな。

 ○ 忍耐強き篤志婦人
 ○ 田口老人の勤勉
 ○ 孝女鹽谷末子の家庭
 ○ 神戸婦人国風会追詠
 ○ 夫人嘉代子の従順遂に望月小太郎氏を服す
 ○ 文苑

  

 家庭画報 長月号 第一巻 第四号 家庭画報社 ※ 第一頁には「葉月号」とある。 
      
      明治四十一年十月廿五日発行 発行所 家庭画報社

 ▲ 画報 ▼ 〔写真〕

    

 令息令嬢の写真を需む

 本社は現に形づくられつゝある家庭を紹介すると共に、尚近き将来に於て新家庭を造る可き令息、令嬢の小照をも誌上に掲げ、之れに学歴及性行の一班を附記し、以て父兄諸彦が新郎新婦を選ぶの便に資せんとす、乃ち茲に普く世上に檄して令息、令嬢の最近撮影を募るの挙に出づる所以なり、乞ふ続々寄贈せらんれんことを
 但寄贈諸氏の望みに依り製版の上直ちに返戻するも差支なし

  家庭画報編輯局

 ○ 日本之大長者住友吉左衛門君之家庭
 ○ 近江銀行専務取締役 池田経三郎君之家庭
 ○ 大阪府立島之内高等女学校上級生記念撮影 (於校舎新築地夕陽ヶ岡)  〔上の写真:左から1番目 ※ 中央前から四番目の男性は、前田純孝か〕
 ○ 毛斯倫紡織株式会社専務取締役 瀧村竹男君之家庭
 ○ 多木製肥所主 多木粂次郎君之家庭 多木氏帰朝 歓迎之光景
 ○ 私立梅花女学校最近卒業生 (前列中央長田時行君) 〔同2番目〕
 ○ 大和川染工場主 柳原吉兵衛君之家庭 神戸市立御幸小学校開校式 〔同3番目〕
 ○ 令嬢鑑 〔同4番目〕
   ・(右)神戸女学院卒業生 一柳智惠子(一柳子爵令嬢当年二十一歳) (左)神戸女学院卒業生 鴨田増子(当年二十歳)
   ・神戸女学院在学生 田谷一枝子(当年二十歳)
   ・京都同志社大学生 西松廣子(当年二〇歳)

 ▲ 読物 ▼ 
 

 ○ 軟文学の家庭に及ぼす害毒 ⦅敢て世の父兄諸君に警告す⦆ … 巴峡隠士
 ・ 新文相の女子教育訓示
 ○ 家庭不和の責は総べて夫の負担である  … 元山陽鉄道会社々長 牛場卓蔵
 ・ 女学生の風紀矯正に関する文部省の通牒
 ○ 思春期の女子に注意すべき要点 … 医学博士 緒方正清
 ○ 如何にせば性欲濫用の弊害を防ぐ可き乎 … 東京女医学校長 鷲山彌生子
 ○ 家庭の円満は一家の健康に基く … 近江銀行専務取締役池田經三郎氏夫人 池田兼子
 ○ 恋しいと思ふよりは慰藉したい⦅藤生貞子女史の心掛け⦆
 ○ 子供の躾方に就ての注意
 ○ 小説 … 益友 … 青葉
 ○ 伊藤長次郎氏の克己心
 ○ 女子教育の根本問題 … 大阪府立島之内高等女学校長 伊賀駒吉郎

     
 
 ○ 大阪人の嗜好は不健全に非る乎

 〔前略〕今大阪市民に就き其嗜好が何れの方面に向ひつヽあるかを試みに同市中央部に在る高等女学校生徒父兄を標的となして調査した所の表を左に掲げて見よふ

 此の表に於て着目すべきは旅行を好むものヽ数が第一位に位すると云ふことである。若し地方の高等女学校の保護者ならしめば決して日本人の特性として旅行を好むものヽ数が第一位を占むるが如きことは恐らく無いだらうと思ふ、こは地方の人士は其の郷土に恋着するの性強く又家居の一般に暢気なることを愛するも、生存競争の激烈にして人家の稠密甚だしく煙は常に天を覆ひて黒く車馬轟々の音は終夜耳に絶たざる大阪市の如きは勢ひ旅行に由りて心神を閑却するの道を求むることは止むを得ざる譯である、
 〔以下略〕

 ○ 大阪人は読書観に乏しからざる乎

〔前略〕即ち左に大阪市中央部に在る高等女学校生徒父兄三百名に対する読書の嗜好力を調査したものを示さふ

 我国に於て現下発行する新聞雑誌は其の数頗る多いが、而も前掲の種類の甚だ少くして且つこれが読者の数も実に僅少に過ぎないのは大阪の人士が之れを東京の人士に比して如何に読書嫌なるかを充分表明するものと云ふて宜しい、試みに新聞の種類を見ても分る、東京に於て五大新聞と称し十大雑誌と称せらるヽものにてすら殆んど前表に表はれて居らぬではありませんか、假令表はれたるものも東京報知及び萬朝の僅かに五人以上を占めたるものヽ外は殆んど論外である思ふに五六萬の地方の都会にても高等女学校生徒の家庭を調査したならば確かに之以上の読物の結果を得るであらうと思ふ、〔以下略〕

 ○ 大阪人は食ひ倒れにあらず着倒なり
 
 〔前略〕大阪市中央部の高等女学校生徒に就き、其平生の食物及晴着に対する実際の調査を為したるに左の表を得たのである

 即ち右二表に依りて見るに大阪の「食ひ倒れ」なる諺が大いに誤れることが分る、一人の晴着の平均数が殆んど三十六枚に達するが如きは到底地方はもちろん東京の高等女学校生徒に於ても見ることが出来ぬであらう、且つ此の時代の生徒は未だ永久的な衣裳を作るの年齢には達して居ないであるから、既に一人前となつて一家の妻君とならんとする時期に至れば其の有する衣裳の数が此の平均数よりも遥かに多大に上るべきは最も見易き道理である次ぎに
 右生徒の食物表と生徒嗜好の副食物表とを対照するに其の間に著しき差異がある、即ち生徒の嗜好副食物は、生魚が第一位を占め肉類は第二位を占めて居る、而して肉類嗜好者の延人員は百六十一人の多きに拘らず七月及び十月の生徒実際の副食物は共に肉類に於て四十八の減少を示して居る、是れ家庭の食物が生徒の自然の要求と甚だしく懸絶せる証拠で生徒の体育上最も顧慮すべき現象である、〔以下略〕
 一日中三度の食事に一回も魚肉又は鳥獣肉を食せずして漬物或は野菜のみを食するものが七月に於て百人中二十五人弱を示し十月に於て十八人強を占むることは高等女学校の生徒としては驚くべき現象ではありませんか、本校生徒の数を假りに二百五十六人と假定するときは此の比例により本校生徒中毎日漬物又は野菜のみを副食物とするものが七月には六十三人十月には四十三人づヽある割合である、〔以下略〕

 ○ 大阪女児の郊外稽古は注意問題である

 大阪中央部某高等女学校に於て同校第一学年第二学年生徒が学校外に如何なる種類の稽古を為しつヽありや試みに之を調査したる所、左表の如き結果を見たのである、之れをよく観察すると、大いに父兄に注意を與ふる必要がある。   
 此の表に於て第一に着目すべきは一般に高等女学校に入学する以前即ち未だ小学校時代に於て稽古をなすもの多く高等女学校に入学したる後は却て減少したることである、即ち其一例を示せば琴を稽古せるものヽ総人数百四十二人の中現在引き続き学習し居る者六十八人他は悉く小学校時代に学びたるのみにて中廃したのである、茶と云ひ生花と云ひ三味線と云に於ても皆此くの如き傾向がある、〔以下略〕

 ○ 小説 … 赤縁 (中) … なには
 ・ お客に供する菓子(東京の家庭)
 ・ ミルクと乳児
 ○ 写真術の新福音
 ○ 嫩葉のにほひ
 ・ 素人料理 松茸飯、茶松茸、
 ○ お伽噺 … 一寸坊 独逸大家グリンム作 巴峡生譯
 ○ 竹田宮妃殿下の御着帯
 ○ 光栄ある女学生
 ○ 高等教育会議議員任命
 ○ 米国々旗の話(星條旗)
 ○ 高等女学校長会の答申
 ○ 独逸女学教育の方針
 ・ 新設東京女子商業の新聞雑誌科
 ○ 詞壇
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『東京』 第五十五号 東京社 (1909.12)

2012年09月12日 | 明治 雑誌、画報
 表紙には、「週刊 東京 毎日曜日発行 第五十五号 明治四十二年 〔一九〇九年〕 十二月十九日 東京新橋 東京社」などとあり、目次も掲載されている。奥付には、「明治四十二年十二月十七日発行」とある。38センチ、16頁。

 目次  〔一部補充〕

 ・日韓合邦問題断案 社長 成田榮信
 ・送年の辞  
  人の目方

   

  其十二 平岡定太郎先生

 樺太は我新領土中の未知数なり従がつて如何に是れを利用すべきか、誘導すべきか、将た開拓すべきか、其責任は懸かつて長官其人の施設如何に在り、平岡先生、前熊谷長官の後を受けて、其任に在り、事業着々其緒に就きつゝあるは、先生の技量を證して余りあり、先生又た大島台湾民政長官と共に少壮為政家中最も将来に望を嘱せらるゝものゝ一人なり、先生努力せよ

 社告 ▲大阪支局設置〉
 ・臆病なる青年 … 大隈重信

 △人材果して過剰乎
 △下宿屋楼上の長嘆
 △学問の消化作用
 △学問と活用

 今の青年は記憶力に富めども活用の能力に乏しき者多し。原因は様々あるべしと雖も、試験制度の積弊亦與つて力あるが如し。卒業試験にせよ文官登用試験形式の立派なる理論も実社会の上に如何に応用すべきかを知るに苦しむが如し、但、機械的に多量の知識を詰め込み試験てふ脅喝を加へて奨励するものなれば記憶力だけにては慥かに発達せるが如し。記憶力は機械的に桝を以て測り得べきも人物の手腕と才能は斯くの如き単純なる試験制度に依て忖度すべからず。学校時代には机上に行政法を攻究し卒業後は人民の上に行政事務を取る。其の理論原則は同じきも、活ける人間は原則に当て嵌まれる行動のみを為さず屡々軌道を逸して行政官を迷はしむ。此の時に当つては通り一遍の学問のみにては切つて抜けられず一種の手腕と気慨に俟たざる可らず。結局は矢張り臆病にては叶ふ可らざるなり。(終)

 ・大阪市営電鉄の腐敗
 ・文久年間 鎖港談判 五十年前欧行記(八) ▲使節彌々マルセーユに着す

   

 上左:「当時の徳川慶喜公」 上右:「塩田三郎氏」

 三月十日

 午後三時仏蘭西国馬塞里へ着船、暫時にして同所コンシュルセ●ラール来る、使節上陸の手続談判あり、引続上陸、祝砲例の通、当港は、地中海の西北にて、アレキサンドリヤより互に対するの地、而して其殷富盛大は遥に超逸す、湾内東北より高二丈厚三丈程の石屏を築き、石屏の上段中段巨礟配列、自他国に入津の船舶都て此堡内に泊す、尚海水を市間より引、大小船に無数繋泊、連檣森立、密林の如く雲梯蛛綱に似たり、陸上は五層楼、六層楼、白屋黄堂、鱗次市衢寛厰、人民輻輳、茶寮酒肆、優伶歌童、工芸技巧一として備らざるはなし、初見の人、此に至つて驚かざる無し通街の中程を、馬車道となし、其左右を徒歩の地上となし、是は老弱往来、馬車の怪我を防ぐが為也、又街道の左右に、ガスランプ燈を置、夜行を便にす、四達の衢には多く花草を植、又は小池を造り、或は吐水の機を設けて、行人の観覧に備ふ、花麗に清涼謂ひ尽すべからず。

 ・銀行会社商店の実務 其十一 東京瓦斯の盛況

 ▲不景気と瓦斯
 ▲発達の由来 〔下の写真は、「東京瓦斯製造所」〕

 

 新吉原廓内に瓦斯燈の建設を試みんとして明治四年、時の東京府権知事由利子爵の計画したるもの、是れ即ち本邦瓦斯事業経営の端緒なり。由利子此の計画を起して間も無く没したるより其儘見合せることゝなりしが、高島嘉右衛門氏が横浜に経験したる成績の良好なるに鑑み、時の「東京会議所」は市の共有金を以て初めて新橋日本橋間に街燈を建設し、明治七年十二月漸く点火するに至れり。此の年十月渋沢栄一氏東京会議所に入り鋭意之が整理に当り自ら会頭として瓦斯事業を経営し、明治九年に至つて瓦斯の行務と原資金とを東京府庁に引渡したり。それより府庁内に瓦斯局を新設して渋沢氏府庁の嘱託により其の事務長となり、西村勝三氏之が副たり。是れ実に本会社の前身なりとす。斯くて渋沢氏等の尽力に依り府経営の瓦斯事業は驚くべき長足の進歩を為し、明治十二年に至りては個人の需要八十八戸に及び、十四年には一躍して二百二十二戸に上れり。然るに此の頃より府会議員中には瓦斯局売却の説盛に起り、明治十八年に至つて断然瓦斯局を公売に附したり。時の府知事芳川顕正氏之を府会の議に付し、二十六万九千円を以て売却する事とし、十八年十月瓦斯局払受人総代渋沢栄一、藤本精一の両人は府庁官吏と会見の上瓦斯局授受の手続を了したり。

 ▲目下の組織
 ▲昨今の営業振り

  
 ・音楽界の大色魔
 ・大阪遊蕩界泰平無事
 ・新狂言(写真版二頁)
   新橋倶楽部花柳徳太郎納浚会演舞(一)
   支那狂言(二十世紀新茶花)及(苦肉計)

     

   上左の写真:左から、「薛瑤卿の傭婦 七盞燈の辛茶花 夏月潤の陳少美」
   上右の写真:左から、「潘少棠の張昭 七盞燈の周瑜  許奎官の黄蓋  夏月珊の諸葛亮 小連生の魯粛」

 ・芸妓水滸伝(九) ▲清香物語の続き
 ・呂之助 あおい 抜駈の奇功
 ・松島屋の濡事 ▲片岡仁左衛門の豪遊
 ・日糖と新橋芸妓の関係を論じて實子のポテレン、金彌のキンサクに及ぶ
 ・間抜な劇評家と作者 … 川上音二郎

  

 ▲憎まれても好い
 ▲識見が無い

 次に西洋の劇評家は
 ▲指導を主にす
るが、我が評家にはそれが無い。即ちわが評家が徒らに穴探しをしてゐる間に、西洋の評家は『彼処は脚本が悪いが役者が演生してるとか、此処は最う一と息だから見物が拍手をしては不可ないとか、言つて一々噛むで含めるやうに指導して呉れる。だから役者も見物も言々句々服膺して大に得る処があるが、我が評家のそれは少しも当にならぬ。次の所謂
 ▲劇作者の欠点
 を挙げて見れば、芸術の為めの芸術でなく金の為めの芸術であることだ。忌憚なく言へば脚本其の物に聊かの興味も無ければ又演劇革新に少しの犠牲心も無く、只々金の為めに間に合せの仕事をする者のみである。

 ▲商売人は真平

  浪花 邦楽界の天才〔中尾都山〕 (下)

 △初めて指南

 これが動機となつて、二十一歳の春、大阪に上り、北区此の花町の友人の宅に寄寓して、初めて指南の竹を把り、三十四歳に至る今日まで、十有四年間、汲々として其の研鑽に怠りなく、赫々として江湖に其の名を成した所以である。

 △レコードを破る

 都山の誇りとする所は、流派を離れて独得の都山流を開創したことである、即ち在来の流派以外に、一新機軸を画し、尺八界のレコードを破つた事である、都山には師がない、強ひて師と云はゞ、自然は都山のそれである、作譜は幾多西洋音譜の書籍に就いて渉猟参考し、是れに多年研究のそれを加へて先づ筝曲とヴァイオリンとの奏演に資すべく「一筝曲千鳥の曲」を編纂した、乃ち楽譜の存せざる当時楽壇にに完全なる譜表を貢献したので、茲に指導開発の道が拓けて、世の好楽家と斯学の研究に熱心なものは、争つて之れを求め、何れも這の楽譜によつて指導され、便益され、忽ちにして十一版を重ぬるに至つた、

 △ハーモニーの嚆矢

 殊に新機軸を出だすことに余念なき都山は去る十一月二十一日の大阪中之島公会堂の秋季尺八大会の檀上に於いて「春の光」と「霜夜」の合奏を演じて、拍手喝采を得た、此の二曲は都山の作曲であつて、殊に前者は「日本にはメロデー斗りでハーモニーがない」と云ふ西洋人の批判に奮激して、初めて三部合奏の端緒を開らき、聴者をして、後へに瞠若たらしめた、紛糾錯雑極りなき奏曲の難を演じたものであつて、邦楽中ハーモニーを遣つた抑々嚆矢である。

 
 △赫々たる名誉

 都山の天才は近頃に至つて知られたものでなく、過ぐる八年前、国木田独歩、小杉未醒、小栗風葉、柳川春葉、川上眉山等に招かれて、麻布龍土軒に奏演し、近く本年三月、岡山後楽園の鶴鳴館にて、閑院宮殿下の御前にて奏演し、御感を蒙つたさうである。

 △門下の麒麟児

 ・芸者賈と女郎買
  宮戸座評判記
 ・流行界 流行の髪飾り

 帝国鉄道発車時間表

 

 広告 〔下は、その一つ「帝国脳病院」〕

 
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『鉄道画報』 二巻二号 鐵道畫報社 (1912.2)

2012年03月27日 | 明治 雑誌、画報
 
 

 表紙には、「鉄道画報 第貮巻 第貮號」とあり、目次も左下にある。奥付には、「〔明治四十五年:一九一二年〕 二月一日発行 正価金拾銭 発行兼編輯人 山田保次郎 発行所 神戸市相生町二丁目五番屋敷 鐵道畫報社 大阪市東区横堀三丁目八十四番屋敷 鐵道畫報大阪出張所 電話本局八六五番」などとある。38センチ、14頁。

 写真〔口絵〕

  ・紀元節と初午 :小松宮彰仁親王殿下御筆、大和畝傍山橿原神社、山本春擧画春駒、〔日章旗を持つ子供三人〕 4枚
  ・むろ咲の梅  :彦根楽々園の盆栽、東京おはん 新橋せきや、伊賀上野大勢桜の盆栽 3枚
  ・神詣で    :伏見稲荷神社、熱田神宮、琴平宮奥社、神戸柳原すゞ吉、防州宮市松崎神社、大阪天満宮 6枚
  ・花競べ    :〔全国各地の芸者8人の写真〕 8枚
  ・九州めぐり  :〔九州の名所と三人の芸者の写真〕 6枚
  ・花の香    :〔近畿の芸者6人の写真〕 6枚
  ・東風     :〔近畿中国の芸者6人の写真〕 6枚
  ・嫁に行く人  :暇乞い、立姿、輿入、御挨拶、床盃 5枚

 記事

  ・秋濤漫筆                     長田秋濤
    :自然と戦ふ鉄道、鰐船、鉄道人形
  ・東西の新聞雑誌(一)               覆面漢 〔文中には芸者の写真6枚あり。〕

  一

 ○「南船北馬」といふ句も古い奴ではあるが、大阪東京の間を汽車で往復したり瀬戸内海を汽船で渡る者が畢竟南船北馬の人なのである、その南船北馬の人、即ち小大の旅行家にとりて、最も痛切の趣味と必要を感ぜしむるものは、蓋し新聞と雑誌であらうと思ふ。
 ○諸君は種々の新聞雑誌に御懇意を有して居らる々だらう、地方新聞もあり、大阪新聞もあり、はた東京新聞もあらう、雑誌にしても左様である、併しその新聞なり雑誌なりの如何なる人によりて作られ如何なる手段によりて売られ、如何なる人物によりて画策され、如何なる勢力と発行部数を有してるかを御承知の方は稀であらうと信ずる。そこで私が新春の屠蘇酒に酔ひたる興に乗じて、一番スッパ抜きを御目にかけやうと思ふ、勿論私は其道の人との関係上から間違ひの無い所を知ってるのであるから、十中の八九迄は御信用ありて然るべしと申上げておく。

  二

 ○先づ雑誌から遣 や る、東京の雑誌から始める、東京の雑誌と一口に云へど、数は中々沢山あつて各自に弱肉強食の活戦混線苦戦真最中であるが、最も多く売れて世間の評判を惹き易いのは、申すまでもなく小説雑誌である、純然たる小説雑誌以外のものでも小説を載せぬものは殆んど無いと見てよい。
 ○小説雑誌と一口に申せど、此の小説とは古き意味の小説であり又新らしき意味の小説でもあることを御承知願ひたいのである。
 ○古くより小説雑誌として売れてるのは、博文館の文藝倶楽部であつて此の雑誌は、殊に能く下流社会に捌けるのである。下流社会とは決して軽蔑の意味で云ふのではなくして、つまり芸者屋とか床屋とかいふ娼妓の方が多く読み、政党者流よりは仲仕 なかし や芸妓が多く見るといふ理屈になる。
 ○若し文藝倶楽部を手にして、「芸妓写真の多いには呆れる」などゝ云ふものがあらば、それは編輯者の目的のどんな処にあるやを知らぬ人である。彼は出来るだけ俗に俗にと俗一点張りなのである。
 ○小説以外に講談もあれば落語もあるといふ風で、その又小説もなるべく猥褻がゝつた一寸うつとりさせるやうなやつを載せて、当今一部に流行の二度や三度考へてもわからぬ新式の小説は決して掲げぬといふことが、憲法の第一義になつている。
 ○だからハイカラ書生なんかは、文芸の小説は古くていかぬなどゝ云ふけれども、こゝが却て大 おほい に仲仕や女中や小間使や妾やお酌や理髪店の職人など云ふ連中に受けるのである。
 ○文藝の編輯は、博文館でも粋の粋の粋通の通の通人がやつてるのだから、俗向きに出来るのも最もだ、その編輯主任の誰とか云ふた(一寸忘れたが)は月給の外に遊び料として毎月百円貰つてるさうだ、各記者達も別に芸者買ひ代として参拾円宛 づゝ 毎月貰ふのだ、粋な種が取れるのも最ものことなり。
 ○目下の文藝の発行部数を窃 ひそか に聞けば、六万とのことである、下流の女相手も悪くはないと誰やらが云ふた
 ○六万の発行高は、日本の斯界に於ては、確かに威張れるもので、これだけ出れば、大なる利益が挙がるに相違ない、随分文芸を真似た他の奴が現れては隠れ、出でゝは倒れる所に、此の雑誌の潜勢力が在るのであらう。
 ○文藝倶楽部に似て非なるものに新小説がある。春陽堂で出してるのだが、之も昔から文藝と相対峙して戦ふて来た古い経歴を持つて居る。
 ○新小説は、なるべく中流社会に受けるやうに作るらしい。口絵でも小説でも、其他の記事でも皆中流社会向きに出来て居る、殊に近来は、文藝が依然として昔よりの態度を改めぬに反して、益々趣味の程度を高くして、小説も大分新式のものを入れるやうになつた。
 ○中流社会向きと云へば、大分出さうに聞えるが、実に文藝の半分と云ふことである、最初は大分景気が宜 よ かつたものだが、近時他に色々新しい小説雑誌が出て来てから、どうも形勢があやしくなつた。畢竟春陽堂の家運が非境に陥つたのと、編輯者に内訌があつたのに由 よ るらしい
 ○一月号の新小説を見ても、旧家に似合はず大分アセツてるところが見える。文藝が大膽に横行闊歩してるのに比すると、何となく気の毒。

  三

 ○新しい小説雑誌として幅を利かしているのは、三田文学とスバルである。此二雑誌は最新の文学小説を標榜して、天下三分の一の青年者流を味方にしてると大声で怒鳴つてる。
 ○三田文学は、永井荷風、スバルは森鴎外で売れるのだ。荷風は米仏から帰朝して以来、旭日沖天の勢で文壇を風靡した代物、鴎外は明治初年の文豪が復活した怪物。
 ○一は頻りに仏蘭西を振りまはし、一は独逸を振りまはす。振りまはすのは同じだが、内容は全然違ふ、違ふけれども新しい点に於ては同じことだ。
 ○大阪の如き商業地ですら此両雑誌が最も売れるといふのだから、其景気の良いことはわかる。両者とも三万は捌けるさうだ。
 ○其外に小説雑誌として殊に挙げたいのは、殆どない、博文館の文章世界(発行高一万七千)早稲田派の早稲田文学(発行高六千)赤門派の帝国文学(発行高七千)などにも小説はあるけれども、要するに小さい文学雑誌に過ぎぬのであるから、茲には云はぬ。

  四

 ○小説雑誌でもあり、政治雑誌でもあるといふ両股主義、甘いと辛いのを半々にうまく盛って、非常な勢力のあるのは、中央公論である。
 ○此雑誌は、東本願寺から金を出してる曰くつきのものであったが、再昨年から、どんな理由からか国民新聞の徳富貴族議員の手を通じて大浦系から金が出ることになった。
 ○両股主義えはあるが、むしろ小説雑誌として見る方が良いほど、毎号小説に力を入れて居る。
 ○新しくして而も俗受けのする小説は、ちょい此の雑誌によりて紹介さるゝのである。
 ○今度定価を引上げて貮拾五銭いしたところにも、景気の良い理由がわかる、編輯の仕方が実に巧妙で、垢がよくぬけてるから、青年と中年両方に歓迎される。
 ○発行高十万と号してゐるが、実は六万位のものだとのことである、兎に角恐ろしい人気だ、博文館辺でも中央公論には一目を置いてるさうな東京の雑誌記者の中で、一番勢力のある信用のあるのは、太陽と日本人と、中央公論だそうな。

  五

 ○政論雑誌として大きいのは、目下のところ、日本及日本人の右に出るものはあるまい。
 ○博文館の「太陽」も大分古い雑誌で信用も大分に在るとのことだが、現在の勢力に於ては、到底日本人には勝てぬ。
 ○日本人の発行高は驚く勿れ十万である。三宅博士は嘘をつく人ではないからほんまだらうよ。
 ○三宅さんが董督 くんとく して、今度支那に出懸けた伊東知也といふ人が編輯の主任をやる。此男は犬養毅の子分で大の犬養崇拝家である。東京の政界でも一寸名を知られてる人だ。
 ○三宅といふ人は、あれで中々商法が上手で、日本人の挿絵や漫録めいた記事などには余程苦心して万人向きのものを選択する、社説や論説の題号などもなるべく俗を動かすやうな奴をつける、例へば「有名無実、無名有実、有名有実、無名無実」なんかゞこれだ。
 ○今年の新年号は大受けて再版するといふ好況。
 ○然し日本人の売れるのは、一は碧梧桐の俳句で売れるのだとの説もある、つまり俳句と三宅さんの文で売れるのだから、三宅さんと碧梧桐が死んだら日本人はオヂヤン、片方一人が死んでも矢張オヂヤンに相違ない。
 ○東京日々新聞に居る鵜崎鶯城といふ人物評論家が、近き将来に日本人の編輯主任になるとの噂がある、或はほんまかも知れぬ。

  六

 ○日本及日本人に追随して大評判なるは、国民雑誌である。
 ○此雑誌は、例の山路愛山が遣ってるので、必ずしも政論雑誌ではない 一口に申せば、通俗教育的のものであるが、之が中々うける。
 ○殊に信濃国の青年にして此雑誌をよまぬ者は一人もないといふ事である。愛山は信濃毎日新聞の主筆をしてゐた。当時、大に同国青年の崇拝を受けた事実があるのだ。
 ○愛山と申す人は、哲理の士でまだ歴史家ではあるが、あれで中々世間の事に通じてゐるから、雑誌編輯もうまいのだとの評だ。
 ○国民雑誌の今日の成功は(発行高五万)、は斯界で誰も予期しなかったのだ。
 ○我輩等は、ナンナ切抜雑誌がどうしてそんなに売れるかと不思議でたまらぬ。

  七

 ○同じ新らしい処で矢張り大評判なるものに大隈伯の「新日本」がある。
 ○富山房から出す、富山房と聞けばすぐに広告術の上手者と思はせる店だ、此間出した「官僚政治」といふ本は、麗々しく後藤新平著などゝ広告したものだが、実はアレは新平男爵の子分がやったのへ、男爵が序文を書いた迄のことだ。
 ○富山房の広告術にあてられて「新日本」の読者も大分出来た、目下発行高七万と号してゐる。大隈さんのことだからホラが半分と思へば間違はない。
 ○然し編輯方法はまだ油がのらぬ様子で、アラが見江ていかぬ、第一高等学校の教授をしてゐた畔柳文学士が主任だけに、どうも所論と主張が新らしくなく「新日本」の名に背くことが往々ある。
 ○現在の内容では、まだゝ己れの敵ではない、と博文館の太陽主筆の浅田江村が云ふてる。
 ○部数は多いが費用倒れになりて、中々利益があからぬことは、事実也
 ○富山房の「新日本」編輯室では、昨今こんな議論が上下されてゐる「中央公論式に小説を入れたらどうか」。
 ○ナルホド今のつまらぬ創作ならばむしろ無い方がよい。

  八

 ○太陽の偉大なることは云ふまでもない、上流社会に売り込んだ許りでも非常なる信用と利益といものだ、況んや少しく有識の人で太陽を見ぬ者は先づ無いといふてよい。
 ○しかし博文館では、此雑誌を参拾銭ではあまり儲からぬそうだ、博文館だからこそ参拾銭の廉価でうれるとも云ふことが出来る。
 ○華族社会などでは、(例へば近衛家などでは)、太陽の刊行する限り購読するといふて、数年分の代価を収めて置くさうだ、上流社会にはこんな例が沢山あるのだ。
 ○上流社会をうまく捕へ得た所に太陽の強味があるのである。而して之は全く死んだ大橋乙羽の遺功である
 ○太陽の壘を摩し得るものは先づ無いと見てよい、其の信用に於て。其の内実に於て。其の紙数に於て。

  九

 ○太陽の浅田主任は、月給百五拾円貰ってる。「新日本」の畔柳主筆は、月給百貮拾円、手宛五拾円貰ってる 山路愛山は「国民雑誌」で毎月貮百円を得、三宅博士は「日本人」から毎月貮参百円の純益金を見るそうだ。

  ・ひさの女史〔堀ひさの〕と青蘭女史〔川邊もと子〕  □△生
  ・嗚呼残骸の明石                  聴秋閣主人
  ・支那人の佳謔 〔下は、その一部〕

    瑞澂已如黄鶴去 此地空余黄鶴楼 瑞澂一去不復返 武昌千載長悠々

  ・平民的な東西の二温泉 伊豆の修善寺と但馬の城崎  漫遊博士
  ・高田早苗博士と語る                東京 花太郎 〔下は、その最初の部分〕

 ◎電話で面会時刻を約束した翌 あく る朝江戸川終点から車で、関口台町の高田早苗氏を訪ふた。門を入ると突当りが玄関で、女中が取次に出た。
 ◎面会時刻と日取が定ったが、今日は特別の面会日と見江て、通された座敷には既に一人の学生がゐた。座敷から見ると、広い庭は一面に青い苔が生江て来て、大きい葉桜の樹があり、木立も茂って森閑としてゐる軈 やが て主人が出て来られた。
 ◎肩書は早稲田大学々長である、そして文学士である。髪の毛にも白いのが見江てゐる、が眼鏡は未だ老眼ではないやうだ。
 ◎先客の学生に紹介状を買ひてやらるゝ『単に紹介したゞけでは効力が薄いから、何か利益になる事を書かう何が得意かね』と尋ねられる、学生は独逸語は一生やりたいと思ひますとか独逸の新聞位は読めさうですなどいふ。
 ◎博士はそれを薄い墨でサッサと書いて了 しま はるゝ『宅を知ってるかね、青山の』と訊かれると『知ってゐます』といふ、学生は斯 かく て辞した。博士は丁寧に女中に命じて送らせる。
 ◎今度は僕の番だ、机の上には能面が白絹に包んで置いてあった、『立派なお面ですなア』といふと『勧められるものだから買ひましたがね』と云って女中に『奥さんに収 しま って置けと云へ』と命ぜらるゝ。
 ◎話は色々の方面に飛ぶ、是れからが博士の声色である。エヘン
 ◎私は体が弱いから謡 うたひ をやりますが面白いものですね、今年の夏ですか現に健康も害して居りますから、一寸修善寺について四五日滞在して見やうかと思ひます。暑中休暇と云っても忙しくって子、修善寺から帰ると直ぐに、奈良の方の講演会に頼まれてゐるので……ユ、其方へも行かねばならぬし、ソレから北陸の講演会がある……これで却々 なかなか 忙 せは しいよ。

  ・新伊勢参宮記(中)                明治彌次郎兵衛、文明喜多八 
    :模範乗客、引張つてくれず、道なし家なし
  ・早咲きと遅咲きの梅 =今年は少し花が遅れる=    梅花書屋主人
  ・風烟日記(二) =芸州山中より=          鐵公生          
 
   広告 男子に対する希望 (一)男子に対する希望 (ニ)婦人衛生の研究が必要 〔この文は、中将湯の広告である。〕

  ・雅成親王の墓                   浩洋生
    :但馬豊岡駅附近
  ・男女二月の運勢                  怪来師
  ・日本遊侠史(五)                 蕪子
    :(十四)丹波和泉太夫 (十五)剣客召捕らる (十六)腕の喜三郎 (十七)深見十左衛門 (十八)平井権八

   日本郵船株式会社  

    欧州航路定期発着表   〔船名:伊予丸、平野丸、丹後丸、賀茂丸、安芸丸〕
    横浜上海線定期表
    米国航路定期発着日時表 〔船名:因幡丸、鎌倉丸、丹波丸、讃岐丸、阿波丸、佐渡丸、因幡丸、鎌倉丸〕
    濠洲航路定期発着予定表 〔船名:熊野丸、八幡丸、日光丸〕

  ・七福神寶の入船                  曽呂利新左衛門
  ・珍談笑話

 記事中の広告には、キリンビールや白鶴などもある。

  キリンビール    
    本邦麥酒の嚆矢とす 輸入防●の率先なり 世間の好評は嘖々たり 幾多名誉の賞牌を受領せり 滋養の豊富は比類なし
     故にキリンビールは 飲むとは云はず 喰ふと云ふ
  ボックヱール

  〔白鶴の樽の絵〕 此酒ニ限ル

 なお、、裏表紙は西部鉄道管理局の広告「神まいりと温泉行」である。
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