蔵書目録

明治・大正・昭和:来日舞踊家、音楽教育家、来日音楽家、音譜・楽器目録、士官教育、軍内対立、医学教育、林彪、北京之春 

『日本歌劇 お夏狂乱』 関屋楽譜 (1935.11)

2016年02月16日 | 昭和 歌劇、声楽家
 

   NIPPON GRAND OPERA
ONATSU KYORAN (Libretto dal Sig.R.Kawaji)
Compost dalla Sig NA TOSHIKO SEKIYA

            日本初演 東京木挽町歌舞伎座及び大阪朝日会館
                 昭和九年六月下旬ー七月初旬
      川路柳虹作詞
      関屋敏子作曲
  日本歌劇 グランドオペラ お夏狂乱 一幕 (上、下)

   時   元禄時代
   配役
    お夏  関屋敏子
    里の娘 関屋喜美子 同 井上道子 同 藤原欣子 其他
    飛脚  中島ゆり子
   コーラス 其他 大勢

   舞台監督     歌舞伎座
     衣裳     三越衣装部 根岸
   脚色及び振付   関屋敏子
   衣裳及び背景考案 小村雪岱
   オーケストラ指揮 山田耕筰(東京) 高木和夫(大阪)

      梗概

  ・日本語
  ・英訳  牛山充

    日本に於ける第三回長期上演   昭和十年十二月 一日 -  十日迄 日本劇場
                          東京・大阪
                   昭和十年十二月十三日 - 廿二日迄 大坂劇場

       川路柳虹作詞
       関屋敏子作曲
 日本歌劇 グランドオペラ お夏狂乱 一幕 (上、下)
  
   時   元禄時代
   人物
    お夏    関屋敏子
    清十郎   早川雪洲
    女馬子   若柳吉美津
    里の子大勢 杉浦眞美子 若柳光子
    飛脚    のぶ子、ひろ子 其他

   オーケストラ指揮        小松平五郎
   女馬子及び里の子振付  若柳吉三郎
舞台監督           (高峯明) 

 写真二葉
  ・お夏 関屋敏子
  ・関屋敏子
 
 献呈サイン入り     
 
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「関屋敏子 ブロマイド・写真自叙伝」(1931.3)

2012年08月19日 | 昭和 歌劇、声楽家
 

 「Toshiko Sekiya」と読める関屋敏子のサイン入りブロマイドである。13センチ。

  関屋敏子女史略歴 〔関屋敏子発表会チラシより〕

 リリツク・コロラチユソプラク歌手関屋敏子女史は東京お茶の水高等女学校卒業後上野東京音楽学校に入学傍ら伊太利ア・サルコリー氏に就き教授を受く、千九百廿八年 〔昭和三年〕 一月伊太利ミラノ氏コンジネンタールーホールに於て独唱会を開催非常なる絶讃を受け同年二月フローレンス市より招かれ出演成績優秀抜群を以てレオナルド・ダビンチ芸術章を授与さる。
 同年五月世界最高の音楽大学ボロニア音楽大学校より特別卒業証書を授与されたり、西班牙國バロセロナ府に滞在三ケ月リボルノ市高等音楽院マスカニ氏よりデプロマを授与さる。
 千九百廿九年四月墺太利ウインナ府日本公使館よりソワーレに招かれ同国ミクラス大統領及楽聖リカルド・ストラウス博士等の面前に於て歌ひ非常なる讃辞を受く。
 千九百廿九年十二月帰朝東京日比谷公会堂に第一回帰朝発表会を開く。
 千九百三十一年再度の渡航に旅立つ米国経由同年一月米国加洲を初め太平洋沿岸各地に於て六十有余回の独唱会を開く。同年五月廿七日には高松宮殿下御来米にて日米大歓迎会開催に際し御前にて歌ふ。同年九月世界最大ホール・ハリウツド・ボール(四万人収容の大野外劇場)より招請に応じ出演、滞米中の尾崎行雄氏同夜来聴され「四万の人集まりて声を呑み一人の君を聞く秋なりけり」との和歌をものして送らる。
 千九百三十二年一月紐育〔ニューヨーク〕市タウン・ホールに於て独唱会開催、同年三月米国を後に大西洋を一路、伊太利歌の都へ、直ちにボロニア市第一劇場ジウゼ座より招かれて一週間出演、更らにトリノ市を初め其の他の各都市に出演。
 同年六月ミラノ音楽学校定期独唱会に招かれ出演、同年七月ミラノ城内音楽堂に於てラ、スカラ座歌手と共に定期演奏会に出演歌ふ、作曲家の証書と芸術章を共に授与される。
 千九百三十三年仏國パリーに滞在し同年四月仏國パリ日仏協会及び第一会館サラーペリイルに於て独唱会開催。
 同年英国ロンドン日英協会より招かれ独唱会を開く、同十月独逸伯林市日独協会並びに東亜協会に於て歌ふ。其の直後独逸ウーフアー映画社の招きに応じて日本を背景にした「鏡」と題する発声映画に仏語を以て出演す。
 一千九百三十四年第二回帰朝昭和九年七月東京歌舞伎座を始め全国に五十余回独唱会を開く。

 【写真自叙伝】 関屋敏子の巻 〔『サンデー毎日』 第十年 第十一号 昭和六年 〔一九三一年〕 三月八日の20-21頁〕

          
 
 その一
  六歳。幼稚園時代の私です。当時、私の家は小石川の餌差町にありました。父祐之介は郵船会社の秘書役をしてゐました。母愛子は外務省の顧問であつたリゼンドル将軍の長女です。
 その二
  七歳。父と母と一緒に寫した私の最初のプロフイルです
 その三
  八歳の私です。御茶水附属小学校時代。お稚児まげに結つて、祖父リピンドルが明治大帝から下賜の古代錦で謹製した帯をしめて撮つた、私には忘れることのできない写真です。
 その四 
  九歳。私が小学校三年生の時です。卒業式の日に、昭憲皇太后陛下が行啓遊ばされました。その時私は選ばれて唱歌を歌ひました。朗らかに晴れた日で、私は畏れ多いことですが、気高くお美しい陛下の御前で、せい一ぱいの声をはりあげて「春は来た、春は来た」外二三を歌ひました。これが大変よく出来たと皆さまからほめていただきましたので、両親が泣いて喜んでくれました。三浦環さんや小松耕輔先生に導かれて、音楽で身を立てる決心をしたのは、それから間もなくでした。
 その五
  初島田に結つて、そのころ流行のちりめんの被布を着てゐる私と妹喜美子です。私が十七歳、妹が四歳です。

           

 その六
  昭和二年〔一九二七年〕、スペインのヴァルセロナ市オリムピツク座で、リゴレットのジルダーに扮した私です。廿二歳。
 その七
  オペラの「椿姫」に扮した廿三歳の私です。これは欧州各地で、大変に好評をいただいたオペラでした。
 その八
  イタリー、ヴエニスのマリーブランザ座で満員を続けたルチアの舞台姿です、廿四歳の私、
 その九
  イタリー、ボルニア市の大富豪チエナ家の令嬢達と一緒に寫した廿五歳の私です。令嬢たちは日本キモノを着て大喜びです。美術の國イタリーでは、私の持つてまゐりましたキモノは、いたるところで評判でした。
 その十
  欧州から帰朝直後、東京慈恵会で各宮殿下台臨の御前演奏をいたしました記念撮影です。
 その十一
  現在の私廿七歳です。

 

 関屋敏子嬢 告別独唱会 曲目

  時 昭和六年 〔一九三一年〕 一月十八日午後一時 所 県公会堂(大津市三井寺●) 主催 滋賀県大津市高等女学校貞友会


  曲目

   第一部

  1.旅愁 … スコットランド民謡
  2.四葉のクローヴァ … ロイテル作
  3.夜の調べ … グノー作
  ※ 恋はやさしき野辺の花よ

   第二部

  4.カーネーション … ヴァルヴェルデ作
  5.ラ・パロマ … 
  6.アイ・アイ・アイ … スペイン民謡

       休憩

    ピアノ独奏 … デヴィス氏

   第三部

  7.蛍こい … 関屋敏子作
  8.濱うた … 同
  9.江戸子守唄 … 同
  10・野いばら … 同
  ※ 大島民謡 
   
   第四部

  11.歌劇椿姫 … ヴェルデイ作

      伴奏 クラレンス・デヴィス氏

  ※荒城の月

   
  なお。※は、鉛筆の書き込み。

   

 

 表紙には、「世界的声楽家 コロラチュア ソプラノ 関屋敏子 発表会 会場 日本映画劇場 後援 名古屋新聞社 16.4.26版」とあり、裏表紙には、「昭和十六年 〔一九四一年〕 四月廿六日 日劇ニュース 名古屋・大須・仁王門通り 日本映画劇場 編輯兼発行人 伊藤忠晴」とある。18センチ、二つ折。

 ・LIRC COLORATURA SOPRRANO  関屋敏子女史略歴〔写真もあり〕
 ・コロラチュアソプラノ 関屋敏子発表会 伴奏 宮崎斗美子(毎日三曲宛予定公演)」として18曲の作曲者名と題名のリスト
 ・同時上映の音楽映画「楽聖ベートーヴェン」の梗概

 コロラチユラソプラノ
 関屋敏子発表会
   伴奏 宮崎斗美子

   (毎日三曲宛撰定公演)

 ・グノー曲      夜の調
 ・イラジエ曲     パロマ
 ・多曲        宵待草
 ・伊太利民謡     フニクリフニクラ
 ・関屋敏子作曲    野いばら
 ・スペイン民謡    カーネーシヨン
 ・伊太利民謡     麦打ちの唄
 ・瀧作曲       荒城の月
 ・ペルシユ曲     椿姫
 ・関屋敏子作曲   江戸子守唄
 ・シユベルト作曲   セレナーデ
 ・スペイン民謡    アイアイアイ
 ・関屋敏子作曲    潮の岬
 ・スコツトランド民謡 旅愁
 ・歌劇         サタルチヤ
 ・関屋敏子作曲    裏の背土屋
 ・歌劇         ポツカチオ
 ・スコツトランド民謡 故郷の廃屋


 下は、その広告チラシである。

 

 世界的声楽家 コロラチュア・ソプラノ 
 関屋敏子 発表会 
 伴奏 宮崎斗美子 

 最高芸術の大衆への握手! 関屋敏子が最初の劇場進出! 

 26日より 毎日三回公演 グランドショウ 〔昭和16年〔一九四一年〕4月〕

 毎回三曲独唱予定曲

 26日(土) [グノー曲] 夜の調 [イラジエ曲] パロマ [関屋敏子作曲] 野いばら  
 27日(日) [関屋敏子作曲] 江戸子守唄 [伊太利民謡] フリフリフクラ [多曲] 宵待草 
 28日(月)  [伊太利民謡] 麥打ちの唄 [スペイン民謡] カーネーション [関屋敏子作曲] 潮の岬 
 29日(火) [滝作曲] 荒城の月 [シュベルト曲] セレナーデ [ペルシュ曲] 椿姫   
 30日(水) [スペイン民謡] アイアイアイ [スコットランド民謡] 旅愁 [歌劇] サンタルチヤ 
5月1日(木) [関屋敏子作曲] 裏の瀬戸屋〔背戸屋〕 [歌劇] ポツカチオ [スコットランド民謡] 故郷の廃屋 

 主催 関屋後援桜会 後援 名古屋新聞社

 表紙は、「楽聖ベートーヴェン」の〔フランス〕映画広告で、「廿六日より関屋敏子公演と同時上映の画期的音楽映画」などとある。
 裏表紙は、ショパンの「別れの曲 自四月十七日・至四月十九日 監督 ゲツア・フォン・ポルヴァリー ジャン・セルヴエ主演」「狂乱のモンテカルロ 自廿日・至四月二十二日 監督 ハンス・シュワルツ」および「23日より25日まで」「ジーグフリード マルガレーテ・シエーン ハール・ルヒター主演 思ひ出の名解説者特別解説 環耕水」などの映画の紹介および予告である。
 なお、「関屋敏子生誕100年記念特別企画展」が、平成十六年十月九日から十一月二十三日まで、福島県の「二本松市歴史資料館」で開催され、その時のパンフレットには、館所蔵の辞世和歌やオペラの扮装の写真なども掲載されている。
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「吾が巴里よ」 楽譜 宝塚少女歌劇団 (1928.1)

2012年01月25日 | 昭和 歌劇、声楽家
 表紙には、「宝塚少女歌劇公演 吾が巴里よ 岸田辰彌作 高木和夫編曲 Mon Paris 宝塚少女歌劇団発行」とある。奥付には、「昭和二年八月廿八日発行 昭和二年九月五日再版発行 昭和三年 〔一九二八年〕 一月三十日八版発行」などとある。23.5センチ。
 「我が巴里よ  巴里流行名曲より 高木和夫編曲」の楽譜である。

 下は、 MON PARIS!  Musique de JEAN BOYER & VINCENT SCOTTO 1925 の楽譜表紙である。

   

    ホルゲールピアノ御愛用の 宝塚楽長 高木和夫先生 〔『ピアノグラフ』より〕

    

   吾が巴里よ
         岸田辰彌作

 『ひととせあまりの
  永き旅路にも
  つつがなく帰る
  この身ぞいと嬉しき
  めずらしき外国 トツクニ の
  うるはしの思ひ出や
  わけても忘れぬは
  巴里の都
  うるはしの思ひ出
  モン巴里
  我が巴里
  たそがれ時の
  我が巴里
  そゞろ歩きや
  ゆき交ふ人も
  いと楽しげに
  こひのささやき
  あの日の頃の我を思へば
  心はをどるよ
  モン巴里
  我が巴里』

 岸田辰彌君を偲ぶ  福井生

 新星歌舞劇団一度松竹の手を離れて解散して以来、僅かに宝塚少女歌劇と時々楽天地に出現する東京小歌劇団の来訪とに依つて辛くも其歌劇趣味生活の糧を得て居る目下の関西に在つて、私は熟々 つらゝ 私の脳裡に印象されて居る歌劇界の巨人を偲ぶのである。
 其中にあつて殊に私に消し難き深き印象を留めて居るのは嘗 かつ て新星の重鎮であつて現在宝塚少女歌劇団の指導者の一人として重きを成して居らるゝ岸田辰彌君其人に外ならぬのである。
 想へば私が始めて岸田君を知つたのは私が未だ神戸に在住中確か大正五年の春頃だつたと思ふ同君が故高木徳子伊庭孝君等と共に同地聚楽館に於て『桜草咲く丘』『沈鐘』『海濱の女王』の三部を演つて居られた時なのである。
 私は往年ローシー氏指導の下に清水金太郎原信子の諸氏が神戸に来て『天国と地獄』を紹介せられた時始めて泰西の歌劇なるものを見、続いて柴田環、サルコリー両氏の同地トアーホテルに於ける確かカバレリヤ、ルスチカナと思ふ歌劇の一節を聞いて間も無い時だつたので、歌劇なるものに対して私の頭脳は実にナイーヴなものだつたので、其頭で以て高木一座に居られた岸田君に始めて接したものだから同君から受けた印象と云ふものは、実に非常なもので私の歌劇趣味生活の幼年期に於けるその印象と云ふものは抜くべからざるものと成り、爾来私をして深くも岸田君を追慕せしめたものである。
 当時『沈鐘』に於けるハインリツヒを演つて居られた同君を見て私は其日本人に珍しき堂々たる体躯から発するその全く日本人放れのした偉大なる声唱を聞き真に心の底から讃嘆せしめられたのであつた。或偉大なる力に依つて私の全身が観覧席に押へ付けられた如く、私は身動きもせず同君のそのリフアインされた声唱に聞きとれて居た。而も同君は声音のみならず其演技が一挙手一投足と雖も熱に充ち満ちて居てあの神秘劇を何れ丈活かして演ぜられたか分らぬのであつた。
 プログラムは進んで、最後の『海濱の女王』に至つた時、同君は落魄したる一乞食労働者に扮し確か花房静子だつたと思はれる其のお妻さんと英語でデユヱツトを唱はれたが其時の二人の声がピツタリと合つて、同君の立派なバリトンとあの清澄な花房静子のソプラノとの二重唱は私を心から酔はして仕舞つたのである。而も其時の同君の身振の巧妙だつたことは西洋人も跣足 はだし と云ふ程の巧さであつた。
 私は同君が科白 せりふ を使ふ時極めて微かながら外人の発音の如く巻舌的な響(それは同君にとつて実に玉に瑕 きず であると思つた)がするのを気付き、最後に英語の二重唱を聞いた時、余り其発音が良いので体躯の堂々たる所と言ひ、私は同君はてつきり混血児たるに相違なしと決めて仕舞つたのである。所が豈計らんや其後屡々新星に於て同君を見、種々なる事情よりして同君が純乎 じゆんこ たる日本男児なることを知つて私は独り窃 ひそ かに苦笑せざるを得なかつたのである。此事実は私に同君が確かに非凡の天才たるを力強く感得せしめた、私は日本人で同君程の声唱家に嘗て出会はなかつたので真に日本一だと思つた。久しく同君のお声に接しないが今でも此の私の感は其儘胸に藏されて居る。嗚呼何うかしてもう一度同君のあの声唱と演技とに接したいものだ。
 兎も角当時私は同君を私の歌劇趣味生活に於ける秘かなる恋人の如く思つて再会の日を只管 ひたすら に待つて居たのであつた。
 其内私は大阪に転住した、夫 それ は大正六年の秋だつた、確かその翌年の春頃だと思ふ道頓堀を歩いて居る弁天座に新星歌舞劇団が掛つて居て其中に計らずも同君の名前を見出したのである、その時の私のハートのときめきと云ふものは全く久しく逢はなつた愛人のゆくりなくも邂逅した時と異らず、私の歓喜といふものは譬 たと ふるに物なき状態だつた。私は前後も知らず劇場に飛んで這入つた、そして天国と地獄、スヱンガリーなどを見て私の期待は十分に酬ゐられ、益々同君に対する私の敬慕の念は増して行くのみであつた。併し新星は何時も大阪丈は流星の夫 そ の如く慌 あはたゞ しく通り過ぎて行くので、我々歌劇愛好者に取つて頗る物足らず、殊に私は沁々 しみじみ 同君の芸術に親炙 しんしや するとを得なかつたのは非常に遺憾に思つた。所が大正八年の五月大阪を打上げて京都でやられるといふ事を聞いたので、私は同劇団の夷座にかかつて居る間、殆んど毎日曜大阪から態々 わざゝ 通 かよ ひ詰めたのであつた。そして同劇団は同君夫妻を始め高田雅夫氏夫妻花房静子其他有為の諸氏を網羅して実に堂々たる大歌劇団を形成して珍しく内容の充実した立派なものであつた、私は過去に於て、此時期の新星程男優も女優も花形が揃つて豊富な充実したる歌劇団は絶後とは行かざるも真に空前と言つても過言では無からうと思ふ。私は今日迄の歌劇発達史中の黄金時代と讃美したいのである、あの華麗壮快なるハンガリヤン、ダンスの如き、私は其光景が未だに眼前に髣髴 ほうふつ とするのである。

 上の文「岸田辰彌君を偲ぶ」は、大正十年 〔一九二一年〕 五月一日発行の『歌舞』 五月号 第三年 第五号 に掲載されたものである。

 

 表紙には、「パリゼット 白井鉄造作歌・高木和夫編曲」とある。奥付には、「昭和五年七月五日発行 昭和五年 〔一九三〇年〕 八月三十日再版」などとある。23センチ。
 「パリゼット ウォルター作曲 高木和夫編曲」の楽譜である。歌詞は、一、二、がある。
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『長門美保』 長門美保音楽研究所 (1939.3)

2011年10月01日 | 昭和 歌劇、声楽家
   

 表紙には「長門美保」、裏表紙には「M.Nagato」とある。奥付には「昭和十四年 〔一九三九年〕 三月三日発行 発行所 長門美保音楽研究所」などとある。25.5センチ、4頁。

 長門美保略歴

  彼女は幼少より既に楽才に恵まれ、成長するに及んでその天禀の美声を磨くべく、日本女子大学校附属高等女学校より上野の東京音楽学校本科声楽部に入学した。
  芸術に対する燃える様な真面目な勉強振りは、直ちに当時の声楽主任故船橋教授に認められ、特に熱心な薫陶を受け、益々声楽への研究に邁進した。上級に進んでは、外人教師のネトケ・レーヴェ氏及びウーハー・ペニッヒに師事し、稀に見る豊かな声量は外人教師を驚かし、その天分を寵愛せられ、特に学生として例外の在学中の抜擢を受けて、日比谷公会堂に於ける音楽学校春期演奏会に、マーラー第二シンフォニーのソプラノのソロを音楽学校オーケストラ伴奏、ブリングスハイム氏指揮の許に歌ひ、一躍楽界の注目を牽き、此処に彼女の輝かしい将来が力強く約束された。
  昭和八年四月、優秀なる成績にて卒業の際には畏くも秩父宮妃殿下、高松宮妃殿下の御台臨を仰ぎ、御前演奏の光栄に浴した。卒業後はマリア・トル女史に師事して、オペラ歌手として一層の勉励を惜まなかった。
  続いて読売新聞社主催のオール日本新人演奏会に母校を代表して出演好評を博し忽 たちま ち楽界の寵児となり、引き続き第三回音楽コンクールに参加、見事声楽部第一位に入賞し、いよゝその実力を発揮して華々しく楽壇にデビューした。
  斯くて堂々と第一線に乗り出して確固たる地位を占めた彼女は、東京に於ける演奏会はもとより、ラヂオ放送に、トーキー映画に、地方演奏会に出演、到る処で絶讃を博し、声楽界に万丈の気を吐いてゐる。
  昭和十一年五月、日比谷公会堂に於ける彼女の第一回の独唱会の如きは超満員の盛況にて、その声量の豊富、音程の正確さに、各批評家は心よりの拍手を送って彼女を激賞した。
  昭和十二年六月の第二回独唱会は、前回にも増して素晴らしい出来栄えで満場の人々を魅了した。
  この他、主なる音楽会を二つ三つ挙ぐれば、昭和十年六月有楽座開場記念のオペレット『シューベルトの恋』に出演。
  昭和十二年十一月及び昭和十三年四月の二回に亙って、ヴェルディのレクイエムのソプラノのソロを新交響楽団伴奏ローゼンシュトック氏の指揮にて出演。
  昭和十三年の五月には日比谷公会堂に於て、新交響楽団の伴奏で歌劇『パリアッチ(道化師)』の主役ネッダに扮してその大膽な巾のある熱技は大いに歌劇歌手として迎へられた。
  現在キング専属のクラシック専門の堅実なる歌手として、家庭に、教育界に多数のファンを有し、最近のものには『世界子守唄名曲集』などがある。
  家に在つては多くの弟子を養成し、又M・Nサークル女声コーラスを主宰し、東宝映画俳優の声楽指導にも当り、此処彼処の音楽会に出演する等、各方面に活躍しつゝ常に己が研鑽を怠らず一意声楽に精進してゐる。

 写真

    

 ・ジェルマン・シェツクス氏と共演の音楽会打合せ。(星ヶ岡茶寮にて) 〔上左〕
 ・愛国行進曲発表会に於ける記念撮影(後列中央が長門嬢)
 ・第一回独唱会〔昭和十一年五月 日比谷公会堂〕スナップ(A)
 ・同(B)
 ・第一回独唱会に各方面より贈られた花環・花束に埋まった長門美保嬢 〔上右〕
 ・立錐の余地もなく詰めかけた大聴衆(第二回独唱会〔昭和十二年六月〕)
 ・第二回独唱会に熱唱する長門嬢(コーラス門下生)
 ・大阪朝日会館に於て、オーケストラ伴奏で独唱する長門嬢
 ・下写真は歌劇『道化師』に出演〔昭和十三年五月 日比谷公会堂〕して絶讃を博した長門嬢の舞台スナップ(右第一幕・左第二幕)

 長門美保短評

  山田耕筰、堀内敬三、野村光一、大田黒元雄、牛山充、伊庭孝、塩入亀輔

 目覚しい進境ー長門美保独唱会を聞く     大田黒元雄 (昭和十一年五月九日附東京朝日新聞朝刊より)

 ほかに、キングレコードの長門美保独唱傑作盤の広告がある。 

 なお、『私の履歴書 14 文化人』の本人の回想によれば、戦艦長門に招かれ、東京湾を一周したとのことである。
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『歌聖 関屋敏子女史』 (1942.3)

2011年09月28日 | 昭和 歌劇、声楽家
 表紙には、「歌聖 関屋敏子女史」とあり、奥付には「昭和十七年 〔一九四二年〕 三月二十八日発行」とある。18.5センチ、写真3頁・序(今澤茲海・久保田榮吉)、目次、本文など230頁。函欠。
 内表紙裏には、関屋敏子の辞世の句がある。

  国宝の名をかふむりしほまれ思へば 
          わが名は我のものならずして

  現身の身は消ゆるとも永久に 
          光に生きん我名我魂
 
 口絵 〔写真 題辞4葉、関屋敏子7葉〕

・徳富蘇峰先生題辞 「其音玲瓏其人如玉」
  ・頭山満先生題辞
  ・荒木貞夫閣下題辞
  ・荒木照定猊下題辞  

  ・長唄しづはた帯一人唄ひのうしろ姿と前すがた(八歳)
  ・三浦環女史の送別演奏会の時、母のゆひ上げたチゴワで独唱(十一歳)
  ・(十四歳)
  ・初めて着た洋服は自分で作つたもの(十八歳)
  ・二十歳
  ・二十二歳
  ・二十三歳

 文中の写真

  ・御前演奏時当時の服装
  ・鶴亀と越後獅子を唄つた時
  ・母のゆひ上げたチゴワ
  ・環女史の送別演奏の時
  ・友情に篤き同級生。音楽会開催の発起人諸姉
  ・報知講堂にのステーヂに起つた女史

   

  ・母にさとされてゐる女史
  ・カヅラがなかつたから自分で髪を結つて
  ・ラ・スカラ座(主役)の「椿姫」に扱した敏子女史
  ・スペインに於けるラ・スカラ座のプリマドンナとしての女史の服装
  ・敏子女史の右ミクラス大統領、大野公使夫人
  ・右から大野公使、シュトラウス博士、敏子女史、デットヘン博士、大野夫人、関屋祐之助氏
  ・〔関屋敏子の写真・記事開催のイタリアの新聞〕
  
     

  ・帰朝歓迎会で独唱の女史
  ・トーキーに「子守唄」の歌ふ女史
  ・排日の策源地で決死演奏の女史
  ・この大ホールに日本人として出演せしは女史一人。排日のアメリカ何ものぞ。芸術をもつて四萬人を威圧す。
  ・尾崎行雄翁が女史に贈つた御詠歌

    四よろづの人集りて声を呑み一人の君を聞く夜なりけり

  ・歌舞伎座で上演せし自作の「お夏狂乱」に扮した女史
  ・訪日イタリー使節団歓迎歌を演奏する女史
  ・遠来の旧知に接して欣ぶ女史
  ・敏子女史の霊前に供へた環女史の手紙 〔色紙〕

    歌に生き うたに死につる 関屋敏子 名は傳わらん 幾千代までも  三浦環
  
  ・やさしくて女史に慕はれた乳母の松岡ナカさん
  ・日本着物で「お蝶夫人」を演ずるダルモンテ女史
  ・ようこそと外賓を劬れる関屋女史
  ・〔自ら写字した観音経の〕とびら
  ・〔同〕表紙
  ・写字の経文と手蹟
  ・恩師 〔アドルフオ・サルコリー〕 の墓前に額づく敏子女史

 目次

 ・敏子女史の生立ちと御前演奏
 ・三浦女史の懇望と輝くデビュウ
 ・天才がわざはひして音楽学校に訣別
 ・サルコリー師につき血涙の精進 
 ・更生の凱歌に栄冠輝く
 ・病床の慈母に激励され憧れのイタリーへ
 ・ブロニア大学のデイプロマを獲得し一躍世界的歌手と謳はる
 ・スカラ座の試験にパスし、マスカーニ大学のデイプロマを得る
 ・ビクターの赤盤に吹つ込み、オペラの最高殿堂のリヽコに出演
 ・晴れの帰朝と画期的な成功
 ・わが国最初の本格オペラ
 ・わが国最初のトーキー出演と、烈々たる民族意識
 ・再び渡欧し、排日の米国で日本女性の意気を昂揚
 ・高松宮殿下の御前演奏と、野外劇場に於て四万人の聴衆魅了
 ・自作の「お夏狂乱」を発表し、日本オペラの精髄を発揮
 ・盟邦イタリーに報ひる友情
 ・傷病将士慰問と一部戦線慰問巡演
 ・芳魂永遠に香ぐはし
 ・隠徳の敏子女史
 ・敏子女史の孝心
 ・熱烈なる愛国の歌手
 ・国民外交の選手としての女史、米の排日を抑ゆ
 ・日本色で世界的流行を支配す
 ・外賓を劬ふ
 ・歌魂永久に生く、揣摩憶測を止めよ
 ・女史の悲報に寄せられた追憶文、弔辞、弔文の一部
 ・敏子女史の人格
 ・敏子女史の温情

 

 関屋敏子の色紙に書かれた和歌一首である。
 なお、同じ和歌は、『世界のプリマドンナ ~その栄光の日々~』(関屋敏子生誕100年記念特別企画展 二本松歴史資料館 平成16年〔二〇〇四年〕)にもある。
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「ガリクルチ女史大音楽会」 帝国劇場 (1929.4-5)

2011年07月18日 | 昭和 歌劇、声楽家
 
 

 アメリータ・ガリ=クルチ(AMELITA GALLIーCURCI)の帝国劇場公演の宣伝ポスターである。この公演は、昭和四年 〔一九二九年〕 四月二十六・二十八日・三十日の三日間行われた。38.5センチ。

 世界的大声楽家 ガリクルチ女史大音楽会 四月廿六日廿八日卅日 三日限 毎夕七時半開演 毎夕番組変更 世界音楽会の女王ガリクルチ女史竟に来る! 得意中の得意の歌曲を携へミ三日間限演唱!!斯の得難き機会を遁し給ふ勿れ!!! ●特権を速かに御利用あれ● 御入場料 一・二階 十円 三階席 五円 特権 来る廿五日迄にお買ひ求めに限り 一・二階を金八円に 三階席を金三円に 特定割引を致します 丸の内 帝国劇場

 

 表紙には、「世界的大声楽家 ガリクルチ女史大音楽会(三十日)番組 帝国劇場 昭和四年四月廿六日・廿八日・卅日(三回) 毎夕七時半開演 毎回辨組変更」とある。17.8センチ、三つ折れ。

 第三夜 (四月三十日・火曜日)

     コロラチュラ・ソプラノ  アメリータ・ガリクルチ〔ガリ=クルチ〕女史 
     ピアノ  ホーマー・サミュエルス氏 
     フルート ルイージ・アルベルギーニ氏

  一、a  アモロージ ミエイ ジョルニ ‥‥ ドナウディー
     b  いさゝ川           ‥‥ パラディージ
  二、歌劇『ディノラ』中の叙唱と華想調 ‥‥ マイエルベーア
  三、美しき物まね鳥(フルート助奏付) ‥‥ ビショップ
  四、a  静けき時 ‥‥ スタウブ
     b  西班牙のセレネード ‥‥ ビゼー
     c  森の静けさ  ‥‥ レーガー
     d  歌劇『リゴレット』中のジルダの歌‥ヴェルディー

             休憩

  五、ピアノ独奏(サミュエルス氏)
    a  ミヌエット ‥‥ シューバート
    b  リキ チキ テーヴィ ‥‥ スコット
    c  ポロネーズ アメリケン ‥‥ カーペンター
  六、a  雨夜の子守歌 ‥‥ ハミルトン
    b  セヴィルの小鐘 ‥‥ サミュエルス
    c   私は今日自分の仕事をやる心算だつた ‥‥ モーリー
  七、歌劇『ハムレット』中のオフィリア狂乱の場(フルート助奏付)‥トーマ

 スタインウエーピアノ使用(芝三田竹内楽器店提供)

 

 アメリータ・ガリ=クルチの帝国劇場での告別公演の宣伝ポスターである。昭和四年五月十二・十九日の二日間のようである。26.5センチ。

 世界的大声楽家 ガリクルチ女史告別大音楽会 五月十二日十九日(日曜)両日 番組変更 午後一時半開演 マチネー  売切れぬうちにお早くお求め下さい -この二回限りで愈々帰米- 何と云っても世界第一の大歌手 これをお聴きにならぬのは一生の御損 御入場料 一・二階席 金八円 三階席 金三円 丸の内 帝国劇場

 

 表紙には、「世界的大声楽家 ガリクルチ女史告別大音楽会番組 帝国劇場 昭和四年五月十二日マチネー(午後一時半開演)」とある。17.6センチ、三つ折れ。

   五月十二日番組

      コロラチュラ・ソプラノ   アメリータ・ガリクルチ女史
               ピアノ  ホーマー・サミュエルス氏
               フルート ルイージ・アルベルギーニ氏

 一、イ、君若し我れを愛し給はば      … ペルゴレーゼ
   ロ、眠りて居ませ           … ドナウディー
 二、歌劇「夢遊病の女」中のアミーナの歌  … ベルリーニ
 三、みそさざい(フルート助奏付)     … ベネディクト
 四、イ、閑居               … ヴォルフ
   ロ、ボレロ              … デリーブ
   ハ、ソルヴェイジの歌(「ペール・ギュント」の一節) … グリーク
   ニ、歌劇「セヴィルの床屋」中の音楽練習曲ー主題と変唱(フルート助奏付) … プロッホ

         休憩

 五、ピアノ独奏(サミュエルス氏)
   イ、前奏曲              … ビーチャー
   ロ、夜想曲              … グリーク
   ハ、ル プリュ ク ラント      … ドゥビュッシー
 六、イ、拉芬花 ラヴエンダー や、拉芬花!… ヂャーマン
   ロ、庭にて思へる           … サミュエルス
   ハ、愛らしき小鳥           … ブッヅィ・ペッチア
 七、歌劇「ディノラ」中の対影アリア(フルート助奏付) … マイエルベール

     スタインウエーピアノ使用(芝三田竹内楽器店提供)      

      Program

         Sunday, 12th. May, 1929

 Ⅰ.a. Se tu m`ami    ‥‥ Pergolese
   b. Dormendob stai  ‥‥ Donaudy
 Ⅱ.Come per me sereno, from “Sonnambula” ‥‥ Bellini
 Ⅲ.La Capinera (the Wren)(with flute) ‥‥ Benedict
 Ⅳ.a.Verborgenheit   ‥‥ Wolf
   b.Bolero       ‥‥ Delibes
   c.Solvejg Song, from “Peer Gynt”   ‥‥ Grieg

      INTERMISSION

 Ⅴ.a.Prelude      ‥‥ Beecher
   b.Nocturne      ‥‥ Grieg
   c.Le plus que lente ‥‥ Debussy
       Mr.Samuels
 Ⅵ.a.Who`ll buy my Lavender  ‥‥ German
   b.Garden Thoughts      ‥‥ Samuels
   c.Little Birdies   ‥‥ Buzzi-Peccia
 Ⅶ.Shadow Song, from “Dinorah”(with flute  ‥‥ Meyerbeer

   Next Recital by Madame Galli-Curci will be held on 19th. May, Matinee, changing all programs.

           Steinway Piano Used :
       Agent : Takeuchi Gakkiten, Tokyo

 下は、ガリクリチのブロマイドで、左から3枚目は「ルチアの狂乱」、4枚目は「椿姫」である。

        
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『長門美保独唱会』 第一回・第二回 (1936、37)

2011年07月13日 | 昭和 歌劇、声楽家
 表紙には、「長門美保独唱会 〔昭和十一年:一九三六年〕 五月七日(木曜)七時半開演 日比谷公会堂」などとある。長門美保の第一回独唱会のパンフレットである。22.5センチ、14頁。

 

 プログラム

 第一部

 1 a)歌劇『タンホイザー』より ‥‥ ワグナー     ※歌詞は独逸語で、歌はれます
          歌の殿堂
   b)歌劇『魔弾の射手』より  ‥‥ ウェバー     ※独逸語で
          アガーテの詠唱
 2 イ)久方の          ‥‥ 信時潔       ※紀友則歌
   ロ)晝の夢(ヴァイオリン助奏附) ‥‥ 梁田貞   ※高安月郊詩
 3 七つのスペインの唄      ‥‥ ファイア     ※西班牙語で
     1.エル・パアニヨ・モルーノ
       2.セギディリア・ムルシァーナ
          3.アストゥリヤーナ
             4.ホータ
                5.カンション
                   6.ポーロ
        -休憩-
 4 a)アヴェマリア(ヴァイオリン助奏附) ‥‥ グノー ※羅甸語で
   b)小夜曲          ‥‥ シューベルト    ※独逸語で
   c)野ばら          ‥‥ シューベルト     ※独逸語で
   d)小夜曲          ‥‥ シュトラウス     ※独逸語で
 5 イ)夕かけて恋やすべなく   ‥‥ 伊藤昇     ※城左門詩
   ロ)むらさき         ‥‥ 山田耕筰      ※深尾須磨子詩
   ハ)城ヶ島の雨        ‥‥ 山田耕筰     ※北原白秋詩
 6 歌劇『アイーダ』より     ‥‥ ヴェルデイ     ※伊太利語で
       勝ちて帰れ
 7 歌劇『パリアッチ』より    ‥‥ レオンカヴァロ  ※伊太利語で
      鳥の歌         
                 ピアノ    高木東六
                 ヴァイオリン 疋田小枝子

 なお、著名人による推薦文は以下の通りである。

 ・超弩級艦ナガト ‥‥ 山田耕筰
 ・リリー・ポンスのように ‥‥ 堀内敬三
 ・上野出身の傑作 ‥‥ 伊庭孝
 ・新星 長門美保 ‥‥ 大田黒元雄
 ・強い個性的歌手 ‥‥ 牛山充
 ・借金の出来る人 ‥‥ 増澤健美
 ・長門さんの事  ‥‥  鹽入龜輔



 表紙には、「長門美保・独唱会 日比谷公会堂 〔昭和十二年:一九三七年〕 六月八日(火)夜七時半開演 会員券 三圓・二圓・一圓」などとある。長門美保の第二回独唱会のプログラムである。22.3センチ、二つ折。

          第一部

  1. a)オペレット「レデーX」より   … エドワード
          “ラヂオリード”
    b)オペレット フラスキータ」より … レハール
          “フラスキータリード”
  2. イ)待宵草             … 山田耕筰
    ロ)夢の家             … 山田耕筰
    ハ)黴               … 橋本國彦 
                         (伴奏橋本國彦)
    ニ)田植歌             … 橋本國彦
                         (伴奏橋本國彦)
  3. a) 歌劇「トスカ」より        … プツチーニ
        “歌に生き恋に生き”
    b) 歌劇「ルイーズ」より       … シヤルパンテイエ
        “ルイーズの詠唱”

          第二部

  4.(合唱付)
     バラ色の空に歌ふ春の歌      … 伊藤昇
  5. 愛の歌(七曲)            … ドボルザーク
  6.「夜の鶯」より             … グローテ
      “夢に見るは君一人”

          ピアノ伴奏  竹村参郎
          合唱     門下生

 また、「◇音◇楽◇評◇  目覚ましい進境 …長門美保独唱会を聴く… ー太田黒元雄ー (昭和十一年五月九日附東京朝日新聞朝刊より)」がある。
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『宝塚レビュウ主題歌集』 (1936.9)

2011年06月05日 | 昭和 歌劇、声楽家
 宝塚レビュウ主題歌集 第壱輯 有楽堂蓄音機店発行

   【非売品】 昭和拾壹年 〔一九三六年〕 九月十五日 発行者 道源菊枝

 内容は、歌詞〔楽譜はない〕・配役やコロムビア・レコードの番号・扮装写真などである。

 目次 〔一部は、内容で補足、番号はレコード番号〕

 ・モン巴里 花組スター蓮 二五七二二    
 ・宝塚行進曲  花組スター蓮 二五七二二


 ・レヴュー「パリゼット」 月組生徒
 (1)パリゼット 二五九六五  
 (2)すみれの花咲く頃 二五九六五
 ・レヴュー「パリゼット」 宝塚少女歌劇月組生徒 
 (3)モンパルナス 二五九六六
 (4)恋!あやしきは恋 二五九六六

 ・TAKARAZUKA 雪組生徒 二六〇〇六

 ・君の御手のみ、マダムの唄 雪組生徒 二六〇〇六

 ・デイガデイガデウデウ 雪組生徒 二六〇〇七

 ・恋のスポーツ 雪組生徒 二六〇〇七

 ・シャンソン、ダムール (二つの愛の唄) 二六六八四

 ・お夏笠物狂 (盆踊りの唄) 花組生徒

 ・花詩集 宝塚少女歌劇大レヴユー『花詩集』 独唱 葦原邦子 合唱 〔七名省略〕二七六七七 
 ・野菊可愛いや 『花詩集』 独唱 二七六七七
 ・鈴蘭の歌 『花詩集』 独唱 葦原邦子 二七六七八
 ・『花詩集』 大将となるにも 独唱 三浦時子 合唱 〔八名省略〕 二七六七八

 ・「太平洋行進曲」主題歌 甲板洗ひの歌 独唱 葦原邦子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二七八八一
 ・宝塚少女歌劇『太平洋行進曲』主題歌 平壌よいとこ 独唱 葦原邦子 二七八八一

 ・「トウランドツト姫」 主題歌「春の唄」独唱 草笛美子 二七八八二
 ・「トウランドツト姫」 アラビヤの歌 独唱 夕張ゆさ子 古八重子 合唱  宝塚少女歌劇団声楽専科生 二七八八二
 ・「トウランドツト姫」 支那祭 独唱 草路潤子 壽三千代 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二七八八三
 ・「トウランドツト姫」 ホテル・ペキン 独唱 櫻井七重 二條宮子 二七八八三
 
 ・宝塚少女歌劇ノン ストツプ レヴュー ジャブ ジャブ コント 独唱 葦原邦子 同 明津麗子 同 三浦時子 二八〇五〇
 ・宝塚少女歌劇ノン ストツプ レヴュー ジャブ ジャブ コント 湯の町 三浦時子 響千鈴 二八〇五〇
 ・宝塚少女歌劇ノン ストツプ レヴュー ジャブ ジャブ コント 湯もみ音頭 大空ひろみ 汐見洋子 二八〇五二 
 ・『ジャブ ジャブ コント』 夢のワルツ 葦原邦子 二八〇五二

 ・宝塚少女歌劇オペレットレヴュー『野すみれ』主題歌 独唱 二條宮子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八一二〇
 ・『野すみれ』 夢の花 独唱 独唱 草路潤子 独唱 壽三千代 二八一二〇
 
 ・宝塚少女歌劇『宝塚娘祭り』 春ぢや春ぢや 独唱 三浦時子 二八二六二
 ・宝塚少女歌劇『宝塚娘祭り』 黒船の唄 独唱 草笛美子 二八二六二

 ・流線美の春 宝塚少女歌劇流線型レヴユー 『春のをどり』主題歌 二條宮子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八三三三
 ・杓文字踊り 宝塚少女歌劇流線型レヴユー 『春のをどり』主題歌 草路潤子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八三三三

 ・静けき海 宝塚少女歌劇レヴユー『明け行く太平洋』主題歌 藤花ひさみ 八千代治子 二八三七四
 ・進め銃後の花 宝塚少女歌劇レヴユー『明け行く太平洋』主題歌 夕張ゆさ子 一條京子 二八三七四
 ・おゝニューヨーク 宝塚少女歌劇レヴユー『明け行く太平洋』主題歌 大空ひろみ 久美京子 二八三七五
 ・花売り娘 宝塚少女歌劇レヴユー『明け行く太平洋』主題歌 草路潤子 芝惠津子 二八三七五

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『モオン・ブルウメン』主題歌(罌粟の花) 夢のハンガリア 独唱 二條宮子 合唱 宝塚少女歌劇団月組生徒 二八四一六
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『モオン・ブルウメン』主題歌(罌粟の花) マイネ・ママ 独唱 轟夕起子  合唱 宝塚少女歌劇団月組生徒 伴奏 宝塚管絃楽団 二八四一六
 
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 主題歌 独唱 葦原邦子 三浦時子 合唱宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八五〇三 
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 クリステイーヌ 独唱 葦原邦子 二八五〇三
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 夢はシャボンの泡 独唱 葦原邦子 二八五〇四
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 巴里 独唱 三浦時子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八五〇四
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 ホノルル 独唱 三浦時子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 二八五〇五
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『マリオネツト』主題歌 御用心 独唱 櫻井七重 二八五〇五

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ワルツの女王』 さらば愛(いと)しの友よ 草笛美子 合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 伴奏 宝塚管絃楽団 二八五四二
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ワルツの女王』 主題歌 藤花ひさみ  合唱 宝塚少女歌劇団声楽専科生 伴奏 宝塚管絃楽団 二八五四二

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『花詩集』姉妹編 ミュージツク・アルバム ミュージツク・アルバム 三浦時子 橘薫 葦原邦子 二八七三〇  ・宝塚少女歌劇レヴユー『ミュージツク・アルバム』主題歌 アルミタ 独唱 草笛美子 二八七三〇
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『花詩集』姉妹編 『ミュージツク・アルバム』主題歌 主題歌 三浦時子 葦原邦子 合唱 花組及声楽科専科生 二八七三一
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『花詩集』姉妹編 『ミュージツク・アルバム』 夢の日本 独唱 葦原邦子 二八七三一
 ・何故?何故? 独唱 三浦時子 二八七三二
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『花詩集』姉妹編 『ミュージツク・アルバム』 恋!バラの花か 独唱 久美京子 二八七三二

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『宝塚忠臣蔵』主題歌 忠臣蔵小唄 唄 三浦時子 合唱 宝塚少女歌劇声楽専科生 二八七九八
 ・レヴユー『宝塚忠臣蔵』主題歌 馬子唄・タンゴ(東下りの唄) 唄 三浦時子 二八七九八

 ・宝塚少女歌劇レヴユー 春の踊り『お雛番附』主題歌 お雛小唄 独唱 葦原邦子 合唱 宝塚少女歌劇団 二八八四五
 ・宝塚少女歌劇レヴユー 春の踊り『お雛番附』主題歌 これが真実(ほんと)の心なら 独唱 芝惠津子 二八八四五

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『モンテクリスト伯爵』主題歌 フアラオン丸 明津麗子 宝塚少女歌劇団月組声楽科専科生 二八九三三
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『モンテクリスト伯爵』主題歌 海よ静かなれ 轟夕起子 美空暁子 二八九三三

 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 ボンジユール 独唱 三浦時子 合唱 宝塚音楽歌劇学校声楽専科生 二九〇二六
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 吾が愛の花 独唱 葦原邦子 二九〇二六
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 マドモアーゼル 独唱 三浦時子 合唱 宝塚音楽歌劇学校声楽専科生 二九〇二七 
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 歌にのみ 独唱 葦原邦子 二九〇二七
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 村の酒場 独唱 三浦時子 合唱 宝塚音楽歌劇学校声楽専科生 二九〇二八
 ・宝塚少女歌劇レヴユー『ラ・ロマンス』主題歌 野ばら咲きぬ 独唱 藤花ひさみ 二九〇二八
    
     -終り-
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