蔵書目録

明治・大正・昭和:来日舞踊家、音楽教育家、来日音楽家、音譜・楽器目録、士官教育、軍内対立、医学教育、林彪、北京之春 

「河上鈴子嬢」 (1924、25、34、51)

2014年03月10日 | 洋舞家
     

 上の3枚は、いずれも『国際画報』 第三巻 第十二号 十二月号 大正十三年 〔一九二四年〕 に掲載されたものである。

 ・得意のトーダンス 〔左〕
 ・鈴子嬢のルシヤンダンス 〔中〕
 ・鈴子嬢のスパニツシユダンス 〔右〕

 異国に咲く大和なでしこ 上海で人気を集める河上鈴子嬢

 支那が今の様に戦禍につゝまれない前 否その第一発の砲声が発せらるゝ直ぐ前迄大連天津上海等のステージで外人の人気を集めてゐたバレーの名手があつた。名は河上鈴子と云つて彼女が所有する豊満な肉体と得意のバレーとは内外人賞讃の的となつて彼女の現はるゝ演技場は連日空席を見る事がなく異国に咲く大和撫子の上に成功と歓喜の光は投げられ、彼女の芸はその一日一日に世界的価値を認められて行つたと云ふ事である。

 河上鈴子さんは、七才の時オースタリヤのケルピー夫人についてバレーを習ひ、後世界的大舞踊家アンナ、パヴロヴ女史の師コルチエスキー夫人に就いて七年間の苦心を重ねてステージに登る事を許されたそうである

   

 上の2枚は、いずれも、『サンデー毎日』 第四年 第廿二号 大正十四年 に掲載されたものである。

 
 ・表紙:〔河上鈴子の舞踊姿と思われる。〕〔左〕
 ・見返し:上海から帰朝した舞踊家川上鈴子〔河上鈴子嬢〕 〔右〕

 

 河上鈴子秋季新舞踊発表会

  於・神宮外苑 日本青年館  昭和九年 〔一九三四年〕 十二月一日(土曜日)午後七時開演

 ・プログラム

  第一部

 1.タンバリンの踊 サラサーテ作曲  竹内良子・天内節子・木下春子
 2.グロツブ             若山洋子
 3.セーラーダンス          大川誠子・大川澄子・大川房子・大村昭子
 4.ハワイアンダンス         若井静江
 5.戯れ      ザメックニック作曲 若井博子
 6.春の歌     デリブス作曲   吉村彌生
 7.ワルツ     シュトラウス作曲 歌町京子
 8.泉の辺り    フランケ作曲   若山洋子・大川房子・若山博子・若井静江・竹内良子・天内節子・木下春子・吉村彌生

     -(休憩)- 15分

  第二部

 1.スパニッシュ・ダンス(第一番)モスコウスキー作曲 河上鈴子
 2.ラ・パテフロー        デリブス作曲    河上鈴子
 3.習作             ジェンセン作曲     〃
 4.ピアノ独奏(題未定)イベリア アルベニツ 鈴木まさを
 5.瀕死の白鳥          サンサーン作曲   河上鈴子
 6.タンゴ・スパニヨール     アルベニッツ作曲  河上鈴子
 7.嵐              ウェーバー作曲     〃
 8.ジュエット          デリブス作曲    河上鈴子 守田進

                         以上

        振付並に衣裳考案 河上鈴子
        ピアノ伴奏及独奏 鈴木まさを
        舞台照明     小畑敏一 穴澤喜美明

   河上鈴子舞踊研究所・京橋区銀座六丁目四ノ七.下野ビルヂング四階    ※ 青字は、書き込み

 

 河上鈴子 舞踊公演 DANCING RECITAL  by Madam Kawakami

  1951年10月14日 午後7時開演 帝国劇場 Imperial theatre

 

  河上鈴子

   河上先生略歴

 七才の頃より上海にてオーストラリヤ人マダム・ケルビーに民族舞踊の研究に師事す
 十三才より十八才迄ロシヤ帝室舞踊学校教師マダム・コルチユスカヤについて純ロシアンバレエについて研究され
 十八才頃より欧米各国に渡ってリサイタル並に有名劇場のプリマバレリナとして活躍され渡仏の折世界的スパニッシュダンサーマドモアゼル・テレジナに指導を受けられた後南米各国舞踊行脚された。
 日本へ帰られてからは日本劇場並に劇場附属舞踊学校主任教授として活躍された。先生の教へ子には今一流の舞踊家及び振付家が無数に数えられるのであります。

   

 第五部 ソロ

      河上鈴子
  ギター 壽樂光雄
  ピヤノ 若林五百子

 1.ボレリヤス
 2.タンゴ
 3.ホター
 4.ジプシー
 5.セレナータ
 6.闘牛士の幻想

  河上鈴子舞踊研究所 

    東京都世田谷区玉川奥澤町3丁目27番地 大井線 九品仏駅下車
            
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「伊藤道郎舞踊団」公演 大阪・京都 (1931.4-5)

2014年02月21日 | 洋舞家
 

 MICHIO Program Dance Performance
 「伊藤道郎舞踊団」公演


   Assiting Artist
   Hazel Wright
   Hjordes Furu
   Ruth MacChesney
   Betty Jordan
   Marjorie Booth
   Betty Phipps
   Teru Izumida
   Zora Leavitt
   Waldeen Falkenstein
   Jeree
   Chares Teske    

  〔昭和6年:1931年〕4月29日 30日 於 朝日会館
                    午後7時
              5月1日 於 京都市公会堂

  

         ー【プログラム】ー

 (1)「エクスリヂアスティック」 … チャイコフスキイ曲 
       ヘエゼル・ライト ヤアデス・フルウ ルス・マクチェスニイ 
       ベテイ・ジョウダン マアジョリイ・プウス ベテイ・フィップス
       テル・泉田 ゾラ・レヴエット ワルデイイン・フォルケンシュタイン
                              (振付 伊藤道郎)
 (2)「前奏曲」作品11 … スクリアビン曲
       ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
 (3)「テオドラ」 … フリムル曲
       ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 マイルス・マアション)
 (4)「ソナタ」作品109 … ベエトオヴエン曲
       ワルデイイン・フォルケンシュタイン (振付 ワルデイイン・フォルケンシュタイン)
 (5)「音の流れ」音詩 … 山田耕作曲
       ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
 (6)「印度の風神」 … マクドウヱル曲
       チャルス・デスキイ (振付 チャルス・デスキイ)
 (7)「エテュウド」第二 … シュウマン曲
       ルス・マクチェスニイ ヤアデス・フルウ マアジョリイ・プウス
       ベテイ・ジョウダン ワルデイイン・フォルケンシュタイン
                        (振付 伊藤道郎)
 (8)「ワルツ」 … ショパン曲
       ヘエゼル・ライト ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
 (9)「オリエンタル」 … イポリトオ・イウアノフ曲
       テル・泉田    (振付 伊藤道郎)
 (10)「パントマイム」 … ペナウ曲
       チヤアルス・テスキイ (振付 チヤアルス・テスキイ)
 (11)「エムパイア・ワルツ」 … グラズノフ曲
       ヂエレエ(マイルス・マアション) (振付 マイルス・マアション)
 (12)「前奏曲」變ロ調 … ショパン曲
       ワルデイイン・フォルケンシュタイン マアジョリイ・プウス
       ルス・マクチェスニイ ヤアデス・フルウ
       ベテイ・ジョウダン ベテイ・フィップス テル・泉田
                        (振付 伊藤道郎)
            【休憩】- (20分)
 (13)「支那俳優の印象」 … ラヴェル曲
       ミチオ・イトウ   (振付 伊藤道郎)
 (14)「舟遊び」 … デビュッシイ曲
       ヤアデス・フルウ ルス・マクチェスニイ マアジョリイ・プウス
       ベテイ・ジョウダン  (振付 伊藤道郎)
 (15)「フレミンコ」 … 作者不詳 
       ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 マイルス・マアション)
 (16)「ハバネラ」 … サラサアテ曲
       ヘエゼル・ライト (振付 伊藤道郎)
 (17)「タンゴ」 … アルベニイズ曲
       ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
 (18)「爪哇人」 … ケリイ曲
       ゾラ・レヴェット (振付 伊藤道郎)
 (19)「オルガ・シュラヴオッカの印象」 … フイビッヒ曲
       ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 伊藤道郎)
 (20)「羊飼の娘」 … デビュッシイ曲
       ヘエゼル・ライト (振付 ヘエゼル・ライト)
 (21)「アラベスク」第二 … デビュッシイ曲
       ルス・マクチェスニイ ワルデイイン・フォルケンシュタイン
       ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
 (22)「原始的律動」 … 
       チヤアルス・テスキイ (振付 チヤアルス・テスキイ)
 (23)「南へ」 … ミッドルトン曲
       ヘエゼル・ライト (振付 ヘエゼル・ライト)
 (24)「ピヂカット」 … デリイブ曲
       ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)

   ピアノ  … レイモンド・サクシイ 舞台装置 … 伊藤熹朔
   舞台装置 … ラルフ・カッチ    衣裳   … 同
   照明   … ラルフ・カッチ

 

 ●ミチオ・イトウ来る -(外アメリカ第一流舞踊家一行十五名)-

    日本が有する唯一の世界的大舞踊家

 過般サカロフ夫妻の来朝更にこの日本が有する唯一の世界的大舞踊家が海外に於ける廿余年の研鑽による全収穫を挙げての貴重は本邦に於ける舞踊芸術やうやく本格的運動に入れる今日大いなる悦びといはなければならない。切に愛好家諸賢の御来観を俟つ。
 海外に飛躍すること廿余年、日本が有する唯一の世界的大舞踊家として声望欧米両大陸に隆々たるミチオ・イトウー帰朝を伝へらるゝこと一再ならず、その折ごとに素晴らしい期待をかけられつゝ種々の支障に妨げられて帰朝不可能であったミチオ・イトウーがいよゝ嵐のごときセンセエション裡に華々しく帰朝する。
 ミチオ・イトウが故イサドラ・ダンカン、アルヘンテイナ、ルイス・セント・デニス、ルス・ペイヂとともにアメリカ在住の五大舞踊家として謳はれつゝあるは既にいふまでもない。
 彼の「舞踊生活」は一九一〇年独逸ダルクロオゼのもとにおけるダルクロオゼ修業に始まる。こゝにおける研鑽はロンドンに渡って忽ち酬ゐられた「ピヂカット」にアンナ・パヴロアを驚嘆せしめてより彼は直ちに明星として迎へられたのである。彼のため特にダンス・ドラマ「鷹の井戸」を書贈ったウイリアム・バトラア・イエエツのごときは彼の渡米に当って「彼が再びロンドンに帰るまで欧洲のあらゆる芸術はたゞ茫然として佇立するのみであらう。」とまで云ってゐる。-アメリカーアメリカにおけるあらゆる都市で彼の作品発表公演が開かれなかったところは莫い。彼はこゝに堂々世界第一流舞踊家の列に伍するに至ったのである。
 最近の彼の最も大きな仕事、ハリウッド・ボウルにおける「プリンス・イゴオル」(登場人員百廿五人)パサディナ・ロオズ・ボウルにおける「光のペエヂエント」(東條人員二百五十人) はさすがのアメリカ人を驚嘆せしめたー
 彼は今回の帰朝には愛妻であるヘエゼル・ライトを始め彼の門下たるアメリカ舞踊家十五名を伴ってゐるがこれら何れも獨舞家として欧米にその名を知らるゝ人々である。            
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「高木徳子のトーダンス」 (1915)

2012年11月23日 | 洋舞家
   

 左の写真;

  帰朝して帝国劇場の「夢幻的バレー」に出演した大正四年〔一九一五年〕と思われる。なお、同じ写真で同じ矢吹高尚堂製の別の絵葉書には、「高木徳子のダンス」とある。

 右の写真:

  高木夫人のダンスぶり

  高木陳平夫人徳子の君は八年以前渡米し、ダンスを学んで其の技堂奥に入り、爾来米国各地に於て得意の技を演じ、到る所で大喝采を博しつゝありしが、先頃久々にて帰朝し、二月早々帝国劇場にあらはれました。-(上)高木氏夫妻。-(下)は夫人のトーダンス。

  上の写真と解説は、大正四年三月一日発行の『淑女画報』 三月号 第四巻 第三号 の口絵のものである。なお、目次では、「問題の婦人 (高木夫人 〔高木徳子〕 のトーダンス)」となっている。
  
  

 表情ダンス(高木徳子夫人演)

 右の写真:

  (上)スペインダンス『オペラトラビヤタ』の一節。
  (右)コントラルトー独唱のスタイル。
  (左)ギリシア古典舞踊『オペラジオコンダ』の一節。

 左の写真:

  (上)ロシア古典舞踊『霊島』の一節。
  (右)スペインダンス『オペラトラビヤタ』の一節。
  (左)指頭舞踊 トーダンス 『待焦れたる恋人の足音を聞いて』
 ー高木夫人は数年間米国に於てダンスを学んで其の技神に入れる斯界の名手であります。

  上の写真と解説は、大正四年七月廿四日印刷納本 の『淑女画報』 第四巻 第八号 の口絵のものである。 

   

 高木徳子の舞台振(其一)〔左〕   高木徳子の舞台振(其二)〔中〕  在米当時の高木徳子の舞姿〔右〕 

   オッチヨコチヨイ出世物語 
    爪先ダンスの名人高木徳子の半世  
                      金惠比壽

 ▲新派劇の開祖川上音二郎の前身がオツケペケペーの大道飴屋であつた如く、近頃爪先ダンスと称して一種特異のダンスを以て大モテ囃されて居る高木徳子なども亦御座敷育ちの芸人ではない。其の前身は何を隠さう、猫ぢやゝのオツチヨコチヨイ踊を売物にした極めて貧弱な旅芸人であつた。頃は明治四十年の春、北米はピッツバーグ市の郊外に花見の客を当て込んだ茶店が沢山出来たが、其中に一軒日本人ばかりの風変わりの珈琲店があつた。店員は僅に三名、其中二人の男は台所に立ち働き、専ら、客に応接のボーイを務めて居たのは未だうら若い日本の美人であつた。其身には裾模様の振袖を着け、目も覚えるような金絲の刺繍の幅広の帯を胸高に結んだ日本ムスメの粧ひが、珍しき物好きの米人には余程お気に召したものと見えて開店当日よりの大入大繁昌。初めの中は好奇心で見て居た他の茶店のものも漸 ようや く其繁昌を嫉む程に盛つたものだ。その三人の日本人とは誰あらう、男の中の一人は、神田小川町の宝石商金石舎の伜の高木陳平君で、他の一人は芝桜田本郷町の料理店今庄の森秋藏君。二人は共に金の降る亜米利加に一攫千金の夢を握みに出懸けたのだ。そしてこの店の弗箱 どるばこ とも看板娘とも言可き女こそ今日爪先ダンスの一人芸に一代の花を咲かせた高木徳子さん。良人 をつと 陳平君に嫁して僅に十五日、新婚の夢も碌々見る暇もなく、良人と共に母国を去つた、まだいぢらしい花嫁さんであつた。海山越えて幾千里、金の成る木を探しに出かけて来た程の三人の懐がいかにうら淋しかつたかは言ふまでもない。最初 はじめ の内は、男どもはお定 さだま りの料理屋の皿洗ひや硝子拭きなどに雇はれ、花嫁の徳子さんも仲働きに住み込んで互 たがひ の口を糊 ぬら しては居たものゝ、何時まで人に使はれて居たのでは金の生 な る木に廻り会へる筈もない。三人寄れば文殊の智慧、あれかこれかと儲け仕事の詮索に、不図思ひついたのが花見客を当て込みの珈琲店。それには幸ひ徳子さんが嫁入り支度をソックリ持つて来たので、パット綺麗な日本ムスメを囮鳥 おとり に、鼻の長い米国のお客を釣らうと言ふのが其魂胆であつた。
 
 ▲案の如 じやう 、三人の計画は図星に当つて、店のお客は毎日々々降つて湧く程の勢ひ。其上、夜になると、彼方 あつち 此方 こつち の家庭から来て呉れろと言ふ物好きな客も却々 なかゝ 少ないので、流行 はや る程に、稼ぐ程に、三人の懐は陽気と共に大分暖くなつた。とは言へ、世の中は三日見ぬ間のさくら哉。花の盛りも漸 やうや く過ぎて、一片 ひとひら 二片散 さ り初 そ めた頃から客足も稀になつた。元より少し許りの金が蓄 たま つたにしろ何時まで座食 ゐぐひ が出来るものではない。又も、三人が集つて善後策の相談を始めたが却々名案が浮ばない。互に顔を見合せて困りぬいて居た時、丁度東京で言へば浅草と謂ふやうな同市の演芸場から『日本の服装で日本の踊りをやつて呉れぬか』と言ふ相談を受けた。渡りに船と喜んだのは二人の男『どうか出演 で て呉れまいか』と徳子さんも頼まれて見れば厭だとは言へない、『否 いや だ』と言へば三人の口が乾上 ひあが る。幼さい時に習ひ覚えた芸が一時の口すぎ。二人の男も木戸番なり下足番なりに雇はれる約束で愈々演芸場へ出る事になつたが、それには何んとか芸名がなければ可笑しい。処が、先年、娘道成寺で名を売つた坂東玉三郎が米国で夭折したばかりでまだ、人々の頭に記憶されて居るのを幸に、無断襲名に及んで、二代目坂東玉三郎で看板をあげたのだ。 

 ▲コツテリした西洋人の踊に交つて、あつさりした日本ムスメの手踊は、非常に評判がよかつた。三人の懐合も再び春に戻つてポカゝして来たが、困つた事には根が素人の悲しさに踊の数を知らない。暫時は珈琲店を出して居た時、マーテインと言ふ人から習つた小唄などを突き交 ま ぜてお茶を濁して居たものゝ、これとて長く客を継 つな ぐ訳には行かない、又々、三人額 ひたひ を鳩 あつ めて何か目先きの変つた踊もがなといろいろ詮索した揚句が、猫ヂヤゝのオツチヨコチヨイ踊に定まつた。何しろマダム、バタフライを日本唯一の芸術として喜んで居る毛唐人の眼に、日本人が見 みて は莫迦らしい猫ぢやゝの素人踊が頗る御意に叶たのも無理はない。毎日毎晩大入満員の好景気小屋主も大喜びなら、三人も非常に優遇されたものだ。
 
 ▲猫ぢやゝの踊が呼物になつて市中到る所二代目坂東玉三郎の名がパット拡まつた。煽 あふ り立つ人気を見ては三人も黙つて蟲を殺して居られやう筈がない。何時までも人の懐ばかり肥して居るのもつまらないと言ふところから徳子を座頭に戴いて彼方此処の場末を興 う 行つて歩いたが、何れも大入満員の大景気。其時、田舎廻りの坂東玉三郎をして今日の高木徳子たらしめた一人の婦人が現はれた。
 
 ▲それは紐育 にゆよーく に住む、貴族の未亡人で、マダム、デビレラーと謂 い ふ、スペインダンスの名手であつた。この人が徳子のよちゝした腰付のオツチヨコチヨイ踊の足調子に莫迦 ばか に惚れ込み、一つ仕込んで見たならば物にならうと言ふので『教へてやるから、内弟子に来てかどうか』と言ふ先生の方からの勧誘だ。徳子も、考へて見れば何時 いつ までも猫ぢやゝでをさまつて居る譯には行かない。何とか将来の方針を立てねばならぬと窃 ひそか に思つて居た矢先、之れが幸ひと早速承諾して内弟子になつた、其間二人の男は又元の皿洗ひや、蜜柑もぎとなつて徳子の芸の上達を楽しみに待つて居た。

 ▲かくして徳子は二年の間、みつしりとスペインダンスに魂を打ち込み其傍 かたは ら唄をマダム、マツキユウムについて習つてゐた。其中に編み出したのが、未だ米国にも否 いな 世界のダンスと云ふダンスの中にも見た事のない徳子独特の爪先ダンスであつた。
 
 ▲今は最早他人の芸名を無断で借用する必要もない爪先きダンスの高木徳子で立派に通るやうになつた。デビレラーは鼻高々で徳子の爪先ダンスを紐育の上流の晩餐会や、公開の席上で紹介したので、オッチョコチョイ以上に人気を博し、交際社会の花形役者になつた。其後デビレラーは屡々 しばしば 徳子独特の爪先ダンスを自慢気に公開する毎に少からざる報酬を得たので、最早、師に報 むく ゐる丈けの事は勤めたので、此上は、一日も早く良人 をつと の陳平と森秋藏の二人と心を合せて大に働かうと考へて居た矢先き、二人の男からも『もう大抵いゝ加減の頃ぢやないかと』と言はれたので愈々師匠デビレラーの膝下を放れて単独で公演する事になつた。処が、公演の資金がないので、拠 よんどころ なく良人の陳平が情を具して実家の金石舎へ資金の調達を依頼した。実家でも伜夫婦の運が開ける事だからと言ふので早速金を送つたので、三人は其金を資本に紐育を手始めに興行して見たが、既に徳子の名を知つて居るものは勿論、其名を知らないものまでが世の評判に浮かされて押し寄せて来たので実家から借りた資金などは忽ちの中に取り戻してしまつた。其間に徳子は更に又サラコと言ふダンスの名手について教を仰ぎ、愈々全く茲に独立の技芸を築きあげたので多年辛苦を共にした森秋藏と別れ、夫婦手を携へて米国から英国、仏蘭西と到る所に人気を博し、九年振りでなつかしい実家に帰つたのである。そして帝国劇場に於て、只、一回の公演で、早くも日本一の名誉を荷つたのが高木徳さんの半世、先づはオッチョコチョイノチョイ。

 上の写真と文は、いずれも大正四年十月一日発行の『女の世界』 十月号 第壹巻 第六号にあるもの。左2枚は口絵のもの、右1枚は上文中にあるもの。

    

  世界的バライチー  高木徳子
 絵葉書 三枚壹組 金拾銭
  神戸湊川
    聚楽館

 
 大正五年の絵葉書と思われる。

  

 上左:鉛筆書きで「永井徳子」とある絵葉書のもの。
 上右:説明なしの絵葉書のもの。
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「夢幻的バレー」 帝国劇場 (1915.2)

2011年08月25日 | 洋舞家
 「夢幻的バレー」は、大正四年 〔一九一五年〕 二月の帝国劇場で、第四の演目として行われた。

     右田寅彦新作
 第一 小山田庄左衛門 直助権兵衛 いろは双紙 四幕六場
     八幡大名作
 第二 喜劇 婦人同志会 一幕
     佐藤紅緑作
 第三 悲劇 燈台守 一幕
     ローシー作並に指導 背景製作 北蓮藏 大道具製作 長谷川勘兵衛 電気主任 秀文一
 第四 夢幻的バレー 一場

 第四  三越呉服店玩具部

 -現実の場-

 三越人形部主任  清水金太郎
 同 店員     柏木敏
 外国人の御客   原 信
 人形製造人    岸田辰彌
 通運会社配達人  松山芳野里
 田舎者      ローシー

 -夢の場-

 妖精         ローシー夫人
 酒保         高木徳子
 日本娘人形      藤間房子
 西洋赤兒人形     澤モリノ
 スイスランド人形   花園百合子
 スパニツシユ人形   河合磯代
 支那人形       高田春夫
 日本武士人形     櫛木梨花
 番兵人形       南部邦彦
 道化人形       菅雪郎
 同          高田春夫
 
 西洋赤子人形     湯川照子
 同          天野喜久代
 同          澤モリノ
 同          花房しづ子
 アレキシス      石井林郎
 同          柏木敏
 同          葉須淳
 同          石井行康

 スイスランド人形   山根すみ子
 同          井上ますの
 同          原せい子
 同          花園百合子

 兎人形        岸田辰彌
 同          櫛木梨花
 同          服部曙光
 同          小島洋々

 スパニツシユ人形   河合磯代
 同          石神たかね
 同          中山歌子
 同          宮崎年枝

 佛国十八世紀時代人形 松本銀杏
 同          澤村宗彌
 同          松本錦一
 同          松本玉子

 婦人客        香川玉枝
 同          村田美穪子
 同          櫻井八重子
 同          静香八千代
 同          四條京子

     帝国劇場附属管絃楽部員

   帝国劇場洋楽部員   楽長 竹内平吉

 第一ヴァイオリン 荻田十八三
 同        吉田盛孝
 同        山崎榮二郎 
 第二ヴァイオリン 佐藤忠恕
 同        渡邊吉之助
 同        小松三樹三 
 ヴイオラ     蛯子正純  
 同        紣川藤喜知 
 セロ       内藤常吉  
 同        村上彦三 
 フリユート    横山國太郎 
 オーボエ     八尾五郎 
 クラリネツト   横須賀薫三 
 同        大野忠三 
 ホルン      吉田民雄 
 同        篠原慶心 
 トロンペツト   古田竹二 
 同        加福一雄 
 トロンボン    加順 
 ドラム      渡邊金治

   ローシー作並に指導  背景製作   北蓮藏 
                  大道具製作 長谷川勘兵衛
                  電気主任   秀 文一
 第四 夢幻的バレー 一場

 『三越呉服店玩具部』こゝは東洋一の大デパアトメントストーア東京三越呉服店第一階の光景、折しも文具売出しの季節 シーヅン とて店内到る処玩具人形等を陳列されさながら昔噺の王国 フアリーランド に入 い るの心地がされまする。かくて劉喨 りゅうりょう たる音楽聲裡に幕が上 あが りますと、此店の支配人入来り店員をして店内の掃除をさせまする、その間に入つて来たのは赤毛布 あかケツト の田舎客咥 くは へ煙管 きせる で店内をまごつくのを店員に注意されるのが手初めに、侍の人形を活きた人と間違へて敬礼する。螺旋 ぜんまい 仕掛の赤兒 あかんぼ の人形を引 ひき くりかへして閉口する。真正 ほんとう の外国婦人を人形と間違へて失礼な事をする。種々な滑稽の裡に大勢のお客が入つて来て陳列の玩具に驚嘆し一部の客は支配人をして仕舞ひ置ける人形を出さしめる。侍人形の踊、瑞西 スイツル 人形の踊、赤坊人形の踊、支那人形の踊、西班牙 スペイン 人形の踊、日本美人人形の踊、西洋毛人形の踊などで種々滑稽な振事 ふりごと あり、其中「独逸製」と記されたる人形の箱を持出し来れば、人形はバラバラに毀 こは れて居る。かゝる間に閉店の時間来り手お客はおのがじし立去りますと支配人も人形の飾箱 シヨーケース 其他に幕をおろして退場します。
 やがて神韻縹渺たる曲となりて窓よりさし入る月光は夢の如く淡くなります。時計十二時を報ずると、正面階段下の飾窓 ショーウインドウ の帷 とばり は左右に開かれて、現じ出す一箇のフエアリーランドの美しき風景の裡 うち に寝 い ね居たる妖精は徐 しづか に立つて飾窓の幕を指 ゆびさ せば幕は自然に披 ひら かれて前 さき に面前に現はれたる種々 いろいろ なる人形と兎、アレキシス、アンビール時代人形など幾十となく現はれ総踊となります、此間に酒保女の姿したる一少女の人形は巧妙なる足指踊 トーダンス を演じます之は足の爪先だけで踊るので日本人の間では空前の事でございますやがて中央の天井より二十四條の紅白のリボン降来 をりきた りあらゆる人形はそれを手にして、踊り狂ふ間に日本騎兵の人形四箇現はれ之に加はりて又踊る、踊りゝて尚踊る間に夜は開放 あけはな れんとして幕。

 

 「(帝国劇場夢幻的バレー)酒保(高木徳子〕)妖精(ミセスローシー)」とある。右が高木徳子、左がローシー夫人である。

 帝国劇場の『絵本筋書』〔大正四年二月〕の「第四 夢幻的バレー」の筋書には、次の記述がある。

 酒保の姿したる一少女の人形は巧妙なる足指踊(トーダンス)を演じます 之は足の爪先だけで踊るので日本人の間では空前のことでございます

   

 左の写真は、「帝国劇場 (大正四年二月興行)(夢幻的バレー)三越呉服店玩具部の場」とある絵葉書のもの。

 右の写真は、「帝国劇場二月狂言 第四≪夢幻的バレー≫」とある演芸雑誌の口絵にあるもの。
 説明には、「藤間房子の日本娘人形〔中央奥左〕 ローシー夫人の妖精〔中央奥〕 高木徳子の酒保〔中央奥右〕 原信子の外国人のお客〔左上の枠〕 高木徳子の酒保〔右上の枠〕 清水金太郎の三越人形部主任〔右下お辞儀の人物〕 ローシーの田舎者〔左下のお辞儀の人物〕」などとある。
 
 帝国劇場の大正四年二月の『絵本筋書』には、次の紹介がある。

 三越玩具部

といふ帝劇一流の西洋舞踊で指導役のローシー氏が自ら作り自ら指導して専属女優と専属洋劇部員の男女が揃つて車輌××中で夢幻的のバレーで美しく飾りたてられた西洋や日本の人形が魂入つてオーケストラにつれて面白可笑しく踊り出すといふ新しい趣向で成つたもので賑はしい打ち出しになるのでございます
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「白鳥の湖」 帝国劇場 (1946.8)

2011年06月13日 | 洋舞家
 「第4回帝劇芸術祭・東京バレエ団結成記念公演 バレエ 白鳥の湖 全四幕 チャイコフスキイ作曲 〔昭和二十一年:一九四六年〕 8月9日ー25日・毎夕5時 後援・朝日新聞厚生事業団」と見返しにある。25.5センチ、13頁。

 演出・振付 小牧正英
 装置     藤田嗣治
 衣裳     眞木小太郎
 照明     橋本義雄
 編曲・指揮 山田和男
 演奏     東寶交響楽団
 企画     蘆原英了
 製作     瀧村和男 
         掛下慶吉
 東勇作バレエ団
 貝谷八百子バレエ団
 服部・島田バレエ団
 小牧正英・関口長世


 第一幕 壮麗なる庭園
 第二幕 湖水の見える森
 第三幕 館の広間
 第四幕 湖水の見える森(第二幕に同じ)

 写真は、以下の5枚である。
 ・「白鳥姫の松尾暁子と王子の東勇作」
 ・「白鳥姫の貝谷八百子と王子の島田廣」
 ・「小牧正英」
 ・「服部智惠子」
 ・「関口長世」

 文などは、以下の通りである。

 ・配役など〔下はその一部〕

  白鳥姫オデツト  一日交替  松尾暁子(紅)
  悪魔の娘オデイル        貝谷八百子(白)
  王子ジグフリイド 一日交替   東勇作(紅)
                     島田廣(白)
  王后       ‥‥       服部智惠子
  悪魔ロツトバルト ‥‥      小牧正英
  家庭教師ヴオルフガンク ‥‥ 関口長世
  王子の友人ベンノ 一日交替  島田廣(紅)
                      東勇作(白)

 ・梗概と解説
 ・東京バレエ団結成まで 蘆原英了
 ・東京バレエ団の人達
 ・バレエ「白鳥の湖」の公演意義 掛下慶吉
 ・バレエ「白鳥の湖」の公演に際して 小牧正英 
 ・装置者の感想 藤田嗣治
 ・チャイコフスキイとバレエ -「白鳥の湖」を中心として- 中根宏
 ・「白鳥の湖」 大田黒元雄
 ・「白鳥の湖」の上演記録 シリル・W・ボウモント

  
  
 表紙には「Swan Lake No.37 YURAKUZA」とあり、裏表紙には「昭和二十三年 〔一九四八年〕 十一月五日発行」とある。1頁の最初には、「東京バレエ団 第四回公演 11月5日ー11月15日 毎時3時・6時2回開演 芸術祭参加 チャイコフスキー作曲 白鳥の湖 4幕 全曲本邦初演 合同出演 貝谷八百子バレエ団 小牧正英バレエ団 服部島田バレエ団 東京バレエ研究会 演奏 東宝交響楽団 指揮 上田仁 (税共料金) ¥200 ¥150 ¥100」などとある。25.7センチ、10頁。

   

   スタツフ

 演出振付   小牧正英
 装置     三林亮太郎
 衣裳     吉村倭一
 照明     橋本義雄
 演出補助   池田義一
 舞台監督   田中好道
      ー
 制作     掛下慶吉
 制作主任   蔦見英

   シーン

 第一幕 壮麗なる庭園
 第二幕 湖水の見える森(深夜)
 第三幕 館の広間
 第四幕 湖水の見える森

   キャスト

 白鳥姫 オデツト オデイル … 貝谷八百子
                    谷 桃子
 王子  ジグフリード    … 島田廣
                    関直人
 悪魔ロツトバルト      … 小牧正英
 ベンノ(二役)
 家庭教師          … 藤田繁
 ヴオルフガング
 皇后(王子の母君)     … 服部智恵子
 パ・ド・トロワ          … 野邊武子
                     廣瀬佐紀子
                    小牧正英

   〔以下省略〕

 ・解説と梗概            葦原英了
 ・日本のバレエに就いて     第八軍情報教育部学会課長 ウイリヤム・シー・ハートネツト
 ・「白鳥の湖」とビーチャム卿  牛山充
 ・『白鳥の湖』の音楽       三田春彦
 ・「稽古場」素描         漫評子
 ・『白鳥の湖』演出日記     小牧正英
 ・『白鳥の湖』のデコオル    三林亮太郎

 他に、各バレエ団の主な人物の写真と略歴、バレエ用語の解説などがある。
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