「論」ブログヨシ樹

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書評 『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』

2010年06月13日 | 書評
《「もし、ここから這い上がれるチャンスが与えられたら、もう二度と転落しないようにします。絶対に…」》強い断定の言葉が挿入されている。すなわち、「二度と」、「絶対に…」。暖衣飽食の国・日本で生きていながら経済的に「貧困」である、というのはかくも凄絶な後悔を惹起させるのである。

「貧困」は昨今の社会的なキーワードである<自己責任>と概念上、密接に絡まり合い、貧しい暮らしをしている本人の怠惰あるいは処世上の智恵のなさ、さらには偏頗な性格等々の所為(せい)にされる。そして当の本人も「貧困」は<自己責任>ゆえの担わなければならない自らの十字架であるとし自己を激しく責めるのである。資本主義体制下の日本でお金がない、ということは一種の罪悪ですらある。そして、それゆえにお金がないという事実は貧困者に実に過酷なプレッシャーとしてのしかかる。自らの十字架になると述べるゆえんだ。

本書は都内のネットカフェを渡り歩いて一日いちにちを口を糊して暮らしている、いわゆるホームレスを取材している書である。ジャーナリストである著者水鳥宏明はネットカフェの住人たちが政治上の問題 -国内の圧政、国外の戦争などー により食べる物にさえ窮している民度の低い諸外国に散見される難民の姿と二重写しになり、彼らを「ネットカフェ難民」と命名する。「ネットカフェ難民」とは本書を著した水鳥の造語だったのである。

本書は普通の暮らしを切望するが結局、叶わない人たちの哀しい記録の書でもある。私たちには食べる物があるし、寝る場所もある、病気になれば病院へ行き薬を処方してもらえる。しかし、哀しいかな日本では左様のサービスを受けるためにはある一つの条件を充たすことが必須となる。その必須条件とはお金に他ならない。ということは逆も真なりでお金がなければ、食べる物もままならず、寝る場所さえなく、たとえ、病気になったとしても病院へ行けず薬さえ処方してもらえないのだ。

お金を得るためには仕事をしなければならない。子供でも解る理屈だ。私たちは日々あくせく働いているが、そうすることと引き換えに収入を得ているのである。しかし、「ネットカフェ難民」には定まった職さえない。定職があるということはどれだけ感謝するべきことか。定職がない、ということはどれほど不幸なことか。本書が執筆された動機、あるいは眼目はこの表裏一体のテーゼ(命題)を読者に問い、読者各人が想像を逞しくして、このテーゼと向き合うためにある、と断じても間違いではあるまい。

生活問題というのは煎じ詰めれば就職問題である。したがって、理の当然として、職に就くことができなければ、生活が立ち行かなくなる。そこで、彼、彼女らは「日雇い派遣」で仕事をする、という選択を余儀なくされる。本当は誰であれ「日雇い派遣」なぞでは働きたいはずはない。これには異論はないだろう。各人が自らの想像力を働かせば答えは自ずと明らかになる。読者諸賢に問う。あなたは「日雇い派遣」で働きたいか、と。

彼らの足許を見て、あるいは彼女らの窮状に付け込み社会の底辺で呻吟(しんぎん)している「ネットカフェ難民」から搾取するビジネスを本書は「貧困ビジネス」として紹介している。「貧困ビジネス」の実態は悪辣(あくらつ)で非道い。例えば、あろうことか「日雇い派遣」の派遣会社のほとんどは勤労意欲を喪失させかねないような劣悪な条件下で、それでも自らを叱咤し気持を奮い立たせて真摯に働いている貧困者の少ない給与のうちから法外なピンハネを行っていたのだ。地獄の鬼もかくや、というほどに非道い。私は、これほどまでの悪事をどう形容していいか判らない。

この問題については、すでにテレビなどのマス・メディアで報じられているので、ご存知の読者もいることであろう。「日雇い派遣」業界最大手のグッドウィル・グループの不正が次々に明るみに出るなどして遂に涙を流しながら釈明した折口会長をはじめとし「日雇い派遣」会社の経営トップの責任は極めて重い。ここで私はかつて読んだ宮崎学が著した『突破者(下)』(幻冬舎アウトロー文庫)の文章を想起し、胸中で反芻(はんすう)していた。引用してみよう。以下のとおりである。

《どういうわけか、子供の頃から高利貸しの類にむかついて仕方がなかった。奴らは底辺の人間に寄生して生きている。高利貸しをめぐる陰惨な人間模様をずいぶん見てきた。世間が所詮は弱肉強食の世界とわかりながらも、高利貸しになるにはそれなりの必然があるのを知りながらも、また連中は欲得に正直なだけなのだと承知しながらも、高利貸しだけは許せないという思いがあった。》

以上に記した文章の「高利貸し」の箇所を「貧困ビジネス」に置き換えても全く違和感を覚えない。ちなみに上記著書を著した宮崎はヤクザの組長の子として生まれ、自らも裏社会で暗躍した経験を持つ生粋の極道である。それはともかく、不安定な生を生きることを余儀なくされている「ネットカフェ難民」が一人でも減ることを瞑目し手を合わせて祈りたい心境である。

かような貧困問題は、つまるところシステムの問題である。もう少し大仰に述べるならば、社会構造の問題なのだ。グッドウィルの折口は貧困者から搾取した金で自家用ジェット機を所有して乗り回し実にけしからんではないか、という感情論にとどまるだけでは発展がない。今さら革命を、などとカビ臭い不穏当な主張をするつもりはないがドラスティックな改革が早急に必要だ。そのために、ほかでもない、あなたは具体的にどういう行動をとるかを本書は問うている。

【本記事で取り上げた本のご紹介】

・題名:『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』

・著者:水鳥 宏明

・出版社:日本テレビ

・定価:1000円

・お役立ち情報:私は市内のBOOK・MARKETでずいぶん以前に550円で購入しました。最近、BOOK・OFFで105円で売られていたのを目撃しました。


以上