虚構の世界~昭和42年生まれの男の思い~

昭和42年生まれの男から見た人生の様々な交差点を綴っていきます

流氷の思い出

2017-03-15 07:00:41 | 小説
 20代の頃は正月はよくハワイに行っていた。旅行というよりも、ちょっと出かける程度ぐらいにしか考えていなかった。
それほど頻繁にハワイには行っていた。

 元々、私は時代の波に流されやすいタイプの男だった、時代の流れに乗っていることこそ、大切なことだと錯覚していた。
店も繁盛し、年収は1000万円ぐらいはあった。たいして辛い思いをしていないのに、なんだかお金持ちになった。

 10代後半から、人生は思い通りに運んだ。自分のほしいものは何でも手に入った。

 そんな絶頂のときに、店を休みたくなった。一週間ぐらい休んでも経営には何の支障もないと思っていた。というか、
自分がお客を選んでいるような錯覚に陥っていた。

 どこかにブラリと行きたくなった。ハワイではなく、人の行かないようなところ、演歌の世界に出てくるような旅にでも
出かけると、いい話のネタになるかなあと思った。演歌のような旅行に似合っている女性はいないかなあ・・・・。自分に好意を
持っている女性で何度か関係をもった、愛美という看護師の女性を誘って旅に出た。

 当時、車は二台所有していた。日産のRVを一台保有していた。

 その車に乗りながら真冬の北海道を車を走らせた。演歌・冬・北海道といえば、「流氷」だろうということで車を走らせた。

 二月だったので、どこでもすぐに泊まられた。サロマ湖の近くにきれいなホテルがあった。そこに泊まり、流氷を見に行った。
連れていた彼女は、自分と一緒に過ごせることに幸せを感じているようだった。ただ、自分には、話のネタに誘っただけなのに・・・。


 というか、当時は女性は、そんな程度にしか考えていなかった。自分につりあう女性の判断基準は、美貌・財力を兼ね備えていることだった。

 しかし、そこで見た流氷の記憶は、25年経過した今でも鮮明に覚えている。何十回となく行った海外やハワイの記憶なんかよりも強烈な
インパクトがあった。


 人生、すべてを甘く見ていた自分に、流氷は確実にこれから起こりうる不幸な人生のプロローグを教えてくれていた。

 そう、50歳になる自分の人生は、漂流している。たどり着く先は、どこにもない。流されるだけである。

後日談であるが・・・。
 愛美とは、この旅行だけの付き合いだった。彼女とは今から5年前に出会った。私がタクシーの運転手だった時にお客として乗ってきた。
40歳半ばを迎える彼女は、品のある年の取り方をしていた。私は彼女に気づいたが、彼女は私には気づかなかっただろう。

 あれだけ、プライドが高く、人生すべて自分の思い通りにという生き方をしていた男が、タクシーの運転手などをしているとは想像も
できないにちがいない・・・。いや、もしかして、気づいていたのかもしれない。しかし、底辺に落ちた男に声をかけられなかったのかもしれない。

 かつての華やかだった思い出にすがりついて生きる情けない男の人生・・・。

 商売だけでなく、自分は結婚生活も破綻させた。それも三度も・・・。海外での結婚式、不倫の末の結婚、打算的な結婚、三度の結婚すべてが
失敗し、今は孤独な生活・・・。築50年経過したボロアパートで生きる日々・・・。過去の女性を思い出しながら、ノスタルジーに浸り生きる日々・・・。

 今の楽しみは、過去の女性の写真をスキャナーで取り込み、当時流行っていた曲をBGMにしたDVDを酒を飲みながら一人見ること。一瞬だけでも
当時の自分にタイムスリップできる・・・。酒という力を借りて・・・。

 生きながら死んでいるような人生に酔いしれている自分・・・。それでもまだ生きている。
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