桜さくらに歌われて/お箏三弦日記

皆さまこんにちは。しがない箏三弦の師匠のブログでございます。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい。

ハチク情報

2014-05-30 21:09:09 | 日記
ハチクがだんだん大きくなって来ました。竹になりかけてるのでしょうか。

筍は下茹でした後、酢水につけて冷蔵庫に入れておくと、半年くらい保つそうです。弟子のお母さんに教えてもらいました。

私は冷蔵庫がないのですが、いつか買ったらやってみようと思います。

やっと出来た…

2014-05-30 02:31:16 | 日記
たまっていた事務の中で、最も重い懸案だった事がやっと出来上がりました。

しっかり考えないといけない事なので、もう何日もかかり、稽古場で夜なべが続き、何回も書類を書き直しました。
手が痛いです。

まあでもこれでよし。

さあ、帰るとするか。

仕上げてポスト投函は明日にします。

疲れました。



邦楽演奏会

2014-05-26 12:54:06 | 日記
邦楽演奏会を聴くのは苦痛

これが世間の定説でしょう。

しかし、良いものは誰が聴いても良いと思うんです。

いつぞや東京で、古典曲ばかり20数曲続いた演奏会がありましたが、どれもすごく良かったです。中学生が食い入るように見つめて、会場から出てきませんでした。

結局は内容が良かったらいいんです。内容の良い演奏会が出来たらお客さんは来るし、飽きる事なく聴いてもらえると思います。

この当たり前の事はもうずっと叫ばれています。
なのに実現に結び付かない。

邦楽の世界の人は、趣味扱いして、専門家意識、プロ意識などはないのだろうと思います。確かに腕を上げるのは時間も労力もかかり、しんどいですから、そこまでしなくてもいいと思うのでしょうか。

それと、「審美」という言葉があります。辞書には「美醜を見分ける」とあります。この言葉には高校時代に出会いました。

確か新体操部の関係者から聞いたような気がします。
私の高校は当時新体操部が非常に優秀で、オリンピック選手も出ました。

その関係者から聞いたには、足に青あざがあったら減点される、という事でした。
私も部活していて、新体操部とは体育館でネットを挟んで隣で練習していたので、よく声が聞こえていました。指導の先生がメガホンで
「笑え!笑え!笑わんか!」
と怒号を飛ばしていました。
当時の新体操は顔の表情も点のうちだから、いつも明るい笑顔で演技しなければならないそうでした。
しかし選手達は練習が辛くて泣きながら演技をしていてるんです。涙で歪んだ顔を、必死に笑顔に作り替えていました。何でも全国レベルの一流になろうとすれば、並大抵ではないのですね。

あの頃から、「芸術は見た目も大事」と思うようになりました。

邦楽演奏会の「見た目」はどうでしょう。
着物をだらだらに着て、お太鼓の帯が楕円形みたいになり、おまけに斜めに歪んでいる。姿勢も歩き方もどうか、髪は前髪が目の下までかかり。

「審美」という言葉は「美醜を見分ける」という意味です。
私は、舞台に出る時は、着物は人に着せてもらいます。せめて。
弟子らには、演奏中は口角を上げるよう言います。
一生懸命になってくると、唇を尖らせてしまいがちです。そうすると口角が下がり、横着そうなブスの顔になります。
見た目は大事だから、それをよく言っています。口角を意識的に上げないと、うつむきがちに弾くのがお箏だから、なおさらそう見えてしまいます。

演奏ももちろん大事、内容が一番大事ですが、見た目も大事と思います。

私の一生、残りの時間ではどれほども出来なかろうと思いますが、出来るだけはするつもりです。邦楽演奏会を、苦痛ではなく、来て良かった、いいものが聴けた、と思ってもらえるように。

はっ!忘れた!

2014-05-24 00:18:18 | 日記
今日、師匠のお墓参りにいくのを忘れたっ!オーマイガッ!私とした事が!
Σ( ̄□ ̄)!

お料具膳やら箏弦塾の片付けやら買い出しに忙しくしていたら、肝心なお墓参りにっ!

なんたるちゃ…

明日は朝から夕方まで稽古だから…
日曜日の午前中しかないですな…

箏弦塾に先生がいつもいらっしゃる気がするから、留守宅のお墓に行ってもな、という気持ちが正直あります。

こらっ。

はあ、いけませんね。若い頃にはテキパキ出来た事が、もたもたしてしまいます。

5月23日亡き師匠中西雅窓先生ご命日

2014-05-23 22:56:30 | 日記
年により忍ぶ会をしたりしていますが、今年は別段何もせずにいます。

弟子達が次々とお参りに来てくれました。有り難いです。

親の供養は子がする事、孫達にその責務はないのに、うちの弟子達はみな優しいです。よく来てくれました。ありがとう。中西先生もお喜びだと思います。

中西雅窓先生は、平成8年5月23日にご逝去されました。本当に偉大な立派な先生でした。近寄りがたく崇高で、前に参上したら普通の人はものも言えない威厳と風格がおありでした。もう二度とあんな先生は出て来ないと思います。

私はその中西先生の最後の弟子です。厳しかったという大先輩方に比べ、晩年の末っ子弟子の私は、甘やかされ可愛がられました。

しかし大先輩方は50年も師弟でいられました。私はたったの13年です。

あれから丸18年です。
先生は天国でお元気でしょうか。