悠翠徒然

画像中心

『ほぼ日』

2017-02-22 07:50:19 | Weblog
糸井重里の『ほぼ日』がジャスダックに上場するようです。

自身がいなくなった後の、『ほぼ日』と言う組織の生き残りや成長を気にしての事なのかもしれません。

でも、糸井重里がいなくなったら『ほぼ日』の商品って魅力的に映るんでしょうか?

藤巻兄弟の弟がやっていた『藤巻商店』の商品を、一時期よく買っていました。

しかし、彼は突然亡くなってしまいました。

藤巻弟のメディアでの露出で、彼の業績や考え方に興味や共感を持っていた事が、購買の源泉になっていたのですが、藤巻商店で購入する事をやめてしまいました。

それは意図的ではなく、自然な流れだったのです。

それは『ほぼ日』にも当てはまるように思うのです。

F.O.であったとしても、『ほぼ日』から糸井重里がいなくなれば、商品価値は徐々に下がって行くことになるでしょう。

そして、新たな顧客の取り込みペースも落ちて行くことになるでしょう。

それは『ほぼ日』が扱っている商品が、生活がより便利になる商品ではなく、生活がより楽しくなる商品、もしくは便利を楽しめる人の為の商品を作っているからです。

その楽しみ方を糸井重里自らが説明している(そのように装っている場合もあるようですが)からこそ、彼の実績や生き方考え方が詰まった商品として消費者にイメージさせることができるのです。

『生活がより楽しくなる商品』と言う価値観を説明するのは、誰にでもできることでは無いのです。

HONDAの車は本田宗一郎が亡くなっても世界中で売れています。

それは、価格と性能のバランスをライバルと切磋琢磨して時代に合わせて最適な状態にして売り出しているからです。

本田宗一郎の精神やF1への参戦が原動力なって購入する人は、一部のマニアだけです。

ほとんどの人は、個々の車のスタイルや価格、そして今の時代は安全性と近未来感を比較検討して購入しているのです。

所ジョージの関わった製品が売れるのは、所ジョージが『いいですね〜っ!』って言っているからです。

所ジョージに憧れている人が買っているのです。

『所ジョージ』の企画した商品や、『ほぼ日』の商品も、比較検討しない『所ジョージファン』と『糸井重里ファン』が購入するのです。

どんなに良い商品でも、購買意識を創り出すことは大変です。

『ジャパネットたかた』だって、社長交代ではとても苦労していたと聞きます。

糸井重里の考え方が『ほぼ日』に息づいていることはわかります。
上場後もそれは変わらないでしょう。

でも、糸井重里がいなくなったあと、それを消費者にアピールし続けることは、とても難しいことなのです。

『ほぼ日』の商品をいくつも購入し、糸井重里ファンであり、文学部日本文学科の先輩として勝手に尊敬している私としては、経営者の端っこにいる者としても、少しだけ苦言を言わざるを得ないのであります。

自分の影響力が大きいのは自分が生きている間だけ。

銅像や肖像画作って本社ビル入口に飾ってみたって、死んじゃった後は何の影響力もありません。

後のことは、若い連中に任せるしか無いんですから。

わかっちゃいるけど、『ほぼ日』の仲間の行く末を案じる気持ちが優先しちゃったんだろうなぁ。

十年後が心配です。































ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 銀座木村総本店 | トップ | 『パリ3区の遺産相続人』 »
最近の画像もっと見る