悠翠徒然

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『いろはにほへと』

2016-12-28 07:52:27 | Weblog
現代日本人にとっては『いろはにほへと』より『あいうえお』の方が圧倒的に馴染みがあると思います。

書道を学ぶ我々にとっても一般の方より馴染みがあるのは当然としても、未だに『あいうえお順』ではなく『いろはにほへと順』でファイルを整理しているお役所があるそうです。

それは『日本年金機構』

戦前から『いろはにほへと順』を変えずに現在に至っているそうです。

膨大な量のデータを変えるのが大変らしく、そのままになっているのだとか。

かなの辞書も戦後しばらくは『いろはにほへと順』でしたが、その後『あいうえお順』も併記するようになり、現在は『あいうえお順』だけになっているものも少なくはありません。

かく言う私も『いろはにほへと順』よりは『あいうえお順』の方に馴染みがあるのも事実で、幼稚園のころから教え込まれてきた『あいうえお順』で辞書を引いてきた世代とすれば当然の成り行きでしょう。

日本年金機構に就職した新人は皆、『いろはにほへと順』に慣れなければなりませんが、数ヶ月で慣れるそうです。



文章として暗記するのが一般的ですね。

この『いろはにほへと』ですが、成立されたのは平安時代なのだそうです。

そして『あいうえお』の成立も平安時代なのだとか。

『あいうえお』の成立が意外に古いのには少し驚きました。

あっ!忘れていました!

平安時代に活躍した空海が書いたとされる『あいうえお』を見たことがありました、、、、



さて『いろはにほへと』は平安時代に作られた、同じ字を使わずに作られた『唄』です。



仏教思想をベースにした唄だったんですね。

奥が、深い、、、

心に沁みますね。

他にも同じような手法で成立した唄もいくつかあったようなのですが、『いろはにほへと』の出来がよく、書のお手本としても使われていったことからテッパンになったのだと思われます。

平安時代と言っても390年間もありますからね、

明治元年から現在まで148年しか経っていないのです。

平安時代は都を平安京に移したことからそう呼ばれているのであって、その後の鎌倉時代は政治機能を鎌倉に作ったことからそう呼ばれるようになったわけです。

都と政治機能を東京に移した明治以降は、明治時代、大正時代、と呼ばれていますが、『昭和時代』って呼ばれているのでしょうか?

呼ばれているようです。

それも戦前と戦後に分けて。

なるほど、、、、

明治以降をまとめて『東京時代』と呼ぶことは、しばらくはなさそうですね(笑)

平安390年間に起きた出来事より、明治以降148年間に起きた出来事があまりにも大きいと思えるのは、その記録がはっきりしているからだけではなさそうです。

やはり蒸気機関の発明による産業革命が世界のスピードを変えたのでしょうね。

とにかく、速い、、、、

書道に浸るときに感じるありがたさは、産業革命以前の緩やかな速度を求める自然な気持ちを、我々現代人が求めているからなのかもしれませんね。


数年前、平安時代の出土品の中に、いろはにほへとが書き込まれたお皿のような焼き物が発掘されたと報道がありましたが、それは手習いの為のお手本として用いられたのではないかと考えられています。

その頃から戦前まで、ずっと『いろはにほへと』
が主流だったのですが、戦後母音と子音を規則的に並べた『あいうえお順』に統一したのです。


いつの日にか、日本年金機構が『いろはにほへと順』から『あいうえお順』に変わることはあっても、かなの世界から『いろはにほへと順』は、平安時代から続く稽古の歴史から考えると、無くならないように思います。

そうあってほしいのは個人的ですこしわがままな郷愁だけなのかもしれませんが、、、。







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