「先輩たちのたたかい」

労働相談・労働組合スタッフの個人日記です

メルセデス・ソーサ Solo le Pido a Dios

2013年01月13日 09時29分23秒 | 闘いの歌・唄など


メルセデス・ソーサ
1935年7月9日、アルゼンチン北西部アンデス山脈のふもとの高原の町で生まれる。父親は貧しい労働者だった。 
25歳の頃(1960年頃)から1950年代末から中南米を中心に起こった「Nueva cancion ヌエバ・カンシオン(新しい歌)」と呼ばれる音楽運動に共鳴し、1962年、詩人A・デハーダ・ゴメス(Armando Tejada Gomez)、作曲家オスカル・マトゥス(Manuel Oscar Matus、ソーサの前の夫)らと、今後は社会的・政治的なことにまで言及した歌を歌っていくと言明しアルゼンチンでその『新しい歌』の運動を起こし、民衆の圧倒的支持を得る。

1973年の軍事独裁政権クーデター。
とりわけ1976年から軍事評議会のホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍が大統領に就任すると、ビデラ政権は「汚い戦争」を対ゲリラ戦略として採用し、反体制派、及びゲリラとみなされたものを非合法的な手段で徹底的に弾圧した。秘密裏に「行方不明」になった者は9,000人から30,000人にも上ったという。

ソーサは自由や人権を主張する歌を歌い続けた。

1978年コンサート・ステージ上で、軍事独裁政権により逮捕され投獄。
ソーサの歌は放送禁止にされる。
1979年、国外追放。ヨーロッパに亡命。

1982年に軍事政権が崩壊し帰国するまでの3年間、国外にありながらも軍事政権の圧政に苦しむアルゼンチン民衆のために歌い続けた。

1982年2月、帰国した彼女を、民衆は喜びの涙と大歓声で迎え入れた。
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「solo le pidoa dios  ただ神に祈ることは」


1、ただ神に祈ることは
痛みに対して自分が無関心でいたくないこと
充分やった、という思いも抱くことなく乾ききった死を迎えたくないということ。
 
2、ただ神に祈ることは
不正に対して無関心でいたくないということ
戦争が私の運命を傷つけたうえにもう一方の頬を叩きたくないということ。
 
3、ただ神に祈ることは
戦争に対して無関心でいたくないということ
それは貧しく無実な全ての人々を踏みにじる巨大な化け物だから。
 
4、ただ神に祈ることは
忘却に対して無関心でいたくないということ
もし裏切り者が何かをしでかしてもそれは容易に忘れ去ったりしないということ。
 
5、ただ神に祈ることは
未来に対して無関心でいたくないということ
絶望しても行進しなければ別の新しい文化の中で生きるために。
 
6、ただ神に祈ることは
戦争に対して無関心でいたくないということ
それは貧しく無実な全ての人々を踏みにじる巨大な化け物だから。
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