日々穏やかに・・・   

デジカメをバックに入れて、アッチぶらぶらコッチぶらぶら・・・癒されながら癒しの写真を撮っています!
 

次姉からの〝手紙〟5

2012年04月20日 | 暮らし
姉は洋裁が好きで、確か十代の頃だったと思いますが、目黒駅の近くに杉野ドレスメーカー女学院があり、私に願書を貰って来て欲しいと云うことで、何度かドレメへ出向いたことがあります。
 (通信教育か、定時制だったか、良く覚えていません)
わずかな小遣いを貯めて、月謝を払ったのでしょうか。

一番覚えているのは、私の高校の制服です。
家が貧しかったものですから、学校の指定店から買うことが困難でした。
そんなわけで、姉がセーラー服を作ってくれました。
本当に上手でした。

私が高校に行くことは、とてもためらいました。
高校へ進学すべきか、就職をしようかと・・・

当時の高一の担任が、K先生と云って、姉が習ったことがありますので、K先生には良くしていただきました。
K先生のお父様が、当時幅をきかせていた、国鉄労組の委員長でした。
終戦後の労働組合、とくに国鉄労組は大変なものでした。
この様なわけで、K先生の紹介で国鉄の入社試験を受けたのですが、見事失敗に終わりました。

そこで、家計が苦しかったのですが、高校を続けることにしました。
大変でした。でもほとんどの友達が同じような経験をしているわけですから、何とか卒業する事が出来ました。
でも学校時代は、良い友達に恵まれたので、六十年過ぎた現在でもおつき合いをしております。
京成沿線に四人居ます。




            ※〝ブログの爽やかばあさん〟は、この時の記憶はありません。
             次姉のセーラー服!写真で見ましたが、素晴らしい出来です。
             セーラーカラーの白線や袖口の白線、見事でした!
             プリーツのジャンバースカートも!!!

             私の洋服もセーターも、18才迄全て長姉の手作りでした。
             ジャノメミシンとブラザー編み機もありましたよ!
             正月用や遠足の時の洋服は、全部作ってくれました。
             デザインや色柄! 今でも鮮明に覚えています。

             母のと自分のと、三人の妹のと・・・全てです。
             今思うと・・・・こんな事誰も出来ないですよねー
             家の仕事の合い間にですよー
             そして、噂を聞いて近所の人達からも注文が来ましたから・・・
             本当にすごい姉です!!!!

             現在81才ですが、近所で元気に暮らしています。