自然・宇宙・地球・旅から人生を顧みる

自然や宇宙、旅が好きな私のブログです。色々な体験など、日々の出来事について日記風に綴ってみます。

「全国連携団体長会議」の開催

2016年10月17日 14時19分57秒 | 日記

 「過ぎ去った日々…」であるが、去る8日から10日まで、北海道苫小牧市で「(公)財団法人日本宇宙少年団(YAC)全国連携団体長会議」と「ワークショップ」が開催された。YAC事務局に置かれている“運営委員会”が事業を仕切ることになっているようで、私は運営委員会委員であるとともに今回の会議等の議長を任じられ、8日8時過ぎの飛行機で新千歳空港へ飛び立った。会議開催地が北海道苫小牧市ということで、「夫婦最後の北海道の旅」を兼ねて、家内も同行させた。勿論会議にかかる部分は全て、フロアーへ同席させた。

 8日午前中は「苫小牧高専」でワークショップがあり、午後は視察研修だった。私は10時すぎに新千歳空港へ到着し、苫小牧駅行の路線バスで2日間宿泊するホテルへ行った。荷物を預かってもらい、会場の「苫小牧科学館」へは13時半頃に到着した。午後は14時から「地元の専門家が説明する研修会」があり、観光バスで「王子第一発電所」

  

「サケマス孵化場」

  

「インディアン水車」

  

「ミール館」の見学学習が実施された。苫小牧市と王子製紙は“切っても切れない関係”のようで、かなりの面積を王子製紙が占めているらしい。また、市内を流れる“千歳川”には「サケが遡上」しているようで、関係する施設の一つ「サケマス孵化場」と「インディアン水車」を見学し、科学館に展示されてある「ミール(ロシアの宇宙船実物)」を見学した。

              

通常は閉鎖されている所も公開され、素晴らしい体験ができた。

 9日は朝から「連携団体長会議」が開催され、私は10日の午前中まで議長の大役を任されることとなった。午前中が「連携団体長会議」で、今後のYACの在り方や事業展開の計画等を議論した。

午後は「宇宙教材開発研究」に係る実践の交流があり、その後「基調講演」として『宇宙ステーション補給機「こうのとり」。そして月・火星への補給へ』と題して、麻生 大さん(JAXA有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター技術領域主幹 HTVフライトディレクタ)が、凡そ75分間話された。

  

18時に終えて、「懇親会」のために会場移動。宿泊ホテルの2Fで懇親会が開催された。懇親会での「終わりの挨拶」も私の役目だった。

 10日は8時半開会。YACは全国を9つのブロックに分けてある。そのブロックごとの協議会を9時過ぎまで行い、続いて4つの分団による「活動事例発表」が行われた。11時過ぎから「ブロック協議会」の報告を受けて質疑に入り、続けて全体会議を行った。結論が出るわけでもないので、次年度の開催地と開催期日を(案)として取り決め、最後の締めを「議長挨拶」として終えた。これで3日間に渡る会議を終了したので、私は家内とレンタカーの営業所へ徒歩で向かった。外は気温が低く、風もあった。12時すぎに営業所へ着いたが、レンタカーは既に準備されていた。「石北峠の道路事情を聞きたい」と問うと、「若干の積雪や凍結があるようです」とのことだったので、タイヤをスタッドレスに替えてもらった。それでも気になるので「タイヤチェーンはありますか」と聞くと、「北海道ではタイヤチェーンは使いません」だって。車を借りてホテルへ行き預けてある荷物を受け取り、海鮮市場へ行った。そこで土産物を購入して宅配を依頼し、カーナビの指示に従って本日の宿泊地「十勝川温泉」へ向かった。苫小牧東ICから道央自動車道に乗り、千歳恵庭JCから道東自動車道に入った。通行車両は少なく快適に走れたが、PAなどには外国人観光客(中国?台湾?)が多くて閉口した。音更の手前あたりから西行きの車両が混みはじめ、やがて渋滞のような状況を見ながら、音更ICで地道へ下りて十勝川温泉へ向かった。地道は交通量も多く、信号も多くなって気を使ったが、無事に宿に到着した。が、ここも外国人旅行者が溢れていた。夜は十勝平野に、“上弦の月”が輝いていた。この日は、苫小牧市から十勝川温泉まで走り続けただけだった。

 11日朝、部屋からの景色は洪水で河川敷が流され、砂礫の状態の河川敷を見た。

以前来た時は綺麗な芝生の河川敷だったが、かなりの洪水だったようで流木の残骸も目につき、川岸の木々も倒れて見えた。朝食後出発の準備をしてホテルを後にして鶴居村へ向かった。道東自動車道を阿寒ICまで走り、地道を北上した。「この季節、鶴はいなかろう」と思いつつ「タンチョウズルサンクチュアリ」へ行ったが、鶴がいなくて施設は閉鎖していた。仕方なく山野を走って「摩周湖」へ。途中より道をするような施設はなく、ただ広々とした原野や牧草地を見ながらのドライブ。10時頃には摩周湖駐車場へ到着した。40年くらい前に来た記憶は殆どなく、環境保護された摩周湖を見ながら家内と記念撮影。

 

来た道を戻り「屈斜路湖」へ。昔「クッシ―」という怪物がいた、との風評が流れ歌まで造られたが、あの話はどうなったのだろうか? 

「ネッシーとクッシー」

1.昔むかしの  大むかし    そのまた昔の 大むかし

  夜空に星が  かがやいて   二つ流れて  落ちたとさ

2.スコットランドの湖と      日本の北の  みずうみに

 サファイヤ色の尾をひいて    二つ流れて  落ちたとさ

3.誰から受けたこの身やら    いつ迄生きる  さだめやら

 千年ひそむ  屈斜路湖     いつか呼名も クッシ―さ 

「遊覧船乗り場」の看板前にあった食堂で昼食を摂り、硫黄山へ向かった。

ここも40年くらい前に来たことがあるのだが、記憶は薄い。活火山で活動中、噴煙が激しく、風向きによっては硫化水素の臭いがきつかった。

       

硫黄分の多いところでは黄色く蓄積していたが、採取するだけの量はない。ここで“ソフトクリーム”を食べたが、道中唯一の間食だった。16時発の「阿寒湖観光船」に乗る予定でいたので、宿のある阿寒湖畔へ向かった。15時すぎに到着し、チェックインの後観光船乗り場へ急いだ。

        

阿寒湖岸の紅葉は綺麗だった。16時に出発した観光船は湖を周回し、マリモセンターへ立ち寄った。僅か15分だったが、小さなマリモから径が30cmもありそうな巨大マリモまで観察できた。遊覧船が桟橋に着くころにはすっかり帳がおりて、夜風が寒かった。

「マリモの唄」

1.水面をわたる  風さみし   阿寒の山の  湖に

 浮かぶマリモよ なに思う   マリモよ マリモ  緑のマリモ

2.晴れれば浮かぶ 水の上    曇れば沈む  水の底

 恋は悲しと   嘆きあう   マリモよ マリモ  涙のマリモ

3.アイヌの村に  いまもなお  悲しくのこる  ロマンスを

 歌うマリモの  影さみし   マリモよ マリモ  緑のマリモ

 12日朝、出発前にフロントで石北峠の様子を伺うと、定点カメラの映像を見せて下さり「大丈夫ですよ」とのことだったので、国道39号線で石北峠を越えることにした。最初は北見にある「キタキツネ牧場」を目指した。相変わらず自然豊かな道内を走った。途中、北見市に入る手前で給油したが。その時「サービスです」と言いながら、卵を1パックくださった(荷物に入れて、自宅まで持ち帰った)。「キタキツネ牧場」には先客が一人いただけで、他に客はいなかった。20頭を超えるキタキツネがいたが、寒いのかほとんどが丸まっていた。

中に2~3頭、元気に走っているものもいたが…。前を流れる川は、洪水の爪痕が大きく残っていた。近くの道の駅に寄ってみたが、客は殆どいなかった。「タマネギ」を売っていたが、10kg1000円だった。R39を西に走ったが、川という川は洪水に傷めつけられていた。石北峠に入る辺りに「イトムカ鉱業所」という看板があったが、何故か懐かしさを覚えた。教師4年目の頃、仲間と自家用車で福山から北海道まで旅行に来たことがある。恐らく、その時の記憶と思うのだが…。石北峠は難所だ。勾配もきついが、カーブも多い。上ったり、下ったりしながら、徐々に高度を上げる。最高か所に着くころには雪景色、降雪である。層雲峡へ着くころには雪も激しさを増していた。トンネルを掘れば安心して走行できるのだろうが、“費用対効果”を考えれば「無駄」なのだろうか。それでも層雲峡へ着くころには雪も弱まったので、大雪山ロープウエーに乗ることにした。僅か7分間のロープウェイだが、運賃は高かった。上の駅に着くころには雲間に太陽も見えたが、積雪は4~5cmはあっただろうか。

     

雲が厚くなったので下山して層雲峡の紅葉を見に移動したが、時折の日差しに生える時は綺麗に見えた。「流星の滝」「銀河の滝」は、水量が多くて見栄えが良かった。

     

層雲峡のホテルは、3~4年前に泊まったホテルと同じだった。ここも外国人客が多かった。

 13日、北海道最後の日。今日は層雲峡から新千歳空港までのドライブ。ほとんどが、ただ走るだけ。時間のゆとりを持ってフライと時刻を18時30分にしておいたが、それは間違いだった、

 本日の立ち寄り先は「三笠市立博物館」。北海道は多くのアンモナイト化石が出た場所で、その蒐集品が多い。

      

「一度は行ってみたい」と思っていたのが、この日に実現した。その昔は「空知集治監」があり、その後は炭鉱で栄えたところ。

  

見学客は私たち二人のみだった。町は閑散としていたが、地史においては貴重な場所である。約1時間余時間を過ごして、三笠ICから道央自動車道で一路新千歳へ。天候は晴れで、快適なドライブ。途中のSAで昼食を摂ったが、13時頃には新千歳のレンタカー営業所へ到着。車を返して、マイクロバスで空港まで送ってくれた。時間つぶしをしなければならないので、荷物(キャリーバック2つ)をカウンターへ預けて、銀ブラならぬ店舗ブラ。それでも時間は経たないので、送迎デッキの近くで、席取りをして時間つぶし。ほぼ5時間は辛かった、が仕方ない。とにかく時間が過ぎゆくのを待ち、18時30分発の飛行機に乗った。外は真っ暗なので何も見えず、機上の人。広島空港への着陸態勢に入るころ、眼下に福山市の夜景が見えた。2時間弱のフライトで、20時25分頃無事広島空港へ着陸。駐車場で愛車プリウスに乗った時、やっと帰ってきたという安堵感。山陽自動車道を本郷IC~三原久井ICまで走り、後は地道を通って自宅まで。長かった6日間の荷を解いた。

 これが最後の「北海道旅行」となることだろう。良い思い出が多く出来たなあ…。キャリーバックに入れた卵、無事だった。北海道の最高の土産となったかもしれないなあ…。

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