大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、平成17年リタイア後ブログをはじめました。

第4回関西花の寺

2017年06月10日 | 関西花の寺
昨日は、第4回関西花の寺、今回は兵庫県の3ヵ寺へ。
難波7時集合、梅田から中国道、舞鶴若狭自動車道、北近畿豊岡自動車道を経由して豊岡へ。

バスは、真っ青な青空から降り注ぐ明るい陽射しを受ける早苗や青々した山並みを望みながら約3時間のドライブ。
最初の参拝寺隆国寺に到着、石垣に囲まれた趣は城郭のようです。

隆国寺
曹洞宗。
室町時代、山名家の四天王垣屋隆国公の菩提寺として開基。
本尊は、聖観音菩薩で60年に一度開帳の秘仏。

本堂内の襖には、虎・孔雀・鶴(中にコウノトリも)等が画かれ岸派(江戸時代)の作品。
遣明使節団が持ち帰った牡丹を本尊に供え境内にも植えたことから、現在では但馬のぼたん寺として有名。

境内には白い花が満開、ヤマボウシでした。
また、花は小ぶりですが赤、青、紫と色とりどりに咲く山アジサイが見頃でした。

出石にて昼食。バスで小1時間、應聖寺へ。

應聖寺
天台宗。白雉年間天竺の法道仙人により開基。
播磨守護職赤松家の祈願所として七堂伽藍を整え再興。

法話の際、当寺は沙羅双樹の寺として有名で境内には200株程度あるが、今朝点検したところ咲いているのは樹の先端の一輪のみ、と。
境内には沙羅だけではなく色々な花が咲いていて、セッコク(写真下左)も見頃です、と。

一輪の沙羅の花の下には、涅槃の石像。(頭と足を造られ胴体部分にはサツキが植えられています)
先代のご住職が余命3か月を宣告されてから刻み始め、12年を要して完成後亡くなられたそうです。

バスで移動90分、鶴林寺へ。

鶴林寺
天台宗。
排仏派から逃れていた高句麗の僧恵便法師の教えを受けるため、この地を来られた聖徳太子が精舎を建立し四天王寺聖霊院と名付けられたのが当寺の始まり。

養老2年、太子の遺徳を顕彰するため七堂伽藍を建立、その後慈覚大師円仁が入唐の際立ち寄られ薬師如来を刻して国家の安泰を祈願され、以後天台宗となる。

天永3年鳥羽天皇から勅額を頂き、鶴林寺と改め隆盛を極めた。
今でも、刀田の太子さん・播磨の法隆寺と呼ばれ人々の信仰を集めている。

太子堂(平安時代)。本堂(室町時代)は、建立当時から残り何れも国宝である。
室町時代建立の三重塔は、江戸時代に大修理が行われ、仁王門と共に県の指定文化財。

ここでも沙羅はつぼみでしたが、菩提樹の花が満開で香りと共に楽しめ、広大な境内は往時の面影が偲ばれました。

海岸線道路の渋滞情報により中国道へ回って難波着7時30分。
梅雨に入った所でしたが、素晴らしい好天に恵まれ目的の沙羅の花には一輪出会え。また多くの花にも出会えた楽しい旅で相棒共々満足の一日となりました。

今回は、加古川上流の豊岡市から下流の加古川市までを旅しました。
ご住職のお話しの中に、つぼみに出会ったら「頑張って咲いてね」、また散った花に出会ったら「よく頑張ったね、ご苦労さん」、と心の中で声掛けをして花を見るように心がけたいと思いました。
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