大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、平成17年リタイア後ブログをはじめました。

小倉・長崎・博多の旅(その2)

2017年02月13日 | 旅行
2月11日・グッスリの睡眠、今朝も朝食が美味しい。
長崎駅前へ送迎バス、手荷物をコインロッカーへ。

市電松山町下車すぐの原爆爆心地へ。
黒御影の石柱が建てられた爆心地の上空500mでさく裂した原爆での被害の大きさを考えると、絶対に繰り返してはいけない行為であることを再確認します。

二人とも高校の卒業旅行で訪れた平和公園での、世界恒久平和を願う平和の像(北村西望作)から浦上天主堂へ。

浦上は、1567年キリスト教伝来以降信者が多くなり、特にイエズス会領となった1584年から3年間は長崎でのキリスト教の一つの中心となった。
キリスト教禁止により信徒は潜伏して信仰、弾圧により多くの信徒は配流された。1873年浦上に戻ることができた1900人を中心に教会建設が計画。
起工より30年後の1925年石と煉瓦造りのロマネスク様式で東洋一の大聖堂完成したが、1945年の原爆で爆心地から500mの教会は全壊。
1959年鉄筋コンクリートで近代様式とロマネスク様式を混合した新天主堂が完成。
教皇ヨハネ・パウロ二世の来日を機に被爆前の天主堂への復元を実施し外壁を煉瓦タイルに改装、1980年現天主堂完成。

駅への途中の原爆資料館を見学。
実物大の原爆とそれによる被害のすさまじさを示す数々の展示品を見学、二度と繰り返さないことを肝に銘じます。

中華街へ戻って、豚まん・チャーシュウマン・胡麻団子での昼食を終え諏訪神社へ。

長崎は、戦国時代イエズス会の教会領になり、諏訪・住吉・森崎三社は焼かれたり、壊されたりしてなくなっていたのを1625年初代宮司となる青木賢清により再興し長崎の産土神としたのが諏訪神社の始まりです。
さらに、1648年徳川幕府より朱印地を得て鎮西無比の荘厳な社殿が造営された。
当神社の大祭、長崎くんちは絢爛豪華で異国情緒のある祭りとして国の重要無形民族文化財に指定されている。

本殿まで193段の階段を上り、途中立派な石の鳥居五つを潜って参拝後眼鏡橋へ。

眼鏡橋は、1634年架けられた日本最古の石造りアーチ橋。
中島川に架かる石橋は、この眼鏡橋を含めて12の石橋があり、川の両側に残る町家と共に独特の趣が感じられる地域となっています。
この周辺にもランタン祭りの飾り付けがされており、多くの観光客が訪れていました。

その後、出島へ。

長い岬の先端にあった事から長崎と呼ばれるようになった、その岬の先端に1636年徳川幕府の命により長崎の25人の有力な町人が出資して出島を築造し、町で暮らしていたポルトガル人を収容し貿易の掌握とキリスト教の広まりを防ぐ仕組みが完成。
その翌年島原、天草の一騎が起こり1639年ポルトガル船の来航は禁止。
その後、平戸で貿易していたオランダの商館が出島に移されて日蘭交流は続き、ヨーロッパとの唯一の貿易地、蘭学を初め日本の近代化に必要な発信基地として出島は重要な役割を果たした。

その後グラバーやリンガーたちの活躍でグラバー園周辺の外国人居留地へ貿易の中心が移り、出島の歴史的役割は終え周囲の埋め立て等により次第に都市の中に埋没していき扇型の地形も失われた。
1922年和蘭商館跡として国指定史跡に指定され、戦後復元計画が動きだし民間の所有であった土地を長崎市が買い上げ50年の歳月をかけて16棟の建物の復元に至っており、今後は扇型の出島の周囲を堀で囲み昔のように再現される計画のようです。

長崎駅前に戻って、日本二十六聖人殉教の地へ。
1597年秀吉のキリシタン禁令によって京都で捕えられた外人6名と日本人20名が長崎へ護送され、この地で処刑された。
ローマ法王は、この26名を殉教者として聖人に列し日本二十六聖人と称した。
記念館は、5時を過ぎていましたので閉まっていました。

長崎発19時のバスで小倉へ移動前に夕食、長崎の美味しい魚のお寿司で満腹。
端島(軍艦島)行きの船が欠航だったのは残念でしたが、その分市電の一日券を利用して市内の観光地を巡ることが出来ましたのでラッキーでした。

小倉には10時過ぎに到着、二人ともバタンキュー。
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