575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

推敲のチエックポイント・4 ~5・7・5の定形になっているか~(等) 

2016-11-07 09:00:48 | Weblog
俳句は難しい言葉を使って、特別なことを詠む必要はありません。私たちが普段見慣れていることから、何か発見があったり新しいことに気づいたら、それを5・7・5の形に乗せて句にすれば良い・・・、と言われています。
私ごとで恐縮ですが、女房が最近「座骨神経痛」になって旅行などに出難くなり、句材にも不自由になりました。やむを得ず私の近辺にあるもの、起こったものを詠むことが多くなりましたが、これによって私の新しい俳句の道が開けたように思っています。

さて元へ戻って、だから俳句は不自由なようで自由なので、決め事は①5・7・5のリズムに乗せる②季語を一つ入れる③出来れば”切れ”を入れるの3つだけです。

私は先日NHKの句会で「栗を焼く大きな栗の木の下に」という句を出しまし、先生をはじめ何人かが採ってくれました。ある人は”歌も俳句になるのだ”と驚いていましたが、この5・7・5の形は、日本語の詩歌の長い歴史の末にたどり着いた、極限の美しい韻律だそうで、歌や標語、CMなどにもコノリズムが多用されています。
「右左見て車は急に止まれない」とか、CBCの社歌「光あふれる東海の文化の花の・・・」など、日本人の体のDNAに織り込まれているのです。

でも最近は”字余り”の句が往々にして見られ、
 「この樹登らば(7)鬼女となるべし(7)夕紅葉(5)」
 「花衣(5)ぬぐや纏わる(7)紐いろいろ(6)」
などの名句は5・7・5のリズムになっていませんが、”中7”はキチンと守っています。つまり中7は句の要で、”字余り”はだらしない印象になるからです。

場合によっては、”上5、下5を字余りにすることで効果が出る”という人もいますが、我々初心者にとってはやはり基本をり、”どうしても”という時は、勇気を持って字余りにすることが大切でしょう。 
                                     (等)
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