575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

わかる句・わからない句   遅足

2017-06-19 09:41:13 | Weblog
俳句を読んで「わかる」時は、そうか!その通り!という気持ちになります。
そうか!は発見であり、その通り!は共感です。
その一方、ひとつひとつの言葉は分かっても、わからない句もあります。
  
  たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ

坪内稔典さんのこの句も「わからない」句でした。
「ぽぽ?」のあたりが火事って?・・・意味が分かりません。

ポイントは「ぽぽのあたりが火事」です。
まさに分からないところに句の工夫があるようです。
ある人は次のように解説していました。

 コトバは意味と同時に音も伝えています。
 「ぽぽ」という音は火が燃える様子を感じさせます。
 たんぽぽという「言葉」のぽぽのあたりがボヤですよ。
 と、いうことを作者は言いたいようです。
 意味を追うのではなく、言葉遊びを楽しむ句でしょう。

また、先日読んだ『カラダの智恵』(三村芳和・著)には、
似顔絵を見る時の脳の働きについて、こんな風に解説しています。

  視覚脳は「もの」の本質を引っぱり出し、
  脳内に先住する「もの」の情報と照合する。
  そして最後に「もの」を同定し分類する。
  こうしてようやく外界の「もの」が見える。
  これらのプロセスを画家はキャンバスの上で行う。
  『見るということは、それ自体で既に創造的作業であり、
  努力を要するものである』~アンリ・マティス。

言語脳に関しても同じようなことが言えるのではないでしょうか。

  三月の甘納豆のうふふふふ

など、稔典さんの句に親しんでいくうちに、私の脳は「ああ、あれか」と認識。
拒否感が消えて、オモシロイ句として楽しむことが出来るようになりました。
習うより慣れよ、でした。

「読む」ということも、創造的な作業で、努力を必要とするものの様ですね。
努力すれば楽しみの世界も広がりそうです。



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