程久保川の辺で

程久保川のほとりに住んで30数年、ここが私達家族の終の栖家となりました。

老人ホームで太鼓演奏

2012-08-24 15:37:47 | 旅行

 孫が入っているこども太鼓サークルが、老人ホーム慰問に行くので、お伴しました。

同じニュージャージー州ですが、娘の家はマンハッタンからハドソン川を渡って近くの街、老人ホームのある街はハイウェイを走って約1時間。ホーム一入り口ゲートはからさらに走って、見えて来たのは巨大なマンションの群れ。目的地の棟を探すのが大変でした。娘によると、全米で有料老人ホーム事業を展開している会社のひとつの施設がここなのだそうです。

100人くらいの会場は、敷地内の各棟から集まった人々ですでに一杯でした。気の毒なことに定員一杯になったからと、せっかく来たのに入れてもらえない人が沢山いました。音は聞こえるのだから、せめてガラス戸越しにでも見せてあげれば良いのに、ブラインドも下げてしまいました。

太鼓の演奏は7歳の小さい子から中学生まで9人。ワシントンD.C.の桜祭りの大舞台でも演奏した子どもたちです。5曲約50分の演奏は拍手喝采で終わりました。

驚いたのは日本の老人ホーム慰問とは全然違う雰囲気だったことです。男女ともにお洒落に着飾った人たちで、ちょっとした演奏会か社交場のようでした。警戒厳重なゲートといい、ここはかなりハイクラスの人しか入れない有料老人ホームだからでしょうか。入居者はリタイアしたばかりというような元気な高齢者が多かったです。広い駐車場は自家用車で埋まっていて、外来者スペースはわずか10台分しかありません、訪ねてくる家族は少ないのでしょうか。

 

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住宅街の鹿

2012-08-11 13:24:19 | 旅行

 12歳の孫娘は身長164センチ ひいき目ですがすらりとして格好いいと思うのですが、本人はもっとスタイルよくなりたいのだそうです。それで毎日早朝母親とウオーキングしています。

今朝、家から100メートル先の住宅に大きな野生の鹿がいました。じっとしていたので置物かと思ったそうです。子鹿も姿をみせて親子づれでした。

数日前のこと、ハイウェイ沿いの林にいた子鹿はさかんにしっぽを振っていましたが、母鹿にお乳をねだっているのだとか。

鳥に突つかれたので庭の畑に置いた大きなトマトが無くなっていて不思議に思ったのですが、もしかして我が家の庭にも来たのでしょうか。

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ミュージカル シスターアクト(天使にラブソングを)を見てきました

2012-08-09 12:07:06 | 旅行

 1992年のウービーゴールドバーク主演の映画がミュージカルになりました。

ストーリーは、売れないクラブ歌手が偶然ギャングのボスの殺人事件を目撃したため、追われるはめになり修道院に隠れます。あまりにも下手な聖歌隊に、彼女が今風のアレンジで教えた聖歌が大ヒット。寄付金が集まらないため、閉鎖寸前だった修道院の危機を救います。彼女がギャングのボスに捕まると、修道女たちは彼女を救うために大活躍。彼女と修道女たちの友情、ハイスクールの同級生だった冴えない警察官との恋もあり、舞台装置の展開早い豪華絢爛な舞台でした。

 「日本へ公演に行くこともあるけれど、ミュージカルは本場のブロードウェイで見ないとね。」とはアメリカに長く住むガイドさんの言葉です。レーベンス.シモネ(主役の女優)はじめほかの登場人物の見せ場の独唱も拍手喝采。観客は台詞のやり取りにに大笑い(言葉が分からないのは残念)。でも歌と踊りで充分に舞台を楽しめました。踊りながらさっと衣装を引き抜く早変わりが2回連続、舞台近くで見ていたのですが、仕掛けが分からない早業でした。

 娘は子育てに追われ、マンハッタン近くに住んでいても、ブロードウェイ観劇などの余裕はありません。二人の孫も楽しかったと言っています。お互いに記憶に残る思い出となりました。 

 

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戦争の後遺症

2012-08-03 13:57:37 | 旅行

  【daily sun】 8月2日に掲載されていた記事を紹介します。

 止まらぬ米兵自殺 「戦争の10年」深い傷

 米兵の自殺が止まらない。今年前半の自殺者数は150人を超え、同時期のアフガニスタンでの戦死者数を上回った。イラクやアフガニスタンに派遣された若い兵士が心的外傷後ストレス障害(PTSD0)を患い、帰国後に次々に命を断つ。10年を超す戦争は終わりに近づいても、「世界最強の軍隊」が負った傷は深い。

 「母さん、今夜は食事に出掛けよう」昨年4月22日朝、ショーン グリーンさんは 当時(28)は母ベトラさん(53)に電話でこう言った。優しい声だった。だがその夜ショーンさんは東部メリーランド州の自宅で服毒自殺した。戦場から戻って半年後のことだった。

 ショーンさんは2007年に軍入隊。10年初頭、アフガニスタンに派遣され、戦闘中に左肩を負傷し10月に帰国。自宅での暮らしを再開した後、不眠と悪夢に苦しみ始めた。

 仲間の兵士が爆弾で吹き飛ばされる場面を何度も目撃したショーンさん。「あんなものを見るとは思っていなかった」というばかりで、戦地の体験を詳しく語りたがらなかった。

 同州内の軍医療施設を頻繁に訪れ、PTSDと診断される。だが「専門的な精神科医の治療は一度も受けられず、睡眠導入剤を処方されただけだった」(ペトラさん)。感情の起伏が激しくなり、つじつまの合わない言動が増えたが、危険な兆候は見逃された。

 米陸軍公衆衛生司令部の統計などによると、米陸軍現役兵士の自殺率は04年から08年までに80%増加。11年には164人を記録し、今年は6月上旬ですでに154人だ。10万人当りのの自殺件数は、04年の9.6人から11年には24人に上昇した。

 同司令部は03年開戦のイラク戦争と、その後のアフガン戦況悪化の影響と分析。10年を超す戦争と度重なる前線派遣、継続的な戦闘が兵士の心身をむしばんできたのは明らかだ。

 

 私はこの記事を目にしたとき、「お鳥見女房」諸田玲子 新潮文庫を読んでいました。お鳥見とは、将軍の鷹狩りのための鷹場を管理するのが表の役目ですが、諸藩への隠密の役目も課せらていました。主人公の夫や父が命令により、心ならずも人を斬ってその呵責に苦しんでいる場面が度々書かれていました。

 アメリカは志願兵制度です。兵隊になるのは貧しい階層の若者が多いそうです。傷ついた元兵士たちに充分な治療の手だてもないとは、どういうことなのでしょうね。

 

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