程久保川の辺で

程久保川のほとりに住んで30数年、ここが私達家族の終の栖家となりました。

ヌエボ橋からの景観

2006-05-30 20:45:39 | 旅行
ヌエボ橋から下を見ると、吸い込まれそうな深い谷、谷の向こうには広々とした緑の大地が、遠くの山々まで広がっていた。
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ロンダ ヌエボ橋

2006-05-30 20:24:03 | 旅行
岩山の上の二つの街を繋ぐため1793年に造られたヌエボ橋。橋の下は100mもある断崖絶壁。橋の内部は牢獄として使われた。
街の食料品店のウィンドで、ぶら下がった鴨の下に長ねぎ三本飾ってあったの見つけ、可笑しくなった。
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ロンダ 闘牛士

2006-05-30 19:38:15 | 旅行
ロンダは、アンダルシア地方内陸部の深い峡谷と断崖絶壁に囲まれた古い街です。
ロンダの闘牛場は1784年に建設され、近代闘牛発祥の地と言われてます。赤い布を使ういまの闘牛スタイルは、ベドロ・ロメロ親子が考え出したもの。闘牛場の観客席の下は闘牛博物館になっていました。写真は昔の闘牛の様子を描いた絵です。
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英国領ジブラルタル

2006-05-16 22:35:05 | 旅行
ジブラルタルは長さ4.5km、幅1.4kmの細長い半島。英国領のため歩いて国境を越えた。
ロープウエーで400m登ってターリクの丘の展望台へ。対岸のアフリカがかすかに霞んで見えた。海峡は一番狭いところで15km程度だそうです。この海峡を越えてイスラムの人たちがイベリア半島に上陸してきたのでしょう。

この丘には日本猿くらいの大きさのバーバリ猿が沢山棲んでいる。第2次世界大戦のとき、戦況が不利になるにつれて猿も少なくなったので、チャーチル首相はアフリカから猿を連れてきたとか。バーバリ猿は半島のシンボルとして大事にされている。
私の目の前を歩いていた女性のリックに飛び乗って、チャックを開けてビスケットを盗んだ早業にびっくり。スクープ写真を撮りそこなった。
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ミハス サン・セバスチャン通り

2006-05-13 17:38:55 | 花おりおり
人口3万5千人の小さな村だが、スペインを代表する観光地。白い壁の家がずっと続いている。写真はサン・セバスチャン通り。狭い路地の昼下がりの午後。テーブルを持ち出し寛いでいる。
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ネルハ(コスタ・デル・ソルを代表するリゾート地)

2006-05-13 17:16:07 | 旅行
ネルハはコスタ・デル・ソル(太陽海岸)のリゾート地のなかでも屈指のリゾート地。地中海に突き出た切り立った断崖から遠望できる景色の美しさに、この断崖はヨーロッパのバルコニーと呼ばれている。遠くに見える山脈は頂上に残雪があるシエラ ネバダ山脈。この地方の家の壁が白いのは、夏の強い光線を反射するため。
午後2時から4時まで仕事を休むスペイン独特のシェスターは、40度前後に気温が上昇するスペインの暑さ対策だそうだ。
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グラナダ市内を眺める

2006-05-08 22:46:04 | 旅行
バルセロナから1時間20分の空の旅でグラナダへ。8世紀から15世紀までイスラムが支配していたグラナダは、その名残りが建築に美術に色濃く残っている。人口30万人のうち学生が多く、グラナダは大学の街でもあるようだ。
旧市内はほとんど丘の上。丘に上る狭い道筋に家が密集している。
アルハンブラ宮殿や市内を遠望できるアルバイシンの丘に上り、グラナダ市内を遠望した。
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ライオンの中庭

2006-05-06 22:06:44 | 旅行
ライオンの中庭と庭を囲むいくつかの部屋は王様以外の男性立ち入り禁止のハーレム。
中庭は124本の細い大理石の柱に囲まれていて、庭の中心に12頭のライオンに支えられた円形の噴水がある。
ハーレムの美女達はどこから連れてこられ、ここでどんな思いで過ごしていたのだろう
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アラヤネスの中庭

2006-05-02 22:46:59 | 旅行
アルハンブラ宮殿の王宮は、14世紀にユフス1世とムハンマド5世父子の時代に建設された王宮で、イスラム文化の精華といわれている。アラヤネスの中庭はテレビでしばしば放映されれいるお馴染のところ。南北35m、東西7mの大きい長方形の池は両脇にアラヤネス(天人花)の植え込みがあることから名づけられた。
池の水面は鏡のよう。コマレスの塔が鮮やかに写っている。
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