山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

沖縄米軍ヘリ事故はこれからも起きる。県民の安全を守らない日本政府

2017年12月15日 10時19分24秒 | Weblog
 オスプレイが沖縄・名護の海岸に墜落してちょうど1周年の日12月13日10時過ぎに、米軍はまたも重大事故を起こした。CH53へりが緊急脱出用の窓を落としたのは、普天間基地に接している普天間第2小学校の運動場の真ん中だ。両脇に分かれて体育の授業中の2年生と4年生50人がいた。「ドン」という大きな音とともに風圧で飛んだ小石が男児一人に当たった。
 2004年にはCH53ヘリが同じ普天間基地脇の沖縄国際大学に墜落した。それにつぐような学校への重大事故だ。1週間前の7日にも、米軍機の離着陸コースの下にある緑ヶ丘保育園の屋根にCH53の円筒形の部品が落下した。しかし米軍は飛行中の落下とは認めていない。いずれも一歩間違えば、命にかかわる事故だ。CH53は今年10月、東村の牧草地に火災を起こして不時着し、炎上・大破する事故も起こしている。6月にも、CH53は久米島空港に緊急着陸している。
 CH53ヘリは、安全に飛べる代物でないことはもはや数々の事実が示している。オスプレイもそうだ。翁長知事が、県内の全米軍機の緊急点検とそれが終わるまでの全米軍機の飛行停止を求めた。もっともなことだ。ところが、CH53以外の米軍機は、14日福田防衛政務官が小学校の現場を視察しているその時にも、平気で学校上空を飛び回っている。植民地の住民がガタガタ言うなといわんばかりのふるまいだ。事故がなくても、毎日毎日、轟音をあげて学校上空を飛び回る米軍機を認めていいと日本政府は思っているのか。
 翁長知事が山本朋広防衛副大臣に上記申し入れをしたが、副大臣は14日、知事との会談ののち記者団に、「安全性が確認されているものは、飛行を妨げるということはなかなか難しい」と全米軍機の緊急点検とそれが終わるまでの飛行停止を政府としては求めないという態度表明をした。翁長知事の要求を拒否したのだ。これが日本政府の姿だ。
 米軍は数日でCHの安全が確認されたといって日本政府はそれを追認するだろう。例によって。しかしCH53へりは以後も事故を起こすことは間違いない。すでに運用開始から30数年を経て、老朽化がすすみ、修理不足も蔓延しているといわれる。老朽化がすすめば、事故が増えるのは当たり前だ。
 許せないのは、日本政府の態度だ。事故を利用して、「辺野古移設は、日米同盟抑止力の維持と普天間飛行場の危険除去を考え合わせたときに、唯一の解決策である」(菅官房長官)、「きちんと移設して普天間飛行場の危険性を除去する。これにつきる」(山本防衛副大臣)、「だからこそ早く移設しなければならない」(萩生田幹事長代行)と、辺野古新基地推進の口実にしている。
 わたしは現役の時、那覇出版社発売の「組写真オキナワ」と教材として使っていた。沖縄戦の惨状と戦後の沖縄を実情を学ぶ貴重な実物教材だった。その中に、「基地公害に悩まされる学校生活 授業中も演習は強行される(普天間第二小学校)」という1枚があった。普天間第二小学校の校舎が間近に見える普天間飛行場での海兵隊の演習写真だ。大型ヘリ3機からの降下訓練写真も組み込まれている。普天間第二小学校はベトナム戦争中も、それ以後も、現在も、米軍に苦しめられつづけてきた。全機の飛行停止、さらに普天間飛行場の無条件撤去以外に解決の方途はない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« NHK受信料最高裁合憲判決の逆... | トップ | 南京事件80年、事実を直視... »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事