山上俊夫・日本と世界あちこち

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被爆者の願い、広島・長崎市長の熱い思いと、安倍首相の冷淡なことば

2017年08月10日 13時34分36秒 | Weblog
 8月6日。広島の平和記念式典で松井一美市長は「今年7月、国連では核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、核兵器のない世界に向けた取り組みをさらに前進させなければなりません。特に、日本政府には、『日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う』と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進をめざして核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と「広島平和宣言」を発表した。
 これに対し、安倍首相は、「真に核兵器のない世界を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核3原則そ堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です」と述べた。式典後の記者会見ではより明確に「核兵器国と非核兵器国の立場の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける」結果になるとして、条約への署名・批准はしないと明言した。
 これは被爆者の気持ちをふみにじるものだ。広島被爆者団体連絡会議の吉岡事務局長(88)は「核兵器禁止条約は被爆者の悲願であり、世界各国の大きな喜びだ。ところが被爆国である日本が署名しないという、驚くべき態度をとった。満腔の怒りをもって抗議する」と述べたのは当然だ。
 8月9日の田上富久長崎市長の「長崎平和宣言」は感動的なものだった。核兵器禁止条約は被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になったものだとして、「日本政府に訴えます」
と切り込んだ。「核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにもかかわらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。」つづいて「私たちは決して忘れません」と72年前の被爆の実相と今もつづく放射能障害を詳述した。田上市長の確固とした姿勢を示した宣言だった。

 去年の11月には、今年3月からの核兵器禁止条約の会議には参加すると明言していた広島出身の岸田外務大臣を、安倍首相はアメリカの意向を受けて参加させないようにした。その後、岸田氏は不参加は自分の意志で整合性はあるといっていたが、屈服したのは明らかだ。
 広島・長崎の平和式典で両市長の平和宣言を聞いているときの安倍首相は、目をつぶり、真正面から受け止めたくないという気持ちがありありだった。被爆者をはじめ熱い思いで参加した人々の中で、だたひとり浮いているような感じだった。
 安倍首相は、核兵器禁止条約は「核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける」といった。核廃絶には逆効果だというのだ。ならば、被爆者の70年余に及ぶ努力と訴えはなんだったのだ。被爆者が涙を流して喜んでいるのに、その冷たい態度はなんだ。それなら安倍首相がどんな努力をしてきたのか。逆効果だというのなら、日本政府の努力で核兵器の禁止、さらに廃絶へ今一歩まで来たのにという中身を出すべきだ。ないことは国民皆が知っている。アメリカの腰ぎんちゃくになっているのに、その枠を踏み出すことはできるはずがないではないか。
 この条約をつくるうえで、大きな力を発揮したのは小さな国だ。議長を務め最大の推進役となったエレン・ホワイトさんのコスタリカ、核抑止力論を打ち破る論陣を張ったオーストリア、アイルランドなど小さな国ばかりだ。でも堂々としている。国際政治の主役は変わった。大国主導は前時代のものとなった。またこの国連会議では、市民社会の代表、世界の反核運動の代表が正式に会議の構成員となった。画期的なことだ。日本の被爆者も、原水協の代表も正式に発言時間を与えられた。
 6日から広島で、ついで長崎で原水爆禁止世界大会が開かれた。そこには中満泉・国連軍縮問題担当上級代表が参加し、エレン・ホワイト議長がメッセージを寄せた。国連は、核兵器禁止・廃絶のためにたゆまず努力してきた市民運動をその推進者として頼りにしている。
 国連も、以前は核兵器は道徳的にはよくないが合法だという立場だった。だがここ数年、核兵器を人道的側面からとらえることが中心であるべきだとの考えに立つようになった。それまで核兵器は必要悪で、核抑止力論つまり核兵器をちらつかせて脅すことで安全を確保するのが正しいことだとしてきた。でもこの立場に立てば、永久に核兵器はなくならない。
 これに対し、正面から核兵器を非合法化し、禁止する方向が急速に国連内で支持をひろげた。安倍首相はそれは溝を深めるだけで逆効果だという。しかし、細菌兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、クラスター爆弾禁止条約などは、大量殺害兵器、残虐兵器は禁止するという明確な意思の下につくられた。これらの残虐兵器を禁止する条約をつくるのは逆効果だったといえるか。条約加盟国は増えてきたのが事実だ。核兵器を持っている国が核兵器をなくすまで待つというなら、それまで世界はおびえ続けなければならない。それが正しいとどうしていえるか。禁止し、非合法化して、核兵器を持つ国に迫っていくことが正しいということは、過去の残虐兵器禁止の歴史が証明している。
 安倍内閣は、被爆国政府にもかかわらず、おどろくべき見解を持っている。2016年3月の参院予算委員会で、横畠内閣法制局長官(安倍首相がむりやり押し込んだ人物)は「憲法上、あらゆる種類の核兵器への使用がおよそ禁止されているとは考えていない」と答弁し、2017年4月1日の質問主意書への答弁書(閣議決定)で「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用をおよそ禁止しているわけではない」という態度表明をした。
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