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黙示録の獣、龍そして女 第27回

2017年06月28日 | 日記

ジョン・オブライエンは彼の著書『Understanding the Catholic Faith, pp.13(1955年度版)』に次のように書きました。「聖書はカトリック教会の教えだけでなく、カトリック信者たちが行っている宗教的行いもまた支持していない。例えば、日曜日礼拝の伝統や、その日に不必要な働きをさせる伝統は聖書の支持を受けられない。プロテスタントの兄弟たちも日曜日遵守問題について強く強調しているが、聖書のどこにも日曜日を主の日、すなわち安息日と指摘していない。教会の歴史の初期に、教会は意図的に安息日が日曜日へと変更されたと教えている」。

 米国のRedemptorist大学の学長であるエンライト司教は、プロテスタントに次のように強い姿勢で挑みました。「安息日を土曜日から週の最初の日である日曜日へ変更したのはカトリック教会であった。日曜日を遵守せよという命令と、第七の日である安息日に仕事をさせよという命令が、破門の脅威の下すべての人々に達した。プロテスタントは聖書の尊厳性を大きく認める人たちだ。しかし、彼らは日曜日を安息日と認めたことにより、カトリック教会の権威を認めているのだ。聖書は『安息日を覚えて、聖なる日として守る』ことを教えている。しかし、カトリック教会が『週の最初の日である日曜日を守る』と言い、すべての人が聖なるカトリック教会の命令に従っているのだ」。

それだけではありません。次の言葉を見てみましょう。「安息日を日曜日へと変える措置は、プロテスタントたちも認め・・・彼らは日曜日を守るその行為によって・・・(カトリック)教会が祝日と制定し、これを守らなければ罪となるよう命じた権勢を持っていることを認めている』(Henry Tuberville著, An abridgment of the Christian Doctrine, p.58)。

 「教皇の権能は人の権能ではない。神様の権能であるため、彼は神様の法も修正できる」(Lueius Ferraris, Prompta Bibliotheca Canorica Vol. lv,)。

 この小冊子を読んでおられる皆さんも、この挑戦に答えなければなりません。皆さんは誰に従いますか?大司教であるC・F・トーマスが安息日の変更について語った言葉を見てみましょう。「もちろん、カトリック教会は安息日が自分たちによって変更したと主張している。このようなカトリック教会の行為は宗教的な問題において、教会の権能と権威を象徴する刻印(Mark)である」

 これで、この問題に対する争点がはっきりとしました。神様が万物を創造された権威のしるしとして安息日を人類に与え、天地を創造された方が真の神様だと言われました。しかし、カトリック教会は「いや、安息日を守ってはならない。週の最初の日を守るのだ。我らがそれを変更させた。このような変更こそ、カトリック教会の権威が神様の法とその権威より優位にあるという事実を証明する刻印(Mark)である」と言っています。

 獣の刻印は第七日安息日の代わりに、日曜日を主の日として守ることを意味します。なぜなら、日曜日礼拝は、獣の権勢が創造主である神様の権威より偉大だという主張を認めることになるからです。神様の十戒の第4条である安息日の戒めは、神様の統治権と統治者の名前、統治区域を表す神様のしるしの役割を果たします。しかし、教皇権は安息日を日曜日へと変更したことで、日曜日を自身の権威を表す証として使用しています。

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