SOS.TV.JAPAN

ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

黙示録の獣、龍そして女 第17回

2017年06月15日 | 日記

7.異教宗教の教えがカトリックの中へ  

≪クリスマス≫

 どのようにして異教宗教の教えが、カトリック教会の教えの中に入って来たのでしょうか?サタンは真理を偽ることと、真理を間違ったものに改変することに非常に優れています。「偽りと改変」こそ、サタンが関与するすべてのことに見られるものです。龍の子孫として登場する獣の勢力である教皇権の教え中には、真理が異邦宗教の誤りによって改変されたり、偽られたものがたくさんあります。アダムの息子カインが行ったように、教皇権も神様の戒め(命令)を他のものに改変したのです。

太陽崇拝に関連する多くの慣習がキリスト教会へと入って来ました。教皇権は当時多くの異邦宗教信徒から好感を得るために、異邦宗教の教えをキリスト教会の中へ取り入れました。異邦宗教で仕える偶像を教会の中へ取り入れることはしませんでしたが、ペテロ、マリヤそして各種聖者の像を教会の中に作ることによって、異邦宗教徒が好意を持てるようにしたのです。

どのように異邦宗教の習慣が教会の中へ入って来たのかを示す一つの例として、クリスマスを見てみましょう。クリスマスを守る習慣がどこから来ているのか知っていますか?12月25日をクリスマスの祝祭日として守る習慣は、キリストがこの地に生まれる前から存在していました。12月25日はイエス様が生まれる数百年前から祝祭日とされていたのです。

 その当時、異邦宗教徒たちは太陽を崇拝していました。彼らは12月に昼の長さがどんどん短くなることを見て、太陽が彼らから遠くなると考えたのです。太陽が彼らから離れていくことを恐れたため、彼らは祈りながら生け贄を捧げました。そして25日になると太陽が自分たちに少し近づき、昼が長くなり始めると思ったのです。人々は「太陽が再び生まれた」と言いながら、12月25日を太陽または太陽神の出生の日と呼びました。このように始まった12月25日が、後に異邦宗教徒にとって大きな祝祭日となったのです。

 教皇権が異邦宗教の祝祭日を教会の中に持ってくるまで、太陽祝祭日は異邦宗教徒たちだけが守っていた日でした。しかし、教皇権は異邦宗教徒たちの神である太陽(SUN)の祝祭日を、神様の息子(SON)の誕生日と呼び始めたのです。オックスフォード大学のギリシャ語教授であるギルバート・モレイ博士は、著書の中で次のように語っています。『異邦宗教であるミトラ(Mithraism)宗教徒の多くが、キリスト教会へ改宗し、彼らは聖書的な安息日(Sabbath)の代わりに、彼らの太陽の日(Sun-day)を遵守しようと圧力をかけ、太陽の誕生日である太陽日(12月25日)をキリストの誕生日として遵守しようと主張することができた』(History of Christianity in the Light of Modern Knowledge Chapter III)。実は、私たちはキリストの実際の誕生日を知ることができません。12月25日が教会で遵守されている理由は、太陽崇拝の祝祭日を教皇権が採用したためです。教皇権が採用した太陽の祝祭日が、プロテスタントにまでそのまま伝授された姿を見て、非常に驚かされます。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 黙示録の獣、龍そして女 第... | トップ | 黙示録の獣、龍そして女 第... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。