戦争の責任は政治にある

90歳を過ぎての挑戦、、、ここにきて戦争を知らぬ政治家が幅を利かせ、憲法に取り組むべきを、避けて通る姿は残念に思う。

勝てば官軍、公私混同は人心を倦ましめ、戦争は国を亡ぼす

2017-06-19 11:44:19 | 日記
明治、大正、昭和と戦争の連続で、日本は身の程知らずと言うか、要人は国外事情も具に見分、他国との差も承知しながら己を顧みる心を失い、独善的精神論を打ち立て、国力の差を無視し、日本国内事情だけで戦争に追い詰められた。資源のない国は資源を調達すればよい、食料がなければ敵の食糧を奪えばよい。兵力は質を問題としなければ多少身体的障害も乗り越え、銃がなければ竹槍で戦えと、今でこそそんな馬鹿なことがまかり通るかと思うが、追い詰められた心理は、玉砕命令下と同じ心理状態だと思う。慶應4年明治天皇が天地神明に誓約する五箇条の御誓文
     1広く会議を興し万機公論に決すべし
     2上下心を一にして差kんに経綸(国家を治める法策)を行うべし
     3庶民に至るまで各々己志を遂げ人心を倦まささないことを要す
     4旧来の陋習を破り天地の公道に基づくべし
     5知識を世界の求め大いに皇(国の基礎)を振興すべし
これは昭和天皇が人間宣言において日本は本来民主主義の国であった意図を強調する意図があったがGHQ
の許可を受け、天皇の人間宣言と同時に今後の日本の歩みの基礎を述べられた。
平成の御世、はたして政治は御誓文に沿っているか。公論は何処へいった。公論は尽くされたか。公私混同で人心は政治にあきれてきた。旧来の陋習、東京都の古い陋習一掃に尽力する知事に対する国や議員の態度は天地の公道に基づいているか。古い様で新しい国の息吹が今の日本に感じられるか。審議は尽くされず情報は真偽乱れ飛び、責任を負う者の影すら見当たらぬ。野党が弱くとも審議はまともにできるはずだ。策士策に溺れる。一度口から出たものは再びもとに戻らず。徒に参謀肩章ならぬ肩書が、一角えらくなった錯覚を起こしている。大臣、副大臣とは職務上の名前で人格とは関係ない。何時かは鉄槌が下される日が見えて来る。
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