美由治久ハバネロブログ

犯罪ウオッチャーのブログ

楽しい日本文化 上方文化と日本標準型文化 東京都市場・豊洲移転問題

2017-05-19 11:20:34 | 日本人の文化

  東京都議選を前に築地市場を豊洲に移転させるべきか否かで東京都と当事者間で激論が交わされていることが報じられている。

  何度も当ブログで書いておりますが筆者は京都の生まれで18歳まで京都で育ちました。大学へ入学するために関東へ住居を移しましたが 関東地方へ来た当初 文化の違いというか考え方の違いというか 大いに混乱したものでありました。卑近な例で言いますと 例えば自動販売機の清涼飲料水 京都や大阪では同じ品物であっても販売機ごとに値段が違うのですが 関東ではどの自動販売機でも同じ値段・・・・関西人にとってはあり得ない話であります。自動販売機を設置するにあたって自分の土地に設置するのと他人の土地を借りて設置するのとでは売値が変わってくることは関西人にとって常識であっても 関東人には「業界の申し合わせにより・・・」となってしまうことに大きな違和感を感じたものであります。商売は自由・・・と言うのが関西のコンセプトであり 関東では秩序と調和を尊重することが理解不能でありました。関東地方で生活するうち不思議な現象に気が付き始めました。関西人は金に汚い・・・と言うのです。どのような話であるのかと聞いてみますと 関東では「侍商売」であるのだという。相手を信用したら信義をたがえない。わざわざ念を押すまでもなく一旦約束したら誠実に履行されるのだという。江戸っ子の「粋(いき)」はその発想に近いものであるという。しかし筆者のような関西人にすると約束する時点ではいい加減なフィーリングによって約束し 実行の段階になって「約束が違う」と言うのが関東人(現在の日本人の標準)になっているのではないかとの疑問に通じるのであろうか?と考えております。まさに豊洲市場問題は決定するときにはアバウトで実行するときには論議 全く逆の現象を呈しているわけであります。物を決めるにあたって 先にエゲツナイほど話を詰めて決定するか いい加減な決定で後で話が揉めるか の話であると考えます。素人ではないのですから詰めるべきことを詰め切ってから計画が実行されてしかるべきであることは当然です。筆者がみていて これに類する話はたくさんあります。これにコネとか便宜や利益を図るなどの不純な話が加わると話は妖怪のような姿に変化いたします。何度も同じ轍を踏んでいるはずなのですがこの国の人たちは学習することが不可能なようです。

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