演芸特選/NHK-FM(NHKラジオ第1)(「ラジオ深夜便」内 コーナー)
2006(H18)/06/07(水) 01:10-02:00
七代目 春風亭小柳枝 「浮世風呂」 (音源データ アナウンスなし)
初代 桂小文治 「しじみや」 (音源データ アナウンスなし)(*01)
司会:須磨佳津江
●七代目 春風亭小柳枝 プロフィール(演目放送前に紹介)
大正10年(1921) 1月 千葉県野田の御出身です
戦前 七代目林家正蔵の門に入ります 初め正平 後に正太郎
六代目春風亭柳橋の門に移って 昭和24年(1949)4月に 七代目小柳枝を襲名して 真打に昇進しました
明るい芸風で「野晒し」等を得意にしいていました
●初代 桂小文治 プロフィール(演目放送前に紹介)
明治26年(1893) 3月 大阪に生まれました
明治39年(1906) 14歳で 二代目桂文團治 後の七代目桂文治に入門して (九代目)小米(こよね)
大正5年(1916) (二代目)桂米丸 と改名
踊りと役者の声色で 三遊派の花形として売り出します
東京との交替で (昭和)7年(1932) 5月の下席(しもせき)から 桂小文治と改名
(昭和)11年(1936)4月 睦会に移り 八代目桂文楽 三代目春風亭柳好 六代目春風亭柳橋 と並んで
睦会の「若手四天王」の一人でした
また噺の後の 洒脱な躍りでも人気を博しました
*(*01)本来は二代目らしい 俗に初代(諸説有るらしい)
*「○代目」というのは 文献に残っていたり無かったり 諸説色々あったりで曖昧な部分も多い
「○代目 俗に○代目」と云うのも多い
面白い話しだと 六代目五街道雲助師 二つ目になって「手拭い」を作る時 師承である十代目金原亭馬生師承に
「柄」をデザインをして貰った時に 文献には「五街道雲助」が どういう経緯なのかが 正確に残っていなかった
らしいので 「六代目でいいやなぁ」と「六代目 五街道雲助」と書いてしまった
その後は そのまま「六代目」で通しているとのこと
2006(H18)/06/07(水) 01:10-02:00
七代目 春風亭小柳枝 「浮世風呂」 (音源データ アナウンスなし)
初代 桂小文治 「しじみや」 (音源データ アナウンスなし)(*01)
司会:須磨佳津江
●七代目 春風亭小柳枝 プロフィール(演目放送前に紹介)
大正10年(1921) 1月 千葉県野田の御出身です
戦前 七代目林家正蔵の門に入ります 初め正平 後に正太郎
六代目春風亭柳橋の門に移って 昭和24年(1949)4月に 七代目小柳枝を襲名して 真打に昇進しました
明るい芸風で「野晒し」等を得意にしいていました
●初代 桂小文治 プロフィール(演目放送前に紹介)
明治26年(1893) 3月 大阪に生まれました
明治39年(1906) 14歳で 二代目桂文團治 後の七代目桂文治に入門して (九代目)小米(こよね)
大正5年(1916) (二代目)桂米丸 と改名
踊りと役者の声色で 三遊派の花形として売り出します
東京との交替で (昭和)7年(1932) 5月の下席(しもせき)から 桂小文治と改名
(昭和)11年(1936)4月 睦会に移り 八代目桂文楽 三代目春風亭柳好 六代目春風亭柳橋 と並んで
睦会の「若手四天王」の一人でした
また噺の後の 洒脱な躍りでも人気を博しました
*(*01)本来は二代目らしい 俗に初代(諸説有るらしい)
*「○代目」というのは 文献に残っていたり無かったり 諸説色々あったりで曖昧な部分も多い
「○代目 俗に○代目」と云うのも多い
面白い話しだと 六代目五街道雲助師 二つ目になって「手拭い」を作る時 師承である十代目金原亭馬生師承に
「柄」をデザインをして貰った時に 文献には「五街道雲助」が どういう経緯なのかが 正確に残っていなかった
らしいので 「六代目でいいやなぁ」と「六代目 五街道雲助」と書いてしまった
その後は そのまま「六代目」で通しているとのこと










