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2017-05-19 16:53:14 | 日記
人権、公害、環境汚染の認識が低かった時代とはいえ、国をはじめとする行政と当事者であるはずの企業のあまりにお粗末な対応に開いた口がふさがらなかった。「無差別殺人」という単語が浮かんだ。情けなくてやりきれない気持ちになって何度もため息をついた。

他方では原子力発電を導入しようとする大科学時代に、目の前の海で獲った魚を食べていた人が続々と死んでいくのが何年も放置されていた。人間ばかりではない。大量死した魚の腐臭が湾内に充満している。カラスが木に激突して落ちてくる。狂ったネコが海に飛びこんで溺れ、かまどに突っこんで火だるまになる。水俣周辺のネコは飼い猫も野良猫も全滅した(!)。早くから自然界に異変は現れていて食物連鎖の破壊が予見されたはずなのに、大企業チッソは旧軍が捨てた爆薬が原因だなんてでたらめを言って開きなおる。メチル水銀が原因ではなく、死んだ魚を食べた住民が悪いのだと実に科学的な反論を並べて自らの過失を認めようとしなかった。原因不明のまま何人死んだのか、見殺しにされたのか。不知火海周辺住民の一斉健康調査は昭和46年まで行われなかったという(それも熊本大研究班が中心になって、だ)。

当初、水俣病の被害者認定は昭和28~35年の発症者に限られた。35年以降は発生していないことにされたのだ。そんなわけないだろうと怒りに震えたのだが、五十年前とはそんなに幼稚な愚かしい時代だったのだろうか。

熊本大学医学部の学生だった原田正純氏は一方的に終わったことにされたこの公害病の潜在患者を見棄てられなかった。

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