ノープロブレム・ダイアリー

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出島と長崎街道

2017年05月05日 | 旅日記

今回、長崎で一番行きたかったのが新しくなった出島

以前行った時は、まだまだ工事中でしたが

今回は、ほぼ9割完成。(まだもうちょっと・・・・)

地道な発掘調査と出土品の研究から

当時の出島、絵画でみたカピタンの暮らしが、

建物や映像で見事に再現されていました。

東京でガイドをしていた時は、江戸参府してきたカピタン一行が

江戸でどんな風に過ごしたのかを話していましたが

こちらは毎日を過ごしていた出島の話。

それほど広くない出島の中で、日々どんな風に暮らしていたんだろうなぁ。

実際の建物があると、想像力も膨らみます。

 

お次は、路面電車に乗って蛍茶屋まで

長崎街道の終点であり出発でもある長崎の入り口がこの「蛍茶屋

史跡 一の瀬口 蛍茶屋跡 の碑があるだけですが

当時蛍の名所だったから名付けられたそうで、

蛍が乱舞する様子は、きっときれいだったのでしょうね。

当時の面影が残る道。

オットは、このまま歩き続けたかったのかも知れませんが、

あまりの晴れっぷりに、私のほうがヘトヘトでした。。。。

 

そのまま歩いてシーボルト記念館



江戸時代、オランダ商館の医師として日本にやってきたシーボルト。

出島と鳴滝塾で日本人に西洋医学や博物学を伝えました。

江戸参府を通じて、日本の研究も進め、帰国後は日本のことを西洋に紹介したことでも知られています。

たき という日本女性を愛し、その娘 いね は、日本初の女医となりました。

ご禁制の日本地図を持ち出そうとして(シーボルト事件)国外追放となったわけですが

私は、それっきり家族に会えなかったとばかり思っていました。

でも再渡来していたんですね。

大きくなったいねとも再会したと知り、ちょっとホッとしました。



 

こちらは 眼鏡橋 

眼鏡橋を見に行った・・・というよりは

カステラを買いに行ったというほうが正しいかも。

 

夜は長崎の名物を楽しみました。

相変わらず食い意地がはってて、写真を撮り忘れています。

鯨の3種盛り、豚の角煮などをいただいたわけですが、

中でもおいしかったのが 『ハトシ』 なる食べ物。

漢字で書くと。「蝦(ハー)」はエビ、「多士(トーシー)」はトーストの意味だそうで

エビのすり身を食パンで挟んで(巻いて)油で揚げたもの。

江戸時代に中国から伝わったもののようで、

とにかく揚げたてがGOOD 

パンはサクサクしていて、中のエビはふんわりしていて、香ばしい香と食感が

なんともいえない美味しさでした。

ちょっと家でも作ってみたいです。

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