吉敷川だより

山口盆地を小さく貫く吉敷川、そのほとりに住まい、キノコや花を求め、山野を彷徨っています。移ろいゆく自然に心を重ねながら。

カラカラの梅雨

2017-06-13 | Weblog
 山口は梅雨に入っているはずであるが、まったく雨が降らず、吉敷川の河床はわずかな水たまりが見られるのみ。

 梅雨と宣言された後、乾燥注意報が出る始末である。 オオマイゴッド!

 ここ数日カラカラの森を歩く勇気もなく、本を読んだり、飽きれば、庭のそこここを逡巡したりしている。この先一週間、雨の気配はなく、わたしの気分はまったくブルーである。


 ザクロの花が例年になくたくさんの花を付けた。だが若い木なので、花は落ちる方が多く、実を付けているのは、ほんの数個である。

 バンペイユは既に径1~2センチの緑の実を付けている。あれほど咲いた花の割には、実を付けているものが少ないように思える。
 また実の付き方が偏っていて、一枝の先に5個から6個付けているものもある。

 また、初めてたくさん花を付けた渋柿の木は、よく見れば溢れるほど実を付けていて、私を喜ばせる。

 庭に植えていた二株のズッキーニはうどん粉病に犯され、実を収穫することもなく、二株とも引き上げた。その他にも、自分で植え付けてみて、気づくことが多々ある。
 例えば、ルピナスは案外根瘤病に弱いことなど・・・。

 ナスは昨年のトマトの跡に植えたので、まったく生長せず、元気なのは、スイカ、トマト、キュウリ、セロリ、ピーナッツなどである。
 ブルーベリーを4株植えたが、もう既に実が熟しつつあり、これも楽しみの一つである。

 私はちびりちびりと『失われ時を求めて』を呼んでいるが、まあ薬みたいなもので、今、スワンの恋(情けないことには、恋とは既に対極にある身であるが・・・)の渦中にある。

 さりながら、今一番気に入っている読み物は、やはり宮澤賢治の童話であったり、詩集であったり、あるいはそれをどのように読むかと言った論評集である。

 わたしは、賢治が修羅を生きた、あの年代から、遙かに歳を取ってしまっているが、その息づかいは、まだこの身のそこここに染みついていて、共感することも多く、賢治の雄渾を感じつつ生きたいと思う・・・。

 さて沖縄に居着いた梅雨前線はいつ北上するのやら、私は乾いた心で西の空を見る。

 東北の方から新しい図鑑の出版の知らせが届く。7月が待ち遠しい。

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