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『居酒屋』

2008年04月08日 15時42分16秒 | フランス映画(ア行〜ナ行)
居酒屋 [DVD]

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 『居酒屋』 1957年(仏)監督ルネ・クレマン

 ルネ・クレマンは文芸作品を映像化しているにすぎず作家性がないとしてヌーヴェル・ヴァーグから徹底的な批判をされたものだが、やはり彼は優れた映画監督である。彼の作品は時に切なく、時に可笑しく、時に残酷なのだ。
 洗濯場で夫と寝た姉妹の妹と喧嘩する時に妹のピアスを耳たぶもろとも引きちぎるシーンは恐ろしいほどにグロテスク。やがて女は不貞を繰り返す夫を捨て、ある屋根職人の男と結婚する。それは親戚一同が集まり、貧しいながらも幸せいっぱいの結婚式なのだ。美術館で芸術鑑賞をしたかと思えばそこに映るのは彼らの小汚い靴。泥にまみれ、裾は汚れ、貧しいばかりだが、そこには数人で寄り添って、お互いに傘を差し出す何とも暖かい風景があるではないか。
 しかし、店を開店させようと貸家に申し出ようとするとき、屋根から夫が転落してしまう。その描写はあまりに無慈悲で残酷なものである。幸せいっぱいの笑みで屋根から降りようと、駆け上がる夫。突然彼は足を滑らせ、非情なことに何の捕まる物もなく、まるで滑り台のようにあっという間に落ちていく。なんとかしがみついた縄はまるで罠だったかのように焼け焦げた炭を彼の胸元に転がせ、彼は炭の猛烈な熱さからでる悲鳴と転落時の断末魔のような叫びをし、真っ逆さまに落ちていくのだ。
 そして終盤、夫に治療をする際、コップを背中に押し付けるが彼は暴れ出し、まるでヒルが食いついたかのように彼の背中に吸いつくいくつものコップが割れ、暗闇からぬっと現れる血まみれの背中。そこにはまだガラスの破片がいくつも突き刺さり、彼は自分の人生を自ら破壊するように店を壊して死んでいく。この幸福と非情な運命の対比が我々の心をも主人公同様に暗闇へと引きずり込むのである。
 しかし本作の本当の主人公は彼女の子供たちなのだ。彼らこそ最大の犠牲者であり、大人の世界に翻弄された物言わぬ被害者なのである。ナナは彼女の情事を見てきたし、夫の悪態や死にざまを目撃している。酒づけとなり、女を追いかけまわす夫にただ愚痴を言うだけで、手をあげることも別れようともしない彼女の異常な優しさに何も言わず、ただ大人たちの愚かな世界を静かに見つめているのだ。
 ラストでも居酒屋で死体のようにしている母親に飴を差し出し、「ママ…」と呼ぶ。しかし返事はなく、ナナは屍の母親を置いてどこかへと走っていくのだ。思えば、全編を通してナナだけでなく彼女の子供たちは親の愛情を全く受けていないように見える。
 そこには希望も愛もなく、ただ残るのは社会的弱者としての人物像であり、放置させられた人々なのだ。そんな何も語らない被害者たちの空しさをただ映しだすことによって社会へのやるせなさと無気力さを感じさせられる。原作をどこまで再現しているかは無視するとして、映像からの様々な感情の喚起は監督の演出力の高さを見せつけてくれるのだ。
ジャンル:
映画・DVD
キーワード
社会的弱者 ヌーヴェル・ヴァーグ
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Unknown (シュエット)
2008-07-23 00:27:01
ヒッチさん。拙ブログにTBとメッセージありがとうございます。TB貼り逃げしてまして申し訳ありません。
原作と映画は基本的には別物と考えているので、あまり原作は意識しないのですが、どうも本作に関しては私にはフラストレーションがたまってしまう描き方で、何故?って思ってしまったわけです。
>そんな何も語らない被害者たちの空しさをただ映しだすことによって社会へのやるせなさと無気力さを感じさせられる。
表面的には何も語らずとも、幼いがゆえに言葉にできないけれど、彼らも何かを感じ、思い、それは確実に彼らの中に刻み込まれていると思う。それがジェルヴェーズの生い立ちが彼女のキャラクターを形成していっただろうし、ナナもまたナナもまた刻まれたものが彼女の人生に影響をおよぼしていくと思うわけです。
こうして一つの映画に対し、捉え方とか視点の置き方が違うこと、それ自体もとても興味深い。また再見したら今まで見えなかったものが浮かび上がってくるかもしれませんね。

コメントありがとうございます! (ヒッチ)
2008-07-25 22:39:01
>こうして一つの映画に対し、捉え方とか視点の置き方が違うこと、それ自体もとても興味深い。
わたくしも同感です!映画は一人だけで納得して終わりというものだけではないですし、やはり、それぞれの作品に対する考えなどを交わすことで、作品に対する思いや映画に対する愛が深まるというものです。
わたくしも『居酒屋』は一度しか観てないので、また再見の機会があれば、考え方が変わってくるかもしれません。
今度、フィルムセンターで『居酒屋』が上映されるようです。
ルネ・クレマン再考の機会ですね。

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