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『若い娘』 1960年(米・メキシコ)監督ルイス・ブニュエル
少女をレイプしたという容疑をかけられた無実の黒人、教養もないまま育った純粋無垢な少女、彼女を育てながらも性欲を掻き立てられ処女を奪ってしまう地主の男、黒人に殺人的差別感覚を抱く男、黒人の無実を訴え少女への性的暴行を非難する神父。
五人のそれぞれ全く異なった立場から見えてくるのは、生と死、性と欲望、偏見と怒り、差別と暴力、信仰と愛情といった人間の本質。それらを不可視的な魅力として刺激たっぷりに映画的表現で魅せるから、最高級のいやらしい甘さを感じさせられるのだ。
髪を洗い、身なりを整えた少女に欲情する男の性欲を視覚的に、全てヴィジュアルだけで魅せてしまう演出が巧い。純粋な少女は男がいやらしい目線を送るであろうことを知らずに部屋を歩いていると、カメラは男の顔面をズームで忍び寄る。そして、腕を掴むと一気にカメラは彼らに駆け寄り、彼が徐々に興奮し、一気に性欲が高まる瞬間をズームだけで見事に表現して魅せているから、観客も彼同様に性欲を掻き立てられるのである。
彼女がシャワーを浴びている時に黒人が訪問するシークエンスも傑作だ。純粋すぎるゆえに、タオルで巻いた裸体で黒人の前に立つ少女。観客はすでに彼が少女をレイプした男であると勘違いしているから、彼のいやらしい眼が恐ろしくなる。釘やのこぎりを渡すが、それはもはや目的ではないように感じさせられ、一瞬、胸元のタオルを巻くクロース・アップが入り、誰もが息をのむ。
誘っているわけでもないその純粋さが、「レイプ」をイメージとして浮き出させるのだが、しかし、そこで忠告するだけで何もしない黒人。序盤で手を出した男の性欲の後に訪れるこのシークエンスで、台詞なくとも、彼が実はレイプ魔ではない無実の男で、地主の男こそ、性欲に溢れた悪魔であることを無意識に感じさせられるのだから、ヴィジュアルで魅せる映画的表現の巧さには乾杯だ。
そうした性的欲望だけでなく、差別的殺意の暴力も映画的に体感させてくれるから素晴らしい。黒人の無実も晴れ、全てがうまくいくように思えた終盤、何も知らない差別主義者の男がナイフを持って黒人を襲う。誤解と差別の中、ぶつかる二人は、ハッピーエンドから一気に転落することを予感させ、それがナイフ以上に猛烈に痛いのだ。それだけでなく、怪我した足をえぐる行為など、脚本とうまく絡みながら恐怖と暴力と差別の醜さ、恐ろしさを感じさせられるのである。
そして、本作のところどころに散りばめられた動物のグロテスクな描写(ウサギが生きている間も、死んでいる間も二度ライフルで撃たれるシーンやアライグマが鶏を貪るシーン)など、暴力、生と死、を無意識に、物語の中で感覚的に感じさせてしまうから映画的に恐ろしいではないか。
また、ミュージカルのように、アメリカ的に、オープニングとラストを同じ歌で締めくくる巧さは憎いほど娯楽。その一方で言葉やストーリーではなく、感覚的に、人間の本質を体感させてしまう演出力、映画的表現の巧さには芸術性を感じずにはいられない。
脚本、俳優、映画的表現の巧さ、全てが極上に絡み合った甘く恐ろしい作品が本作『若い娘』であるのだ。
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この映画を観たばっかりで、感想を探していました。なるほど、男性の方にとっては性欲をそそられるのですね。私は「そんなに無防備でいいのか」と
思ったくらいですが。奇才ブニュエル監督は常に人の痛いところを突いてきますね!
直接的な描写は何もないのですが、非常に性欲をかきたてられる映画でした(^^;)
女性と男性では性描写に対する見方が違うので、ゆきのさんの意見はとても参考になります!
>奇才ブニュエル監督は常に人の痛いところを突いてきますね!
まさに、ゆきのさんの言う通りですね。『忘れられた人々』や『昼顔』も秀作なのでぜひぜひ!