静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ マラソン:五輪出場 新選考基準 ≫   ”協議”やめてレースで決着  ようやく目が覚めたか

2017-04-19 08:34:36 | 演芸批評
★ マラソン代表選考、透明化 東京五輪、協議やめレース新設 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12898481.html?rm=150
・ ニュース報道で、本件を知った人の中には「うん? 何を今さら言っている?」と首を傾げた方もいらっしゃるだろう。 何をどう変えることにしたのか。
  詳細は記事を読まれたらわかるが、実に当然のことだ。 今までも何回か、出場選手の選考をめぐり、理屈では通らない・可笑しな経緯が原因で後味の悪い
  ことが繰り返された。
 ⇒ どうして長い間そのような慣習が続くのか? 其の背景を端的に言うならば、体操やフィギュアスケートのような主観的評価点ではなく、タイムを争う競技で
   ありながら<数値に徹しきれない情緒・期待という浪花節・コーチ/指導者間の力学>が幅を利かすスポ根風土だから、と言うしかあるまい。

 男女とも上位入賞選手がちっとも出せない危機感から、ようやく浪花節を捨て、合理的判断の有用性を認めるしかないことに気づいたのだろう。
然し、それが単に、選手や関係者に不満が鬱積するからとか、揉め事は恰好よくないから、という表層的な言い訳で今回の改訂が行われたのでは元も子もない。
何を大袈裟なと言われるかも知れないが、この1件は、私が繰り返し指摘してきた(日本社会の非合理性/情緒偏重、論理忌避嗜好)を物語る一例だと気づいて欲しい。  それを私は陸連関係者や選手だけに言っているのではない。  国民ひとり一人が気づかなくてはダメだ、と言っている。
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