静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ がん治療を敢えて求めない高齢者 ≫  治療法再検討もいいが 死生観からの思いやりは?

2017-08-09 08:57:33 | つぶやき
▽ 高齢がん患者、治療なしの割合高く 国立がんセンターが報告書 
     http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG08HBS_Y7A800C1CR8000/?n_cid=NMAIL001
・ <がんの種類や進行度によっては、若い世代に比べて治療を受けていない割合が高いことが明らかになった。高齢者の体への負担に配慮して治療法を選んで
  いるとみられるが、医師の判断に左右される面もあり、高齢者向けの診療指針が求められそうだ。>
 ⇒ 此の報道に接し、あなたはどう思われただろう? 記事がまとめているような「高齢者向けの診療方針」の不備あるいは不統一などが、治療を望まない高齢者
   の多い事実の真の背景か?   純技術論では、そうかもしれない。  だが、それだけか?  
   85歳以上まで生きてきた人が、癌になったことを知り、<何が何でも、どんなに短くてもいいから生き延びたい>と治療法を探すエネルギー。 
    それは100人のうち、いったい何人がもてるエネルギーだろう?   気力としてのエネルギー、である。
”自分は此の年齢水域まで 未だそこそこ時間が有る”と私は理由なく信じている一人なので、治療を受けないことを選んだ人々の心理を想像することさえ難しい。
 
でも、ここに私は「尊厳死」概念の介在を望みたい。  「とにかく死なせない」これが医療に携わる生き方を選んだ人には疑う余地の無い価値であり、日々生きる理由、もっと言えば、己の人生の意義そのものだろう。
 然し『死ぬことは生き物として自然な流れであり、人工的に死なせないことは自然に抗うことだ』と考える自由を否定する傲慢さは、何人にも許されない筈だ。 
 医療従事者の殆んどは高齢者ではない。だから、『死ぬことは生き物として自然な流れであり、人工的に死なせないことは自然に抗うことだ』と考えたことすら有るまい。  だから、私が最低限守って欲しいのは「自ら延命を望まない人の邪魔をしない」・・・・これだけだ。
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