静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 『道義国家』とは何だい? ≫ 国家は道徳/倫理に介入するな  ” 望ましい人間像 ” = 国家第一主義

2017-03-13 09:39:24 | つぶやき
★ 朝日(声)稲田防衛相の「道義国家」は危険 無職 佐々木健悦(千葉県 69)http://digital.asahi.com/articles/DA3S12838787.html?rm=150
・ ヒトが社会で共に仲良く生きてゆくうえで、最低限守るべき「行い」「ふるまい方」「態度」「考え」、或は侵してはいけない一線などを総称して
  <道徳><倫理>と呼ぶ。 
  東洋では「人の道=人道」とも云って来た。 「道義」と呼ぶのは結構だが、なぜ「国家」と結びつけるのか??

・ <道徳/倫理>は、社会生活の中で、或は家庭で親から子供へ継承されてゆくものである。若し、親世代が其の継承に熱心ではない/無知だとしても、それは
  年長世代または周囲の人々が教え導く性質の事であり、どう間違っても、公の装いをまとう機関(=学校)が代行することは許されないことだ。
  百歩譲っても、親と教員が共同で其の任に当たることは許されるだろうが、そこに国家(=文科省)が特定の価値観<=教育勅語>を柱に据えたりすれば、
  それは「国」の名を借りる特定勢力による”個人への価値観の押しつけ”になる。

 <今、自民党の憲法改正草案は天皇を元首と規定する。天皇の名の下に、再び国民が犠牲を強いられる国にならないだろうか。> ← 佐々木氏
◆ もう少し言い換えるなら、国民(=民)が主権者であり、<天皇の存在は国家の統治/政治と関係を持たない地位にすぎない>と定めた現行憲法の基本理念を
  土台から覆そうというのが自民党の改憲草案なのだ。 「元首」とは、そういう企みを象徴する呼称である。  
  安倍晋三がたくらむ「国家改造」をレンズに現在までの経緯を俯瞰すれば、森友学園疑惑、文科省による「道徳の教科格上げ」などが全て繋がることに
  お気づき戴きたい。

  それにつけても、新聞の投書欄でこの種のテーマで民主主義尊重/国家主義反対の意見を述べるのが、殆ど年配者なのは何故だろう? 
 若い世代は<新聞を購読しない/読まずに何でもタブレット端末で>報道に接するから?  私は、facebook其の他のSNS媒体上で政治的意見がどれほど活発に
 繰り広げられているのか、精査した経験はないが、若い世代の投票率低迷の現実から推定すると、意見を抱くほど考えないということ? ・・・嗚呼!!
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