静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 慰安婦書籍訴訟にみる 韓国司法の独立? ≫  ≪ 伝統文化:能で非芸術人種・政治家の良心を変えられるか? ≫

2017-01-25 22:24:34 | つぶやき
★ 慰安婦書著者に無罪 韓国地裁「中傷意図なし」 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDL25H5M_V20C17A1000000/?n_cid=NMAIL002
・ だいぶ前から注目してきた裁判だった。 報じられた判決の含意に注目したい。 ・・・記事によれば:
  <韓国では慰安婦について「強制動員された性奴隷」との見方に反する異論は許されない雰囲気が強いが、裁判長は朴氏が日韓間の和解を目指すとした同書の目的を
  否定することは難しく、中傷の意図があったとは言えないと指摘した>という。
  ⇒ 古来、世界のどこでも兵士の居るところ
  ⇒ 注意すべき点は、以下の記述に潜む。<同書が慰安婦と日本軍は「同志的関係」だったなどと記載した点について、検察側は「歴史的事実を歪曲し、
    被害者の名誉を深刻に傷つけた」と主張。 朴氏側は「誤読と曲解が多い。名誉を毀損する意図はない」として無罪を主張していた>。
◆ 核心の第一は、<慰安婦と日本軍は「同志的関係」だった>という際の(同志的関係)を著者はどういうコンテクスト(=文脈)及び語義で使ったのかだ。
  それが判らないので判断が下せない。 正確な日本語訳本が出版されているなら是非とも読みたいものだ。
 「同志的関係」が仮に(共に大日本帝国臣民としての繫栄を願い貢献する志)を意味するなら、植民地化された当時の朝鮮民衆のどれほどが該当したのか否か。   
☆ 「同志的関係」意識を持った慰安婦が若し居たとすれば、個人としての<名誉>を全て傷つけたとは断定できない。 論理的には合っている。そこに韓国の裁判所は何かを
   見出そうとしたのか?  いや、単に純法理学に真っ当な裁きに徹しただけなのか?  いやいや、日本との友好関係への影響を鑑みるなどという深謀遠慮なのか?  
   もし深謀遠慮なら「司法の独立」とは言えない。

〇 (田中優子) 能という日本文化 http://mainichi.jp/articles/20170125/dde/012/070/012000c?fm=mnm
・ 能は江戸時代、極めて重要な位置を占めていた。茶の湯とともに武家の必須教養であり、幕府や藩に支援されていたからである。幕府は単なる政治組織ではなく、
  文化基準を持っていた。
・ 武士たちの頭脳には中国の政治思想を、その身体には日本の伝統文化を、刻み込んだのである。武道だけではなく茶の湯と能という、武家が伝承してきた身体文化を、
  武士たちを通して次の時代に持ち越そうとしていた。
・ 能は、中世の武家の物語とともに平安時代の和歌を基盤としている。能の詞章を知ることで、日本文化の広い範囲を理解することになる。実に賢い方法だ。
  ⇒ 以上で田中氏の云いたいことは<現代の政治家や官僚は少しでも能など日本文化の教養をもった方がいい。そうでないと日本を誇りに思えず、力の勝負に依拠する
     国家主義者になる。能の詞章は歴史の中の無数の「個人」のつぶやきだ。ぜひそれを聞いてほしい>。
 
 さて、ここで私が躓くのは田中氏の論理展開だ。  「能の起源には和歌があるから、平安以来の和歌精神に現代政治家が親しみ、和歌に代表される日本文化の
 <ソフトパワー>外交こそ”力の勝負”に依拠しない道を示す」というのは、本当にそうだろうか?    
 和歌/能:ともに日本歴史と共に日本語の理解が進まないと文化だけでなく日本史の深層に及ぼしたパワーは判らないし、それは日本人/外国人を問わない。  
 そのパワーを熟知した日本人が居たとして、無常観から逃げたい一心で抽象的超越存在≪ゴッド≫を措定する一神教連中(=非日本人)相手にどう云うのだね??
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