静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ お騒がせ ボブ・ディラン ≫    ≪ 那須雪崩:危機判断と万一への装備 ≫ ← 福島原発事故『想定外』と同じ弱さの構造だ

2017-03-30 08:37:42 | つぶやき
★ ノーベル文学賞:ボブ・ディラン氏が受け取りへ 週末に http://mainichi.jp/articles/20170330/k00/00m/030/130000c?fm=mnm
・ いやはや、此の男はどこまでマイペースなのか、と驚く。 片や、「このフラフラぶりは首尾一貫している」と肯定する向きもあるだろう。 
  「いや、そうじゃない。そもそも彼が受賞を受け入れたこと自体、かれが創り歌って来た詩の精神と整合しない」と言う人も。
 ⇒ 本心らしきものを見せない・語らない、此の一点においてだけ、彼は巧まざる、変わっていないということか。
   それにしても、彼の詩の素晴らしさ&普遍性はさておき、私には日常生活で彼と尋常な付き合いはできそうにない。
・ 
☆ 那須雪崩:「経験則」から慢心…歩行訓練、3教諭で決断 http://mainichi.jp/articles/20170330/k00/00m/040/132000c?fm=mnm
☆ 訓練「絶対安全と判断」 講習の責任教諭ら 栃木・雪崩事故 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12867081.html?rm=150
1)<雪崩警戒>の予報が気象庁から出されていた。 それをどう解釈し、安全確保に備えるか。 そこに「経験則」しか判断根拠がないのも、
  一概に咎めだては出来まい。
2)しかし、安全対策の為に開発された機器/道具/装備は、経験則に基づき判断する場合でも、「万一の・想定外のケース」に備える為に持参する目的で存在する
  ものではないのか?
3) 経験則から「絶対安全だ」と講習責任者たちは判断した。 それで雪中登山は中止したが、ラッセル歩行の練習に切り替えた。この変更の当否判定は難しい。
  然し、それでも、何故、携行すべき装備/道具まで割愛したのか?  ビーコンは1個あたり何Kg もの重さではない。
4)雪に慣れた育ちの人々だからこそ、逆の意味で『雪を舐めた』のでは?

◆ 仮に、おそらく危険は発生しないだろうと判断しても、それでも装備を持たせるのが「安全管理」「危機対応」の鉄則ではないのか?
  これを否定/ないがしろにするから≪想定外だった≫ということになるのでは? 福島原発事故にも、これと全く同じ誤りがあったのではないか。
  この類似を考えると、単なる偶然ではないように思う。 どうも日本人固有の「危機想定への忌避感情」「最悪で残酷な絵姿の想像から逃げる弱さ」
  とも表現すべき、致命的な脆さ、がそこに横たわっているとでもいおうか。  

  卑近な例が、例えば、事故や戦闘などで傷つき損傷の激しい遺体の映像などだ。外国のメディアニュースでは流される映像が、日本では流されないか、
  或は全画面ボカシとなる。 此の習慣が、日本人固有の最悪事態自体の想像から逃げる弱さを醸成している、と私には思えてならない。
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